596 狼達の邂逅
那季節もそろそろ終わりを迎える時季になり、ほんの少し暑さが和らいできた。
そんなある日のこと。
「ウォルト~!」
「遊びにきたぞ~!」
「久しぶりだね」
ウォルトの住み家にペニーとシーダが遊びに来た。いつだって元気溌剌。
「シャ~…!」
モフりモフられていると、一緒にいたシャノは毛を逆立てて威嚇してる。
「猫がいるな」
「美味しそうだぞ」
「シャノはボクの友達なんだ」
「そうか!だったらなにもしない!」
「食べないぞ!」
「シャノ。この2人は銀狼のペニーとシーダ。友達なんだ。なにもしないから、シャノも攻撃しないでくれないか?」
「ニャ…」
少しずつ近寄ってきて、互いに匂いを嗅いでる。かなり警戒してるけど仕方ない。ボクが思った以上に銀狼や動物には理性がある。むしろ、ボクより制御できている気がする。
「シャノは、腹に子がいるんだな」
「よくわかったね」
「お腹が出てるからすぐわかるぞ!」
「子どもが生まれるまで、ボクとここで暮らすんだ」
「ウォルトと住むなら安心だ」
「祖先と住むなんて面白いぞ!」
獣人と動物の関係を知ってるのか。ギレンさんなら教えるだろうな。
「シャノ。俺達はウォルトの友達だから襲ったりしないぞ。一緒に遊ぼう」
「友達になるぞ!」
「ニャッ」
互いに身を寄せ合う。
「ご飯にしようか。チャチャも夜には来てくれるんじゃないかな」
「飯を食ったらダイホウに行きたい」
「ウォルト!これを見てくれ!」
ペニーとシーダの姿が消える。
「凄いな…。完璧に消えてる」
「そうだろ!」
「やっと覚えたぞ!」
ずっと『隠蔽』を訓練してるのは知ってた。2人の努力が実ったんだ。人が操る魔法を銀狼が習得した。
「仲間にも言ってないし、悪いことには絶対使わない。約束だからな」
「だから一緒にいけるぞ!」
「感動したよ。君達は凄い。街に行ってみよう」
「「行きたい!」」
話もそこそこに、2人の好きな肉焼きをご馳走する。
「美味いなっ!」
「相変わらずだぞっ!」
「ニャ~!」
仲良く肉を食べる姿に癒やされる。
「「スゥ…スゥ…」」
「ニャ…」
食べ終えて身を寄せ合って床で眠ってる。凄く微笑ましい光景だけど、普通ならあり得ない組み合わせ。見ていて世界平和も夢じゃないと思えてくる。
…と、魔伝送器が震えた。起こさないよう静かに外に向かい、応答すると「昼ご飯を食べ来る」という連絡だった。直ぐ近くまで来てるらしい。
玄関の前で待っていると、姿を現したのはサマラ。
「ただいまぁ~!」
「おかえり」
しっかりハグをする。サマラはたまにご飯だけ食べに来てくれる。マードックがいるときは料理をするし、しないときでも外食するよりボクの料理が好きだからと言ってくれる。
「長い休憩をもらって来た!」
「嬉しいけど、森に入る前に連絡しないと出掛けてていないかもしれないよ」
「シャノがいるから、あまり遠出しないでしょ!」
「読まれてるね」
最近は、駆ける鍛錬も近場を長時間グルグル回ってたりする。それはそれで面白い。
「外で待ってたってことは、シャノが寝てるの?」
「あと、ペニー達が来て一緒に寝てる」
「マジでっ!?会いたい!」
ペニー達とサマラは会ったことがない。「銀狼に会ってみたい!」とずっと熱望してた。やっぱり狼っぽいし気持ちはよくわかる。
「そっと入っていい?」
「いいよ」
静かに居間に向かう。
「狼っぽくて大きいねぇ~。でも、めっちゃ可愛い。鼻提灯じゃん」
「出会った頃は小さかったけど、急成長してるんだ」
小声で話しながらサマラに冷たい飲み物を淹れる。今日は紅茶の気分らしい。
「起きる気配ないね」
「森の奥地から駆けてきてくれる。いつも元気だけど、疲れてると思うよ」
寝てる間にこっそり狼吼に似せた治癒魔法を巡らせて体力を回復するのがボクなりの労いで、遠路はるばる訪ねてくれる2人への感謝。
「ご飯を作るよ。食べたい料理がある?」
「駆けてきたからさっぱりした肉料理かな。待ってていい?」
「もちろん」
茹で肉をしっかり冷やして、甘酸っぱいタレで野菜と絡めよう。ほっとくとサマラは野菜を一切食べないから、必ず野菜を入れるようにしてる。
ご機嫌で作っていると…。
「「ガウ~ッ!」」
「ニャ~ッ!」
「うわぁっ!」
急に背後で吠えられて驚く。
「ビックリしたぁ!」
「あはははっ!私の言った通りでしょ!料理作ってるときは気付かないから!」
「サマラは凄い!」
「ウォルトは油断してたぞ!」
「ニャッ!」
とっくに起きて交流してたのか。話し声や匂いに気付かなかった。調理中は集中してて五感が働かない。
「私はウォルトの番だから知ってるんだよ♪」
「やっぱりそうか!」
「ウォルトは番がたくさんいるな!」
「違うよ?」
「ペニー!シーダ!シャノ!料理ができるまで外で遊ぼうか!」
「「いいぞ!」」
「ニャッ!」
皆は外へ飛び出した。4姉妹はボクの番であることを誰一人否定せずにほったらかし。ペニー達は信じてないかもしれないし、細かいことは気にしないと思うけど、カズ達やルリに勢いで言ってしまう可能性がある。
ダイゴさん達の耳に入ったら怒られそう。その時は、チャチャに弁明を手伝ってもらおう。料理を作り終えて居間に運ぶと、窓から遊んでいる姿が見える。
「うりゃりゃりゃ~っ!負けるかぁ~!」
「やるな、サマラ!」
「かなり速いな!負けないぞ!」
「ニャ~!」
サマラは地面に両手をついて、皆と同じ四つ足で競走してる。「だって平等じゃないじゃん」とか言うんだろうな。
普通に駆けるよりは遅いけど、腕を上手く使っていて相当速い。獣人と銀狼と猫の競走は身体の小さなシャノが不利かな。
「次は誰が一番高く跳べるか!」
「いいな!」
「俺が勝つぞ!」
「ニャッ!」
跳躍力はシャノも負けてない。しなやかな動きで美しい跳躍。続くペニーとシーダも凄い高さだ。でも…。
「おっ…りゃぁぁぁっ!」
「すげぇ!」
「これはかなり高いぞ!」
「ニャ~ッ!」
助走をつけたサマラの跳躍は、息をのむ高さ。獣人でもあそこまで跳べる者はそういないと思う。羨ましい身体能力。まだまだ遊び足りないだろうけど、窓を開けて声をかける。
「サマラ!ご飯できたよ!」
「りょ~かい!ちょっと私はご飯食べるね!」
「俺達も食う!」
「動いたら腹減ったぞ!」
「ニャッ!」
予想通りの反応だ。料理を足しておいて正解。
「むぐぐぐっ…!」
「ゆっくり食べなよ。はい、水」
「ぷはぁっ!時間ないからね!美味しいよ!」
「それはよかった」
「サマラ、帰るのか?」
「ペニー達は泊まるんでしょ?あとで私も泊まりに来るから!」
「そうか!」
「楽しみだぞ!」
「マードックは?」
「今日はバッハと2人きりにする!」
急いで食べ終えたサマラを皆で見送る。食後でも関係ないスピードで、一瞬で姿が見えなくなった。
「ニャッ」
「わかった。ボクらはちょっと出掛けるよ」
シャノは疲れたみたいで小屋でゆっくり寝るらしい。身重でなくとも駆けたり跳んだりすれば疲れる。
「後片付けしたら、ダイホウに行こう」
「行こう!」
「行くぞ!」
念のためチャチャに連絡したら、どうやら狩りの途中。ダイゴさんやカズ達といるときは、応答せずに後で折り返して連絡がくる。「魔伝送器の存在がバレたら色々と大変なことになる」らしい。逆に自分だけのときは素早く応答してくれる。
「チャチャは狩りに行ってるみたいだ」
「俺達の肉だな」
「待てばいいぞ」
そうじゃないけどゆっくりダイホウに向かう。歩いてる内にチャチャから連絡があるかもしれない。
「ペニー。シーダ。銀狼の里に人が現れてないか?」
「昔より数が増えてる。里の上までだけど」
「下りてきた奴もいるぞ。落ちて死ぬ奴も」
「そうか。なにかしてくる?」
「うろうろして帰る奴もいるし、俺達を見つけてかかってくる奴もいるな」
「闘ったこともあるぞ!負けてないけどな!」
ドラゴン騒動について簡単に説明して、謝罪もしておく。里を賑わしているのはボクかもしれない。以前の『銀狼捜索クエスト』の可能性もあるけど。
「アイツをウォルトが倒したのか!」
「俺達も飛んでる姿を見たぞ!里も騒がしかった!昔もあんな奴が来たらしい!その時は森が燃やされたって言ってた!」
「前回の襲来を銀狼は知ってるんだね」
長命種は知識の宝庫。エルフやドワーフ、銀狼と交流できて幸運だ。会話しながら森を歩いて、やがてダイホウに着いた。結局、チャチャからは連絡がなかったけど、どうしよう。
「消えるぞ!」
ペニーとシーダは見事に姿を消す。
「チャチャはいないけど、どうしようか?」
「ルリやカズ達に会おう!」
「誰もいなかったら街に行くぞ!」
「それもいいね」
見えなくても近くにいてくれたら匂いで2人の位置はわかる。ダイホウに入ると大人の姿はなく、遠くで子供達が遊んでる。ボクに気付いてこっちを向いた。
「あれ…ウォルト兄ちゃんだぁ~」
「ホントだ!」
覚えててくれたのか。嬉しいな。
「横にいるのは…もしかしてオオカミ?!」
「こわい!」
え…?両脇を見下ろすと、ペニーとシーダの姿が露わになっていた。しゃがんで小声で話しかける。
「どうしたの?見えてるよ」
「もう限界だ…」
「そんなに長く保たないぞ…」
「そうだったのか」
確かに『隠蔽』の魔力消費は激しい。狼吼も同じだろう。ボクの確認が足りなかった。子どもを怖がらせる前に帰るべきか…。でも、決めつけるのはよくないな。
「もうバレたから堂々と行ってみる?怖がられるかもしれないけど」
「狼じゃないからな。行ってみよう」
「俺もいいぞ!襲ったりしない!」
「よし。じゃあ行こう」
元々ペニーは街に行くのに隠れるつもりもなかった。ボクの意見に耳を傾けてくれてるだけ。遠くから子供達に話しかけて、説明するつもりだったけど…。
「ペニー!シーダ!」
「「ルリ!」」
輪の中にいたルリが駆けてきた。2人をモフって再会を喜ぶ。
「ひさしぶり~!」
「元気だったか!」
「ルリは大きくなってるぞ!俺達もだけどな!」
他の子供達も恐る恐る近づいてくる。
「ウォルト兄ちゃん…。そのオオカミ、こわくないの?」
「怖くないよ。狼じゃなくて、ペニーとシーダっていうんだ」
「「よろしくな!」」
「しゃべったぁ!?」
「みんな、ペニーたちのことはないしょだよ!」
「ないしょ?」
ルリが身振り手振りで一生懸命説明してくれる。
「へぇ~。フェンリルっていうのか。しゃべれるし、かっこいい!」
「そうか!」
「もっと褒めていいぞ!」
「あはははっ。おもしろい!おれたちもよろしく!」
互いに自己紹介を済ませると、ここは目立つので村外れの空き地に移動して遊ぶことにした。
「いっけぇ!ペニー!」
「しっかり掴まってないと落ちるからな!」
「しーだ!わたしたちもまけない!」
「当たり前だぞ!」
2人の背中に乗って追いかけっこが始まる。男女に別れて対抗戦。勢いで落ちたりしてるけど、笑ってまた背中に跨がる。ダイホウの子供達は逞しいなぁ。…と、魔伝送器が震えた。呼び出してるのはチャチャだ。
『兄ちゃん、ゴメンね。狩りの途中だったの』
「わかってたよ。こっちこそ仕事中にゴメン」
『いいよ。どうしたの?』
ペニー達とダイホウの空き地で遊んでいることを説明する。
『ちょうど終わって、今から帰るからカズ達にも言っておくね。30分くらいかかると思う』
「気を付けて」
30分後、予告通りにチャチャ達はやってきた。
「ペニー!シーダ!」
「遊びに来たのか!」
「うれしす!」
「カズ達は大きくなってるな!」
「俺達も負けてないけどな!」
子供達はまた大騒ぎ。ペニー達も嬉しそう。
「チャチャ。お疲れさま」
「今日はなかなか獣と遭遇しなくて苦労したぁ。シャノは?」
「昼にサマラと遊んで、疲れて寝てる」
「あははっ。サマラさんは遊びでも手加減しないからね」
サマラにかかれば身重でも関係ない。相手が好きなようにやらせるし、強制もしない。
「ペニー達が姿を消せるようになってたんだ」
「ホントに?!凄いね!」
「消せるのは短い時間だけど。今度街に連れて行こうと思ってる。約束したからね。一緒に行ってくれないか?」
「もちろん!置いていったら許さないよ!」
「子供達にはバレちゃったけど、皆いい子ばかりだ」
「後で大人には内緒にしてもらうように言っておくよ」
「ペニーもシーダも、仲良くなるのは老若男女関係ない。ボクらは気を使いすぎてないかな?」
誰とでも交流したい性格だし、ペニーは元々自分だけで街に行こうとしていた。さっきだって動じてもいなかった。余計な気遣いのような気がしてきてる。
「2人が気にしなくても、銀狼が珍しい存在なのは間違いないから、変なことに巻き込まれないようにしてあげたい」
「ボクもそう思うけど、2人はボクらより歳も上だし」
「でも幼稚だから」
バッサリ斬られた。
「かなり成長したような気も…」
「アレを見ても言える?」
「え…?」
「どうだ!格好いいだろ!」
「「「すげぇ~!!身体が燃えてる!」」」
「俺はこうだぞ!」
「「「すご~い!!ビリビリ~!」」」
チャチャが指差した先には、炎を纏ったり雷を纏ったりして自慢気な2人。
「街でも同じことをやるよ」
「確かに…」
「こらぁ~!ペニー!シーダ!やめなさい!人の近くでそんなことしたら危ないでしょ!」
「やべっ…!」
「チャチャが山姥になるぞ!」
「なぁにぃ~…!」
追いかけるチャチャから逃げ回るペニーとシーダ。見ている子供達は大笑い。結局捕まって、1人ずつくすぐりの刑に処された…。
「ふぅ…。毎回酷い目に遭う」
「里まで駆けるより疲れるぞ」
「人を山姥扱いするからだよ」
そろそろ皆は家に帰らなきゃいけない時間。
「「「ペニー!シーダ!またあそぼうね!」」」
「また来るからな!」
「また皆で遊ぶぞ!」
「兄ちゃんもまたね!」
「うん。また」
チャチャは泊まりに来てくれるみたいだ。ララちゃんにも会いたかったけど、「会うと長くなるから今日はダメ!」と止められた。
とりあえず、住み家に帰って晩ご飯を準備しよう。今日の夜は楽しくて騒がしい夜になりそうだ。




