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モフモフの魔導師  作者: 鶴源
584/715

584 隣国のざわつき

 カネルラの東部に位置する隣国アリューシセ。


 首都に聳える一際煌びやかな王宮で、国王カリドゥは報告を受けていた。


「国王様。カネルラのナイデル国王より書簡が届いております」

「…とりあえず中を確認しろ。長いか短いかだけ言え」

「では、拝見致します。……短文でございます」

「読め」

「では…『この度、アリューシセより入国した数名の冒険者による犯罪行為について、誠に遺憾であり以後の対応について…』」


 またか…。充分長いわ。


「わかった、わかった!皆まで読むな!要するに、我が国の冒険者がカネルラでなにかやらかしたワケだな?」

「どうやら強盗や強姦を働いたようです。挙げ句、魔物が跋扈する森にて所持品のみが発見されたと。丁重に送られております」


 気を利かした嫌味のつもりか。


「悪かったな!と書いて送り返せ!」

「それだけでよろしいのですか?」

「構わん!」

「かしこまりました。では、送達致します」


 ナイデルめが。毎度毎度細かく指摘してくる。


「陛下。一度カネルラを訪問されてはいかがですか?」

「なぜだ?」

「彼の国には、以前も傭兵集団が御迷惑をおかけしておりますし」

「カネルラの商人が雇って連れて行っただけだろうが!向こうが原因を作っている。詫びなど必要ない!むしろ、こちらの戦力が減ったことが嘆かわしい!」

「はぁ…」

「生きているか死んでいるかもわからん。俺の予想では暗部に粛清されている。それであいこだ。そもそも国王が動く事案ですらない」

「ナイデル様にも永らくお会いしておりません。直接話されたらどうかと…」

「えぇい!俺は行かんぞっ!」

「幼少期は随分と懇意でいらしたのに…」

「やかましい!昔の話はするなっ!」


 宰相はやれやれ…といった様子で退室した。


 奴と懇意だと…。いつの話だ。今やナイデルは鼻持ちならない隣国の国王。最近ドラゴンを討伐したことでカネルラは注目を浴びている。事実であることはカネルラ王都に派遣した者から確認をとっているが、なにやらエルフ数名が討伐したと公表した。信じがたくとも虚言でないことはわかっている。奴は適当なことをほざく輩ではない。………はっ!いかんっ!無意識に奴を認めるような思考に…。


 我らは過剰防衛を信念に掲げる。彼奴の性格からして攻め込んでくるようなこともない。こちらがよほど馬鹿げた行動に出ない限り揉めることすらないのだ。


「陛下」


 再び宰相が現れる。


「どうした?」

「地下闘士のアサギが姿を消したとの情報を得ました。判断を仰ぎたく」


 アリューシセには地下闘技が存在する。元は重罪人の救済として行われてきた見世物で娯楽の一種。勝ち続けたならば傭兵として登用される者もいる。

 アサギは元傭兵であり、殺人罪で賞金首となり地下に身を落とした。地下闘士の中でも上位の強さを誇る妖艶な女闘士。俺も名は知っている。


「姿を消した理由は?」

「カネルラの竜殺しに会いに行く…とだけ告げたそうです」

「奴はなにを考えている」

「わかりませぬが、腕試しを好む闘士です」


 頻繁に問題行動を起こすおかしな奴だが、強者と見れば闘いを挑み相手を屠るだけで、無差別に被害を与える輩ではない。地下闘士の中ではまともな部類。過去に殺されたのは腕試しで負けた者達だ。


「即刻包囲網を張り、連れ戻したほうがよろしいのでは?アサギを越境させるのは危険です」

「放っておけ。そして、ナイデルへの返事の文字はかなり大きめに書いておけ」


 奴がなにもせず黙って戻ってくるとは思えん。


「そういう問題ではないかと。地下闘士は揃って重罪人です。カネルラで問題を起こせば我が国の品格が問われます」

「ナイデルは、面と向かい声を大にして文句を言いたいだろう。だが、書面の抗議程度に留めているのは、国王であっても国民の動きを全て統制することなど不可能だと理解しているからだ。その程度の謝罪でいい」

「…塵も積もり積もって、やがて取り除けない壁となるやもしれませんぞ」

「それも止むなしだ。この国とカネルラは違う」


 アサギのような奴にお人好しばかりのカネルラはどう対処するか。予想できないが、暢気なふりをしてやることはやる国だと知っている。



 ★



「ココがカネルラ王都か」


 アリューシセの闘士アサギが出発から数日かかって遥々やってきたのは、隣国カネルラの王都。


 なにはなくとも先ずは情報収集。私は噂の竜殺しに会いに来た。平和ボケしていると噂の国にドラゴンを殺すような奴がいると眉唾の情報を得たからだ。

 単に刺激がほしい。下らない地下闘技で人を屠る日常など面白くない。生き長らえるタメにやっているだけだ。久しぶりに面白そうなことを耳にして、手間のかかる国外脱出になるだろうと予想していたのに、すんなり国境を越えた。


 カリドゥが考えていることはわからん。私が言うのはおかしいが、犯罪者をすんなり国外に出すアイツは頭がおかしな国王。



「すまないが、尋ねたいことがある」


 若い門番に声をかける。


「どうした?」

「外国から来たんだが、ココはカネルラの王都か?」

「そうだが、どこから来たんだ?」

「アリューシセだ」

「そうか。カネルラを楽しんで帰れよ。で、なにが知りたいんだ?」


 爽やかな笑顔。警戒心は皆無か。


「知りたいのはそれだけだ」

「今はちょっとお祭りみたいに盛り上がってる。屋台も出てるから寄っていく価値はあるぞ」

「そうさせてもらおう」


 大きな門を潜り大通りを歩く。確かに祭り中のような活気がある。


「ドラゴン焼きよぉ~!1つどうだい?!」

「ドラゴン焼き…?討伐した噂のドラゴンの肉を焼いているというのか?」

「違うよ!ドラゴンを模した肉焼きさ!」

「模した…?」


 どう見てもただの角切り肉だが…。


「1つもらおう」

「毎度あり!」


 ……ふむ。………肉だ。……美味いが。


 歩き回ってみるも、どこへ行ってもめでたい空気に包まれている。この空気はなんだ…?


 通りすがりの町人に訊いてみる。


「すまん。ちょっと教えてくれ。なぜ王都はこんなに盛り上がっている?」

「決まってるだろう。大きな被害もなくドラゴンが討伐されたからだ。めでたいに決まってる」


 なるほどな。暢気な国民性とは聞いていたが、偽りなくその通りか。


「ときに、ドラゴンを倒したと言われているエルフにはどこにいけば会える?」

「サバトのことか?こっちが聞きたいよ。誰にも居場所はわからない。一説では動物の森に隠れ住んでると云われてるけどな」


 ありそうな話だ。アリューシセでも大半のエルフは森に住んでいる。サバトとはエルフらしからぬ名前に感じるが、話を聞くと焼け爛れた顔を隠すために白猫の面を被ったおかしな男らしい。


「動物の森にはどうやって行けばいい?」

「あっちの門から出て、ひたすら真っ直ぐ進めば1時間かからずに着くぞ」

「助かる」

「魔物ばかりで危ないぞ。行くのはやめとけよ」

「忠告は有り難いが、もう行くと決めている」

「お、おい!気を付けろよ!」


 せっかくの祭り気分。腹ごしらえを終えたら出発するとしよう。



 

 王都を後にして1時間弱。森に到達した。


「なかなか雰囲気のある森だ」


 手つかずといった趣き。自然を愛する国と言うのも事実か。さて…森に入ったはいいが、かなり広い森とみた。どこへ向かえばいいのか見当もつかない。しばらく歩き回ってみるとしよう。


 周囲に気を配りながら、森を歩き続けること数時間。


「完全に迷ったな」


 来た方角もわからない。魔物の数もかなり多くて対処に疲れてきた。今のところエルフの里の気配もない。


 …と、人が森の中を疾走する気配。まだ遠いがこちらに向かってくる。それもかなりのスピードで。突然、気配は経路を変更した。まさか…こちらに気付いた?

 試しに変更された経路上に移動すると、さらに逸れていく。間違いなくこちらの存在に気付いている。どんな感覚をしているか知らないが、面白い奴だ。


 冒険者だろうがちょっと興味がある。なにかしら情報を仕入れることができるかもしれない。強そうなら相手してもらうか。

 気になって経路を塞ぐように接近すると、一気に距離が縮まる。この距離なら横を抜かれることはない。やっと姿が見えた。


 …なるほど。獣人か。疾走していた白猫の獣人は、スピードを落として歩き始めた。こちらも歩き始めるとゆっくり距離が縮まる。


 ……この獣人は……なんだ…?途轍もなく嫌な気配を纏っている。まるで、得体の知れない化け物に遭遇したような…。至って普通の、むしろ外見からして弱いであろう獣人なのにだ。


「どうかされましたか?」


 ハッキリ視認できる位置まで接近すると話しかけられた。心も身体もまったく落ち着かない。


「初めての森で迷った。人の気配を感じて、道を教えてもらいたいと捕まえたんだが」


 実際そうだが、軽く動揺している。この獣人の纏う嫌な気配に変化はない。


「アリューシセから来たんですね」


 歩み寄られてさらに距離が詰まる。妙なモノクルをかけ、暑そうなローブを着た珍しい獣人。明らかにおかしな奴だ。


「なぜわかる?」

「訛りです。そして、貴女からは血の匂いがする。そんな者達を知っています」


 柔らかい表情に見えるが、人を見透かす目をしている。

 

「森から出たいなら方角を教えますが、目的があるんですか?」


 気性の荒い獣人であるのに、妙に丁寧な言葉遣いが不気味さを増長させる。感覚としては今すぐこの場を離れるのが正解だと思う。…が、退いてはこの獣人に恐れをなしたと認めることになる。


 負け犬になるタメに来たワケじゃない。新たな刺激を求めてわざわざ他国まで来た。


「この森に竜殺しが住んでいると聞いて探しに来た」

「会ってどうするんです?」

「一戦交える」

「殺し合い…ということですか?」

「あぁ」

「そうですか」 


 この獣人は…なにが言いたい?アリューシセから来たことを見抜かれ、妙に親切な口振り。まるで、こちらの出方を伺っているかのような…。


 ふと浮かんだ1つの可能性。…まさかと思うが、試してみるか。なによりこの空気を打破しなければ気持ち悪い。


「シッ!」


 腰のカトラスを抜きながら接近し、獣人を斬りつけるも素早く躱された。反撃するでもなく何事もなかったように平然としている。


「いきなり斬りつけるとは野蛮だな。お前の意志はよくわかった」


 猫人の口調が変化する。口角を上げて凶悪に嗤う表情に…久しぶりに戦慄する。


「やはり……お前がサバトか」

「だったらどうする」


 どう見ても獣人だが、白猫の面を被った妙なエルフと情報を得ていたのが功を奏した。なぜ猫人なのか不明だが、魔法か魔道具で変装していると推測できる。 

 いずれにせよ、感じる恐怖感がなにより納得いく説明。疑っている場合でもない。今の攻撃で明らかに敵意を向けられている。


「逃げる気がないとは、エルフのくせに好戦的だな」

「お前達は話が別だ」

「お前達…?」

「森に入り、サバトを殺すとのたまう奴の相手はする。後にまた出会う可能性があるならこの方が話が早い」

「既にアリューシセからの入国者を何人も屠っているか。竜殺しの二つ名が…期待外れでないことを祈る」


 コイツの力は不明だが、()られる前に殺るだけ。地下闘技と変わらない。軽い気持ちで来たが、出会えたことを幸運と捉える。腹が決まれば心も静まった。

 魔法と弓が得意なエルフは接近戦が不得手だ。サバトは丸腰の上に私は元傭兵。広い場所ならいざ知らず、狭い森での戦闘は圧倒的にこちらが有利。期待外れでなければ楽しい時間を過ごせるだろう。下らん自慢話の1つになってもらうか。


「…もらった!」


 さっきは躱されたが、所詮は様子見を兼ねた軽い攻撃。一瞬で懐に入り込み、今度こそ首を切り裂いた……はずだったのに、斬ったと思ったのは幻影。


「ぐあぁっ!!」


 急に鋭い痛みが走り、目を向けると氷の槍が腹部を貫いていた。灼けるような痛みに耐えきれずガクンと膝をつく。


「いつのっ……間にっ…!」


 詠唱に気付かなかった。する気配すら感じなかった。なんて奴だっ…。魔法の槍が消滅して、腹に空いた穴から大量に血が流れ出る。薬でどうにかできる傷じゃない。一撃で致命傷を受けるとは…。


「ぐぅっ…!はぁっ…!はぁっ…」


 サバトは無慈悲な瞳で見下ろしてくる。


「殺し合いに…ぐっ!…遊びなどない…か!」

「派手に斬り合う活劇に憧れているのなら余所でやれ」


 舐めてかかり、嫌な予感が的中してしまった。この男のことは…母国に伝えなければ…。アリューシセは私も含めてバカばかりの国だ。まだ来るだろう。


 念を込めた…伝書鳥を…。


『操弾』


 所持品を全て魔法で撃ち抜かれ、伝書鳥は羽ばたくことなく無残に散った。私の行動は予測されている。二番煎じということか。だが、まだだ…。奥の手がある…。


「まさかっ…異国の地で…命を落とすことになるとはな…。はぁ…はぁ…」


 気付かれてはならない。もう少しだけ…時間を稼ぐ。


「さすがは…竜殺し…。見事な魔法を…見せてもらった…」


 下らない会話でなんとか引き延ばしてみせる。


「面白い体質のようだな」

「なに…?」

「大層な心臓を持っている」


 コイツ……超回復の呪術に気付いているというのか…。命の危機に陥ったとき、どんな傷もたちまち回復させる術。心臓に施し、一度だけ使用できる奥の手。致命傷を受けてから発動まで時間がかかるのが難点。もう少しだというのに…。


「蠢く虫のような禍々しい魔力。初めて目にする魔法…いや、呪術か」

「…ぐぁぁっ!」


 サバトが手を翳すと激痛が襲ってくる。延命に心臓から送られていた回復魔法が阻害された。


「貴様ぁっ…!」

「『解呪』と『無効化』で解けては奥の手の意味がない。術者はどういうつもりだ?」

「見破られたのも…解かれたのも初めてだっ…!この……化け物っ!」

「化け物はお前だ。心臓に呪術を施すなど正気の沙汰とは思えない」


 一瞬にして意識が遠のく…。血が…流れすぎている…。


「お前は……なんなんだっ…!」


 しばし黙るサバト。なにか言うことはないのかっ…!


「ただの猫人だ」

「……クソッ……タレ」


 最後まで…とぼけたエルフ…だ。


「誰だか知らないが、満足したな?」


 サバトが手を翳した直後、私の視界は闇に包まれた。


 

 ★



 アリューシセ国王カリドゥは宰相に確認する。


「おい。アサギはどうなった?カネルラから苦情は来てないのか?」


 数日経つがなんの報告もない。


「カネルラ王都にてアサギを見かけたという報告だけ入っております」

「一応辿り着いたというワケか」

「その後の消息は不明です」

「帰国は?」

「間違いなく戻っておりません」


 まだ向こうか。戦闘狂がジッとしているとは思えん。ナイデルの性格からして苦情は来そうなものだが。


「苦情ではありませんが、国王様にナイデル様より便りが」

「長いんだろ!捨ててしまえ!」

「そう仰られると思いまして、事前に開封させて頂きました。本当に短文でございます」

「だったら読め!」

「では、要約してお伝え致します。『きちんと国民を統制しろ』と」

「…くっ」


 忌々しい…。もはやアサギは戻るまい。竜殺しにやられたか、もしくは騒動を起こして処刑されたかだな。

 興味などなかったがやってくれる。だが、ナイデルの思い通りに動くのだけは御免だ。アリューシセは元々放任主義の国。しばらくカネルラへの流出は続くだろうが、止める必要もない。


 納得いかずにアリューシセに刃を向けるのなら、いつでも相手になってやる。

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