581 アレルギー
ウォルトが住み家で農作業に勤しんでいると、マードックとスザクさんが来た。
真っ昼間から酒と肴でもてなす。
「お前よぉ、俺がいねぇ間にとんでもねぇヤツぶっ殺したらしいじゃねぇか」
「ドラゴンのことか?」
「まさか…他にもやってんのか?」
「やってない」
「けっ…!お前のせいでギルマスの奴に呼ばれて、根掘り葉掘り訊かれたぜ」
「なにを?」
「お前の見てくれとか、居場所とかだ」
「なんで?」
クウジさんと違って、今のギルドマスターとは接点がない。
「興味があんじゃねぇのか。適当に言っといたけどよ」
「目的がわからないな」
「オッサンも訊かれたろ?」
「あぁ。「話は通じそうか?」とかなぁ。エリオットは考えてることがわかりづらいが、冒険者がサバトと絡んで被害に遭わないか心配してる」
「ボクから絡むことはないです」
いらぬ心配だと思う。
「だろうなぁ。エリオットには伝えたが過保護すぎる。森に入るのはあくまで自己責任で、なにが起ころうと文句は言えない。冒険者に限らず、国民にも与えられた自由さであり難しいところでもある」
スザクさんが言うと説得力がある。冒険者でなくとも森には入れる。保護区というだけ。冒険者はクエスト達成への自由度が高い職業だけに、いかに正しい判断を下せるかが重要だと実感してる。
「人との付き合いもそうだ。痛い目を見て成長することもあるけど、その前に縁が切れちゃどうしようもない。何事も判断が肝心だよ」
「ハハッ!コイツに絡んだら、痛い目見る前に御陀仏だぜ!」
「人を乱暴者みたいに言うな。誰彼構わず殴ったり魔法を放ったりしないぞ」
「お前はタチが悪ぃんだよ!」
「無闇に絡んだりする輩と一緒にするな」
「はははっ。なんだかんだお前達は仲がいいんだなぁ」
初めて言われた。
「ボクらは幼馴染みですが、仲がよかったことはないです」
「勘違いすんじゃねぇ!長い付き合いっつうだけだ!」
サマラやヨーキーのようにマードックと遊んだ記憶はない。一緒にやったことといえば、『獣の楽園』に潜ったことくらい。ただ、性格を知ってるから長く付き合える友人なのは間違いない。マードックは昔から普通に話せた唯一の友人だ。
「楽そうな関係だなぁ」
「獣人同士だと、このくらいがいいような気がします」
マードックはなにも言わず酒を煽る。
「ウォルトに1つお願いがあるんだ」
「なんでしょう?」
「冒険者が絡んできても穏便に済ませてくれないか?」
「約束できません」
「できる限りで構わない。動けなくなるくらいで済ませてくれたら有り難いなぁ」
「無駄だ。俺らがそんな器用なことできるワケねぇだろ」
「マードックの言う通りで、加減できるような器用さは持ち合わせてません」
相手が冒険者となればなおさら。冒険者の強さはよく知っている。手加減できる余裕なんてない。
「そうかぁ。でも、俺のタメにも心の片隅に留めておいてくれないか」
「スザクさんのタメ…ですか?」
「状況によっては、俺達が出張ることもあるかもしれない。ウォルトと事を構えたくないんだよなぁ」
「敵意がなければなにも起こりませんよ」
それこそいらぬ心配。スザクさんが仕掛けてくるとは思えない。
「そうありたいもんだよ」
「オッサン。ケンカ売りにきたんか?」
「そんなつもりはない。もしもの話だよ。俺が若者なら森に入ったりしないけど、サバトに会いたい気持ちは理解できる。勝負してみたい気持ちも。冒険者には愛すべきバカが多いんだよなぁ」
「スザクさんは挑戦されたら受けるんですか?」
「武闘会のあとは結構増えて、可能な限り受けてるよ。自分の鍛錬にもなるし、やっぱり負けたくない。俺も昔はそうだった。無鉄砲に挑んだおかげでこんな顔になっちゃってさ」
確かに顔は傷だらけ。数多くの強者に挑んできた勲章。そう考えるとマードックもか。ボクはひたすら師匠に挑んでた。
「ところで、バッハさんの体調はいいのか?」
「たまに気分が悪ぃみてぇだ。けど元気だぜ」
「手伝えることがあれば言ってくれ」
「そんときゃ頼むわ」
ハルケ先生達の子供は可愛かった。きっとマードックの子供も可愛いだろう。是非会いたい。
「なんだ、そののぼせたツラは…?変なモン想像してんじゃねぇだろうな…?」
「失礼な。ハルケ先生達の子供を思い出してただけだ」
「アイツ、ガキができたんか?」
「この間生まれた。可愛い女の子だ」
「そうかよ。俺のガキはお前にゃ見せねぇ」
「なんでだっ?!横暴だろっ!」
「どうしようが俺の勝手だ!とんでもねぇことしでかすだろうがっ!変な魔法とか見せてよぉ!」
コイツ…。ボクをなんだと思ってるんだ?
「そんなことするか。会えるのを楽しみにしてるだけだ」
「知るか。ガキが見たけりゃテメェでこしらえろや」
「…バッハさんから赤ちゃんを抱いていい許可をもらってるからな。お前の許可はいらない」
祝宴で会ったときに言ってもらったから嘘じゃない。分からず屋の幼馴染みより優しい番の女性を選ぶ。
「テメェ…。油断も隙もねぇな…」
「まぁまぁ。落ち着きなよ。ウォルトは子供が好きなのかい?」
「子供は好きです」
「だったらお願いがあるんだ。俺の甥っ子に会ってくれないか?」
「なぜです?」
「動物が好きで、獣人と話してみたいって言ってるんだ」
「ボクじゃなくてもよくないですか?フクーベには沢山いますよね?」
「ちょっと問題があるんだよ。過剰反応って知ってるかい?」
「体質に合わないモノを食べたり触ったりすると、身体に異変が起こるアレルギーですか?」
身体が痒くなったり腫れ物ができたり。時には重症になる者もいる。人間に多い症状らしい。
「甥っ子は動物が好きだけど触れないんだ。近くに寄るだけでくしゃみとかも凄くてなぁ。獣人も同じでさ。ウォルトならどうにかできないかと思ってね」
「なんとかしてあげたいですね」
動物好きなのに近づけないのは可哀想だ。獣人としては動物好きを擁護したい。
「ウォルトが思うように対策して無理なら仕方ない。魔法ならなんとかできないかと思ったんだ」
「今から行ってみましょう」
「今からかよ!?まだ酒飲みきってねぇぞ!」
「昼間から飲み過ぎるのはよくない。別に飲んでてもいいぞ。それか、急いで飲むかだな」
「ちっ…!」
マードックは一気に酒を飲み干した。
「飲み足りねぇ」とマードックが文句を言うので、フクーベに着いて直ぐに別れた。スザクさんと2人で甥っ子の元へ向かう。
「なにか準備がいるかい?」
「もう終わってるので、このまま行けます」
「ははっ。そうかぁ。いつの間に」
「上手くいってくれるといいんですが」
ボクの予想通りなら効果は期待できる。スザクさんの甥っ子の家は、結構近い場所にあった。妹の息子になるらしい。
訪ねると、スザクさんの妹リーナさんが玄関から顔を出した。顔は似てない気がするけど、どうなんだろう?
「兄さん、急にどうしたの?」
「ユーマに会いに来たんだよ」
スザクさんが事情を説明してくれる。ボクが相手なら接触してもアレルギーが出ないかもしれない…と根拠もないのに自信を持って伝えてくれた。
「無理だって。何度もやってるんだから。いくらユーマが動物好きでも身体によくないのよ」
「知ってるよ。そう言わずに、もう一度だけ試してみないか?」
「はぁ…兄さんはあの子に甘いわねぇ」
「誰だって甥っ子は可愛いもんさ」
母として会わせたくない気持ちはわかる。何度も試してるんだろうし。でも、一目会ってみたいな。
「リーナさん。もしよければ、遠くから少しずつ近づいてみるのはどうでしょう?症状が出たら直ぐに離れると約束します」
「彼は無茶したりしない獣人だ。理解してくれてるよ」
「そこまで言ってくれるなら…」
リーナさんは家の中に戻り、ユーマを連れてきてくれる。まだ小さな男の子。
「じゅーじんだぁ!しろねこだぁ!はなしていいの?!」
「ユーマ、ゆっくり近づいて。くしゃみが出たらやめるのよ」
「わかったぁ~!」
笑顔のユーマが近づいてくる。何度かリーナさんに確認するように振り返りながら、ゆっくり歩き続けて遂にボクの目の前まで来た。しゃがんで話しかける。
「ボクはウォルト。スザクさんの友達だよ」
「ぼくはユーマ!」
「くしゃみは大丈夫かい?」
「だいじょうぶみたい!」
「ユーマ、ホントでしょうね…?」
「うそついてないよ!くしゃみでない!」
「顔を触ってみるかい?」
「いいの?!」
「リーナさん。いいですか?」
コクリと頷いてくれる。
「…もふもふだぁ~!きもちいい!おかあさん!きもちいいよ~!」
「平気なの…?」
「へいきっ!うぉると、あったかい!」
「そっか。よかったよ……おっと」
「えへへへっ!」
勢いよく首に抱きついてきたから、抱き上げてヒゲを動かしてみる。
「ひげ~!くすぐったい!」
楽しそうでなにより。とても嬉しそうな匂いがして、ボクまで嬉しくなってくる。やっぱり子供は可愛い。
「ユーマは動物が好きなんだね」
「すきだよ!かわいいし、かっこいいし!じゅうじんも!」
「獣人には気を付けないとだめだよ。怖い人もいるからね」
「ウォルトも?」
「ボクはそうでもないかな」
「ウォルトはやさしいからさわれるんだ!」
驚いた様子のリーナさんは、ボクとスザクさんを家の中に招いてくれた。ユーマはよほど毛皮が気に入ったとみえて、ずっと抱きかかえたまま移動する。居間でお茶を頂くことになった。
「スザクおじさん!ありがとう!」
「どういたしまして。獣人に触って満足かい?」
「むふぅ~!だいまんぞくっ!」
「ボクもユーマと触れ合えて嬉しいよ」
「兄さん。なんでウォルト君は触っても大丈夫なの?」
「ん~…?ウォルトだからだなぁ」
「なにそれ?答えになってない」
理由を説明してないから当然だけど、スザクさんは堂々としてる。平然と会わせてくれたのは、言葉通りどうにかすると信じてくれたのかな。
「根拠はないんですけど、ボクの予想を言ってもいいですか?」
「聞きたいわ」
「動物や獣人に対してアレルギーが出るのは、毛皮が原因のような気がします」
「共通してるのは毛皮よね」
「もしくは、身体から出ている汗や匂いの成分が影響してると思います。ボクは、徹底的に身体を洗ってから来ました」
実際は、『清潔』という生活魔法を狼吼のように毛皮に纏わせている。狼吼を研究して自分でもできるようになった。
「へぇ~。効果があるってことはその通りなのかも」
「うぉるとは、いいにおいする!」
「ありがとう」
「ぼくね~、おとなになったらじゅうじんになりたい!」
「何回言えばわかるの。無理なのよ」
「やってみなくちゃわからない!」
リーナさんが正しいけど、気持ちが嬉しいのはボクだけかな。他の獣人が聞いたら、「バカ言ってんじゃねぇ」と鼻で笑うだろうか。
「もしなれたら、ユーマはどんな獣人になるんだい?」
「ん~とね…レオポンのじゅうじん!だってつよそうだから!」
……驚いたな。
「そんな動物いないでしょ。聞いたこともないわ」
「いるの!ほんにかいてたもん!ウォルト、レオポンいるよね?!」
「いるよ。豹獅子は珍しくて強い動物なんだ。よく知ってたね」
「へへん!じゅうじんになれなかったら、どうぶつはかせになる!」
いいな。動物に優しく育ってほしい。
「俺も初めて聞いたなぁ」
「カネルラ近郊にはいないんじゃないでしょうか」
…いや、そうとも言い切れないか。フィガロが豹獅子の獣人だとするならば、カネルラ近郊にも生息している可能性がある。
一説によると、獣人は祖先と云われる動物が生息しない地域には住んでいないらしい。猫の獣人が住んでいるなら、カネルラ近郊には猫が生息している、もしくは過去に生息していたという推測できる。移住もするから一概に言えないけど。
その理屈からすると、フィガロが豹獅子の獣人ならばカネルラでなくとも周辺諸国には生息している可能性があるということ。
「ウォルトもつよい?」
「弱いと思うよ」
「でもかっこいいからよし!」
「そうかな」
「ユーマ、ウォルトは弱くないぞ。ドラゴンより強いんだ」
「そうなの!?ねこのするどいつめときばでたおすんだっ!かっこいい!」
「爪と牙ではさすがに無理かな」
さすがに肉弾戦では歯が立たない。その後も、ひとしきり会話を楽しんでお暇することに。
「ウォルト!またあそびにきてね!」
「機会があったらね。遠くに住んでるからなかなか来れないけど」
ユーマに見送られて家を後にする。
「ウォルト、ありがとう。おかげで喜んでくれたよ」
「こちらこそ、とても楽しかったです。ちょっと思ったんですが、ユーマのアレルギーを抑える薬を作れるかもしれないので、できたらお渡ししましょうか?」
「本当か?どんな薬なんだい?」
「話を聞いた限りだと、鼻からなにかしらの成分を吸い込むことで、拒絶反応を起こしてます。一時的にでも鼻腔を保護できたら、症状を抑えられるかもしれません。魔法薬になりますが」
「よくわからないけど、お願いしていいかい?」
後日、薬を作って教えてもらったスザクさんの家に届けた。鼻の内部を一時的に清潔に保つ薬を。
再びユーマを訪ねて慎重に薬を使ってみると、街に出て獣人に近づけるようになった。いつの日か動物と触れ合えるかもしれない。
未来の動物博士の誕生に一役買ったかもしれないな。




