594 ディートベルクからの使者
旅人の占い師アルルカは、未だフクーベに留まっていた。
「お客さん。また延泊でいいのか?」
「3日分だ。頼む」
宿の主人に宿泊料を支払う。いい宿じゃないけど安い。占いをやってりゃ余裕で払える額。
「随分長く泊まってるが、なにやってんだ?」
「人探しさ」
「人探しなら衛兵に頼んだらどうだい?知り合いを紹介してやるよ」
「有り難いけど遠慮しとく。犯罪者や生き別れの家族ってワケじゃないんだ」
「そうか。いつでも言ってくれ」
評判通りこの国はお人好しが多い。魔法で占えば疑うことなく信じる。困ってそうならお節介を焼こうとする。そんな奴が多い珍しい国だ。
支度を整えて占いに向かう。今日こそあの男に会えるか…。あの時以降、姿を見たことはないあの魔導師に。
獣人に変装していた人間の魔導師テムズ。アイツに訊きたいことが山ほどある。水晶魔法を使いこなしアタシの過去を探った。見事に言い当て、引き留める呼びかけに答えることなく去った。
ディートベルクのみに伝わる魔法を、あの男はどうやって詠唱したのか。それ以前に前日がおかしかった。気付けば宿のベッドに寝ていて数時間の記憶がない。おそらく『混濁』の効果だ。
そして、浴びせたのはテムズか奴の仲間に違いない。年を食ったとはいえ、そこらの魔導師の魔法を浴びるほど落ちぶれちゃいない。
そうだとして、次の日に現れたテムズの目的がわからない。考えられるのは、スクライングの効果を確かめに来たか、アタシの素性を探りにきたかのどちらか。
だが、拷問でも受けない限りスクライングの技法を教えたりしないと断言できる。ディートベルクの魔法を秘匿するのは、魔導師にとって最優先事項。教えたところで即座に使えるはずもないが。解くべき謎を残したままでカネルラを離れるのは御免だ。
せめて、もう一度あの男と話をしなければ。いつもの場所に辿り着き、椅子と小さなテーブルを置く。
「お婆さん!占ってよ!」
「はいよ」
早速水晶で占う。魔法を使えば素性を見抜くのは簡単だ。あとは、話しながら相手の望む方向へ導く言葉を紡ぐだけ。たったこれだけで人は信じ込む。的確に過去を言い当てられると、未来も当てられると勘違いする。それが人って生き物だ。
何人かを占ってちょいと疲れた。魔力が尽きれば占いは終わり。昔ならこの程度じゃ疲れなかった。
悲しいが寄る年波にゃ勝てないねぇ。水筒を取り出すのに袋の中を探っていると、客用の椅子に座る足が見えた。
「ちょいと休ませてもらうよ。しばらく待っててくれ」
顔を見ずに話しかける。
「随分と遠い場所でお会いしましたね」
なに…?顔を上げて客を見る。
「お前は……ルギール」
後ろには見覚えのない魔導師が2人。同じローブを身に纏っている。懐かしき…ディートベルク王宮魔導師の制服。
「ショプトさん。お久しぶりです」
「…こんな所でなにをしている?」
「こっちの台詞です。気ままな流浪の旅ですか?」
「…お前には関係ないだろう」
「そうですが、見掛けたからには無視するワケにもいきません。恩知らずになってしまいます」
「どの口が言っている…!」
「大魔導師に睨まれると怖いですよ。はははっ」
生意気なガキめっ…!ふざけた奴だっ…。
「カネルラに来る暇があるのか」
「ちょっとした調査です。仕事ですよ。なにやら素晴らしい魔法を操るエルフがいると小耳に挟んだモノで」
「サバトのことは気にすることもない噂だろう。暇つぶし程度の話題だ」
カネルラのエルフなど恐るるに足らず。自国のエルフと交流のあるディートベルクの魔導師にとってはその程度の認識。
「魔法武闘会とやらを観覧していた魔導師が虚偽報告をした可能性が浮上したので、現地で調査を命じられたのです」
「なんだと…?」
ディートベルクは、各国の魔法について動向を常に探っている。カネルラの魔法武闘会にも観覧者を送り込んで報告を受けているはず。虚偽の報告は国を追放されるような重い罰を課される。
「これ以上は言えません。貴女には関係ない。そうでしょう?今は一介の占い師なのですから」
「言うじゃないか…。アンタを育てた恩を忘れたかっ!」
「忘れましたね。…むしろ、こっちはいい迷惑なんですよ。アンタがやらかしたせいで俺達まで白い目で見られ、同列だと思われている。未だに師団でも上位に上がれない」
「ぐっ…」
「いつまで師匠気取りですか?貴女は立派な犯罪者。もうディートベルクに席などない。路傍の占い師がお似合いですよ」
…腹立たしい!
「では、失礼します。師団長にも貴女にお会いしたことだけお伝えしておきます。喜ばれるでしょう」
「いらんことを言うなっ!」
黙って立ち去る3人。どこに行くつもりか知らないが、今日はもう店じまいとする。とても占いなどする気にならない。
ズキンと首の烙印が疼いた。
犯罪者だと…?ハッキリ言ってくれる。だが、ルギールの奴はなにもわかってない。魔法の発展に犠牲は必要。失敗を恐れては前に進まない。立ち止まっては永遠に状況は変わらない。
アタシの失敗は無駄ではなく、未来に繋がる問題提起だ。いつの日か素晴らしい評価を得るだろう。ディートベルクの魔法が次の段階に進むために必要な失敗だったのだ…と言ったところで無駄。
成功のみで上り詰める者など、この世に存在しない。だが、それを知るには奴はまだ若すぎる。
★
ディートベルクの魔導師ルギールは、部下のソウルとトラッカーと共にカネルラの保護区である動物の森に足を踏み入れる。
なんとも不気味な雰囲気の森。街で収集した情報によると、サバトはこの森に潜んで暮らしている可能性が高いと聞いた。エルフという種族は、どの国でも似た生活をしているな。ディートベルクも然り。
「ルギールさん。遠路はるばるこの森に来て、なにも掴めなかったらどうしますか?」
「ありのまま報告するだけだ。我らは冒険者ではない。しらみつぶしに探す暇もない。よくて今日、明日まで」
「俺はもうちょっと長居してもいいっすけどね~。ソウルはクソ真面目っすから」
「誰だって帰って修練したいでしょう」
チャラいトラッカーと真面目なソウル。対照的な奴らだが、魔法の技量は五分五分。
「第一、ルギールさんが出張る必要あったんすか?こんなの誰でもいいっしょ?」
「師団長の指名だ。そうでなければ断ってる。この国に大した魔導師がいるとは思えない。名を知っているのはライアンくらいだが、既に亡くなっているはず」
「相当なジジイだったんすよね?けど、死ぬ前はショボかったんじゃないっすか?」
「魔導師には年齢を重ねて辿り着く境地もある」
「へぇ~。そんなもんすか」
軽口を叩くが、コイツには言うだけの実力がある。魔法の才がなければただの無礼者だが、ディートベルクでは魔法の才に優れる者が正義だ。人格に問題があろうと崇められる国。
「この森、バカでかいっすよ。どうするんすか?」
「確かに当てもなく動くのは危険な気がします」
「魔物を恐れているのなら街で待っていても構わない」
「いいんすかっ?!じゃ、帰って待ってます!」
「国に帰ってから王宮魔導師の資格は剥奪されるがな。命令違反だ」
「トラッカーさんとはおさらばですか。お世話になりました」
「そりゃ汚いっすよ!」
「汚くはない。ちゃんと伝えて選ぶのはお前だ。ディートベルクはいつだってそうだろう」
魔法界から去る者を追わない。ただ落伍者の烙印を押され冷たい視線を浴びせられるだけ。国内に居場所はなくなる。それこそアルルカのように。
「魔法の発展のタメに」とありがちな理想を語り、できもしない魔法実験を行って同僚を死なせた異常者。誰も成功する未来が視えない人体実験など、ただの殺人に他ならない。罪に問われ、王宮魔導師の地位を追われた愚かな女。俺達の制止に聞く耳を持たず、未来の選択を誤った哀れな魔導師。
弟子であり、同じ派閥の一員でもあった俺達は、王宮魔導師の中で出世する道を失い冷遇された。今回の派遣も師団に貢献するためのアピールを兼ねている。
阿呆な師匠を持つと弟子が苦労する。昔はまともだったが、「理想を実現するには犠牲がつきものだ」とほざく老害に成り下がり、自己の利益だけを求めるようになった。
さっきの様子からすると、未だ自分を認めなかった祖国や俺達に恨み節だろうが、勘違いも甚だしい。奴の言うことが全て間違いだとは思わない。だが、実行したことは単なる無謀だ。誤った判断で実験し人の命を奪った。やるのなら、自分で試し自己を犠牲にするべきだった。それならば誰かしら納得のいく結果になっただろうに。
下らん策を弄して魔法界に復帰しようと企んでいそうだが、ディートベルクは甘くない。世界に類を見ないような新発見でもなければ、功績が認められることはない。それこそ、獣人が魔法を操るくらいの新発見が必要だ。あり得ないが。
「とりあえず森の散歩っすね。ソウルよりは俺のが体力ありますよ」
「そんなワケないでしょう。女遊びしかしてない先輩には負けません。俺の方が若いですし」
「なんだと~?生意気なこと言いやがる!」
「いいから周囲を確認しておけ。エルフの里は結界が張られている。見逃すな」
「任して下さいって。そんな時のために杖もあるんすから」
俺達の持つ杖には水晶がはめ込まれている。魔力の増幅の他に、あらゆるモノを見通す『透視』やスクライングにも使用できる優れた魔道具で、ディートベルク英知の結晶。
しばらく歩き続けるが、一向に景色も変わらず方向も定かではない。
『磁針』
魔法を付与すれば杖の水晶に方角が映る。
「もう1時間は歩いてるっすけど、まだ先に行くんすか?」
「当然だ」
「ちゃんと根拠あるんすよね?」
「この森に家を建てて住んでる奴がいるらしい。冒険者から情報を得たが、どうやら風変わりな獣人のようだ」
「探してんのはエルフでしょ?なんで獣人なんすか?」
「広大な森を闇雲に探すより、森に詳しい者に訊く方が遭遇する可能性は高い。合理的に考えた結果だ」
おおまかな場所だけを聞いてきた。方角は合っているはず。
「駄目元ってヤツっすか~。マジで面倒くせぇ~。噓の報告したって奴がやりゃあいいのに」
「なぜ噓の報告なんかしたんでしょうか?」
「上層部が追求した結果、よくない理由だったようだな」
報告者は、「平平たる魔導師のみであった」という報告の後、明らかに今までと質の異なる修練を始めたり、やったこともない魔道具研究を始めたという。行動を怪しんだ魔導師団の魔法による自白で、虚偽であったと判明した。
「どうせ「サバトはディートベルクの魔導師より凄かった」って言っちゃったんでしょ?上は激怒したってとこっすよね~」
「さすがにありえませんよ。こんな平和ボケした小国にはいないでしょう」
「ノリってヤツだよ。ノリ。それか、研究のやりすぎでおかしくなっちまったか」
「お前達の想像に任せる」
勘の鋭い奴だ。
偵察者は「サバトの力量はディートベルクの魔導師を超えている可能性があり、脅威となり得る」と自白した。そして、サバトの魔法に魅せられてしまっていた…と。
若者であったなら歯牙にもかけないところだったが、師団における指導者の立場であったから放置しておけない問題になった。
その後も歩き続け、やがて一軒家が現れた。
「もしかして、アレっすかね」
「こんな場所に住むなんて相当な変わり者ですね」
家の横の更地で遊んでいる親子であろう獣人がいる。聞いた話では猫の獣人ということだったが、番がいるということなのか?
親らしき獣人はこちらに気付いた。俺達が歩み寄ると表情が険しくなる。
「美人じゃないっすか~。お近づきになりたい。でも人妻かぁ~」
「トラッカーさんはそればっかりですね」
親子の前に立つ。
「ドナ…。家に戻ってなさい」
「なんで?」
「少しの時間でいいわ…。また後で遊びましょう。あと…」
「…わかった!」
なにやら話して子供は家に戻っていく。
「なにか用?」
冷たい目を向けながら口を開いた女の獣人。
「そんな怖い顔しなくていいよ~。俺達は話を訊きたいだけだ」
ヘラヘラしてトラッカーが前に出る。だが、女は表情を変えない。
「貴方には訊いてない。後ろの黒髪…貴方に訊いている」
俺を見て言い放つ。
「あれ~?君はオジサン趣味かい?参ったなぁ」
「トラッカー。下がっていろ」
「うぃっす。ルギールさんも久々にご機嫌っすね。驚いてるじゃないっすか」
ふざけた奴だ。向けられているのは明らかに敵意だとわかっていて。まぁ、驚いたのは確かだ。
「俺達はエルフの魔導師サバトを探してる。情報があれば教えてほしい」
「知らないわ」
「些細な手掛かりでいい。エルフの里がありそうな場所を知らないか?」
「知らない」
「そうか」
「お引き取り願えるかしら?」
「あぁ。だが……お前を退治してからな!」
杖を身体の前に構えると、女は大きく跳び退く。
「どうしたんすか?!」
「ルギールさん!いきなりなにをするんです?!」
コイツらは気付いてないのか。
「コイツはグラシャンだ。なぜこんな場所にいるのか知らないが」
「よく気づいたわね」
「ほざけ。人型のグラシャンは、馬の獣人のように見えて違う特徴がある。擬態するのが上手い」
「普通にしているだけなのに心外ね」
トラッカーとソウルは水晶を覗き込む。
「マジでグラシャンっすね」
「馬型の姿が透けて視えます」
「コイツらは人を騙し陥れる種族。ディートベルクが生んだ怪物であり汚点だ。処分する」
「いい女だと思ったのに残念っす」
「仕方ありませんね」
揃って杖を構えると、女の背後から獣人が現れた。暑苦しいローブを着た白猫の獣人は少しずつ歩み寄ってくる。
「貴方達はなにをしてるんですか?杖を下ろして下さい」
「それはできない。お前は騙されている」
「騙されてる?」
「番か恋人か知らないが、この女は馬の獣人ではない。グラシャンと呼ばれる怪物だ。悪いがこの場で退治させてもらう」
いずれこの男も俺と同じ目に遭う。近くに危険人物が潜んでいれば、やがて不利益を被るのだ。猫の獣人は俺達とグラシャンの間にゆっくり割って入りこちらを向いた。
「彼女は恋人でも番でもないですし、グラシャンだということも知っています」
「なに…?知っていて匿っているのか?」
「匿う?」
「ディートベルクからグラシャン発見に対して協力を求められているはずだ。引き渡しも含めて各国に発信されている」
「知りませんし、ボクには関係ない」
「色恋という下らん感情で苦しむのはお前だ。悪いことは言わん。そのグラシャンを渡せ」
コイツに視えるかは知らんが、威嚇するために魔力を高める。
「ルギールさん。洗脳されてんじゃないっすか?丸め込まれちまってるんすよ」
「グラシャンは狡猾です。知能の低い獣人ごときを騙すのは容易いでしょう」
「まとめてやっちゃいましょうよ。その方が面倒じゃなくていいっしょ?1人も2人も変わりませんって。死んでも間違って魔法が当たったことにすりゃいいっす」
白猫の獣人の纏う雰囲気が急に変化する。急に寒気が…。
「あらよっと!」
トラッカーが杖に魔力を流して炎を放ち、猫の獣人はグラシャンを抱え素早く跳び退いた。命中すれば2人まとめて死に至らせる威力の魔法。
「トラッカー!どういうつもりだ!魔法を撃つのは許可してないぞ!」
「コイツはやるつもりっす。獣人のくせに生意気な目をしてるでしょ?」
「確かに反抗的な目をしてます…よね!」
ソウルも追撃するかのように魔法を放つが、これも軽やかに躱される。ディートベルクでは魔法の使えない獣人を蔑む風潮が強いが、他国でも同じ行動をとるのは危険な思考だ。
下手すると国際問題にも発展しかねない。問題ごとを起こせば、師団において調査前より評価を下げる可能性もある。
「攻撃するのをやめろっ!」
「自分の評価が下がるのが怖いんすか?俺らがやらかしても、止めなかった貴方にも責任があるっすからねぇ。ははっ!」
この…クソガキが…。
「信じないなら、猫の怒りの度合でも覗いてみますか?こんなときに便利な杖ってことで」
「いいですね」
猫の獣人の姿を映すように水晶を覗き込んだトラッカー。俺は獣人に視線を戻す。奴らの身体能力は一瞬でこの距離を無にする。油断はできない。
「先輩、どうですか?……うわぁぁぁっ!」
声に驚いてトラッカーを見ると、杖の水晶が砕け散り、頭の右半分が吹き飛んだように消え去っている。ゆっくり後ろに倒れた。
「トラッカー!」
「な、なんでっ…?!……ぐふぅっ……」
「どうしたっ!?」
ソウルを見ると、鋭い土の槍が股の間から脳天まで貫通している。ごぼっ…と吐血し、だらんと垂らした腕から杖がこぼれ落ちた。
なにが起こった…?どういうことだ…?
ザッ…と草を踏みしめる音がして、猫人が近づいてくる。
「まさか……お前がやったのか…?」
歩み寄りながら答えることもない。怒りに身を任せる獣人とは思えないくらい落ち着き払っている。
なんなんだコイツは…?これほど不気味なオーラを纏う獣人は初めて見た。とにかく…話が通じる雰囲気ではない。




