592 衛兵も十人十色
ボリスは仲間の衛兵3人と共に森に入り、夜目が利くウォルトの先導で現場へと向かう。
俺達は『蛍光』と呼ばれ、魔法には劣るが視界が明るくなる薬を使う。事件は夜に起こることも多い。衛兵にとっては必需品。
「場所は遠いのか?」
「さほどでもないです」
「そうか」
俺は、人違いであることを願っている。亡くなったのは、知らない冒険者か他国の輩ではないか。「貴方と同じ匂いがする」と言ったウォルトの勘違いではないかと。
足取りの重い俺達と違って、月明かりしかない暗い森の中を自分の庭かのように軽やかに歩を進めるウォルト。初めて見たが、珍しく背中に剣を背負っている。剣術もこなすのは知っているが鞘からして業物だろう。
「着きました」
ウォルトの横に並び、ゆっくり視線を落とす。森の暗さに目は慣れて、誰なのか判別できる程度には視界が明るい。遺体は並んで横たわっていた。ウォルトが気を使ってくれたのか。
「…ふぅぅっ」
昼に会った4人で間違いない…。人違いであってほしかったが…。
「…クソっ!どいつの仕業だっ!?」
「犯人は…許しません!」
気持ちはわかるが…。
「冷静になれ。まずは調べよう」
跪き祈りを捧げてから遺体の状態を確認すると、刃物による切り傷や刺し傷が至るところにある。1つ1つが深い。
ウォルトが言うように、魔物にやられた傷ではない。誰が見ても…この所業は人によるもの。
「実際はどんな感じに倒れていたんだ?」
「倒れていたのは別の場所です」
ウォルトが案内してくれる。それぞれ離れた場所に倒れていたようだ。おびただしい量の血痕が残されていて生々しい。
「傷から推測すると、使われたのは剣やナイフの刃物だろう」
「…ちょっと待て。この痕はなんだ…?」
同僚が指差した遺体の箇所には、なにかが巻き付いたような痕がある。まるで鞭で打たれたような…。
「ぐあっ…!」
突然若い同僚が声をあげた。驚いて見ると、上腕から血が滴っている。
「どうしたっ?!」
「わかりません…!いきなりナイフで刺されたような痛みがっ…!ぐうぅっ…!」
全員が素早く剣を抜き、周囲を警戒しても誰の姿も確認できない。だが、確実に攻撃された。ウォルトを見ると、剣に手をかけ鼻と耳を動かしている。
「誰か潜んでいるか…?」
「います」
「何人だ?」
「音と匂いからすると3人。…来ます」
木々の隙間から突然刃が飛び出した。
「ぐぁっ…!」
別の同僚の足に突き刺さる。
「このっ…!」
辛うじて視認できる刃の根元に繋がる鞭のような部分を掴もうとしたが、嘲笑うかのように俺の手を躱して戻っていく。
「大丈夫かっ!」
「いってぇぇ…!なんだ今のはっ…!?」
「鞭の先に刃が付いている!軌道が読めない!木の陰に隠れろっ!」
「ちぃっ…!」
身を隠そうと俺達が動き出した瞬間、ウォルトに向かって刃が飛んできた。
「シッ!」
迫る刃を剣で払ったウォルトは、膝を曲げ一気に駆け出す。木々の隙間をすり抜け、あっという間に見えなくなった。
「……ぎっ!」
何者かの声が響き、続けてキン!キン!と剣を打ち合うような音が響く。
「この猫っ……がぁぁっ!」
「くっ…!ぎぃぁっ!」
ウォルトが闘っている。加勢しなければ。駆け出して声がする方へ向かうと、首から上を失った男と倒れたまま唸る男が2人。剣先から血を滴らせるウォルトは、無表情で見下ろしながら呟いた。
「…ボリスさん。この魔石を怪我した2人に…。傷に翳すだけで治療に使えます。貴方の持ち物です」
他言するな…という意味だな。
「恩に着る。セッツ!安全は確保した!こっちに来てくれ!犯人は2人生存してる!」
「おぅ!」
怪我していない同僚を呼び、魔道具を使って倒れている輩の拘束を頼んで俺は怪我した2人を治療する。メリルに作ってもらった万能魔道具は、こんなとき役に立つ。
「助かりました…」
「ボリス、いいモノ持ってるな…」
しっかり回復したのを確認して揃って輩の元へ向かうと、魔力の縄と鉄の手錠で拘束されていた。話を聞かせてもらおうか。
「お前達は何者だ?」
「……」
「4人を殺したのもお前達か?」
「……」
「だんまりか。俺達を攻撃したことも含めて、詰所で詳しく…」
「…ぺッ!」
顔に唾を吐きかけられた。
「クソ衛兵がっ!いけ好かねぇ!」
「…いきなりなんだ?」
頬に付いた唾を拭う。
「テメェらは人を守った気になって満足かっ!?テメェらがナンボのもんだ!偉っそうに!調子にのるんじゃねぇ!まとめて死にさらせ!」
意味がわからん。コイツの喋りから推測すると、カネルラ人ではないな。
「ふざけるなっ…!」
「がぁっ…!」
セッツが男の顔面を殴りつけた。
「何者か知らんが、お前らは絶対に許さん!徹底的に絞ってやるから覚悟しておけっ!」
「がっ…!ぐおっ…!クソ衛兵がっ!」
殴る蹴るの暴行を加えるセッツに、怪我させられた2人も加わる。ふと気付けば、ウォルトが表情を変えずにジッと様子を見つめていた。
「もうやめろっ!人を裁くのは私怨じゃない!法だっ!そうだろう?!」
「…ちっ!」
「はぁ…はぁ…。クソっ…!」
引き剥がすように制止する。
「くくっ…。ははははっ!」
殴られた男か笑い始めた。
「…なにがおかしい?」
「法が裁く…?格好つけやがって…。殴って楽しいんだろうがっ!もっと殴りたいんだろうがよっ!…テメェらのそういうところがムカつくってんだよ!仲間を殺されても偉そうなことしか言わねぇ!この…偽善者どもがっ!」
「…衛兵になんの恨みがあるか知らんが、話は牢屋で聞いてやる」
悪いが、亡くなった仲間達にはもう少しだけ待っていてもらおう。
「ボクが亡くなった4人を街まで運びましょうか?」
「いいのか?」
「ちょっと乱暴になってもよければ。2人ずつ重ねて肩に載せるので」
「できる限り丁寧に頼めるか?」
「そのつもりです」
喚く輩を無理やり歩かせながら、4人を肩に担いで静かに歩くウォルトの背中を追う。どんな気持ちで俺達の仲間を担いでいるのか。ウォルトの思考は読めない。
法で裁くと言いながら、感情を爆発させ加害者を殴りつけた衛兵に失望しているのか。簡単に怪我を負わされ不甲斐ないと感じたのか。どうであれ今は感謝しかない。間違いなく助けられた。
フクーベに辿り着き、詰所から仲間を呼んで輩の身柄を引き渡す。仲間の死にショックを受けていたが嘆いている暇はない。今から慌ただしく動くことになる。
「今日は世話になった。感謝する」
「いえ」
感謝を告げてもウォルトは平然とした表情。
「事件の調書を作成するのに、話を詳しく聞かせてもらいたいが」
「今夜は予定があるので帰らせてもらいます。急ぐなら深夜か明朝早くに伺います」
「いや。こちらから訪ねる」
「お待ちしてます」
ウォルトは踵を返して立ち去った。
次の日。森の住み家を訪ねたところ、ウォルトは畑仕事に精を出していた。
「ニャ~!」
「シャノ。この人は知り合いだから心配いらないよ」
「シャ~ッ!」
なぜか希少な動物である黒猫がいて、牙を剥き出しにして威嚇される。ウォルトが宥めたが、興奮した様子で姿を消した。どうやら嫌われてしまったようだ。
「猫と同居しているのか」
「今だけ一緒に住んでます。中へどうぞ」
居間に通されるなり土産を手渡す。
「昨日助力してくれた礼に、ささやかだが茶葉をもらってほしい。好きだろう?南蛮渡来品だ」
「気を使ってもらってすみません。有り難く頂きます」
早速贈った茶葉でお茶を淹れてくれた。
「美味い…。胃に染みるようだ」
「あまり寝てないのでは?」
「いくらか休んでいる。昨日の輩の聴取も夜番が主でこなしてくれた」
「ブロカニル人はちゃんと答えましたか?」
「なぜブロカニル人だとわかる?」
「容姿と匂いです。言葉に独特の訛りもあったので」
「観察眼に優れているな」
「誰でもわかります」
衛兵に欲しい能力だ。そして、ブロカニル人とも絡んだことがあるということか。
「奴らはプリシオンで迫害されている。衛兵に対して強い憎しみを抱いていて、それが今回の事件を引き起こした動機だ。遭遇した仲間達に話しかけられ、国に戻るよう促されている途中で衛兵だと気付き敵対した」
「そうでしたか」
「幼少期から現在に至るまで、無実の罪で捕まった仲間が衛兵から酷い仕打ちを受けたり、自分自身も虫ケラのような扱いを受けてきた。正義と銘打って悪事を働く衛兵を心底嫌っていて、遺体を回収に来るだろうと待ち伏せして襲ったと」
牢でも「殺してやるから出せ!このウジ虫共が!」と喚き散らしていた。
「それだけが理由じゃないのでは?」
「どういう意味だ?」
「衛兵が引き金を引いた可能性はないんですか?」
「…なぜそう思う?」
「危険な夜の森に潜み、来るかもわからない仲間まで待ち伏せするには理由が弱い気がします。殺害された衛兵達は、奴らの仲間…あるいはブロカニル人を蔑むするような言動をとった。だから、報復として仲間も同じ目に遭わせるつもりだった…というただの憶測です。ボクならそうします」
「そんなはずはない…と言いたいが、奴らを刺激する発言をしたという供述がある」
ブロカニル人であることに気付かれ、「カネルラで面倒事を起こすな」「お前達がうろついていい国ではない」「直ぐに出ていかないのなら、今すぐ牢にぶち込んでやろうか。プリシオンにも感謝されるだろう」…と。
過去の因縁がそうさせたのかもしれないが、導火線に火を着けたのは衛兵側であったかもしれない。今となっては奴らの言い分のみで、たらればになる。
「奴らの待ち伏せにいつ気付いたんだ?」
「現場に着く少し前です」
「なぜ俺達に教えなかった?」
ウォルトは首を傾げる。
「貴方達も気付いていたのでは?それに、潜んでいるだけでは目的がわかりません。ずっと警戒していましたが、攻撃の意志を確認してから反撃しました」
『ボクのせいにされてもニャ』とでも言いたそうな顔だな。衛兵なら気付くだろうと言いたいんだろうが、まず無理だ。
「状況から考えて、潜んでいるのが犯人の可能性はあっただろう」
「遺体について伝えたとき、最初はボクのことも疑いましたよね?疑われるのは気分が悪いですよ」
「それは…すまんな…」
誤魔化したつもりだったがバレていたか。この男に噓はつけない。なにを言っても詭弁になる。
「貴方はまず疑ってかかると知っているので言いませんでしたが」
「理解してくれて助かる。だが、俺達は奴らに気付かなかった。同僚の死を前に、平常心でなかったのは確かだ。遺体を発見したとき、奴らは近くにいたのか?」
「かなり遠くに人の気配は感じました。あれがブロカニル人だとすれば、辛うじてボクが見える位置にいたと思います。獣人だから衛兵ではないと判断したかもしれません」
「通報を受けた衛兵が到着するのを待った…か」
「通報するかもわからないのに、気長な話だと思います」
「カネルラ人は真面目でお人好しだと思われている。直ぐに行くと予想したのかもしれん」
「なるほど」
これは伝えるべきか迷うが、一応伝えておくか。
「奴らがプリシオンから来た目的なんだが」
「もしかして、サバトですか?」
「気付いていたか」
「いつもは当たらない勘ですが、どうも輩に好かれるようなので」
「奴らは衛兵と同様にカネルラ自体も嫌っているようだ。竜殺しなどとありもしない噂を立て、注目を浴びるカネルラに腹を立てサバトの存在を消し去ろうとした。自国で名を挙げる算段もあったようだ」
「牢では大人しくしてますか?」
「脱走されるようなことはない」
「わかりました」
含みがある言い方に感じた。
「ハッキリ言っていい」
「仮にですが、脱走してボクのところへ来たら引き渡しません」
「罪人だと知っているのにか?」
「一度堪えています。二度目はない」
「なるほどな…」
おかしいとは思っていた。本能的に報復する獣人のウォルトが、武器で攻撃されたのに犯人を生かしたのは俺達に引き渡すためか。無表情だったのは怒りを堪えていたのかもしれない。とにかく譲歩してくれたということ。俺も応えなければならない。
「法で裁かれるまで逃がしはしない。当事者となった衛兵が、納得できる結末を迎えるか気になるだろう?」
「気になります」
「どんな結果であろうと追って伝える」
「わかりました。ボリスさんに1つ言っておきたいことがあります」
「なんだ?」
「メリルさんの魔道具を整備したほうがいいです。魔法の拘束が甘かったので」
「すまんが見てくれないか」
「いいですよ」
メリルに頼んだら「丁寧に扱え。殺すぞ」と睨まれるのが目に見えている。直ぐに魔道具を分解して整備を始めた。どうやら乱暴に扱いすぎて魔石との接続が甘くなっていたらしい。
「助かった。今は持ち合わせがない。また礼をさせてもらう」
「ちょっと弄っただけなので必要ないです」
話を終えて帰ろうと住み家の外に出た瞬間…。
「ニャッ!」
「シャノ?!」
跳びかかってきた黒猫に、ズバッと顔を爪で引っ掻かれた。
「つぅっ…」
「大丈夫ですかっ!?」
ウォルトが即座に『治癒』で治療してくれる。黒猫はあっという間にいなくなってしまった。
「すみません!ボクの友達がいきなり傷付けてしまって!傷は綺麗に治します!」
「気にするな。動物のしたことだ。なんとも思っていない」
コイツは腹立たしい人間だ、と内面を見透かされて嫌われたのかもしれん。動物好きだから内心ショックだが…。
毛皮を撫でてみたかった。




