591 未だ治まらず
ウォルトは朝からシャノに贈り物をしてみる。
「シャノ。よかったら身に付けてくれないか?」
革製の首輪を差し出す。テイマーが使役する獣や、数少ない愛玩動物には首輪を装着するのが常。
飼われていて接触しても安全だと証明するタメで、首輪を装着した獣や動物が他人に危害を加えたり事件を起こした場合、責任は主人にある。
シャノが誰かに使役されていると思ってくれたら、狩人や冒険者からは標的にされにくくなるはずだ。どこまで理解してくれるかわからないけど、ちゃんと説明しておく。ボクに飼育されてると思われたくないかもしれない。
「…という理由なんだけど、嫌なら着けなくて構わないよ」
「ニャ」
シャノは座ってジッとしている。
「着けていいのかい?」
「ニャッ!」
「ありがとう。できるだけ軽くして、肌触りよく作ったつもりだけど、気に入らなかったら直ぐに外していいから」
「ニャ」
過保護かもしれないけど、極小の魔石を縫い込んで所在を把握できるようにしてみた。怪我して動けなくても場所を特定できれば見つけられる。
妊娠中でもシャノは普通に森に向かうので、人や魔物と遭遇する可能性が高い。かといって、行動を制限したくないからできるのはこのくらい。優しく首に巻いてあげる。
「似合ってるよ」
「ニャッ」
コンコンと窓を叩く小さな音。顔を向けるとハピーがいた。窓を開けて招き入れる。
「おはよう、ハピー」
「おはよ。シャノにあげたいモノがあるんだけど」
「シャノに?」
蟲人の皆には、シャノの事情を説明してしばらく同居することを伝えてある。互いに顔合わせを済ませ、とりあえず上手く共存してくれてる。どうしても猫が怖い蟲人もいるみたいだけど仕方ない。どうにか理解してもらった。
そんな中で、初対面で追い回されたのにハピーはシャノと仲がいい。自ら標的になるべく飛びながら遊んだりして、ハピーのおかげで警戒を解いてくれた蟲人も多い。
シャノには捕まえても直ぐに離してくれるようにお願いして、ちゃんと理解してくれている。
「じゃ~ん!イヌハッカ!」
ハピーの手には青々とした葉っぱ。
「ニャ~!」
「猫は好きだよね!そのくらい知ってる!」
「昨夜、小屋の周りに植えたよ」
「そうなの?!いつの間に!?」
イヌハッカは、キャットニップと同種の植物。猫草と同じく猫が好む匂いをさせているらしい。名前は犬だけど。
「でも、せっかくだからあげるね!」
「ニャッ」
匂いを嗅いだシャノは、陶酔したような表情。猫にとって健康にいいのかは不明。人でいうところのタバコや酒と同じで、嗜好品だと思う。
「ありがとう。ハピー」
「シャノは友達だからね」
「ナァ~」
シャノの頭にスッと留まるハピー。とても微笑ましい光景なんだけど、こんなことって普通あるだろうか?
師匠の住み家に居候して、1人になってから種族の違う友人ができた。楽しく過ごせているのは、出会えば種族関係なしに親しくなる皆のおかげ。
猫と蟲人は森で敵対関係にあるはず。積極的に輪を広げないボクからすれば信じられない。
「今日は宴会お願いね!」
「準備はできてるよ」
「誰か来たら明日でいいから!」
「ありがとう」
蟲人達は、変わらずボクの友人の誰とも交流してない。そして、おそらく誰も存在に気付いてない。気付いてるとしたらサマラかチャチャ、あとはリリサイド達か。小さな羽音と姿に気付けるのは五感に優れた獣人だと思う。
ただし、ハピー達は友人全員の容姿を認識していて、留守中に訪ねてきたことを教えてくれるから非常に有り難い。
「そういえば、昨日またアイツらが来てたよ」
「なにかしてた?」
「してない。うろついてただけ」
最近、何度も住み家に姿を現す4人組がいるらしい。ハピー達も知らない者達で、住み家に近寄ってジロジロ覗いて去っていく。昨日来てたら3回目だけど、偶然なのかボクがいるときには現れたことがない。目的は不明。男女2人ずつで、冒険者っぽい見た目らしいけど心当たりはない。
「顔の絵でも描けるといいんだけどね~。私には無理」
「情報だけで有り難いよ」
なにか仕掛けてこない限り放置しておくつもりでも、シャノがいるから多少気掛かり。住み家や小屋の中にいれば安全なことは伝えていて、賢いシャノは理解してくれてると思うけど、彼女に危害を加えられたら冷静でいられない。
「ニャ~」
「森に行くの?気を付けて」
「ニャッ!」
外に出てシャノを見送る。探知魔法を使うと、ちゃんと脳内の地図上にシャノの現在地が映し出された。定期的に確認しよう。ハピーが肩に留まった。
「シャノの心配してるの?」
「うん。動物の森は危険だからね」
「私達はこの森で生きてる。心配しすぎちゃダメだよ」
「それは理解してる…つもりなんだけど」
ハピーの言う通りだ。でも、猫には特別な感情がある。
「…ん?誰か来たね。じゃ、また夜に!」
「うん」
待ち構えていると、来てくれたのはボリスさん。
「お久しぶりです」
「そうでもないだろう」
その通りで、ドーランを引き渡したり、恐喝されたお金を渡してもらうよう依頼したりと、最近は会う機会があった。
「中へどうぞ。カフィを淹れます」
「あぁ」
カフィを淹れて差し出す。
「ふぅ。美味い。お前に訊きたいことがあって来た」
「なんでしょう?」
「ここ最近、森で遭遇した奴らで名前やパーティー名が判明している者を教えてくれ」
「わかりました」
「…いいのか?」
「構いません」
遭遇したときに名乗った者も多い。チャチャ達に教えたちょいワル集団も尋ねてもいないのに勝手に名乗った。
「俺達『闇夜の鵺』に文句あんのか?」なんて、知らない者に名乗ってどんな意味があるというのか。最初はよほどの輩だと思ったのに拍子抜けした。とりあえず遭遇した者の名を伝えると、ボリスさんは手帳に書き留めていく。
「名を知っているのは以上です」
「有益な情報だ。どんな奴らだった?」
「悪ぶっている輩が大半でした」
「悪ぶっている?」
「大犯罪者かのような口振りでしたが、大口を叩く奴ほど何者でもないという典型です」
キーチと同じだ。ただ、カネルラの冒険者ではないことは確か。アリューシセとアヴェステノウルからの入国者ばかりで、プリシオン人やブロカニル人はいない。
「そうか…。皆まで聞かないが、この森にはもういないな…?」
「いるとも言えますし、いないとも言えます」
「言いたいことは理解した」
…ん?
「追求しないんですね」
「見てもいないのに延々確認しても仕方あるまい」
…ボリスさんらしくないような。
「ところで、ドーランはどうなりました?」
「つい最近マッコイに送還した。示談金が被害者に渡る。国からのお達しだ」
「そうですか」
個人的にはカネルラの法で裁かれてほしかった。暴君であっても国は王族は切れないか。
「ウォルト。お前は俺の手に負えない」
「いきなりなんの話ですか?」
「俺ではお前の行動と思考を読めない。力も計れないことを理解した」
なにを言いたいのかさっぱりだ。
「だが、今後も関わらせてもらう」
「構いません。ボクも助かります」
手合わせして以降、ボリスさんは話しやすくなった。初めて人らしいところを目にしたからだと思っていて、衛兵では唯一の知り合いだし、今回の騒動でも恐喝された人を探すのにお世話になってる。
「ハッキリさせておきたいんだが…お前が魔導師サバトの正体なのか…?」
「その通りです」
「やはりか…。森で輩に絡まれているんだな」
「最近は回数が減ってきていますが」
「あと、衛兵が森をうろついているかもしれん」
「森でなにをしてるんです?」
「行方不明者の調査だ。お前と絡む可能性もあるだろう。伝えておきたかった」
「わざわざありがとうございます」
「出会っても敵意を持って接してくることはないはずだ」
「接すればわかることです」
「もし面倒だと感じたら、俺の知り合いだと伝えてくれ。既に詳しく話を聞かれていると言えば、黙って引き下がるだろう」
「わかりました」
その後もドラゴン討伐や近況について少しだけ話して、「忙しいから」とフクーベに帰るボリスさんを見送った。
★
ウォルトの住み家を後にしたボリスは、フクーベへの帰路に着いて直ぐ4人組と遭遇する。
「ボリス。お前も今日は調査か?」
「そうです」
4人は衛兵の同僚達。バディを組んで森を調査中のようだ。上司にあたる先輩と話す。
「1人か?危険な行動は控えろ」
「この森には慣れているので」
「元冒険者だからって油断するな。で、なにかわかったか?」
「この先に一軒家がありました。住人から話が聞けたので、一旦フクーベに帰ろうかと」
「住人がいたのか。何度訪ねても会えないから気になってた。家は綺麗だから住んでるのは間違いないと思ったが。どんな奴だった?」
「獣人でした」
「獣人?あんな綺麗な家にか?」
そう思うのが普通だろう。
「事実です。他に住んでる者がいるかもしれませんが、そこまで深く尋ねませんでした」
「こんなとこに住んでる獣人じゃ変わった奴だろう。あまり刺激しない方がいい」
当然であり…アイツに対しては危険な思考だな。
「ただ、有益な情報を得ました」
「聞かせてくれ」
手帳を見せながらウォルトから聞いた輩の情報を伝える。
「結構遭遇してるな。情報にない名前もある」
「ソイツらと遭遇した印象としては、ちょっと悪そうな奴らだったそうです」
「ははははっ!その獣人は運がいい。実際はちょっとじゃない奴らだ。絡まれていたのか?」
「絡まれたようですが、直ぐに姿を消したようです。騒がしくていい迷惑だと」
「そうか。とりあえず俺達はもう少し森を検索する。またフクーベでな」
「魔物に注意して下さい」
「お前こそ」
離れていく4人を見送る。これでアイツには絡まないと思いたい。気になって再度接触してしまったら、あとは先輩達の人間性次第。気に障ったなら、他国の王子だろうと容赦しない男だ。戦闘になれば初弾を躱された時点で最期を迎えることになるだろう。
敵意を持って対峙することは、死神の鎌を首に添えられることと同意。悪い絡み方をした奴はもれなく土に還されているに違いない。おそらく正当防衛という理由で始末されている。
逆に言えば、敵意を持って攻撃しなければ屠られることはない。あとは仲間を信じるとしよう。ウォルトが魔法使いだと暴露できない以上、サバトの正体だと伝えられない。
むしろ伝えた方が危険だ。組織として聴取しようとすれば、どんな事態が生起するか予想もできない。目の前に立つ者は、敵かそうでないか。自分に対してどう考えているのか。手助けを必要とする者なのか。その程度にしか捉えない。要するに、気に入るか気に入らないかという単純な理屈だと知っている。
どういう経路か不明だが、ウォルトは王族に情報を伝える術を持つ。だからこそドラゴン討伐の事実は明るみに出て、本人も静観している。藪をつつくとなにが飛び出すかわからない。今後も付き合い方には慎重を期す必要がある。
フクーベに戻ってから、ウォルトに聞いた情報をまとめて報告したり、残っていた仕事も片付ける。
「ボリス。もう遅い。いい加減帰れ」
「わかりました」
上司に帰宅を促され外を見ると、すっかり暗くなっている。つい熱を入れすぎてしまった。帰って飯を食って寝るか…と、帰り支度を終え詰所を出たところで声をかけられる。
「ボリスさん。ちょうどよかったです」
この声は…。顔を向けるとウォルトが立っていた。
「こんな時間にどうした?」
「お伝えしたいことがあってきました」
真剣な表情。
「聞こうか」
「おそらく貴方の同僚である4人の…遺体を森で発見しました」
「なにっ!?どういうことだっ!?」
「森を駆けている途中で、倒れている4人を見つけました。制服ではないけれど、貴方と同じ匂いがする服を着た男女を」
まさか…ウォルトが………いや、違う。偽装のタメに下らない策を弄する男じゃない。正当な行為なら堂々と主張するはず。そのくらいわかる。
「治療はできなかったのか?」
「発見したとき既に息はなかったです」
「4人の死因はわかるか?」
「酷い傷を負っていて、出血が原因だと思います。憶測ですが、人と争った跡が」
「そうか…」
「そのままにしてありますが、現場に向かいますか?」
「直ぐに行く。遺体を運ぶのに人も必要だ。何人か声をかける」
「わかりました」
なんてことだ…。だが、この目で確認せねば断言できない。詰所に入り、森で遺体が発見された旨を伝える。そして、昼に出会った同僚達の可能性があることも。




