603 騎士団を見学させてもらおう
約束通り、ウォルトは早朝から騎士団見学に王都へと向かう。
天気もよくて空気も清々しい。カリーと競走するのは楽しい。駆けること2時間弱。森を出る前に魔法で変装する。今日はサマラからもらった人間の軽装を着てきた。「似合うよ!」と言われたけど、自分では似合うと思わない。
「お見事です。誰も見抜けないと思いますぞ。声まで変化させるとは」
「誰でもできます。ボクのことはテムズと呼んで下さい」
「ヒヒン!」
「わかりました。テムズ殿ですな」
王都に足を踏み入れ騎士団の訓練場に向かう…と思いきや、なぜか王城へ。
「訓練場は王都内に幾つか存在するのですが、王城の敷地内に設置されているのが最も大きいのです」
「前から思っていましたが、王城の敷地に訓練場というのは他国では珍しいのではないですか?」
「そうかもしれませぬ。歴代カネルラ王族の皆様は、御自身も鍛錬なされるので都合がよいのです。クライン様は毎日のように来訪されておりました」
「なるほど」
そう考えると合理的。騎士は無条件で門を通過できるのだから、王族と騎士団の信頼関係の証でもありそうだ。
「訓練内容にもよりますが、情報を受けてから即座に任務に就けるよう基本は王城の訓練場を使用しているのです」
「ボクが王城の敷地に入ってもいいんですか?」
「私の権限でもどうにかできるかと」
王城へ到着すると立哨しているのはトニーさんだ。何度か見て知っている。
「ダナン教官!おはようございます!」
「トニー。この方は昨日知り合った他国の騎士だ。ボバン殿に紹介したい。呼んでもらえぬか?」
「初めまして。テムズと申します」
「了解しました!お待ち下さい!」
トニーさんは王城へ向かう。ボバンさんと共に戻ってきた。
「助かった。ありがとう」
「いえ!お疲れさまです!」
トニーさんが任務に戻ったところでボバンさんに挨拶する。
「ダナン殿。其方は他国の騎士と伺いましたが」
「ボバンさん。実はウォルトです。ご無沙汰してます」
「なにっ…!?…見事な変装だな。急にどうしたんだ?」
ダナンさんが事情を説明してくれる。
「そうか。あの2人が世話になった。いい機会だからゆっくり見学していくといい。王女様には?」
「来ることは伝えてません。決めたのは昨夜の夜更けですし、会えたら会いたいのですが稽古事や仕事の邪魔をしたくないので」
「王城まで来て会わずに帰ると間違いなく怒りを買うぞ」
「ですよね。どうにか会って帰ります」
その通りだと思っていた。訓練場に向かう途中でボバンさんが口を開く。
「いい機会だ。ウォルトに頼みたいことがある」
「なんでしょう?」
ボバンさんはボクに向き直り、深く腰を折って頭を下げた。
「カネルラ騎士団長として申し上げます。闘気回復薬の製造法を、私共に御教示頂けないでしょうか」
突然の申し出。
「かしこまらないで下さい。ボクの作った回復薬でいいんですか?素人ですよ」
「貴方にしか頼めないのです」
「言いたいことはわかりました」
気持ちは匂いで伝わる。ボバンさんはスッと頭を上げた。
「俺は製造法が暗部の秘薬に通ずる部分があると予想していて、一度シノから許可は得ているんだ」
「であれば教えても構いません」
「やはりか。だが、問題がある」
ボバンさんは事情を説明してくれた。どうやらシノさんが一緒に会いに行かないと許可しないという流れになり、なぜか大ゲンカになって国王様から無期限の接触禁止を命じられ、命令を解かれた今も仲違いしたままだと。
なぜケンカになったんだろう?
「こちらから出向き教えてもらうのが筋で、礼を欠いているのはわかっている。だが、アイツを待っていたらいつになるかわからない。俺に嫌がらせをしている可能性もある」
「ボクがシノさんに許可をもらいに行きます」
「いいのか?」
「シノさんがボクに会ってくれるなら」
「ボバン殿。私が向かいましょう。しかとお話させて頂きます」
「よろしいのですか?」
「お任せ下さい。後ほど向かいます」
「恐れ入ります」
王城の中には入らず、中庭のような場所を通って訓練場に辿り着いた。建物に入ると、聞き慣れた声が耳に飛び込んでくる。
「はぁぁっ!」
「せぇいっ!!」
アイリスさんとテラさんの声だ。手合わせで汗を流している2人は、ボクらに気付いた。知り合いには変装を見破られてしまう可能性が高いけど…。
「ボバン団長。ダナン教官。おはようございます」
「おはようございます!」
「おはよう。朝から精が出るな」
「団長。そちらの方は?」
「テムズ殿だ。カネルラを訪問中の他国の騎士で、是非騎士団の訓練を見学したいと仰っている。よい交流ができればと思ってお招きした」
「お初にお目にかかります。テムズと申します。本日はカネルラ騎士団の訓練を拝見させて頂きたく参りました」
「アイリスです。よろしくお願い致します」
「テラです!よろしくお願いします!」
見破られると思っていたのに、意外に気付かれてない…?声も変えてるからかな?
「おはようございます!」
続々と騎士が集まってきた。その中には先日出会った2人もいる。機敏な動作で整列する騎士達はざっと100人近くいる。これでも半分に満たないらしい。きちんと統制されている動きは、見ていて気持ちいいな。
「訓練開始前に伝えておくことがある。テムズ殿、こちらへ」
ボバンさんから紹介されて、また名前だけの自己紹介を終えた。名前と一言だけなのに人前で話すのは指先が震えるくらい緊張する。
ボクは黙って見学することを希望したけど、素性の知れない者に見学されたら騎士達の気が散るのと、他国の騎士だと伝えたら張り切るからと頼まれた。
「では、訓練を始めろ!」
教官の号令で騎士達の訓練が始まった。まずは全員で基礎訓練。筋力向上の鍛錬と瞬発力の鍛錬かな。見たことがない種目ばかりで面白い。カネルラ騎士団には人間しかいないけど、他の国ならエルフや獣人なんかの多種族もいるんだろうか?
「テムズ殿。いかがですかな?」
「皆さん力強いですね」
同じくらいの体格の者を肩車して疾走したり、腕立て伏せで背中に乗せてみたりと負荷をかけてる。騎士もやっぱり体力なんだな。
「うおぉぉっ!」
「テラ!お前の走りは危ないってのっ!」
テラさんは同僚の男性を背負って爆走してる。既に汗だくで充実した表情。アイリスさんは涼しい顔でこなしてる。
「やっ!」
「はぁっ!!」
「ハッ!ハッ!ハァッ!ハッ!」
少しの休憩を挟んで剣と槍を使った訓練が始まった。こちらも基礎であろう打ち込みから。騎士の技能の礎となるモノ。何事も基本は大切。ボクも未だに魔法や剣術の基本を学んでいる途中で地味でキツい。
大きな声が飛び交い、激しい息遣いが響く見たこともない光景。こんな熱気を味わったことがない。一体感があってとてもいいな。
「テムズ。基礎は見ていてつまらないだろう」
「そんなことないです。実は剣術も少しずつ修練していて勉強になります」
「ほぅ。聞き捨てならんな」
「我流なんですが、自分なりに磨いています」
ボバンさんが微かに笑った…気がする。さらに短い休憩を挟んで模擬戦が始まった。木剣と木製の槍による手合わせ。広い訓練場のあちらこちらで同時に行われている。
「はぁぁっ!」
「このっ…!ふぅっ!」
教官も交えた模擬戦は迫力充分。どの模擬戦を見学すればいいのか。防具を装着せず、斬撃や刺突は身体に当たっている。それでも表情を歪める程度で動きは衰えない。
かなり緊張感があって実戦に近い模擬戦は、互いに手を抜いてる感もなく素晴らしい熱気に包まれる空間。
「「ありがとうございました」」
手合わせを終えたら健闘を称え合って模擬戦を振り返る。内心は色々な想いを抱えていそうだけどおくびにも出さない。騎士団の清々しさは、相手を尊重して礼を重んじる姿勢から生まれている気がした。
ボクには逆立ちしてもできないこと。負けたら顔に出て、無礼者と思われて終わりだ。気高い騎士になんてなれない。
「皆、耳を貸してくれ」
ボバンさんの凜とした声が響き、全員の動きが止まる。
「まだ模擬戦の時間だが、しばし休憩をとる。ただの休憩というワケではなく、お前達にも見学してもらう」
騎士が見学?
「この中に、こちらのテムズ殿と手合わせしたい者はいるか?」
「ボバンさん?!」
予想していなかった言葉に動揺する。
「テムズ殿は、ヴォルタスト連邦マルタ公国クレイドル領を守護する騎士だ。我々の闘気のような技能を操ると聞いた。肌で感じるまたとない機会だぞ」
ボクの知る限りそんな国は存在しない…。いかにもありそうな名前だけど、スラスラと凄い噓を吐くなぁ…。
「はいっ!手合わせお願いしたいです!」
「俺もですっ!」
「はい!是非ともっ!」
「私もっ!」
どんどん声が上がる…。もう引っ込みがつかない。
「テムズ。手合わせを頼む。見てばかりじゃなく、互いに高みを目指そうじゃないか。剣の腕を磨いているんだろう?」
「それはそうですが」
「やってみなければわからないことはある。この熱気を味わって、今のテムズだからこそ感じることもあるだろう」
確かにそうかもしれない。こんな機会は二度とない。煽られてる気もするけど、闘技絢爛を観戦した時のような昂ぶりを感じてる。
「では…ゼノック。まずはお前が手合わせしろ」
「はい!テムズさん!よろしくお願いします!」
「こちらこそよろしくお願いします」
木剣を渡されて、訓練場の真ん中でゼノックさんと対峙する。騎士の壁に囲まれて凄い緊張感だ。
「自分はまだ新兵です!胸をお借りします!」
「よろしくお願いします」
「…いざ!」
木剣を構え呼吸を整える。
「ハァッ!」
上段の構えから次々に繰り出される攻撃を全て受けきる。森での動きと違って、地に足が着いていて剣筋も鋭く力強い。打ち込みが多彩な剣術で騎士の剣にも個性があるんだな。
「軽々捌くな」
「若そうなのに強いぞ」
褒められてるけど断じてそんなことはない。ボクはゼノックさんの動きを読んでいるだけ。森での戦闘を見て、ある程度の癖を把握してるから行動を先読みできている。
「フゥゥ…」
闘気が高まる。新人だと言っていたけれど、もう闘気を操れるのか。
「…シッ!」
強化された木剣を質を変化させた闘気で受け止める。それっぽく見えるかな?受けと捌きに重点を置いて手合わせしていると、ゼノックさんに疲れが見えてきたところで終了となった。
「はぁ…はぁ…。ありがとうございました!」
「こちらこそ。ありがとうございました」
「まだ手合わせを望む者はいるか?」
「是非、自分とお願いします」
スッと手を挙げたのは、剣術教官の男性。ボバンさんに近い年齢に見える。
「ネスタか。いいだろう。テムズ殿もよろしいですか?」
「私は構いません」
「では、双方準備せよ」
ネスタさんと対峙する。
「よろしくお願いします」
「こちらこそ。よろしくお願い致します」
互いに礼をする。既に闘気が揺蕩っていてやる気充分といった雰囲気。この人からは強者のオーラを感じる。
「始めっ!」
「ハァァッ!」
合図と同時に大きく踏み込んできた。
「シッ!」
「くっ…!」
顎を打ち上げるように剣を振るったものの、身体を捻って躱されてしまった。さすがの見切り。
「今のは危なかった。呼吸を読まれたか」
「はい」
ネスタさんの動きも観察していたからある程度は覚えてる。ただ、どこまで読みが通用するかわからない。
「正直者だな。コレはどう受ける?」
闘気を纏って連続攻撃を仕掛けてきた。ほぼ同量の模擬闘気を纏って対抗する。かなり力強くて速い。けれど、どうにかついていける。
「実に素晴らしい。君が操っているのはなんという技能だ?確かに我々の闘気のようだ」
「我が故郷では……練気と呼んでいます」
鍛錬の『練』からとった苦し紛れの嘘。ネスタさんの視線を追うと、打ち合いながらボクの動きをじっくり観察しているように見える。
「フンッ!ハァッ!」
木剣に纏わせる闘気量を少しずつ増やして、斬撃の範囲を広げてる。見切ったと油断してギリギリで躱すと闘気が届くな。
凌ぎきって一呼吸置いた。
「テムズ。君は幾つだ?」
「23です」
「その若さで技量も体力も申し分ない。カネルラ騎士団に招きたいくらいだ」
「有り難いお言葉ですが、お受けできません」
「そうだな。俺達は…それぞれ守るべきモノがある」
そろそろ試してみよう。
「フゥゥ…」
「むっ!?」
間合いを取って練気を高める。
「…ハッ!」
一息で踏み込み、狙いすましてネスタさんの頭部に袈裟斬りを放つ。
「速いが甘い!……ぐはっ!」
…と見せかけて回転して胴を薙ぐ。この技はエッゾさんにも通用した。脇腹を捉えネスタさんは片膝をつき、囲みから「おぉっ!」と声が上がる。
「大丈夫ですか?」
「この程度で怪我するほどやわな鍛え方はしてない…。今の攻撃は予想外だった。もしや、俺に動きを読ませていたのか?」
「観察されているようだったので、そろそろ読み切られる頃だと思いました」
「君は若いのに実戦慣れしている」
「そんなことはありません。私は師匠に恵まれているので」
「謙虚だな」
「事実です」
癖を読ませて相手の読みを逆手にとった攻撃を仕掛けるのはハルトさんから学んだ。戦法が上手く嵌まってくれただけ。短時間で相手の癖を読み切るような実力者のネスタさんだから通用したと言える。
「もう少し付き合ってもらおう。綺麗に1本入れられたままでは団員に示しがつかない」
その後は終始押され気味で手合わせが続く。さすがは教官だ。加減されていても強い。何度か危ない瞬間があったけど、なんとか凌ぎきったところでボバンさんが手合わせの終了を告げ、皆は訓練に戻った。
「お見事でしたぞ」
「ありがとうございます。かなり手加減してもらいました」
ダナンさんに褒められるのは嬉しい。邪魔にならないよう引き続き見学させてもらい、充実した時間を過ごす。知らない闘気術も幾つか見ることができた。
合計で2時間ほど見学させてもらって、騎士の皆さんにお礼を告げて訓練場をあとにする。多くを学ばせてもらったなぁ。
「私もテムズさんと手合わせしたいです!」とテラさんが騒いで、取り押さえられたのは余談。
帰る前に時間があったら手合わせしよう。




