588 シャノのために
シャノとウォルトが同居することになった次の日。朝早くからオーレン達が訪ねてきてくれた。
「「ただいま!」」
「おかえり」
「今日は俺達3人で手伝いに来ました」
「手伝い?」
「サマラさんとチャチャから聞きました」
「猫小屋を作るんですよね!」
「俺達も手伝いに行こうってことになったんです。ウォルトさんは今日中に作るだろうからって」
行動を読まれてる。実際そのつもりだった。
「ありがとう。助かるよ」
「私達もシャノに会いたいのもあって」
「動物に会ったことないので!」
「クローセじゃ遭遇したことないんです。フクーベでもないから接してみたくて」
「紹介しようか」
中で寛いでるシャノに会ってもらう。
「ニャッ!?」
「シャノ。皆は友達だよ。小屋を作るのを手伝ってくれるんだ」
ちょっと警戒してるけど、ゆっくり近寄って匂いを嗅いでる。
「「可愛い!」」
「そうか?格好いい気がするけどな」
オーレンの評価もわかる。黒猫というのもあって、漆黒の毛皮が格好いい。
「ニャ~」
皆に撫でられて気持ちよさそうだな。
「ふふっ。こうして見ると、ウォルトさんはやっぱり猫人なんだと思います」
「どういうこと?」
「顔は猫そのものですけど、シャノに比べて表情が豊かで、人にしかできません」
なるほど。ウイカの言う通りかもしれない。3人はそれぞれに親交を深めてる。シャノがあまり警戒心が強くないから助かるなぁ。それはそうと、小屋作りを手伝ってもらうからしっかり腹ごしらえしてもらおう。
「ウォルトさん!ご飯は2人分多めに作ってもらえませんか!」
「なんで?ミーリャとロックも来る予定とか?」
「2人は冒険中です!そろそろ来ると思います!」
誰が来るんだ?サマラとチャチャかな?…と、玄関に近づいてくる人の気配。確かに2人いる。ドアを開けると…。
「うぉらぁぁっ!」
「あぶなっ…!」
姿を見せるなり、いきなり拳を振るったのは母さんだ。相変わらず乱暴な三毛猫。
「毎度毎度なんなんだよ!開けたのがボクじゃなかったら、どうするつもりだったんだ!?」
「そんな失態は犯さない。アタシは猫探偵だからね」
「意味不明すぎる…」
「ミーナ…。いきなり殴るのは…よくない…」
今日は父さんも一緒に来てくれている。話をするなら父さん1択。
「父さん、久しぶりだね」
「久しぶりだな…」
「急にどうしたの?」
「猫の小屋作りを…少しでも手伝いたくてな…。俺達の…祖先だ…。休みをもらって来た…」
「なるほど」
気持ちはよくわかる。サマラとチャチャが母さんにも教えてくれたんだな。
「とりあえず入って。長い移動で疲れたろう。今からご飯にしよう」
「邪魔する…」
父さんと母さんは、シャノに会ってどんな反応をするんだろうか。気になる。
「……わっ!黒猫だっ!」
「ニャッ!?」
母さんとシャノは互いに驚いてる。父さんは…動じてないな。
「可愛いじゃないのぉ~!実は猫に会うの初めてだし~!」
「そうなのか」
「アンタは出会えて運がいいんだよ!まず出会えないんだから!」
「それもそうか。シャノ、この2人はボクの両親だよ。見ての通り猫の獣人だ」
「ニャッ」
2人の元に歩み寄り、ひとしきり匂いを嗅いだシャノは父さんの胸に跳び付いた。
「おっと…」
「ニャ~。ニャ~」
受け止めた父さんの胸に頭を擦りつけてる。どうやら父さんのことが気に入ったみたいだ。
「俺は…ストレイだ…。よろしく…シャノ…」
「ニャ~」
大きな手で優しく撫でられて御満悦の様子。
「アタシは?!シャノ!アタシは?!」
「ニャッ?」
『アンタ、誰?』と言わんばかりにぷいっと顔を背けて父さんに御執心。ぐりぐりと顔を埋める。
「こらぁ~!ストレイはアタシの番だぞっ!」
「ニャ~!」
「なにを~!こんのぉ~!」
『そんなの知らない』と言ってる気がする。悪気のない黒猫を相手に怒る三毛猫人。人じゃあるまいし、大目に見てあげればいいのに。そういえば、シャノの番はどうしてるんだろう?
「母さん。大人げないよ」
「関係ない!もはやライバル認定した!敵だっ!」
「ちょっと落ち着きなって」
「ミーナ…。落ち着け…」
母さんが落ち着いたところでテーブルを囲む。オーレンは両親と初顔合わせ。紹介できるいい機会だ。
「オーレン…。いつも…ウォルトが世話になってる…」
「こちらこそ。お世話になってます」
「オーレンは爽やかだね!イケメンだ!」
「ありがとうございます!ミーナさんも若くて綺麗です!」
「ありがと!」
……そうかな?さすがに『若くて綺麗』はお世辞な気がするなぁ。
「ウォルト…。なによ、その顔は?」
「…なんでもないよ」
余計なことは言わないに限る。
「オーレン、調子に乗るな!ありきたりな顔してるくせに!」
「うるさい!俺にはお前が気付けない魅力があるんだよ!」
母さんと姉妹も久しぶりの再会だろう。本当の親子のように話が盛り上がってる。
まず気合いを入れて料理を作ろう。
食事を終えて、全員で小屋作りにとりかかる。猫の習性を踏まえたボクの構想を伝えると、皆も意見をくれた。
特に母さんが。
「でっかいのがいいね!この離れくらいの!」
「広すぎても落ち着かないと思うんだ。猫は狭い場所を好むから」
「ケチりなさんな!だって祖先だよ!」
「ケチってるワケじゃない。材料はどうにでもなる。快適に過ごせることが重要で、大きければいいモノじゃないんだよ」
「どうせなら豪華にしたほうがいいって!」
「2人とも…落ち着け…」
父さんに窘められて、全員で考える。基本的にはボクの構想を主にして、それぞれの意見を少しずつ反映させてみることに。あとはシャノの望みに応えよう。
まずは材木作りから。この工程は手伝ってもらえないから、魔法を使って一気に片を付ける。足りなければ後で加工しよう。
「アンタの魔法は便利すぎでしょ!熟練大工猫じゃん!」
「誰でもできる。あと、なんでも語尾に猫を付けるの意味ないからね」
ボクだけなら魔法で接着したり加工して組んでいくけど、せっかく皆が手伝ってくれるから釘を使って作ろう。
「ミーナさんは凄い力持ちですね」
「憧れます!」
母さんは柱を両脇に抱えて軽々持ち運ぶ。短めとはいえ確かに力持ち。
「そうかなぁ!まぁ、獣人だからこのくらいはね!…こら、ストレイ!なにサボってんの!」
「サボってない…。シャノが…離れてくれなくてな…」
「ニャ~」
父さんは、シャノにずっとまとわりつかれてるから、怪我させないように気を使ってまともに動けてない。今日は頼りにできないな。シャノの相手をしてくれたら充分。
「こら、シャノ!アンタの家を作ってるんだから少しジッとしてなさい!大体、妊娠してるんでしょうが!」
「ニャッ!」
「『細かいことは言うな!』ってか~!言うわ!」
「ニャ~!」
母さんとシャノはある意味仲良し。祖先だと気にしてる様子は皆無。しかも、今回は母さんの言い分が正しい。相手が人なら…の話だけど。
猫小屋は柱と床から組み上げていく。基礎は大きな石を魔法で加工して作った。建材は離れを作った余りの木材だけど、表面を研磨すれば綺麗だ。『保存』しているから湿気も吸わない。
それにしても、皆は器用で綺麗に床も張ってくれるし、丁寧な仕事で言うことなし。
「いったぁぁ~!」
「ミーナさん!大丈夫ですか!?」
調子に乗って金槌で手を叩くのもご愛嬌。そんなときもある。騒ぐ母さんの姿を見てシャノも楽しそう。
「そろそろお昼ご飯にしよう」
キリのいいところで昼食にする。
「もごごごっ…!」
料理を掻き込んで、一気に頬張る三毛猫ならぬ三毛リス。案の定、喉に詰まらせて冷えた花茶を手渡す。
「急いで食べなくても、お代わりはたくさんあるから。意地汚いなぁ」
「…んぐっ!美味しい料理を作るアンタが悪いっ!」
「褒めてくれてるのか?」
「ミーナさんの気持ちはわかります」
「どれも美味しいですから!」
「街じゃ外食する気にならないもんな」
「ありがとう」
「アタシに感謝しなさいよ!」
「なんで?」
「アタシが壊滅的に料理ができないから、天才料理猫になれたんだからね!」
「自慢にならないだろ。そういう意味で凄いのは父さんだ」
「ニャ~」
父さんは話を聞いてる風でもなく、手ずからシャノにご飯をあげてる。機嫌がいい匂いをさせて、意外に浮かれてるっぽい。
「父さん。小屋が完成したら頼みたいことがあるんだ」
「…む。なんだ…?」
「せっかくだから、小屋の周りに木や花を植えたい。助言してもらっていいかな」
「いいぞ…」
食事の後片付けを終えて、直ぐに作業を再開する。さほど大きな小屋じゃないから、どんどん進む。夕方になる前に小屋は出来上がった。
「できたぁ~!いい感じじゃない!」
「そうだね。想像通りだよ。皆、ありがとう」
「小さな入口が優しいですね」
「猫が出入りしやすい作りにしたかったんだ。ドアは人用だね。シャノ、ココから入ってみて」
「ニャッ!」
シャノは、ドアの直ぐ横の低い位置につけた専用の出入り口を潜って中に入った。暖簾のようにパカパカ開く仕様。ドアを開けて覗き込むと、あちこちを見回してる。
中は狭くて、取り外し可能な間仕切りも付けてある。狭い場所を好む猫用に考えた間取りで、天井も低いからボクらは立って中に入ることはできない。
「中はどうかな?」
「ニャ~」
『いい感じ』と評価してもらえた。
「隅はトイレだよ。わざわざ外に出なくてもいい」
「えぇ~。小屋の中が臭くなるんじゃない?」
「『浄化』を付与した魔石を、細かく砕いて砂に混ぜてるから大丈夫。あと…」
机の引き出しのようにトイレの砂を外から取り出すことができるように作った。もし汚れても簡単に砂を取り替えられる。魔法で防水も完璧。息苦しくならない通気性を持たせる構造にこだわった。
当然、魔物が襲ってきても壊れないよう魔法で保護する。ドラゴンの火炎にも耐えられるレベルで付与した。
「寝床に藁とかあったほうがいい?」
「ニャ」
シャノには好みがあるみたいだ。その辺りは本人に任せよう。
「ココが今日からシャノの家だよ。好きなように使ってほしい」
「ニャッ」
身を寄せてくれる。喜んでくれたみたいだ。
「父さん。木を植えるならどうしたらいいと思う?」
「ここに…少し木があるといい…。方角的に…真昼は影になって熱さを凌げる…。花を植えるなら…ランは猫が食べても安全だ…。花もいいが…数を抑えて…キャットニップを植えるのもいい…」
さすが父さんだ。詳しく教えてくれてタメになる。
「じゃあ、まずは木からいこう」
「なに…?」
魔法で何本か木を生やして、適度な高さで止める。
「移植するんじゃないのか…。まさか…生やすとは…」
「アンタの魔法はなんでもありなの?」
「ニャ!ニャッ!」
「…ウォルト。シャノは…木で小屋を囲んでほしがってる…」
「そうなのか」
「ニャッ!」
父さんの言葉通りに小屋を隠すように木で囲んでみた。極小の森みたいな佇まい。
「ニャ~!」
「ご機嫌そうですね」
「私達でもわかります!」
「シャノは隠れ家的な感じが落ち着いて好きなのかもな」
「差し込む木漏れ日に照らされて、いい感じじゃないの~!」
「母さんにそんな情緒があったのか」
「バカにしてんのかっ!あったまきた…!ウイカ、アニカ、オーレン!ウォルトはね、スカしてるけど子供の頃「ボクはなんでもできる」って調子に乗って、バク転しようとしたらドブに頭から落ちて、茶猫を通り越したウンコ猫みたいに…むぐぐぐっ…!」
「恥ずかしい暴露話はやめてくれ!ボクが悪かった!謝るから!」
「…ぷはっ!アタシに勝てると思うな!」
3人は笑ってくれてるけど、油断も隙もない…。過去の失敗を自分で言うのはいいけど、人に言われると恥ずかしい。
とりあえず、こうなると花は必要なさそう。ボクにはなかった発想だけどシャノ好みに作ってあげられただろうか。父さんの案も採用して後でキャットニップだけ植えてみよう。
「作業は終わりだね」
「今日から快適に暮らせるでしょ!シャノ、元気な子猫を生んでよ~!」
「ニャッ」
「よし!ストレイ、シャノと中で添い寝してみて!」
「む…。狭すぎる…」
「間仕切りを取ればいけるって!」
母さんはなにがしたいんだ?ドアから這うように父さんが中に入って横になる。身体が大きいから結構ギリギリだけど、なんとか入った。そして、シャノも専用の入口から入って父さんの横に寝転ぶ。
「言っとくけど、今日だけだからね!ストレイをモフってしっかり元気を補充しときなさい!これから大変なんだから!」
「ニャッ!」
なんだかんだ優しいんだよなぁ。やっぱり母親だ。
「ストレイはほっといて、ウイカとアニカとお茶しようかな♪ウォルトはしばらくオーレンと外で遊んできて!」
「えぇっ!?」
3人は仲良く住み家の中に消えた。
「オーレン。剣の修練やるかい?」
「やりたいです。ミーナさんは凄く元気ですね」
「年齢の割にね。あぁ見えて40を超えたオバ…」
急に玄関のドアが開く。
「聞こえてるぞバカ息子!またバラされたいの?!」
「ゴメンて!ボクが悪かった!」
パタンと閉まるドア。
「地獄耳すぎる…」
「俺もそうですけど、親には敵いませんね」
「そうだね」
オーレンの言う通りだ。衰え知らずの母猫には、いつまでも元気でいてほしい。




