579 可愛い花にも棘がある
鍛錬を終えて住み家に帰ってきたウォルトは、玄関先で久しぶりの光景を目にした。
玄関の前に真っ黒の灰が散らばっている。砕いた炭のように。何者かが住み家に侵入、又は攻撃しようとして灰になったと思われる。
何年ぶりかの出来事。獣や魔物の可能性もあるけど灰は人型に積もっている。ブロカニル人がアニカを攫った事件以降、防犯で玄関に様々な魔法を付与してるけど、ノブを破壊しようしたり、魔法を放ったりという悪意ある行動を起こさなければ発動することはない。今日が初めてだ。
ドアを調べてみると、どうやら魔法を放ったっぽい。含有していた『反射』の魔力が減少してる。倍返しするよう仕掛けてるから、黒焦げになったということは中々の威力で放ったのだろう。完全な自業自得だ。他人の住み家に向かって強力な魔法を放っていいワケがない。
『鷹の目』
魔法で上空から周囲を確認する。灰になったのが盗みや強盗を働く輩だとして、監視役や仲間が潜んでいる可能性がある。じっくり探しても住み家の周囲に人影はなさそうだ。『風流』で灰を上空に舞い上げると、風に乗って霧散した。
蟲人の皆に確認したところ、見たこともない人間の男が住み家の周りをうろうろして、最終的にドアに魔法を放って勝手に燃え尽きたらしい。
ハピー達は記憶力がよくて、一度見た者は顔を覚えている。初見の人間でボクのような服を着てたと教えてくれた。ローブを着てたってことかな。
鍵を開けて住み家に入り、お茶を淹れて居間ですすりながら思案する。やはり動物の森に人の気配が増えてる。駆けていても釣りをしていても、人の気配を感じるようになった。昔から変わらず極力人との遭遇を避けてるけど、そうも言ってられないかもしれない。
ラードンの骸をアマン川に流してしまったから、森を探索して討伐された地域を特定したくなる気持ちはわかる。サバトの捜索が目的だとしたら、エルフだと勘違いされてるからキャミィ達に迷惑がかかったり……しないか。ウークは視認できない結界魔法を展開してる。サガンシアは違うけど。
他に隠れ里があっても同様の可能性が高い。魔導師に一目で見抜く眼力があったとして、エルフとは事を構えない気がする。逆に友好的な関係を築けたり…はしないか。
いらぬ心配をするより、試したかったことを実行してみるべき……なんて考えていると玄関のドアがノックされる。
「遊びに来たわ」
「いらっしゃい」
来てくれたのはキャミィ。しゃがんでそっとハグすると、いつものように首に抱きついてモフってくる。
「はぁ…。毛皮が落ち着く…」
「ペニーやシーダには負けるけど」
「違うよさがあるわ」
「そっか」
しばらくモフって落ち着いたキャミィは食事したいということで料理を作る。
旬の野菜スープの他に、キャミィの要望に応えてもぎたて野菜を細い棒状に刻み、特製のタレを付けて食べてもらう。皆で焼き肉をしたときタレを気に入ったらしいので、野菜に合うと思うタレを何種類か作ってみた。
「凄く美味しい」
ゆっくり味わって食べてくれてる。
「今日は誰もいないのね」
「仕事が忙しいからいつもはいないよ。ペニー達は滅多に来れないし」
「残念だわ」
友人同士が仲良くなってくれるのは嬉しい。社交性があるから普通のことなんだろう。
「キャミィがゆっくりしていけるなら、皆に声をかけるよ。来れるのは夕方以降だと思う」
「早めに帰るわ。森が騒がしくて落ち着かないから、明るい内に帰りたい」
「騒がしい?」
もしかして…。
「里の近くを人がうろついてるのか?」
「そうよ。姿をよく見かけるようになった。できれば会わずに帰りたい」
「ボクのせいかもしれない」
「どういう意味?」
ラードンの件について説明して、人が増えた理由についても憶測を伝える。
「ありそうな理由ね」
「断言はできないけど、ボクのせいなら迷惑をかけてゴメン」
隠れ里に住むキャミィ達にとっては歓迎できないだろう。
「元からたまに人は見かけた。ほとんど里から出ないし影響はない。あるとしたらサガンシアね。ウーリィ達は社交的だから。私は気になってるくらいよ」
「そうか」
サガンシアは多種族を弾かない里。
「逆にウーリィ達は喜ぶかもしれない。輩にはそれ相応に対応するでしょうけど。エルフより自分の心配をしたら?この住み家の方が目立つのだから」
「だからキャミィの意見を聞きたい」
「なにかしら」
更地に出て説明する。
「この周辺に結界魔法を展開しようと思う」
「見たいわ」
「やってみるよ」
結界を張る一帯に魔法陣が現れ、一瞬だけドーム状に光を放ち直ぐに収束する。
「ウークと同様の結界ね…」
「模倣させてもらった。外部からは岩山に見えると思う」
「規模が小さいとはいえ、1人で展開するのは大変でしょう」
「原理をわかっていても発動させるのが難しかった。結界の維持には魔石のようなモノを使って魔力を保持してると思うんだけど、合ってる?」
「合ってるわ。結界柱を使って保持している」
「仕組みを教えてもらえる?」
「見当はついてるでしょう?」
「術式を刻んだ柱に、魔力を付与するだけで保持できるとか。もしかすると、魔力の増幅もできたりして」
「細かい説明は省くけれど、その通りよ」
予想が合っているのなら作れそうだ。自力で考えてみよう。教えてはいけない技法かもしれない。
「結界を張ると、中に入れる者が限られそうだけれど」
「魔道具を使えばできると思う」
「あと、この場所に岩というのは不自然ね」
「そうだね。ウークの場合は遙か昔から存在してるだろうし、結界が岩山といって過言じゃない大きさだ」
森を歩いてきて、いきなり大きな岩が現れるというのは違和感がありすぎる。この辺りは平らな地形で山に近くもない。訪ねてくれる友人がわかりやすいよう偽装できるなら1番いい。なにか目印になるような。
「面倒くさいことを考えず、気に入らなければ撃退すればいいと思うのだけれど」
「ボクはそれでいいけど、友人を巻き込む可能性があるから嫌なんだ」
一緒にいたら影響が及ぶ可能性がある。ブロカニル人のときに学んだ。
「訪ねて来た者を1人残らず皆殺しにすればいいのよ。そうすれば足は付かない」
表情を変えることなく、平然と過激なことを口にするキャミィ。それも1つの手だけど…。
「無差別に人を殺したくないよ」
「わかるけれど、友人全員に結界を通過する方法を伝えられるの?」
「う~ん…。そうか…」
ロムーさんやシャルロッテさんのように、普段は来ない可能性が高い人でも伝えておかないと混乱させてしまう。
「もしくは、人を感知する結界を張るべき。友人かどうか判断すればいい」
「なるほど。いい案かもしれない」
「森に来ているのは、サバトを倒して名を挙げようと考えている輩だと思うわ」
「そんなことあるかな」
「ドラゴンはもういないのに、森を徘徊する意味がない。そもそも魔物に興味がある者がそれほどいると思えない」
「キャミィの推測が正しければ、大多数はサバトを探してるということになるね」
「だから皆殺しにした方がいいと言ってるの。貴方は攻撃されたらやり返すのを知ってる。相手にどの程度の悪意があるかは図りようもない。軽い気持ちでも殺すつもりでも反撃するのは同じ」
魔法戦ならまだしも、悪意を持って攻撃されたらそうなるし遠慮はできない。一応話を聞くつもりだけど目的は様々なのかな。
「人と関わりたいのなら街に住むべき。静かに暮らしたいなら私達のように徹底的に身を隠さないと難しい」
「そうかもしれない」
「ただ、貴方が街に行くと私は寂しいわ」
「ありがとう。モフるかい?」
「訊くのは野暮よ」
地味に嬉しいことを言ってくれるし、当然のようにモフりながらキャミィが続ける。
「いい機会と捉えたらどう?少なからず魔導師の魔法を見れるかもしれないし、住み家を離れていれば所在もバレない。こちらから接近して意志を確認するのもいい」
「魅力的な提案だね」
サバトの姿ならあらゆる人と魔法戦をできる。でも、積極的に知らない人に会いたくはない。ほとぼりが冷めるまで住み家以外ではテムズさんの姿でいるのもありか。
「いろいろ考えずに、気が済むように動いてみようかな」
「なにも起きないことを祈るわ」
「人に遭遇したら、森に来た理由を確認してみることにするよ」
「打倒サバトだったら?」
「状況次第だね。サバトだとバレなければなにも起こらないし、バレたらその時考える」
とりあえず、無理に接触する必要はないな。
★
ウォルトをモフって満足した気分に包まれるキャミィはウークを目指し歩く。
美味しい食事にモフり欲も満たされて、いい気分……だったのだけど。
「かわいいエルフだな」
「本当ね」
「まだ子どもか」
ウークまであと少しというところで4人組の人間に遭遇する。男が3人と女が1人。剣や槍、盾を持っていて、鎧のようなモノを身に付けている。
格好から推測すると冒険者という者達と思われる。似たような者が王都にもいた。ただ、話す言葉の抑揚が少し異なる気がするけれど。
興味がないので無視して進もうとしたら、私の前に立ち塞がる。
「なにか用?」
「お嬢ちゃん、エルフだろ?サバトって知ってるか?」
…子供扱いしているのね。
「さぁ、知らないわ」
「そうかぁ。だったら知ってそうなエルフを紹介してほしいんだけど」
「なぜそんなことをしなくちゃならないの?」
「俺らはサバトに会いたいんだ。この森にいると思うんだよな」
「勝手に探せばいい」
付き合ってられない。
「そんなこと言わずに頼むよ。どうしても会いたいんだ」
「なにがおかしいの?」
「え?」
「いやらしく笑ってるけど、なにがおかしいの?」
ヘラヘラしているように見えるけど、気のせいではないはず。
「なかなかエルフが見つからないもんで、会えて嬉しいんだよ」
「そう」
「あのなぁ、嬢ちゃん。俺達は腕試しがしたくて森にきたんだよ。サバトは強いって聞いたもんでさ。会って勝負したいんだよ」
「4対1で?卑怯なのね」
「卑怯…?誰に言ってんだ…?」
「違うのなら1人でくればいい」
思ったことを言っているだけ。
「子供ってのは、歯に衣着せなくて困ったもんだ」
「エルフは偉そうなのが普通らしいぜ!」
「子供でも偏屈なんでしょ。どの国も同じじで」
「どいつもこいつも性格悪いんだろ?」
…疲れるわ。もういいかしら。
「おい!待てって!」
場を離れようと歩き出して、おもいきり肩を掴まれた。
「…痛いわ。なに?」
「いいから紹介しろって!お前じゃ話にならないからさ!大人を連れてきてくれよ!」
「断る」
「あまり聞き分けが悪いと、怖い目を見るぞ。そんなの嫌だろ?」
「怖い目とは、どういう意味?」
「子供がいなくなれば大人が出てくる。動物もエルフも同じだろ?」
なるほど。ちょっとした悪知恵ということね。この人間達は俗に言う輩という奴で間違いない。
「弱そうな貴方達が、私を攫うのは無理だと思うのだけれど」
「この…生意気なガキが……。調子に乗るんじゃねぇ!その減らず口を黙らせてやろうか!」
胸倉を掴んで持ち上げてくる男の右腕を『棘鞭』で切り飛ばす。手首から先がポトリと地面に落ちた。
「がっ!ぐあぁぁっ…!」
「痛いと言ったはず。随分と脆い腕ね」
「…こんのガキャァッ…!」
血が吹き出る腕を抑えながら睨んでくる。随分と痛そうに見えるけれど、人間という種族は表情豊かね。ウォルトをモフっていい気分だったのに、身体に触られる度に気分が悪くなる。これ以上は許容できない。
「黙らせると言うのなら、やってみればいい」
「このガキがっ…!」
「危ないよ、コイツ!」
「ただじゃすまさねぇ!」
それぞれ武器を抜いて私に向けて構えたということは……敵対するという意思表示でいいのよね。少しずつ学ばせてもらっている。
「口ほどにもない」
眼前には、あっという間に切り刻んだ肉塊が4つ並んだ。先手で放った魔法を防ぐことも躱すこともしないのだから、こうなるのは必然。『棘鞭』を絡めて一瞬で切り裂いた。
冒険者は強いと聞いていたけれど、この輩は成り立てかウォルト得意の盛大な勘違いね。この程度の実力で彼に挑もうなんて、浅はかでつまらない冗談。私に負けるようでは歯牙にもかからない。ウォルトを見習って様子見から入ったつもりだったけれど、軽く放った魔法で息絶えてしまった。
彼はどうやって手加減しているのかしら?誰と闘っても相手の実力を引き出すのは、極めて特異な才能に思える。とりあえず、私は手加減が下手なのだと自覚した。
……あぁ。ウォルトは常に後攻を選択する。先に相手の力量を計っているのね。また1つ学んだ。
「今さらだけれど、エルフを見くびるには力不足。そして、私の方が何倍も生きている。無知とはいえ、子供扱いは笑えない冗談ね」
エルフは自分達を優秀だと信じて疑わない種族。虚仮にされたなら獣人と変わらず激高する。私とてエルフ。プライドが高いとは思わないけれど、バカにされたら気分は悪い。
手を翳して詠唱する。
『虫草』
肉塊から無数のキノコが生え、栄養を吸い取られるように肉が溶けて消滅した。やがて胞子が撒かれ立派な森の栄養となるでしょう。
冒険者の武器や技能を知りたかったけれど、おそらく面白いモノは見れなかったに違いない。脅威の欠片も感じなかった。次は大きな学びがある相手かもしれない。魔法を磨いておくべきね。
★
フクーベのギルドにて。
クウジの後任であるギルドマスターのエリオットは、執務室にて職員から報告を受ける。
「マスター。また行方不明となったパーティーが」
「クエスト中ですか?」
「不明ですが、動物の森へ向かったのが確認された最後です。こちらがパーティーの資料になります」
「…なるほど。捜索依頼と情報提供を求む、と掲示板に貼り出してください」
「了解しました」
職員が退室して溜息を吐く。
「もう何組目ですか…」
ドラゴン討伐騒動以降、動物の森へと向かう冒険者が後を絶たない。目的はクエストではなく、地獄の魔導師サバトに遭遇するためと予想される。
何事もなく生還するパーティーが大多数である一方、数組が行方知れずになっている。単にギルドを訪れていないだけの可能性もあるが、情報を集めたところ「サバトを探す」と息巻いていたという共通点がある。
少し前に、サバト他数名がドラゴンの希少種を討伐したと国が正式に認めた。どういった情報源か不明だが、カネルラ王族は虚偽や不明瞭な情報を流すようなことはしない。信憑性は高いだろう。
以降、目の色を変えた者達がいる。冒険者は有名になりたい習性を持つ者の集団と言っても過言ではない。サバトはドラゴンが討伐されたと噂されている動物の森にいると目星を付けて動き、打倒することであったり、仲間に引き入れようとしていたり、単なる興味であったりと理由は様々だろう。
生存していてほしいと願うけれど、実際の事情はどうだろうか。動物の森は、未開の地として古くからカネルラに存在し、多くの魔物が跋扈する危険地帯。サバト云々ではなく足を踏み入れること自体が危険行為。失踪しているのは初級から中級パーティーで、魔物に屠られている可能性が高い。
カネルラには動物の森より危険度が高い地域も幾つか存在する。森の入口でクエストをこなし、さほど危険ではないと勘違いしている冒険者も多い。だが、広大な面積を誇り全貌が明らかになっていない森で命を落とした冒険者は多く存在する。
上級パーティーはクエストで多忙という理由もあるが…理解しているに違いない。この世には不可侵というモノが存在することを。侵してはならない禁忌は確実に存在する。
サバトはそうである気がしてならない。武闘会で見せたただ一度の闘いで、カネルラ中で一躍注目される存在になった。私の知る限りそんな者は過去に存在しない。
噂の発信者である観客達に途轍もない衝撃を与え、記憶に魔法を刻み込んだ。そのほとんどが又聞きの噂であるのに、万人が怪物であると認め、誇り高く負けず嫌いな魔導師達が揃って白旗を上げた魔導師。
いかに騒がれようと決して表に姿を現さず、謎に包まれたままのエルフの魔導師サバトには、干渉しなければ何事も起こらない。
けれど、接触を図ればどうなるか予想もできない。その危険性に気付いているカネルラ王族は一切の詮索を控えるよう通達したというのに、ドラゴン討伐の衝撃により効力を失っている。
失踪にサバトが関与しているかすら不明だが、なにかしらの手を打つべきか…。冒険者とサバト、双方にとっての不利益が積み重なる前に。
冒険者ギルドは国の管轄ではない。ゆえにまだ王族も知らない事実であろうが、仮に他のギルドでも同様の事象が生起しているとするなら早急な対処が必要だと考える。
冒険者だから命を落としてもいいという理屈はない。命知らずが多いのは確かでも、守れる命は守らねば。
私は元冒険者ではないがそう思う。彼等は顔も知らない誰かの依頼を命を懸けて達成する仕事人である。そのことを、私はギルドマスターになって実感した。
フクーベのギルドには幸いサバトを知る者が数名存在する。意見を聞くべきか。冒険者に好かれていないギルマスだと自負しているけれど、応じてくれるだろうか。




