表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
モフモフの魔導師  作者: 鶴源
58/706

58 塩不足

暇なら読んでみてください。


( ^-^)_旦~

 ある日のこと。


 住み家の台所で腕を組みながら頭を悩ませるウォルトの姿があった。


「塩がなくなってしまう。そろそろ来る頃だと思うけど…」


 趣味の料理における生命線である調味料が切れてしまいそうだ。ここ5年で一度しか街を訪れてない。なのに、調味料や生活用品を手に入れるのに困ることはなかった。

 理由は、定期的に住み家を訪ねてくる馴染みの商人から品物を仕入れているからで、いつもなら来る頃なのに、どういうわけか顔を見せない。


 元々少し離れた町の商人だと言っていたけど、いつも在庫を切らす頃を見計らって訪ねてくるデキる商人だっただけに、なにかあったのでは…?と少々勘繰っている次第。

 ちなみに、商品の対価は調合して作った薬で支払っている。回復薬や治療薬は顧客からの評判も上々らしくて嬉しい限り。


「オーレン達にお願いしてみようかなぁ。でも、それだけのタメに街で買い物してきてもらうのもなぁ…」


 自分で買いに行くのが当たり前だけど、なかなか足が向かない。フクーベにいい思い出がないことに加えて、少し前に行って気付いたこと。


 街の空気が身体に合わなくなった。ただ、一時的なことかもしれない。サマラにも会いに行っていないし、たまには顔を出すかと思案していてたまたま閃く。記憶の片隅に引っ掛かっていた不確かな情報を思い出した。


 動物の森には、誕生した経緯は不明だけど舐めると塩水のようにしょっぱい【エンコ】と呼ばれる湖がある。

 その周辺には、岩のような塩の塊が埋まっているという噂を聞いたことがある。それが本当なら1つでも採掘できれば充分な量を確保できるのでは?


 エンコの場所は知ってるから問題ない。手に入れた後に商人が訪ねて来ても保存用に買えばいい。ちょっと遠出になるけど、人に迷惑をかけずに済むし、体力の維持にもちょうどいいと思い、弁当でも持っていこうと携行食を作り始める。

 リスティア達に持たせたパンに肉と野菜を挟む料理にしようと高揚しながら弁当を作り、魔法で冷やしてリュックに詰め込むとエンコに向けて出発した。



 ★



 森を歩くこと2時間。


 森の中でも特に小高い丘の上にあるエンコに無事辿り着いた。高地なのに今日は風が吹いていないのも手伝って、周囲に充満する塩の匂い。ちょっと厳しいと感じながらも、まずは塩の結晶を探してみる。



 ー 30分後 ー



「参ったな…。全くわからない…」


 塩の匂いを嗅ぎつけるつもりだった。でも湖が発する塩の香りが強すぎる。どこに行っても塩、塩、塩の匂い。今は誰かに襲われたとしても気付けないくらい鼻が利かない。

 聞いた話だと、どこかに埋まっていると言っていた気がする。手当たり次第掘るしかないのか…と少しげんなりした。


 正直甘く見ていた感は否めないけど、こんなに見つからないと思ってなかった。持ってきた円匙で怪しいと思う場所の土を掘り起こして回ったけど徒労に終わる。まるでエンコ周辺を開墾しにきた気分。

 遠くまで来て成果なしでは帰りたくないと思いながら、どこに在るのか皆目見当がつかない。心は既に半分折れかけていた。


 大人しく帰るべきかな…。そんなことを考え始めたとき、ふと湖の対岸に洞窟の入口らしきものが見えた。

 水面よりかなり高い場所にある。エンコは楕円形を象っているけど、半分は崖に囲まれていて岸がない。その崖の一部にポッカリと穴が空いてるように見える。なんであんなところに?


 洞窟の入口だとして、入る方法がわからない。舟でもあればと思って見渡しても見当たらない。見えているモノといえば、エンコの所々に浮かぶ大きな蓮のような葉くらい。

 やっぱり帰ろう…と弱気になったところであることを思い出す。以前師匠が使っていたとある魔法。

 あの魔法の使いどころは今じゃないか?見よう見まねで習得したものの機会がなかったので使ったことはない。でも、上手くやれる自信はある。


 深呼吸して精神を集中する。


無重力(ゼログラ)


 詠唱した直後、薄く魔力を纏う。岸の近くで湖面に浮かぶ大きな葉にチョンと片足を乗せてみる。次に、逆の足を上げて片足立ちの姿勢をとった。それでも葉は沈まない。


「よし。成功だ」


 洞窟に向かって水面に浮かんでいる葉を跳び移っていく。


『無重力』は、自分や対象物の重量をほぼなくすことができる魔法。今のボクは空気のように軽くなっている。葉に乗っても少し波紋が広がる程度。

 この魔法……ほぼ無風だから使えるけど、ちょっと強い風が吹くと飛ばされてしまうから場合によっては命に関わる。

 モノにも付与できるので重量物を移動させたりするときは便利だけど、それ以外に使い道がないと思っていた。


 崖の近くまで渡りきり、洞窟の入口に到着した。近くで見つめると洞窟というより坑道といった感じ。

 入口まで跳び上がり、洞窟に足を踏み入れてむせ返るような塩の匂いが鼻をつく。外よりも一段と強い。どうやら洞窟の奥から匂ってる。

 鼻で呼吸するのをやめて、ゆっくり奥へ進む。中は暗いけど、夜目が利くので充分な視界を確保できている。


 しばらく進むと少し広い場所に出た。壁が色付いていて、見渡すと壁一面に桃白色の結晶が散りばめられてる。光が入れば反射して美しく輝くに違いない。


 神秘的な光景に目を奪われていると…。


「コラァッ!!誰だ、お前はっ!?」

「ニャァァァッ!!」


 背後から大声で話しかけられて悲鳴に近い声を上げた。心臓がバクバク脈打つ。止まるかと思った…。

 目をやると、声の主は壁に寄りかかるようにして座っていた。鼻が利かないのと壁に目を奪われて全く気付かなかった。

 寝起きなのか、大きな欠伸をしながら側に置いていたカンテラに火を灯すと、よいしょ!と重い腰を上げてボクに近づいてくる。


「がっはっはっ!驚いたか!獣人とは珍しいな。なにしに来た?」


 豪快に笑いながら話しかけてきたのは、ボクの半分ほどの身長にガッチリした体躯。ボサボサの黒髪に立派な髭を蓄えたドワーフの男性。手には鶴嘴を握っている。


 動悸が落ち着いてきたところで説明する。


「ボクは獣人のウォルトと言います。塩を探しにエンコに来たんですが、対岸から見えたこの洞窟が気になって入ってきました」

「そうか。俺はドワーフのコンゴウだ。対岸と言ったな?お前…まさか湖の方から入り込んだのか?どうやって?」

「どうやってって…。普通に入ってきたんですが」

「昨日までは舟も見当たらなかった。身体も濡れてないな。まさか、俺を騙そうとしてるのか…?」


 コンゴウさんは少しムッとしたような表情を浮かべる。正直に言う必要があると感じた。


「説明すると長くなるので、見てもらったほうが早いかもしれません」

「ほう」


 連れ立って湖の方へ歩き、出口に着いて実演する。


「見ててください」


 出口からトンと軽やかに跳び上がり、静かに葉に着地する。見ていたコンゴウさんは大きな口を顎が外れそうなほど開いた。


「こうやって向こう岸から来たんです」

「久々に驚いたぞ…。お前、獣人なのに魔法が使えるのか…?」

「はい。だから説明するより見てもらったほうが早いと思って」

「なるほどな。まだまだ知らないことばかりだ。世界は広い!ガハハハッ!」


 コンゴウさんは楽しそう。再度跳び上がって入口に戻る。


「1つ訊いていいですか?」

「なんだ?」

「この洞窟は、もしかして貴方の住み家ですか?」


 ドワーフは洞窟や地下などの閉鎖空間に好んで住み着くと聞いたことがある。もし間違って住み家に入り込んだのなら詫びたいと伝える。

 本当は魔法を見せたくなかったけど、他人の家に入り込んだのなら正直に伝えなくちゃいけないと思った。


「がっはっは!真面目な獣人だな。いくらドワーフでもこんな塩臭いとこに住まん。ここは採掘場だ」

「もしかして、さっきの結晶を?」

「そうだ。珍しいモノを見せてもらった礼に、お前には教えてもいい。付いてこい」


 来た道を戻るコンゴウさんの後を付いて歩く。色付きの壁の場所に戻ると結晶について説明してくれた。


「この結晶は岩塩といって、海水が長い年月を経て岩のように固まったと云われとる」

「海水…?…ということは昔は海の中だったと?」

「大昔のことは知らん。だが、もしそうならエンコの水が塩辛いのも説明がつく。ここら一帯が海だった時代の名残と考えればな」

「なぜ海じゃなくなったのかわからないけど、窪みに残った海水がエンコに…」


 ロマンがある。ボクは、こういった仮説や伝説について考察や想像するのが好きで、もの凄く興味を引かれる。


「全部推測だがな。とにかく、この岩塩を少しずつ掘り出して売ってる。よく知らんが、海で採れた塩より味がまろやかで、見た目も綺麗とかで普通の塩より高く売れる」

「確かに綺麗です。売り物ならボクが採るワケにはいきませんね」

「他言しないなら少し分けてやるぞ。お前は悪い奴じゃなさそうだしな」

「助かりますけど…いいんですか?大事な収入源では?」

「気にせんでいい。あくまで俺達の本業はモノづくりで副業だからな。まぁ趣味みたいなもんだ。ガハハッ!」


 コンゴウさんの話では、たまに採掘場の様子見を兼ねて小銭稼ぎに採掘する程度らしい。

 昔は掘る者が結構いたみたいだけど、労力の割には儲けが少なく、割に合わないので今はドワーフでもコンゴウさんしか掘る者がいないとのこと。

 昨日は採掘したあと酒を飲んでそのまま寝てしまったようだ。よくこの匂いの中で眠れるな。


「お前は湖の方から来たが、反対側から入るのが普通だ。そっちには俺達の作った魔法扉が付いとるから普通は入れないがな」


 ドワーフは手先も器用だけど魔法も得意だと聞く。扉に付与を施すくらい朝飯前だろう。


「それでどうやって来たのか訊いたんですね」

「あぁ。湖の方の入口は暇なときに釣りをするタメに作ったんだが、まさか魔法を使って浮いてる葉を渡ってくるとは予想できなかった。恐れ入ったぞ。面白い奴だ」


 気に入ってもらえたみたいだ。とりあえず、対価なしで岩塩を貰うのは気が引けるのでなにかしらお礼ができないか考えを巡らせる。

 ふとコンゴウさんが持っている鶴嘴が目に入った。いいことを思い付いたのでお願いして拝借すると、手を翳して魔法を付与する。


貫通(ピック)


 鶴嘴は輝きを放ち、しばらくして元通り。コンゴウさんに返す。


「今のは付与魔法か?見たことのない魔法だ。一体なんの?」

「ちょっと採掘してみてくれませんか?かなり軽くでいいので」

「おう?」


 コンゴウさんは結晶を一欠片掘り出そうと鶴嘴を入れる。なんの抵抗もなく結晶に鶴嘴が突き刺さった。


「なんじゃこりゃ!?まったく手応えなかったぞ?!」

「お礼に鶴嘴の貫通する力だけを強化してみました。どうでしょう?」


 コンゴウさんはプルプル震えだす。次の瞬間。


「バカたれぇぇぃ!!採掘は微妙な力加減で傷つけないように掘る!これじゃ全部傷ついちまう!元に戻さんか!」

「すいません…」


 よかれと思ってやったけど、余計なことをするもんじゃない。魔法を解除するタメに鶴嘴を受け取ろうとしても、コンゴウさんが手を離さない。


「どうしたんですか?」

「待てよ…。やってみる価値はある…。やっぱりこのままにしといてくれ!」

「いいんですか?」

「上手くいけば本業が捗る。岩塩なんぞいくらでも持っていっていいぞ!」


 言ってる意味がよくわからないけど、とりあえずよかった…のかな?そして、「そんなにいりません」と断ったのに、人の頭ほどの大きさの岩塩を無理やり渡されてそのまま別れた。


 

 ★



 数日後。


 コンゴウはとある採掘場にいた。硬く大きな岩盤がそびえる場所。岩盤の前に立っている。


「おい、コンゴウ。試してみたいことってなんだ?」


 数名のドワーフが集まってコンゴウを囲んでいる。


「おう。ちょっと面白い鶴嘴を手に入れたから使ってみようと思ってな。コイツを使えば岩盤を砕けるかもしれん」

「本当か?見た目は普通の鶴嘴にしか見えんぞ」

「そうだろ。俺にもそう見える。まぁ見てろ」


 思いっきり振りかぶって、鶴嘴を岩盤に叩きつけた。いい音とともに先端が見事に岩盤を貫いて大きなヒビが入る。抜いても鶴嘴に壊れた様子はない。


「「「「おぉぉ~!!」」」」


 ドワーフ達から割れんばかりの歓声が起こる。


「すげぇな!このクソ硬い岩盤に刺さるなんて!その鶴嘴はどうなってんだ?!」

「付与魔法の効果だろうが曲がりもしないとはどういう理屈だ?」

「俺が一番驚いとる…。まさかココまでの貫通力とは…」

「おい、コンゴウ!俺達の悲願が叶うかもしれねぇ。魔法の効果が切れる前に交替で気合い入れて掘ろうぜ!」

「「「おうよ!」」」



 数ヶ月後、カネルラは建国以来初の【オリハルコン】と呼ばれる世界一硬い金属の発掘に成功する。


 途轍もない硬さの岩盤の奥深くに存在しているオリハルコン。発掘するには長い年月をかける必要があるが、あるドワーフの持つ魔法の鶴嘴のおかげで発掘できたという。

読んで頂きありがとうございます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ