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モフモフの魔導師  作者: 鶴源
600/716

600 金髪娘と銀狼

 ウォルトは予想外の再会にも特に驚かなかった。


 途轍もない方向音痴だと知っているから、また出会う可能性はあると思っていた。ただ、風下にいたアルビニさんの匂いに気付かなかったけど。

 魔法を使う前には結界内を確認しようと思ってたけど、出た瞬間に鉢合わせしたのは想定外。ちょっと油断してたし、輩じゃなくてよかった。


「お久しぶりです」


 とりあえず挨拶する。


「久しぶりだな……」


 ん…?視線が下に…。…あぁ、そうだ。この人は無類のモフモフ好き。


「アルビニさん。彼等はボクの友達です」

「俺はペニーだ!よろしくな!」

「俺はシーダだぞ!」

「なぁっ…!狼が喋ったっ!?」

「俺達は銀狼だ」

「狼じゃないぞ」

「フェ、フェンリルとは、この森の伝説のか…?」

「その通りです」


 ペニー達は、ボクの友達なら話しかけても大丈夫だと思ってるっぽい。ただ、どっちみちこの人には隠せない気がする。

 なぜなら、この後の行動がなんとなく読める。皆に絡んで、ペニー達は話すのを我慢できないだろう。動物好きだから、バレても嫌がることはしないはず。万が一やったとしたら、どうにか記憶を飛ばして森に放置しよう。


「ところで、冒険中ですか?」

「う、うむ。メンバーに捨て置かれ、森を彷徨いながら一昼夜を過ごし、ココに辿り着いたら君がいたという偶然なのだ」

「なるほど」


 清々しいほど迷子だ。


「もしや、君の隣にいるのは猫では…?」

「友達のシャノです」

「猫と友人とは、なんと羨ましい…」


 呼吸も荒くなり興奮した表情のアルビニさん。モフりたい欲が顔を出してきたな。


「ウォルト。アルビニはなんでおかしな顔してるんだ?」

「ちょっと怖いぞ」

「ニャッ!」


 シャノはボクの後ろに隠れる。


「アルビニさん、落ち着いて下さい。皆が怖がってます」

「はっ…!す、すまない…」

「モフモフが好きすぎて、いつも迷子になってるんですよね?冷静になりましょう」

「そうなのだが……今の私は君が羨ましくて仕方ないのだ…」

「一旦食事をしませんか?歩き回って空腹なのでは?」

「そうだが、いいのか?」

「構いません。アルビニさんはお腹が空いてるみたいだから、少しだけ待ってくれるかい?」

「わかった。ウォルトの飯を食えば元気がでる」

「腹が減ってると辛いぞ!」

「ニャッ」

「な、なんと優しいのだ…。動物が私の心配をしてくれるとは…。薄情なパーティーメンバーとは大違いだ…。ぐすっ…」


 アルビニさんは泣き出してしまった。自業自得の部分が大きいけど。


 住み家に招いて、料理を作ろうと台所で食材を吟味していると…。


「なんというモフモフっ…!これはたまらないっ!」

「くすぐったいな!」

「アルビニは毛皮が好きすぎるぞ!」

「ニャ~!」


 居間で皆が相手をしてくれている。捕まってるとも言えるけど、声は嫌そうじゃない。

とにかくさっと作ろう。アルビニさんは肉を食べられないことは知ってる。エルフ料理をベースにしようか。


「できました」


 作った料理を手に居間に向かうと、目を瞑ったアルビニさんが床に大の字で寝ていた。なにやってるんだこの人は…。


「起きろ。ウォルトの飯ができた」

「早く食べた方がいいぞ。寝たのか?」

「ニャ~」


 皆に囲まれ、肉球で顔を押されてニヤけてしまってる。寝たふりは下手だな。動物に心配されるのが嬉しいんだろう。


「アルビニさん。早く食べて元気になれば、皆に遊んでもらえるかもしれませんよ」

「それは僥倖だ!」


 跳び上がってご飯を食べ始める現金なS級冒険者。


「う、美味いっ!?これほど美味い料理はそうそうない!」

「そうだろ!」

「ウォルト飯は美味いんだぞ!」


 シャノがアルビニさんの膝に載って丸くなる。


「優しい皆と一緒に食事できるなんて、幸せ過ぎる…。いつ地獄に落ちても構わない…」

「本当に動物が好きなんですね」

「私は高ランク冒険者の両親の元に生まれ、厳しく育てられた。幼少期から遊ぶ時間も惜しんで訓練に明け暮れ、戦闘技術を学んだのだ」


 まだ若いのに強い理由はそれか。もちろん才能もあったんだろう。


「辛いことが多かったよ。そんな中で…動物だけが癒しだったのだ。我が家には、両親が冒険中に保護して共に暮らしたチョコという犬がいてな。天寿を全うして亡くなってしまったが…何度心を救われたかしれない…」

「そうでしたか」

「動物と共に暮らしたいと思うが、冒険者として忙しく、彼等には彼等の領域がある。こうしてたまに触れ合えるだけで充分だ。冒険者を引退してから考える」

「ニャッ」


 動物好きだとわかるから、皆はアルビニさんに優しいのかもしれない。

 

「ふぅ。ご馳走になった。とても美味しかったよ」

「よかったです」

「なぁ、アルビニ」


 ペニーが話しかけた。


「どうしたのだ?」

「土臭いな。俺達と一緒に風呂に行くか?」


 確かに匂う。昨日は野宿したんだろう。気遣いのできる銀狼。


「な、な、なんとっ!?よ、よいのかっ?!」

「俺とペニーは朝から動きっぱなしだ!さっぱりしたいぞ!身体を洗ってくれ!」

「そ、そうかっ!ウォルト!構わないだろうかっ?!」

「構いません。着替えはありますか?」

「ある!」

「浴槽に水は張っていますが」

「炎の魔石もある!私でも沸かすのは可能だ!行こう!」


 場所を教えると、目を輝かせて足取り軽くお風呂に向かった。ペニー達に「彼女はボクが魔法を使えることを知らないから、内緒にしておいて」とお願いしておく。


「ニャッ」

「そっか。シャノはボクが洗うよ」


 風呂を断ったシャノと猫じゃらしで遊んでいると、お風呂から楽しそうな声が聞こえてくる。


「アルビニは洗うのが上手いな!」

「かなり気持ちいいぞ!」

「そうかっ!昔は毎日洗っていた!ハッキリ伝えられると嬉しいものだな!」


 洗うコツとかあるのかな?あとで教えてもらおうか。






「うっ… うっ…」

「ど、どうしました?!」


 着替えてお風呂から出てきたアルビニさんが、なぜか泣いている。号泣と言ってもいい。


「ペニーとシーダとお風呂に入って……不覚にも小さかった頃を思い出してしまったのだ…。チョコと暮らした記憶が鮮明に蘇って…」

「そうでしたか…。家族の一員だったんですね」

「決して忘れることはない…」


 彼女にとって、大切な家族を亡くしたんだな。


「家族のことは忘れないだろ」

「覚えてて当たり前だぞ」

「その通りだ…。こんな話ができるのも、相手が君達だからこそ…。誰もが動物に理解があるわけでは……いや、今はやめておこう…」


 皆を見て、アルビニさんは語るのをやめた。なんとなく言いたいことがわかる。動物の話をするとき、価値観の違う人にいくら説明しても無駄だ。

 いかに悲しくても、『たかが動物がいなくなったくらいで』と思う人もいるはず。そんな話を皆に聞かせたくないんだろう。


「このあとペニー達と遊びたいのだが、いいだろうか?」

「本人達がよければ止める理由がないです。ペニーとシーダはいいかい?」

「もちろん!」

「遊ぶぞ!」

「ボクとの手合わせは今度にしよう」

「「そうだな!」」

「あと、シャノはお腹に子を宿しています。あまり無理はできません」

「そうなのか!?とても素晴らしいことだ…。シャノ…。元気な子を生んでくれ…」

「ニャ」


 優しい目をしてシャノを撫でるアルビニさんに、1つお願いしてみようか。この人なら任せられる。


「遊ぶ前に、よければ軽くペニー達と手合わせしてもらえませんか?2人は強いんです」

「ほぅ。私は構わないが」

「ありがとうございます。ペニー、シーダ。アルビニさんはもの凄く強い冒険者だ。手合わせしたらきっとタメになるよ」

「そうなのか!やりたい!」

「絶対勝つぞ!」

「ははははっ!…いいなっ!こういう遊びは、相手が意思疎通を図れる銀狼ならではかもしれない!私も銀狼の力に興味がある!」



 皆で更地に向かい、木剣を持った軽装のアルビニさんとペニー達が対峙する。


「ところで、手合わせの勝敗はどうやって決めるのだ?」

「そうですね…」


 この人は強い。スザクさんとの闘いを見た限りでは、まだペニー達は敵わない強者。


「アルビニさんが2人のどちらかに抱きついたら勝ちで、ペニー達の攻撃が当たったら負け…というルールはどうでしょう?」

「いいだろう。言っておくが私は素早いぞ」

「それでいい」

「やってやるぞ!」


 互いに臨戦態勢に入る。


「では、手合わせ初め!」


 合図と同時にアルビニさんが駆け出す。跳びかかるような爆発的な加速で、宣言通りの速さ。


「もらった!」

「甘いぞアルビニ!」

「余裕だぞ!」


 伸ばされた手を躱した2人は、狼吼の雷撃を放つ。


「なんと素晴らしい攻撃だっ!」


 大きく跳んで躱すアルビニさん。交互の連続発動をモノともせず冷静に躱し続ける。


「予想もしなかった美しい攻撃だ。銀狼の力を初めて知る」

「シーダ!まだまだ行くぞ!アルビニは強い!」

「任せろ!」


 ダンジョンで学んだ遠距離からの連携でアルビニさんを翻弄する。


「さすがは森の守護者。興奮が止まらない」


 絶えず動き続けるアルビニさんの目は笑ってない。観察するような強者の目だ。


「私も力を見せよう」

「ペニー!来るぞ!」

「わかってる!」


 木剣を腰に構え、抜刀する動きと同時に衝撃波が2人を襲う。『破砕』のような技能だけど魔法じゃない。一瞬すぎて力の源は視認できなかった。


「グウゥッ…!」

「やるなっ…!」


 吹き飛んだ2人にアルビニさんが迫る。


「これで終わりだ!おもいきり抱きしめさせてもらうぞ!」

「そうはさせるか!」

「捕まらないぞ!」

「ぬっ?!」


 雷の狼吼を纏い、アルビニさんが怯んだ隙に2人は身を躱した。


「そんなこともできるのか…。驚かされる」

「こっちもだ!」

「アルビニは強いな!」


 百戦錬磨の冒険者を相手にすると、どうしても不利。ボクなりに平等に思える条件で手合わせしてもらってる。

 格上のアルビニさんは、どうやってこの状況を打破するのか。普通なら狼吼が切れるのを待つのが王道だと思うけど。


「その力は面白い。Sランク冒険者の力で打ち破ってみせよう!」


 アルビニさんは、間合いを詰めながら薙ぐように剣を振るう。


天剣波動(レイギナ)


 ペニー達の纏う狼吼が掻き消された。まるで『無効化』のような技能。


「なんだっ!?」

「いきなり狼吼が消えたぞっ!」


 速度を上げたアルビニさんは、もう2人の目の前。


「掻き消すのは秒で充分。纏う前に抱きつけば私の勝ちだっ!」


 絶対絶命に思えた。次の瞬間…。


「なっ…!?」


 手を伸ばした先にいたはずの2人は、忽然と姿を消した。


「ど、どこだっ!?」


 周囲を見渡すもどこにも姿がない。


「ココだ」

「俺達の勝ちだぞ」


 姿を現した2人は前脚をアルビニさんの背中に添える。優しい肉球攻撃。


「…ふっ!はっはっはっ!私の負けだっ!」

「やった!」

「勝ったぞ!」

「まさか姿を消すとは…。実に見事だった」

「アルビニも相当強い!」

「危なかったぞ!」

「そうかっ!可愛いのに強いなど……お前達はまさに最強だっ!」


 健闘を称え合ってモフられる2人。一瞬での判断も素晴らしかった。ボクは予想しなかった結末。その後、シャノも交えて4人で遊び続けていた。ボクは邪魔しないよう遠目に見つめる。


 皆と遊ぶことで、家族だった犬を失った彼女の悲しみが少しは紛れるだろうか。ボクは獣人だから、動物を愛する気持ちをいつまでも持ち続けてもらいたいと願う。






「私は嬉しいが、本当にいいのか…?」

「遠慮するな!友達だろ!」

「背中に乗せてやるぞ!友達だから特別だ!」

「ニャッ」

「そうか…!ペニーもシーダもシャノも友達か…!嬉しすぎる…」


 早めの夕食を終え、ペニーとシーダが帰るのに合わせて、アルビニさんを王都の近くまで送ることに決まった。身重のシャノは留守番。


「ウォルト。今回もお世話になった。新たな友人にも恵まれて感謝にたえない。ありがとう」

「気にしないで下さい」

「ときに、少し前に君宛の依頼を出したのだが、冒険者ではなかったのだな」

「ボクは冒険者ですが、報酬は必要ないのと、目立ちたくないのでフクーベにはいないという理由で断りました。噓を吐いてすみません」

「はははっ!正直者だ。君を少しモフらせてもらえないだろうか?」

「いいですよ」

「では…」


 がっつり前から首に抱きついてモフってくるとは…予想外。


「…君も素晴らしい毛並みだ」

「ありがとうございます」

「アルビニもウォルトの番なのか?!」


 こんなことすると勘違いされるよね。


「違うが…こんなに動物好きで動物に愛される夫ならアリだな!毎日が楽しいだろう!」

「それだけで決めることじゃないです。あと、1つだけ伝えておきたいことが」

「なんだ?」

「冒険者が銀狼の里を探すクエストを行っています」

「なに…?知らなかった」

「銀狼の皆と貴女達は、敵になる可能性があるので伝えておきます」


 とても大事なこと。この人の所属するパーティーなら里に辿り着くだろう。アルビニさんはそっと離れた。


「そういうことなら、私に任せておけ」

「なにを任せるんですか?」

「いずれわかる。それと、私と君は友人でいいのかな?」

「貴女がよければ構いません。今さらですが、ボクはウォルトと言います」

「アルビニだ。改めてよろしく」

 

 鍛錬がてら駆けて王都へ送り、ずっと背中に抱きついてペニー達をモフっていたアルビニさんと別れた。


 また泣いてたな…。明日から大丈夫だろうか?


「今回も楽しかった!友達も増えたしな!」

「また遊びに行くぞ!」

「それまで元気で」


 里に向かって駆け出したペニー達を見送り、ボクも住み家に向けて駆け出した。



 後日、オーレン達から「銀狼の里を捜索するクエストが取り下げられました」と聞いた。王都の高位冒険者から「このクエストを継続するなら冒険者を辞める」とギルドに申し出があったらしい。おそらくアルビニさんだ。

 貢献度が高く、影響力が大きい冒険者にギルドを抜けられると確実に困る依頼者が出てくる。逆に銀狼の里が発見できなくても誰も困らない。天秤にかけたなら結果は火を見るより明らか。


 これがアルビニさんの発言の真意。彼女は友達の住み処を守ってくれたんだ。また再会できたならできる限りもてなそう。極度の方向音痴である彼女が住み家に来るには、森で迷って偶然辿り着くしかないけれど。

読んで頂き、ありがとうございます。

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