583 リスティアの約定
カネルラ王城にて。
「あいわかった。ご苦労であった」
「失礼致します」
暗部の副長サスケから報告を受けた国王ナイデル。報告に同席していた宰相カザーブが口を開く。
「やはり、サバトやドラゴンの痕跡を捜索しようと動物の森に足を踏み入れ、命を落としているようですね」
「そのようだな」
「冒険者ギルドは国の直轄ではなく、暗部に内情を調べてもらった次第ですが、各地において不明者が増加していると」
サスケの報告によると、現在判明しているだけでもカネルラ国内で50名以上の冒険者が行方知れずになっている模様。全員が動物の森に向かった可能性が高く、何割かは物言わぬ遺体となって帰還しているようだ。
その他に、国外から訪れた冒険者数名の死亡を認知したとも。遺品のみが森で発見され、衛兵の元に届けられている。そちらは所持品からアリューシセの冒険者であると判明し、合わせて旅の途中で一般市民宅で強盗のような所業を行っていたことも判明した。
国王に厳重に抗議させてもらうとしよう。逆の立場なら申し訳なく思うのでな。彼奴にそんな思考は皆無だと思うが。
「それにしても…サバトはどういう男なのだ?」
「件の魔導師は、想像以上に顔が広いようでございます」
「うむ。驚きしかない」
さすがにないであろうと思いながら、サスケに「其方はサバトのことを知っているか?」と問うたところ、一拍置いて「友人であります」と驚きの返答を得た。矢継ぎ早に「これ以上の詮索は御容赦下さい」とも。
秘匿することが目的ではなく、俺の身を案じての発言だと解釈した。深入りはよくないという意味だと捉えたが、当たっているだろう。まさか暗部とも繋がりがあったとは。
「サスケの様子からすると、シノも知っているであろうな」
おそらく、シノが唯一休暇を願い出たあの日に遭遇したのではないかと推測できる。危険人物と判断したのかもしれん。
「おそらくは、暗部でも数名だけが知る極秘事項かと思われます」
「カネルラを守護する主要人物と縁を繋ぐ不思議な魔導師…か。…もしやカザーブ」
「私は存じ上げません」
「はははっ。冗談だ」
どういった経緯か不明だが、おそらく接触を図っているのはサバトではなくこちらから、もしくは単なる偶然だろう。なにせ表に出たがらない男だ。
しかし、皆が口を揃えて『友人』だと言うのがなにより驚き。ダナンなど絶縁を言い渡され憔悴していた。サスケ達暗部は、親しい者を作ろうとしないにもかかわらず…だ。本当に素性が知れぬ。
「冒険者ギルドは今後どう対応するつもりなのか」
「事態が深刻化することはないと判断していると思われます。多くの冒険者は森の危険性を認識しておりますゆえ。沈静化を待つ態勢ではないかと。いわゆる流行り病と捉えているのでは」
「そうか。動きがあればまた報告を頼む」
「かしこまりました。国王様、今後の予定はいかがなされますか?」
「サバトに扮してジニアスと遊ばねばならん」
今や白猫のお面もかぶり慣れたもの。その辺りもカザーブには伝えてある。
「どこまでも…でございますな」
「赤子すら魅了する偉大な魔導師には困りものだ」
疲れ眠るまでジニアスと遊び、ルイーナと会話する。
「ふぅ。那季節に面は蒸れる…」
「御苦労様でした。お暑いでしょう」
「1番喜ぶのだから仕方ない」
ルイーナから水を受け取り、喉を潤して一息つく。ジニアスはとにかく白猫の面を好む。笑顔で顔を触りにくるのが可愛くて仕方ない。素顔だとまったくと言っていいほど近寄らない寂しさを、サバトに教えてやりたい。
「正直、ジニアス達がこれほどサバトに執着するとは思っていませんでした」
「直ぐに忘れるだろうと?」
「はい。エクセルもハオラも赤子なのです。確かにサバトの祝福の魔法は稀有なモノでした。誰もが心を奪われ心に刻まれる魔法だったのですが、長期間覚えているなんて信じられません」
「赤子の心に残る祝宴とは…自身もそうであったリスティアだからこそか」
「そして、やはりサバトの魔法の魅力ではないかと」
赤子すら虜にする魔法。目にしたいものだ。
「気になっていたのだが、もしやサバトは子供が好きなのか?」
「大の子供好きであり、とても優しく接すると聞いています。カネルラでサバトに遭遇する可能性が最も高いのは、種族問わず子供だそうです」
「だからリスティアも…と言ったら殴られるな」
「間違いないかと」
互いに苦笑する。どこまでもエルフらしくない男だ。
「そうであれば1つ頼んでみたいことがあるのだ」
「サバトにですか?」
「俺の依頼を引き受けてもらえるとは思えぬが」
「内容によると思われます。どういった内容でしょう?」
「リスティアも交えて話そう。これ以上『勝手なことを…』と思われてはかなわん」
「舞踏の稽古中だと聞いております。もうしばらくお待ち下さい」
ルイーナと歓談しながら時を待つ。
稽古が終わる時間に合わせ、メイドを通じてリスティアを部屋に呼び出した。ドアがノックされる。
「王女リスティア。国王様への拝顔の栄に浴するところ」
顔も見せずに入室してきた。
「よく来た。固い挨拶はいらない」
「そうは参りません。第29代カネルラ国王ナイデル様であらせられるのですから」
優雅に指先でスカートを持ち上げ、見事な一礼。だが、頭を垂れたまま目を合わせようともしない。サバトによるラードン討伐を公表して以降、ずっとこうだ。杓子定規でよそよそしい。
しかし、世界では普通の王族の形ゆえに、決して間違っているワケではなく、誰がなんと言おうとやめる気配すらない。勇将ダナンが直接サバトから許可を得たというのに納得しない相当な頑固娘。
ダナンの行動には理解を十二分に示しているのに、俺は分からず屋の烙印を押された。一体誰に似たのやら。
「お前に相談がある」
「なんなりとお申し付け下さい」
「サバトに依頼を出したい」
「是非もなく。国王様の御心のままに。失礼致します」
「まぁ待て。とにかく話を聞け」
「これ以上は無為なる時間。失礼致します」
すすすす…と下を向いたまま器用に部屋を出て行こうとする。どこで身に付けたのか…。
「待てっ!カネルラの将来に関わる重要な事項だっ!個人的な感情を抜きにして、真面目に話をしたい」
「私はまだ齢11で御座います。深謀遠慮なき者にて、意見など恐れ多く」
「子供達の未来に関することだ。サバトに訊いてくれるだけで構わん。仮に了承を得たなら、この件はお前に全権を委任すると約束しよう。あらゆる調整を自由にやるといい。城を出ても構わぬ」
リスティアはピクリと反応した。
「俺の依頼であると伝える必要もない。静かに結果のみを待ち、一切口出しはしないと確約する。サバトのことも決して探りはしない。歴代国王に誓おう。どうだ?」
「……拝聴致します」
なんとか興味を引けたか。
「サバトは子供好きであるとルイーナから聞いた」
「左様で御座いますか」
「頼みたいのは、カネルラの才能ある魔導師の卵達と交流してもらいたいということ」
「魔導師の…卵」
「カネルラ国内でサバトの名を知らぬ魔導師はいまい。将来を担う魔導師達も然り。サバトは、好ましく思う子供達ならば指導を施してくれるのではないか?そして、多大な影響を与えるであろう」
しばし黙ったあと、久方ぶりに顔を見せる。
「本当に全権を委任して頂けるのですか?」
「二言はない」
「少々お時間を頂きます。返答はまた後ほど」
「なに?」
リスティアは姿勢よく部屋を出て行った。
「どういうつもりだ?」
「ナイデル様。時間が必要になるのではないでしょうか」
「なんの時間だ?」
「あの子の思考に応える時間です」
ルイーナがなにを言いたいのか俺にはわからなかった。
次の日。俺はルイーナの言葉の意味を知ることになる。
「お父様。こちらに目を通して頂けますか?」
リスティアが手渡してきたのは分厚い紙の束。識者会議の資料よりも遙かに厚みがある。
「コレは……まさか…」
「昨日仰られた件に関して、私に全権を委任するという約定です。細部まで御確認頂いて、一点でも了承しかねるようであれば此度の件について請け負いかねます。その際は御心のままに」
…こうきたか。俺の言葉を信用しないという意思表示。
「では、失礼致します」
「俺が1つでも不服なら、依頼の交渉は請け負わぬということだな?」
「お父様の判断を受け入れる所存です」
目も合わせずスタスタと去っていく。軽くめくって目を通してみると、事細かに条件が提示されている。一晩かけて作り上げたのか。
「あの子は本気のようです。けれど、拗ねているのではありません」
「ふぅ…。親子で約定とは、父親としても国王としても信用が地に墜ちたな」
「ふふっ。ナイデル様が機嫌取りと実益を兼ねて提示され、娘はそれを感じ取りながら自己主張を怠らない。羨ましく思います」
「どこがだ?」
「ナイデル様とリスティアはそっくりなのです。意地を張り合うところも、互いに認め合っているところも。4人の子供の中で最も似ていると私は思います」
「そうか…。俺は父上に条件など提示したこともないが」
「あの子は王族から追放されることを恐れていません。そうなったとしても自由に生き、カネルラに貢献するつもりではないでしょうか」
「いつでも離れる、ということだな」
「いえ。理解しながらも道を違えるという意味です。失望などしているはずもありません。先ほど申し上げました通り…」
「俺に最も似ている…か」
「はい。誰より理解しているかと」
「うむ。じっくり読ませてもらうとしよう。時間がかかるな」
ルイーナと共に読み進めていくと、条件の他にサバトが引き受けた場合の想定が事細かく記されていた。むしろ、そちらが主と言っても過言ではない。
その影響力は俺の想像を遙かに超え、宮廷魔導師を含むカネルラの魔導師達は、現在の師弟関係を含め、子供達の尊敬を失いかねない。次の世代を担う者達には確実に影響を与え、未来のカネルラ魔法は飛躍的に発展すると予測できるが、現代の魔導師達は辛い立場に追い込まれかねない。それでも構わないか問われている。
我々王族が、魔導師が長年かけて築き上げてきた歴史を破壊してしまう可能性がある…と。サバト自身は多くの魔導師を尊重するが、基本的には好きなように立ち振る舞い、惜しみなく魔法を披露して教えるだろう。子供達に残されるのは、おそらくサバトの操る魔法の記憶だけだと。
読み終えて熟考する。
「そうか…」
俺はサバトの影響力を安く見積もっていた。これで何度目だ。
「サバトの魔法は間違いなく稀有なモノです。与える影響力は計り知れません」
「武闘会の比ではないか」
「個人的な意見ですが、彼の本領は戦闘魔法ではなく、人の心を掴む魅せる魔法にあります。あれほどに優しい魔法を他に目にしたことがありません。魔法を初めて目にする者ですら感動させると信じます。全ての魔法のレベルが高すぎて各所で評価されているだけかと」
ルイーナはわかっている。目にした者と一部しか知らぬ者の違いか。
「子供達は心奪われ、現在学んでいる師匠すら眼中になくなってしまう。カネルラ魔法界はサバト一極化の構図ができあがるのだな。まるで英雄かのように」
「あの子は、その可能性を危惧して実際に起こりうると判断しているのですね。誰よりもサバトを知るがゆえに」
「またも早計であったか」
会議室に1人で移動し、メイドにリスティアを呼ぶように伝えると、直ぐに訪ねてきた。1対1の話をするとしよう。
「リスティア。残念ながら、この約定は認められない。サバトへの依頼は白紙とする」
「左様で御座いますか」
「ただし、お前に頼みたいことがある」
「なんなりと」
「其方をサバトへの交渉及び対策担当に任命したい。サバトが関係する事項について、対応の全権を委任する約定を作成しろ」
「……なにを仰っているかおわかりで?」
「無論だ。今の俺ではサバトの力を計りきれないことを理解した。時が来たならば解任するが、それまでは任せる」
「…かしこまりました。早急に作成致します」
「言っておくが、極秘文書になる」
「充分理解しております」
一部であるとはいえ、国王を超える権力を与えるなど前代未聞。だが、最善だと思えるのだから仕方ない。
数日の後、リスティアはとんでもない厚さの約定を作り上げた。期間をかけて全てに目を通し、多くの部分を修正、擦り合わせて承認した。
そして、この時よりリスティアは以前の態度へと軟化し、すっかり元通りの関係に戻る。
不思議だが肩の荷が下りた気がする。任せるべきは信じて任せる。適材適所、人を活かす道の模索。そんなことすら忘れていた…と最近の驕りを自戒した。




