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モフモフの魔導師  作者: 鶴源
601/715

601 新聞記者の本心

 ある日の夜更け。


「くそっ!!」


 新聞記者のツァイトは、フクーベの新聞社で髪をぐしゃぐしゃに搔き乱す。


 記事が上手く書けない。言葉が思い浮かばない。苛立ちが募るばかりで語彙力が低くなってる。ドラゴン討伐騒動以降、ずっとこうだ。


 サバト他数名によるドラゴン討伐の報が流布されたのち、国内の新聞社は多忙を極めた。


「ドラゴンが倒されたのは事実なのか?」

「討伐されたのはどこなの?」

「追加の情報はあるか?」


 知人からも数え切れないほど質問され、新聞の売り上げも増加した。ただの噂であっても、掲載するだけで読者から反響がある。但し書きで信憑性は薄いことを明確に記しているのに…だ。


 王族による正式発表は、各新聞や口達にて王都から発信され、即座に各地方へと拡散された。倒されたドラゴンはラードンという魔物で、希少種らしく肉体は魔法により保存され、未だに研究が続けられている。

 研究を取材に行った騒がしい同僚が「あんな魔物を倒せる奴はまともじゃない…」と閉口していた。実物に相当な衝撃を受けたと。

 

 カネルラ王族は根拠のないことを発表しない。過去も現代もだ。誤っていた場合には謝罪の一報が流れるが今回はそれもない。ドラゴンの件も、確信がなければ未だ調査中と答えているだろう。

 王族が発信する情報の正確性を知る国民は、こぞって続報を待った。しかし、その後について情報はなく、唯一『これ以上の調査は困難である』と発表された。国内に被害はなく、国民も調査は控えられたい…と。


 これだけの騒ぎにも関わらず、そして凶悪な魔物の襲来にも関わらず、街や村に被害なく討伐され、場所の特定も目撃者も発見できていないことから、国内で考え得る現場は動物の森かダンジョンしかない。若しくは辺境の地。

 やはり、サバトと数名による討伐である可能性は高いと推測できる。ゆえに動物の森は騒がしくなった。カネルラ国民のみならず、訪れる他国民も増えて行方不明者も増加している。フクーベは森に近いとあって、訪れる者が確実に増えた。


 森は危険な上に保護区であり、興味本位で不用意に近づかぬように国から注意喚起がなされたが、効果は薄く冒険者にとっては多大な恩恵を得る場所で、完全閉鎖に踏み切ることもできない。


 俺は…あの時サバトと縁を繋げなかったことを未だに後悔している。己の未熟さで好機を逃してしまった。サバトから接触を図ってくれたというのに、あれ以降姿を現したことはない。

 それは俺の前に限らないけれど、おそらく俺以外に接触した新聞記者はいないだろう。王族には伝手があることは間違いない。でなければサバトの仕業だと公表できない。情報源となる人物がいるのだ。


 …ふぅ。酒でも飲みに行くか。


 俺が勝手に呼んでいるだけだが、『第2次サバト騒動』も落ち着いてきた。人の興味が移ろいゆくことは知っている。続報がなければ待ち疲れ、記憶はやがて頭の片隅に追いやられる。俺は…それが納得いかない。


 街に繰り出して酒場に向かう。客も減り、まばらな店内に1人飲みしている知り合いの姿を見つけた。


「ツァイトじゃないか」


 気配に気づいて声をかけてくれたのはスザクさん。


「お久しぶりです。1人酒ですか?」

「メンバーと飲んでたけど先に帰っちゃってさ。迷惑じゃなければ一緒に飲むかい?」

「是非」


 泡酒を注文して席に着く。店員は直ぐに持ってきた。


「乾杯」


 グラスを合わせてグッと飲み干す。


「いい飲みっぷりじゃないか」

「最近、仕事が上手くいかなくて」

「そうか。俺でよかったら話してみなよ」


 仕事の上司でもないのに、聞き上手なスザクさんに心の丈を長々とぶちまける。特にサバトへの不満を。


「俺は…サバトの功績はもっと評価されるべきだと思ってます。これほど大きな出来事が忘れられるのなら、俺達記者なんて初めからいりません」


 サバトが望んでなくとも俺はそう思う。


「会って話したいんです。お前は…凄いことをやってのけてると声を大にして言ってやりたい!」

「お前さんは誰よりサバトに会いたがってるからなぁ」

「そうなんです。もう、スザクさんが羨ましくて」

「なぜだ?」

「サバトと普通に会話して、酒を飲む約束までしてるなんて羨ましいですよ」

「ちょっと席を移動しようか」


 なぜか隅っこの離れた席に移動する。


「もう一緒に飲んだよ」

「ほ、本当ですか?!」

「サバトは酒を飲まなかった。だから飯を奢った」


 なんてこった…。


「俺のことは訊いてくれましたか?」

「もちろん。お前さんに会ってくれないか頼んだけどダメだった。力及ばずですまん」

「そうですか…」

「でも、熱くていい記者だと褒めてた。コレは本当だよ」

「言うことがエルフっぽくないんですよね。新聞記者なんて興味もないでしょうに」


 スザクさんは下らない冗談で他人を揶揄うような人じゃない。だから、ちゃんと確認して断られたんだろう。


「スザクさん。どうすればサバトに会えるんですか?」


 ハイペースで酒を飲み、酔いが回ってハッキリ言ってしまう。


「そうだなぁ。知り合いの紹介が手っ取り早いだろうけど、かなり難しい。なぜかわかるかい?」

「わかりません」

「紹介した相手がサバトの嫌う行動をとった場合、紹介した者もまとめて会えなくなるからだ」

「そんなことあるんですか?心狭すぎでしょう」

「サバトは人の輪を広げたがらない。基本的に信頼してる者の紹介しか受けないし、そんな者でもあっさり縁を切る。サバトに恩があったり、付き合いを続けたい者は人を紹介することを躊躇うのさ」

「なるほど…。面倒くさい奴ですね」


 直情的になってるが、そう思うから仕方ない。イライラして口も悪くなるってモンだ。


「受け取り方はそれぞれ。俺はサバトらしくていいと思うよ」

「スザクさんはいいんですよ。多分また会えるんでしょうし」

「言っておくけど、俺はお前さんを紹介したいと思ってる。でも、無理かな。お前さんの態度は嫌われる可能性が高い」

「それはスザクさんの予想で、やってみなくちゃわかりません。紹介してくださいよ」

「お前さんは、サバトに1回会えば満足かい?」

「無理ですね。山ほど聞きたいことがあるんで」


 スザクさんの表情が真剣に変わる。


「じゃあ、もっと落ち着け。お前さんが魔法で燃やされそうになっても止めることはできない可能性が高いんだよ」

「俺の身を守れないってことですね。構いません。遊びじゃないんで」

「そうかぁ」


 スザクさんは本当にいい人だ。俺を会わせる際の問題点を真面目に考えてくれてる。なのに、俺は失礼なことばかり。

 スザクさんだからサバトのような偏屈エルフとも話せるんだろう。でも、俺は会いたいんだ。本気だと伝えておきたい。


「お前さんは、会って話してなにがしたいんだい?」

「そうですね…」


 なにが……。


「わかりません。ただ会いたいです」

「はははっ。わかりやすいな」

「こんな気持ち初めてで。一度会ってるだけに、余計思うのかもしれないです。アイツの素性を知りたいのは……記者だからじゃなくて個人的な欲求で」

「そうなのかぁ」

「自分でもわかってませんでした。今気付いたんです」

「酒を飲むと本音が出る。自分の知らない本音に気付くのも面白いなぁ」


 俺は…とにかくサバトに会いたいんだな。


「スザクさんは悔しくないですか」

「悔しい?」

「サバトを知ってるじゃないですか。俺は1つだけど魔法も見ました。そこらの魔導師とモノが違うのは素人でもわかります。そんな奴が…時代に埋もれて生きてるんです」

「それがなんで悔しいんだい?」

「長い年月をかけて磨いた魔法を、世間に見せて驚かせて…。誰にも迷惑かけずに静かに暮らして…大事故を未然に防いだりもする。普通と逆の我が儘エルフを気にするなってのが無理ですよ。悔しいです」

「ははははっ。お前さんは大分酔ってるなぁ」


 俺もそう思う。言ってることが支離滅裂だ。


「得体の知れない魔導師の、ただの支持者(ファン)です。次はなにをやらかすのか楽しみで仕方ありません。記事にするとかどうでもいい」

「わかるよ。予測不能な男だから」

「スザクさんは竜殺しに加担してないですよね?あり得そうだと思ったんですけど」

「してない。是非参加したかったね」

「ホントにサバトの仕業なんですかね?死体を直に見た同僚はもの凄い魔物だって言ってました」


 あの優しげな男がやったと思えない。佇まいは虫も殺さないように見えた。


「出回ってる姿絵のままらしいなぁ。サバトがやったのは間違いない。疑うだけ無駄だよ」

「あの事件以降に話したんですね?羨ましい」

「まぁね。俺はサバトに恩があるんだ。武闘会のときの治療とダンジョンでの魔力補充。その他にも1つ。恩を返すまでは会えなくなるワケにはいかない。けど、折を見てお願いしてみる」

「お願いします。スザクさんしか頼れないんで」

「サバトが記者を必要とするときは、お前さんの元に現れるだろうなぁ。でも、そんな時がないよね」

「次は「記事を載せてやる」って即答できる男になっておきます」

「あと、お前さんにだけ教える。サバトは街に結構現れてる。皆が気付いてないだけで、割と遭遇できる可能性は高い」

「そうなんですか?変装とかしてるってことですね」

「そうとも言えるし、そうじゃないとも言えるなぁ」

「今の俺は謎かけを解ける自信ないです」

「はははっ!そうだろうなぁ。ちなみに、サバトは嘘を吐かないから見抜かれたら正直に答えてくれると思うよ」

「当ててみたいですね」


 言いたいことを吐き出したあと、スザクさんと別れて帰路につく。


 完全に飲み過ぎた…な…。






 二日酔いで仕事が辛い。自分のせいとはいえ、活字を見て目が回るようでは仕事にならない。タバコをふかし、酔い覚ましのカフィを飲みながら昨日の会話を思い出す。


 サバトは結構街に現れているとスザクさんは言った。割と遭遇できる可能性が高いとも。さらに「見抜かれたら」と言ってた。つまり変装してるんだ。飯を奢ったのもきっと店だろうし、そうでなければ猫面は目立ちすぎる。

 変装していても見破れば答えてくれるのが本当なら、怪しい奴に片っ端から声をかけるのもありか。


 …ダメだ。探っていることがサバトにバレたら、二度と街には姿を現さないかもしれない。尋ねるとしても1発勝負で決めるつもりで挑む必要がある。

 調査は控えるよう命じられていて、社に迷惑はかけられない。仮に正解しても、「だからなんだ?」と言われて終わりそうだ。その後の展開も考えて話しかけたい。


 ちゃんとした理屈を伝えないと、推測では会話できない気がする。


 …待てよ。サバトはなぜ街に現れているんだ…?むしろ、規格外の魔導師が街に現れてなにもせず帰ってるのか…?

 軽々と常識外れの魔法を操り、人を驚かせるような男だ。突拍子もない思考かもしれないが、人知れず事件でも起こしていると仮定したら……。


 これまで社に寄せられた情報から、未解決や気になる事案を拾い集めてみるか。フクーベが主になるけれど、なにか糸口が掴めるかもしれない。


 俺は、俺らしい方法でサバトに迫れるか試してみたい。もちろん本人には悟られないように。社にも迷惑をかけないよう立ち回って、サバトに迫れたならズバリ言い当ててみたい。


 その時は俺と話してくれ。

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