598 さて、今日の予定は?
ペニー達が泊まりに来た翌日は、サマラもチャチャも仕事や狩りの予定があるので朝早くから帰宅準備。
「いつも思うけど、帰りたくないね~」
「まったくです」
朝食を一緒に食べて、2人を見送ろうと思っていたけど…。
「サマラ!一緒に行ってやろうか!」
「街に行くんだろ?危ないから付いていってやるぞ!」
ペニー達が元気一杯で尋ねる。ダイホウに初めて行ったときと同じだ。街に行きたくて仕方ないんだろうな。
「ペニー。シーダ。もう少し余裕を持って消えれるようになってからはどうかな?」
「そうか…」
「残念だぞ…」
しょぼんとしてしまった。
「兄ちゃん。私のことは気にせず一緒に行ってあげなよ。私は次でいいから」
「いいの?」
「2人は消える狼吼を覚えて頑張ったからね」
チャチャがそう言ってくれるなら。
「ペニー、シーダ。街に行ってみよう」
「いいのか!?」
「やったぞ!」
跳びはねて喜ぶ2人。
「シャノも街に行ってみる?」
「ニャ」
どうやら行かないみたいだ。
「留守番を頼むね。水とご飯は小屋に置いておくから。夜までには帰るつもりだよ」
「ニャッ!」
戸締まりをして、揃ってフクーベに向かう。チャチャとは途中で別れることに。
「いいこと思いついた!ダイホウとの分かれ道まで皆で競走しようか!」
「いいな!」
「やるぞ!」
「いいですよ」
ボクは最後尾から付いていこう。
「いっくよ~。よ~い…どんっ!」
一斉に駆け出した。生い茂る森をものともせず、快調にとばす4人はかなりのスピード。
「3人とも…速いっ…!」
チャチャも駆けるのは速いけど、このメンバーではどうしても劣勢。
「サマラ~!」
「待て~っ!」
「待たないよっ!」
森を駆けるのに慣れている銀狼でも、サマラの速さに付いていくのが精一杯。前に競走したときより速くなってる。このペースだと、ダイホウへの分岐点までは10分かからない。
「…っしゃあ~!私が1位!」
「負けたぁ~!」
「悔しいぞっ!」
「はぁ…。はぁ…。くっそぉ~!速すぎ!」
結果、サマラが先頭でゴールを駆け抜け、ペニー、シーダ、チャチャと続いた。
「チャチャ!またね!」
「またな!」
「遊ぶぞ!」
「うん。元気でね」
ペニーとシーダをモフり、ボクとハグを交わしたチャチャはダイホウに向かって駆け出した。
「じゃあ、私達は街に向かおう!また駆けるよ!」
「「おぉ~!」」
今度はフクーベに向かって駆け出す。再び競走が始まった。残すはあと少しだ。
「勝ったぁ~!」
「負けたっ!」
「サマラは凄く速いぞ!」
「ここでお別れだね!ペニー、シーダ、もっと鍛えといてよ!また勝負しよう!」
「今度は負けないからな!」
「次は勝つぞ!」
サマラも2人をモフって、ボクとハグを交わした後に駆け出した。仕事に間に合うといいけど。さて、試してみようか。
「ペニーとシーダに試してみたい魔法があるんだ」
「なんだ?」
「面白いのか?」
「上手くいけば、街で動くのが楽になると思う」
「「いいぞ!」」
「ありがとう」
まずは誰もいない街の外でペニー達に姿を消してもらう。そして、ボクの魔力と狼吼を混合して練り上げ、少々手を加える。
『連鎖』
2人の狼吼とボクの魔力を限りなく細い魔力の鎖で繋ぐ。『念話』の魔力も混合した。
「魔法を付与してみたけど、気にならない?」
「ならない」
「なにも変わってないぞ!」
「じゃあ、コレが聞こえる?」
声を出さずに語りかけてみる。
『ペニー。シーダ。聞こえる?』
「聞こえる!」
「なんでだ?!不思議だぞ!」
『声を出さずに、心の中で話してみて』
『…こうか?』
『聞こえるか?』
『聞こえてる。成功したね。近くにいれば声を出さなくても話せる』
『なるほど』
『人を驚かせずに済むぞ!』
2人は自分達が人族から狼と間違えられるのを理解してくれて、できるなら怖がらせたくないと思ってくれる優しい銀狼。慣れるまで簡単に会話してみたけど問題なさそう。
『じゃあ、このままフクーベに行ってみようか』
『『行こう!』』
『あまりボクから離れると、心の声が聞こえなくなるから気を付けて』
『『わかった!』』
並び歩きフクーベに足を踏み入れる。
『ここがフクーベ。カネルラでも大きな街だよ』
『これが街か。家が大きいし沢山あるな』
『ダイホウとは全然違うぞ』
『臭くない?』
『『臭い』』
『だよね。慣れたらあまり気にならなくなるよ。まずは…どこに行こうか』
『ウイカとアニカに会いに行こう!』
『この街に住んでるんだろ?知ってるぞ!』
『そうだね。行ってみようか』
オーレン達の住居は割と近い。直ぐに辿り着いた。まだ朝早いけど、起きてるかな?玄関ドアをノックするとオーレンが顔を出した。
「はい…って、ウォルトさん!?おはようございます!」
「おはよう。朝早くに来てゴメンね」
「全然大丈夫です。中へどうぞ」
ペニー達も中に入ったのを確認してドアを閉める。
「今日は友達と一緒に来たんだ」
「そうなんですか?後で合流ですか?」
「もういるよ」
ペニーとシーダに『姿を見せていいよ』と伝える。
「……おわぁっ!びっくりしたぁ!」
「2人はペニーとシーダ。銀狼なんだ」
「「よろしくな!」」
「…ホントに話せるんですね。アニカ達から聞いてはいました」
しゃがむオーレン。
「俺はオーレン。ウォルトさんの友達だ。よろしく」
「オーレンか!俺はペニーだ!」
「かっこいい名前だぞ!俺はシーダだ!」
「ありがとう。初めて言われた」
優しく2人を撫でる。
「銀狼にも隠蔽する魔法は通用するんですね」
「2人は自分の力で消えてるんだ」
「マジですか?!すげぇ!」
「俺達のは魔法じゃなくて、狼吼っていうんだ!」
「もっと褒めていいぞ!」
「あははっ。ホントに凄い。ところで、アイツらはまだ寝てます。今日は俺が飯当番なんで」
「そうなんだね」
確かにいい匂いが漂ってる。
「俺とシーダが2人を起こしてやる!」
「任せとけ!」
「いいけど、アイツらは寝起きは機嫌が悪いぞ?」
「ボクも付いていこうかな」
「「よし!行こう!」」
ペニーとシーダは姿を消す。もう完璧に体得してるな。驚かせないように、とりあえずボクも消えておこうか。
「じゃあ、行ってくるよ」
「まったく見えないと、話すときの違和感が凄いですね」
そっとドアを開けて中に入ると、2人は1つのベッドで眠ってる。相変わらず仲が良い。
『ウォルト。ちょっと驚かせていいか?』
『う~ん…。あとが怖いけど、チャチャのようにくすぐられることはないと思うよ』
『よし。だったらやるぞ!』
2人はベッドのすぐ傍に座った。
「「ガウ~ッ!」」
「「わぁぁ~!」」
姉妹は同時に跳び起きる。
「今のなにっ!?」
「なにか吠えなかった?!」
キョロキョロと見渡してるけど、さすがに気付かない。すぅっと姿を現す2人。
「ウイカ!アニカ!久しぶりだな!」
「元気だったか!?」
「えっ!?ペニーとシーダ?!」
「魔法で消えてたの!?」
「違う!俺達の狼吼だ!ウォルトの魔法じゃない!」
「褒めてもいいぞ!」
「そうなんだぁ。凄いねぇ~。…ん?」
「私達より凄いじゃん。…ん?」
姉妹はなにかに気付いたように周囲を見渡す。そして……ボクと目が合った。
「そこだっ!」
「間違いないっ!」
「わぁぁっ!」
2人はベッドから跳び上がって抱きついてきた。しっかり受け止めてあげる。ボクも姿を現す。
「やっぱりウォルトさんがいた!」
「予想通りだね!」
「なんでわかったの?薄ら見えてた?」
自信あったんだけどなぁ。
「違います。前に『隠蔽』は魔法が視えない人には通用しないって言ってましたよね」
「言ったね」
「私達は、魔力を操作して体内の巡りを止めてみました!視覚も鈍くなるかなって!やってみたら薄ら見えたので!」
「その発想は素晴らしいね」
「聞いたときから試してみたいと思ってて」
「魔力操作の修練してました!」
「さすがだね」
やっぱり凄い魔導師に成長すること待ったなしだ。
「オーレンが飯を作ってた!」
「早く行かないと冷たくなるぞ!」
「そうだね」
「行こっか!」
ゆっくり後を追いながら、ちょっと考えを巡らせる。魔法が視認できない者は意外に多いらしい。特に人間に。ということは、隠れたペニー達の姿が見える者も街にはいる。さっきは朝早いから人も少なかったけど、なにかしら対策を考えたい。
配膳してるオーレンにペニー達が話しかける。
「オーレン!肉あるか?」
「焼いてほしいぞ!」
「わかった。焼いてやるからちょっと待ってろ」
いい匂いにやられたのかな。
「オーレン。ボクが焼こうか?貴重な食料だから、後でお金も払うよ」
「いらないです。いつも住み家でご馳走になってますし、俺が2人に食べさせたいんで焼いてやりたいんです」
アニカとウイカも笑顔で頷いてくれる。
「ありがとう。甘えさせてもらう。香辛料を軽く振ってあげると喜ぶよ」
「わかりました」
料理が出揃ってボクも頂くことに。食べたばかりだから軽めにご馳走になる。
「美味しいなぁ」
「マジですか?!」
「本当だよ。味付けがいいね。思いつかない優しい味だ」
「やった!」
自分にはできない味付けの料理を食べると勉強になる。気にしていてもやっぱり好みの味に偏るから。
「す~ぐ調子に乗る!」
「乗ってねぇよ!ペニーとシーダはどうだ?」
「ウォルト焼きの方が美味いな」
「オーレン焼きは負けてるぞ」
「ぐぐっ!仕方ないか…」
「でも美味い」
「そうだな!違う味もいいぞ!」
美味しいと不味いは確実にあるけど、料理に細かい優劣はつけられない。
「ウォルトさん達は、私達にわざわざ会いに来てくれたんですか?」
「寄るつもりだったけど、2人が街に行ってみたかったからなんだ」
「じゃあ、フクーベ見学なんですね!」
「俺達も行けたらよかったんですけど、今日は他のパーティーとクエストに行く予定が入ってて」
「気持ちだけもらっておくよ。ありがとう」
後片付けだけ手伝って、外に出る前に思いついた魔法をペニー達に付与していいか確認する。
「ペニー。シーダ。今のままでは姿が見える人がいるんだ」
「そうなのか?」
「だから、君達の狼吼にボクの魔法も混ぜて完全に見えないようにしたい。試していいかい?」
「いいぞ!」
狼吼に近い『可視化』と『隠蔽』を混合して、練り上げた魔力を2人に付与してみる。矛盾してるようだけど、魔力を視認するための魔法である『可視化』は、『隠蔽』の魔力のみを目で捉えるられるようになる…という予想。
「シーダは消えてるな。俺はどうだ?」
「ちゃんと消えてるぞ」
「気持ち悪くないかい?」
「「ないぞ」」
「次は、オーレンの身体に『隠蔽』を付与させてもらえないかな?」
「やってください」
オーレンには従来の『隠蔽』を付与する。スッと姿が消えた。
「そのままこの世から消えればいいのに」
「ふざけんなっ!このっ!」
「…あいたっ!見えないのをいいことに、やったなコイツっ!」
いつものケンカはとりあえず放っておこう。アニカ達から聞いた魔力操作で、体内の魔力の流れを完全にせき止めてみる。特に頭部からは綺麗に追い出した。
オーレンの姿はハッキリ見えてる。そして、ペニー達は薄ら見えてる。混合する魔力の割合を調整してみよう。
「コレで大丈夫かな」
「やったな!」
「さすがウォルトだぞ!」
完全に見えなくなった。『可視化』の割合は少なくていい。これも新たな発見。
「オーレンの魔法を解除するよ」
3人は足早にギルドへ向かう。冒険に向かう皆は、やっぱり生き生きしてる。そういえば、ランクが上がったのに最近は薬草採取もしてないなぁ。
『お腹も膨れたし、街を歩こうか』
『行こう!』
『行くぞ!』
フクーベ見学に繰り出すと、人が増えてきた。仕事が始まり店も商売を始める時間。
『人が多いな』
『いろんな奴がいるぞ』
『この街は、ほとんどが人間と獣人だね』
ドワーフやハーフリング、稀にエルフも見掛けるけど、旅人なのか住んでいるのかも知らない。
『食い物の匂いがするのは店っていうんだよな』
『見たことないモノばかりだぞ』
『気になるモノがあったら言ってくれないか』
やっぱり気になるのは食べ物だろう。果実に飴を塗った菓子が気になるみたいだから、2つ買ってみた。人目に付かない路地裏に入り、こっそり食べてもらう。
『美味い。でも、コレはちょっとでいい』
『舐めるだけでいいぞ』
『普段は果実も食べないだろう?』
…と、菓子を食べ終えたところで2人は排泄するときの動きを見せる。銀狼は賢いから、住み家ではトイレだったり森の中で用を足してくれてる。
『ウォルト。出そうだ』
『出してもいいか?』
『いいよ。おもいきり出して構わない』
姿は見えないけど、大も小もやり終えてスッキリしたかな。痕跡を残さないよう闇魔法で消滅させ、水分も魔法で乾燥させて『清潔』で匂いも消す。
『ふぅ。落ち着いた』
『ウォルトがいれば、なんでもできるぞ』
『大袈裟だよ。またしたくなったら遠慮なく言ってくれ』
その後も街中をぶらりと散歩する。
『街は大きい』
『なんで人族は集まって街を作るんだ?』
『助け合っている暮らしてる内に、子供も増えたりして大きくなっていくんじゃないかな。違う街から来て、こっちの街がいいと移り住む人もいるんだ』
ゆっくり歩いていても今日は絡まれないから助かる。全体的に獣人も少ない。
『ウォルト』
『そろそろ住み家に帰るか』
『まだ全部見てないけど、もういいの?』
『面白いけど、ちょっと臭すぎるな。長くいれない』
『森に帰りたいぞ。ダイホウは臭くないのに』
『気持ちはよくわかるよ。何度か来れば慣れると思うけど、今日は初めてだからこのくらいにしておこうか』
嗅覚が鋭いほど街は辛い場所になる。慣れないようだと厳しいか。…そうだ。
『だったら、ダイホウみたいな村に行ってみるかい?結構遠いけどオーレン達の故郷なんだ』
『行ってみたい』
『面白いのか?』
『どうかな?ただ、自然が豊かで匂いもいい。あと、子供達が元気一杯なんだ』
『行こう!』
『友達を増やすぞ!』
『それか、ダンジョンに行くっていう選択もあるけど』
『ダンジョン?』
『なんだそれ?』
『魔物が棲んでる洞窟みたいな感じかな。里の近くにもあるだろう?2人が強くなったのを見せてもらえるし、狼吼も鍛えられる』
『それもいいな!』
『迷うぞ!』
『どうする?どっちでもいいよ』
『『う~~ん…』』
遊びたい気持ちが勝つか。それとも強くなりたい気持ちが勝つか。




