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モフモフの魔導師  作者: 鶴源
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586 白猫なんでも屋

 今日はナバロがウォルトの住み家を訪ねてきた。


「今は森に輩がうろついて危ないので、しばらくこちらから伺います。伝えるのを忘れていました」

「ウォルト君は大丈夫なのかい?」

「ボクは大丈夫です」


 逆に心配されてしまう始末。いつも変わらず優しい人だ。納品を終えてからカフィを淹れて差し出す。


「ドラゴン騒動でカネルラに人が増えている傾向にあるらしいけど、ほとんどはただの観光客だ。タチの悪い奴はほんの一握りだよ。動物の森に来る奴はそうかもしれないけどね」

「それならよかったです」

「今日は依頼もあるんだ」

「またベルマーレですか?」

「今回はタマノーラの住民からだよ。ベルマーレからの依頼はずっと来てない。コレなんだけど」


 ナバロさんはリュックから服を取り出した。


「アオサイですね」

「今年成人する娘さんに、代々受け継がれたアオサイを着せてあげたいと思ったら虫に食われてしまったらしくて」


 手に取って見ると幾つか小さな穴が空いてしまっている。でも立派なアオサイだ。思い出も詰まった逸品だろう。


「綺麗に修復できないかと思って」

「穴が小さいのでボクでも可能だと思います」

「ゆっくりでいいからお願いできるかな?」

「今から修繕しますね」

「えっ?」


 アオサイを丁寧に裏返し、縫い目部分のはみ出た生地をほんの少しだけハサミで切り取って補修部分に当てる。『同化接着』で慎重にムラなく修繕した。


「できました」

「こんなに早く…。しかも、穴がどこだったかもわからない…」

「目を凝らすと、どうしても少し違うんですけど」

「どこが?」

「穴はココです。よく見るとわかります」


 日焼け具合や繊維の方向などが違って、どうしてもその部分だけ目立つ。けれど、ボクにできる修繕の限界。


「説明されてもわからない…。大丈夫だよ」

「よかったです」

「他にもあるんだけど」

「見せて下さい」


 次に取り出したのは、大きく刃が欠けた包丁。かなりの年季モノだ。


「奥さんの形見らしい。手入れしてずっと大切に使ってたらしいけど、折れてしまったんだ」

「なるほど」


 研ぎすぎて刃が小さくなってるけど、元々はもっと厚みがあったんだろう。1つの包丁をこうなるまで使い込むなんて尊敬しかない。作った人も冥利に尽きるはず。


「欠片も持ってきてもらってるので、ほんの少しだけ鋼材を足して修理します」

「ありがとう。ゆっくりで…」

「今からやります」


 欠片の縁を魔法で『溶解』して、形成したあと綺麗に削ってはめ込む。後は『同化接着』して自然に見えるよう魔法で磨き上げたら終了。

 傷も思い出だからそのままにしておく。魔法による焼き入れ、焼き戻しで強度も充分なはず。研いで確認した切れ味も申し分ない。ナバロさんは黙って見ていてくれた。


「完了です。どうでしょう?」

「喜ぶと思うよ…。どこを直したのかすらわからないからね…」

「大袈裟ですよ。まだありますか?」


 修理は楽しい。黙々とやれるのが性に合っている。


「ウォルト君って…苦手なコトあるのかい…?」

「力仕事です。そもそも、不器用でなにもできないんですけど」

「そうか…。他にも依頼したいことがあるんだけど、この場所じゃ無理なんだ」

「一緒に行きましょうか」


 気になるのでナバロさんと一緒にタマノーラに移動する。


 


「よぉ!ウォルトじゃないか!次の祭りも料理頼むぜ!」

「楽しみにしてるわ!」

「うぉるとにいちゃんだ!」

「あまいお菓子、まってるよ~!」


 ナバロさんと町を歩いていると、町民に話しかけられる。覚えていてくれて有り難いな。


「覚えてくれてますね」

「誰だって君のことは忘れられない。もしよければ、また祭りに協力してもらえると有り難いよ」

「できるならいきます」


 しばらく歩いて町外れに着いた。誰もいない空き地のような場所。


「ウォルト君に見てもらいたいのは、コレなんだ」

「焼却炉ですね」


 ゴミを焼却して灰にする小さな炉がある。人が住む場所では必需品。


「ただ火を着けて燃やしてる焼却炉が多いけど、タマノーラのは魔道具を組み込んでるみたいなんだ。調子が悪くなって、職人に見せようと思ったんだけど中が凄くて」

「見てもいいですか?」

「いいけど、かなり臭いよ。ウォルト君にはキツいだろう?」

「わかってます」


 離れていても感じるくらい臭い。結構前から口呼吸してるけど、染みついたゴミの匂いだから仕方ない。


「気持ち程度だけど、コレを使ってほしい」

「助かります」


 手拭いを渡される。いや、ハンカチかな。2人揃って鼻を隠すようにハンカチを巻いて、魔法で軽く湿らせ『清潔』の魔法を染みこませると悪臭が軽減される。


「凄い。まったく匂わない」

「生活魔法を考えた魔導師は偉大です。では覗いてみますね」


 ボクはまだ臭いけど、口周りを完全に密閉できないから仕方ない。ゴミを投げ込む扉を開けて覗きこむと、煤がこびりついて中は真っ黒。


「事前にかなり気合いを入れて洗ったんだけど、染みついた汚れが落ちないんだ」

「頑固汚れですね。『清潔』」


 万能な生活魔法で汚れを分解する。直ぐに落ち始めて一気に内部が見えてきた。ボクとナバロさんの服は、汚れないように魔法を付与してある。上手く焼却できずに残ってしまっていたゴミ屑は闇魔法で全て消し去る。


「一気に綺麗になったよ。ありがとう」

「このまま中を見せてもらっていいですか?直せたら直したいです」

「そこまでお願いしていいのかい?」

「はい。気になるので」


 そんなに大きな焼却炉じゃなくても、人が入れる大きさは充分ある。ナバロさんも入ると言うので一緒に潜り『発光』で明るくする。


「中はこうなってるのか…。長年住んでるけど初めて知った」

「ボクも故郷の焼却炉の中がどうなってるのか知りません。でも、外観は似てますね」


 レンガ組みで作られていて、基本的に中はただの空洞。ただし、所々に空気穴のようなモノが空いている。


「ナバロさん。魔道具としての効果ってなんですか?」

「風を送ってゴミを攪拌するみたいだ。あと、よく燃えるように空気を送り込んでるのかな?僕も詳しくは知らない」

「魔力の補充は誰が?」

「タマノーラの生活魔導師だよ。魔力を付与しても火力が上がらないからおかしいって話になってね」

「なるほど。中はもう大丈夫です。外から調べたいと思います」


 外に出て焼却炉の裏に回り、魔力を込める箇所を教えてもらう。箱型の小扉を開けると、鉄板のような平板が備え付けてあった。


「いつもこの板に手を添えて魔力を付与してるよ」

「内部に繋がってるんですね」

「壊れてるにしても、どこが壊れてるのか見当がつかないんだ」

「ちょっと探ってみます」


『浸透解析』してレンガの中を透視する。手を翳しながら移動して全容が確認できた。板から繋がる先には内部で確認した風穴があって、風が起こるように魔石が設置されている。

 蟻の巣のように幾つも分岐があるけど、その中でも大元の分岐部分が脱落してる。何度も魔力を流して金属が耐えられなくなったのか単なる老朽かは不明。知り得たことをナバロさんに説明する。


「ということは、壁を壊すしかないのかな」

「ちょっと確認してみますね」

「どうやって?」


『細斬』でレンガの一部を切って抜き取り、分岐部分だけを露出させた。


「柔らかいモノみたいに簡単に切るね…」

「魔法は結構便利なんです」


 レンガの列に挟まれた空間に金属は設置してある。雨には打たれなくとも、湿気や煤は帯びてしまうし、激しく熱されたり冷えたりで脆くなる。


「この部分を修復したら、とりあえず使えるようになると思いますが、どうせなら全部やり替えた方が長く保ちます」

「まさか…」

「住み家に帰って修理用の素材を取ってきますね」

「待った!」

「どうしました?」

「店に使えるモノがあるかもしれない。それを使ってほしい」

「売り物はもったいないです」

「僕らのタメの焼却炉なんだ。そこまで甘えられない。店に使える素材がなければお願いしたい」

「わかりました」


 ナバロさんの商会に行って、素材を見せてもらうと使えそうな魔法銀があった。魔力と相性がいい金属で、コンゴウさん達から教わって知ってる。


「加工してない素材だけどいいのかい?」

「既設の素材に混合させるだけで強化できます」


 焼却炉に戻り準備は万端。


「全部やり替えるってどうやるんだい?」

「こうやります」


『細斬』を操ってレンガの列の隙間を一刀両断。外側の壁レンガをそっと地面に倒しておく。


「お見事……」

「露出したので、今から直したいと思います」


 難しい造りではないので、一旦全ての魔力経路の金属を回収する。磨いてみると、使われているのは同じく魔法銀だった。好都合だ。


「表面を綺麗にすれば素材は再利用できます。今回の分岐部分の破損は、接続の融着が甘かっただけだと思うので」

「50年以上経ってるらしいけど、大したモノだね」


 とりあえず、新たに素材を使う必要はないことがわかった。むしろ余る。魔法銀は魔石への魔力伝達だけなら今よりもっと細く加工できる。その方が軽くて分岐部分に負担がかからないし、数十年で表面が錆びる程度だから手入れも必要ない。


「そんなに金属を細くして大丈夫なのか?」

「魔石に届くまでに金属全体を魔力で満たす必要があるので、経路が太すぎると流す魔力も多く必要になります。この焼却炉の構造では、細くても効果はほぼ変わりません」

「なるほど。魔導師も助かるよ」


 魔力変換の構造や魔石も点検して、気になるところには手を入れるつもりだったけど、ほとんどない。さすが職人の仕事。


「終わりました。壁を復旧して確認してみましょう」


 壁は『無重力』で軽くしてから持ち上げて、立てたら解除。仮復旧して軽く魔力を流してみると、内部に風が吹き込む。


「いいね」

「あとは実際に燃やしてみないとわかりません」

「任せてくれ」


 というわけで、ボクがレンガの切れ目を魔法で接着している間に、ナバロさんが荷車でゴミを持ってきてくれた。ついでに魔導師の方も一緒に来てくれたので、ゴミを投入して着火後に魔力を付与してもらう。


「おぉっ!前より魔力がスッと通るぞ!こりゃ楽でいい!」

「気になるところはないか?」

「ないぞ。ちょいと調節に慣れる必要があるけど、それは俺の話だ。ウォルトは凄い職人だなぁ」

「たまたま直せただけです」


 どうやら具合はよさそう。直せて満足。魔力の微調整は長年燃やしてきた魔導師ならお手のものだと思う。しっかりゴミが燃え尽きるのを確認して作業は完了。預かった魔法銀もナバロさんに返す。


「逆に増量したね…」

「元の素材の余りも同化して加えたので。品質は問題ないです。他にも修理するモノはありますか?なんでもやってみたいんですが」

「幾らでもあるにはあるんだけど」


 古くなった小屋の修繕や、古い井戸の掃除もこなして、最後には茶葉の常連お姉様達の腰をマッサージという名目でこっそり魔法治療したりする。


「かなり気持ちいいねぇ~。ナバロにとっちゃ、アタシ達もモノみたいなもんか」

「修理ついでに診てもらえってか」

「本心じゃ治しても無駄だって思ってるだろ?腰より頭を診てもらえってさ」

「そんなこと思ってませんって!文句言うならやめてもらいますよっ!」

「なぁ~にぃ~!生意気言うようになったじゃないか!おしめも変えてやったってのに酷いもんだよ!」

「まぁたそんな古い話を」

「なぁ、ウォルトさん。ナバロは恩知らずの人でなしに育っちまったよぉ~」

「そんなことありません。優しく情に厚くて尊敬できる人です」

「ははっ!そうかいっ!アンタに免じて許してやろう!」


 どうにかお姉様達も満足してくれたみたいだ。もう依頼はないみたいで、あとは真っ直ぐ帰るだけ。


「今日は本当にありがとう」

「好きでやってます」


 最近はモノづくりもしてなかった。おかげさまで気分は爽快。


「それで、報酬なんだけど…」

「見ての通り、こなしたのはちょっとした作業ばかりです。なので無報酬でお願いします」


 今日は非の打ち所がないはず。実際に作業を見てもらえたのが大きい。全てがちょっとした作業で辛そうにも見えなかったはず。ナバロさんは過去に払った報酬が高すぎたことに気付いてくれたろう。むしろ、もらいすぎていた分を返していいくらいだ。


 ニカッ!といい笑顔を見せるナバロさん。


「あり得ないよ」

「え?」

「無報酬はあり得ない。君は勘違いしてる」

「なにをですか?」

「払った労力に見合うモノが対価。その考え方は間違ってない」

「ですよね」

「でも、苦労すればいいワケでもない。報酬を得るにはもう1つの要素があるだろう?」

「結果ですか?」

「その通り。いかに苦労しても、結果が伴わなければ適切な報酬はもらえないんだ。君の仕事は、労力はさほどでもないかもしれない。でも、全てにおいてちゃんと結果を出している。充分すぎる仕事だ」

「でも、別の人に頼んだ方がもっとしっかりしたモノができます。ボクのは趣味程度の仕事で…」


 ナバロさんはゆっくり目を細める。マズいっ…!


「すみません!報酬をもらいま…」

「ウォルト君…。僕は商人だけど、君は友人だから意志を尊重したくてある程度は我慢してるんだよ…。評価は贔屓目なしに適切に下してるつもりだ。そもそも、君のように万能な修理屋なんていない。探しても本当にいないんだ。大体、魔法と技術を融合させる修理屋なんてそうそういるはずもなくて……云々」


 時既に遅し。退くタイミングを完全に逃した。今から熱い説教が始まる。いかに仕事の報酬というモノが大切なのかを切々と説かれるんだ。

 こうなったら話が長くなるのは既定路線。ボリスさんの話も長くなるけど、ナバロさんは軽く超えてくる。ボクが知るこの人の唯一の欠点と言っていい。


「ウォルト君。聞いてるのかい?」

「聞いてます…」

「報酬にも色々ある。お金じゃなくてもいいし、無報酬にする手段を探るくらいなら、別の報酬を受け取る形を考える方が……云々」


 はぁ…。ナバロさんの凄いところは、やっぱり弁が立つこと。


 そして、ボクが耐えられなくて『今後は依頼を受けないようにしようか…』と思う直前に説教をやめることだ。

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