59 似た者同士
暇なら読んでみてください。
( ^-^)_旦~
フクーベの街で1、2を争う人気料理店【注文の多い料理店】の料理長であるビスコは、新たな食材を探そうと動物の森に足を踏み入れていた。
年齢も40を過ぎたばかりでスラリと背が高く、白髪の増えてきた髪を短く刈り揃えている。
少し目立つようになった目尻の皺はまだ浅く、まだまだ働き盛りの雰囲気を漂わせている壮年の男性。
料理人としての腕は誰もが認めるところで、現状ではフクーベで最高の料理人と称される。彼に弟子入りを志願する者は後を絶たない。
経営する料理店は忙しく繁盛しているが、元々お金を儲けることより美味い料理を研究して作りたい欲が強く、たまに若い者に店を任せて自分の足で食材を調達しにくる。
店が人気になりすぎて新たな料理を開発する時間がないことを不満に思っているけれど、料理人として嬉しく思うし従業員や家族を養う身で我が儘を言うワケにもいかない。それでも、店に余裕がありそうな時は無理を言ってやらせてもらっている。
毎回狙った食材があるワケではないが、商人から仕入れてばかりではマンネリ化してしまうので、森を徘徊して新発見を楽しんでいる。多忙の息抜きも兼ねて一石二鳥。
料理人であり獣や魔物と闘う術を持たず肉を手に入れられないのが悔しいが、その代わりビスコは人より鋭い感覚を持っていた。
この匂いは…っとあったな。
発見したのは、木の根元にひっそり生えていた花茸と呼ばれるキノコ。花のように香る珍しい食材で、非常に美味だが人の指ほどの大きさしかなく余程注意深く観察しないと発見できない。
だが、俺は簡単に見つけることができる。花茸の放つほのかな香りを嗅ぎ取り、場所を特定できてしまう嗅覚はちょっとした自慢。
食材運搬用の背負い籠に入れて次の食材を探す。その後も自慢の嗅覚を駆使して、中々手に入らない食材をどんどん収穫していく。
採れ高も充分になり、最後にいつもの場所に寄って帰ろうと目的地を目指す。花茶の原料になる『カラムの葉』を摘んで帰るタメに。
カラムは、カラムモドキという似て非なる植物と一緒に群生するという習性がある。似すぎているあまり素人は間違ってカラムモドキを摘むことも多いが、煎じて飲むともの凄く不味い。
判別しながら摘むのに時間を要するので面倒くさがって諦めてしまうこともしばしば。俺は匂いを嗅ぎ分ける能力を使って難なく摘むことができるのだが……。
いつもの群生地に辿り着いて驚いた。カラムの香りで満ちているはずの場所が、今は微かにしか匂わない。少し残されているようだが、また増えるように意図的に残されたものだろう。
かなりの数が自生していたはずなので、おそらく素人の仕業ではない。採取した者は、かなりいい目を持つ者だろうと推測できた。
俺が植えた花でもなく仕方ないけれど、花茶は客に人気の飲み物だけに確保したかった。
「カラムを探してるんですか?」
代替を考えていると背後から突然話しかけられた。振り返ると、少し離れたところにローブを着た白猫の獣人が籠を背負って立っている。
「そうだが……君は?」
「ウォルトといいます。さっきカラムを摘んだんですが、必要ならお渡ししようかと思って声をかけました」
「君が1人で摘んだのか?」
「はい」
言われてみれば、確かに獣人の背負う籠から微かにカラムの匂いがする。
「カラムの茶は美味しいので家で作ってます。中々来ない場所なので多めに摘んで帰ろうと思って。たまたま貴方の姿を見つけたので、もしかして…と」
「なるほど。だったら君のモノだよ。俺が植えたワケじゃない」
「ホントにいいんですか?貴方は料理人でしょう?」
「なぜわかるんだ?」
ウォルト君は目を瞑って鼻をスンと鳴らす。
「籠から食材の匂いがします…。花茸や夏菊、トマトも入ってますね…。料理に使う食材です」
「この距離で判別できるのか」
「籠に入ってるモノは全てわかります」
獣人は嗅覚が鋭いと聞くがこれほどとは…。彼ならカラムを判別するのも簡単だろう。それにしても、獣人なのに親切で優しそうな男だ。
「ボクも料理が好きなので、よく森で食材集めをしているんです。今日はスキ焼きを作るんですか?」
「食材だけでそこまでわかるのか」
今晩作ろうとしていた料理を言い当てられて驚く。獣人の男は調理が苦手で、「焼く」と「煮る」の2種類しかないと言われているが、こんな獣人もいるんだな。
獣人であっても女性はちゃんと料理を作れる。男性獣人は性格がとにかく大雑把だ。
すっかりカラムのことは頭から抜け落ちて、ウォルト君に対する興味が湧いてきた。
「俺はフクーベで料理人をしているビスコだ。ウォルト君は料理をすると言ったね?君が作る料理に興味があるんだが、よかったら今度見せてくれないか?」
「今からでもいいですよ。時間があるなら家に来ませんか?」
好奇心から尋ねたのに笑顔で応える。
「いいのかい?」
「ボクもビスコさんの意見を訊いてみたいので。是非」
「じゃあ、よろしく頼む」
「では行きましょう」
2人で他の食材を回収しつつ、ウォルト君の住み家に向かった。
★
住み家に到着して居間に通されると、椅子に座るよう促されて静かに待つ。ウォルト君は台所に向かった。
しばらくして、カラムで作った自家製の花茶を淹れてくれた。差し出されたいい香りの花茶をそっと口に含む。
「むっ…!美味い!カラムの他に甘さと…ほんの少し酸味もある…。蜂蜜と檸檬だ」
「その通りです。料理人の舌は鋭いですね」
「この組み合わせは思い付かなかった。甘いが、レモンの酸味が加わことによって爽快感を感じさせる。特に女性に好まれそうな味。やるなウォルト君!」
「ありがとうございます」
ただの珍しい獣人ではなかったか…と失礼なことを考えつつ、花茶の味と発想に刺激を受けて申し出る。
「ウォルト君にも俺の作った花茶を飲んでもらいたい。ちょっと台所を借りたいんだがいいかな?」
「自由に使って下さい」
攻守交代といった風に台所に向かい、納得のいく花茶を淹れてウォルト君に差し出す。
「飲んでみてくれ」
「頂きます」
ゆっくり口に運んだ。
「…美味しいです。匂いからするとカラムだけのはずなのに、ボクの花茶より味が深い。なぜ…?」
「カラムの葉だけでなく、花や茎もある方法で煎じているんだ。そうすればより深い味になる。カラムに無駄な部分はないんだよ」
「気付かなかったです。単純だけど深い…。勉強になりました。次はボクの料理をご馳走します。ちょっと待ってて下さい」
意気揚々と台所に向かうウォルト君を見て期待が高まる。
「お待たせしました。ボクの昼食に用意していた料理です」
食卓に置かれたのは初めて見る料理。茶色のスープに、大きめに切られた肉が浮かぶ煮込み料理。おそらく創作だ。
嗅いだことのない美味しそうな匂いに、果たしてどんな味がするのか?と、ゆっくり口に運ぶ。
味わいながら咀嚼して目を見開いた。
「美味い!魚醤を基本にした濃厚なスープに浮かぶ肉も柔らかく、口の中で溶けるようだ。この肉は食べたことがない。一体なんの肉なんだ…?」
「ウ・サギの肉です。冒険者の友人が獲ってきたのを貰ったんです。昨日からじっくり時間をかけて煮込んでみました」
「う~む…。魔物の肉がこんなに美味いとは…。俺もまだまだ修行が足りない。味付けも魚醤と草醤に…おそらく麹の類いを組み合わせて肉の風味を邪魔しないよう仕上げている。見事だ」
「ありがとうございます」
ウォルト君は満足した表情を見せる。俺の心は静かに燃え上がっていた。綺麗に食べ終えてそっと匙を置く。
「ウォルト君。正直に言うと、料理をする珍しい獣人が作った料理を食べてみたいという失礼な好奇心からココに来たんだ。だが…今は違う。君の料理より美味いモノを作って唸らせたいと思っている」
自分では見えないが俺は劇の悪役の様に笑っているだろう。ウォルト君も悪そうな表情でニヤリと笑って答える。
「ボクも…最初はビスコさんの意見を聞きたいだけだったのに、欲がでてより美味しい料理を作って驚かせたくなりました」
今から闘う勢いすら感じさせる俺達だが、当然そんなことが起こるはずもなく提案を持ちかける。
「俺は君の料理が気に入った。俺の店の料理人にならないか?絶対フクーベでも受け入れられる」
「1品しか食べてませんが」
「さっきの花茶とこの料理だけでわかる。君の料理センスは素晴らしい」
「嬉しいお誘いですが…獣人のボクには難しいと思います。毛の問題もありますし」
「言わんとすることは理解できるよ」
女性に限るけれど獣人でも料理が上手い者はいる。ただ商売となれば話は別。料理に毛が入るのは衛生上よくない。一気に評判を落としてしまう。人間なら髪の毛のみ気にすればいいが獣人はそうはいかない。どれだけ気を付けても起こってしまう問題。
それに加えて、獣人は暑がりなので火を使う調理場に長時間立つのは厳しいという理由もある。過去に獣人の料理人が成功した前例はない。
「種族なんか関係ないと言いたいが、店を経営する立場としては簡単に言えないな」
「ボクが人間だったら二つ返事でお願いしてたかもしれません」
「本当に残念だ。…っと、そろそろ帰らなきゃならない。そうだ。今日のお礼に収穫した食材でスキ焼きを作るから食べてもらいたい。調味料と、肉の在庫があれば少し分けて貰えないだろうか?」
「流しの横の箱に入っているのでお好きなだけどうぞ」
頷いて台所に向かう。彼の料理から大いに刺激を受けた。…俺の全力を味わってもらおう。
ウォルト君の前に作ったスキ焼きを置く。茸、夏菊、葱そして肉を主体とした美しい仕上がり。満足いく料理ができた。
森の恵みに祈りを捧げたウォルト君は、一匙掬って口に含む。しっかり味わいながら飲み込むと、無言で食べ進めていく。あっという間に食べ終えて息を吐いた。
「美味しすぎます…。味付けも完璧で全ての具材を包み込むような味。ボクはこんなに洗練されたスキ焼きを食べたことがない。それに、肉はさっき出したウ・サギの肉を使ったんですね。一度食べただけでここまで食材の味を引き出すなんて…」
「お褒めにあずかり光栄だ。評価も嬉しいが、やっぱり作った料理を美味しそうに食べてくれる人がいることがなにより」
「ボクは少し前まで1人で料理を楽しんでいました。今は訪ねてくる友人が食べてくれるので作り甲斐があります。今回ビスコさんの料理を食べてさらに美味しい料理を作りたいと思いました」
お互い納得の表情を浮かべたところで、いよいよ帰る時間を迎えた。
「ウォルト君がよければ、また顔を出してもいいか?滅多に来れないけど、その時はまた互いに料理を披露し合うってのはどうだろう?」
「ボクはいつもココにいます。またお越し下さい。次は、もっと美味しい料理を作ってビスコさんを驚かせてみせます」
「楽しみだ…が、俺も負けんよ」
似た者同士、笑顔で再会を約束して握手を交わすと「美味なスキ焼きのお礼に」と幾つかの珍しい食材を貰って別れた。
その後【注文の多い料理店】では、幾つかの新メニューと爽やかな花茶が売り出されて人気を博すことになる。
一方、ウォルトの住み家ではオーレン達がほっぺたが落ちそうになるほど美味しいスキ焼きを食べお腹を膨らませることになった。
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