577 ダナンは駆け回る
カネルラ王城。
王女リスティアは、自室にてダナンからウォルトとの会話について聞いた。
「申し訳ございません…。私の迂愚な言動により…取り返しのつかない事態を生起させてしまい…」
「仕方ないよ!ダナンの気持ちはわかるし、私のせいでもあるから!」
お父様を説得できなかった私の力のなさ。傑物と呼ばれながら、ウォルトと国民のどちらも納得する案が思い浮かばない愚鈍な王女。
「私は…未熟で愚かな騎士なのです…。ウォルト殿なら理解して頂けるという…大きな勘違いを…」
「ダナン。もう自分を責めないで。言われたことを皆に伝えて。辛いだろうけど、約束を守らないとお父様にも言えないよ」
「失礼致します…」
ダナンは肩を落としたまま退室した。
はぁ…。そうかぁ…。久しぶりに…最悪の気分だ…。
★
国王ナイデルは、謁見の間にてダナンから報告を受ける。
「ナイデル様。昨日サバトと邂逅致しました」
「ぬ…?なぜだ?」
報告を受けていないし指示も出していないが。
「ラードン討伐について、公表しても構わぬとの確約を得ました」
ダナンは俺の苦悩を見抜いていたか。
「ご苦労だった。本当に構わぬと申したのか?」
「ただし、条件がございます」
「条件とはなんだ?」
「今後サバトに関わらぬこと。国王陛下以下、リスティア様、私も含めたサバトを知る者全てに伝えるよう言伝を受けました。公表をもって我らとは縁を切るという意味かと。ただし、ラードンの件に関しては好きなようにして構わぬと」
「なんだと?!俺はわかる!だが、リスティアやお前達は関係ないであろう!」
「また、サバトに対するあらゆる行為には気が済むように対処すると」
なんということだ…。筋違いも甚だしい。
「此度の失態、独断で動いた私に全ての責任がございます…。カネルラ騎士団を…離任する許可を頂きたく存じます。必要とあらば、昇天する所存でございます」
「ならんっ!」
「どうか…御慈悲を…」
「ぬぅ…!ならんっ!サバトを王城へ召喚せよっ!」
俺は…久しぶりに頭にきた。直接話さねば気が済まぬ。
「それはできませぬ」
「なぜだ!?」
「召喚に応じたとして、刺激するだけでございます。サバトが敵意を露わにした場合、我々ではナイデル様を御守りできませぬ。貴方様はカネルラに必要な御方。どうか……どうか御容赦を…」
「ぬぅぅっ…!とにかく其方の辞任はしばし保留とするっ!異議は認めんっ!」
「御意…」
ダナンは足取り重く退室した。
なんということだ…。
★
カネルラ騎士団長執務室にて。
「理解致しました」
「ウォルトさんがそんなことを…」
ボバンとアイリスはダナンよりウォルトからの絶縁宣言を受け取る。
甲冑姿であるのに、憔悴しきっている姿が痛ましい。隣のアイリスも驚きを隠せていない。
「申し訳ありません…。私の独断で皆様に多大なる御迷惑を…」
「遅かれ早かれであったと考えます。ウォルトは、注目を浴びる性質でありながら日陰を好む矛盾した存在。私も懇願したいと考えていました。国王様の負担は計り知れません。日を追う毎に騒ぎは大きくなっているのですから」
ダナン殿の行動が誤りであるとは思わない。サバトが討伐したと認めるだけで、国王様の負担は大きく軽減される。カネルラを憂いての行動で、勇気あるダナン殿にしかできないことだ。
「浅はかな言動でした…。私は……なにもわかっていなかったのです…。大恩あると豪語しておきながら…その実ウォルト殿が好まぬ行為を懇願するという暴挙を…。カリーにも止められていたのです…」
「ダナンさん。カリーはどうしてるんですか…?」
「激怒した様子で…王都に戻ってからは厩舎で寝ております…。騎馬達も困惑した様子でして…。おそらくカリーは予想できていた…。愚かな爺に心底呆れたのでしょう…」
「そうですか…。テラには…?」
「最初に伝えました…。力なく笑い…それから口を利いておりません…」
このままでは、ダナン殿は自責の念に潰されかねない。だが、かける言葉が見つからない。
★
ダナンは全員にウォルトの言葉を伝え、王城を後にする。
どこへ向かうでもなく歩を進める。テラにも合わせる顔がない。だが、シオーネやケイン達にも伝えねば…。
私は…もう逝ってしまいたい。己の愚かさに腹をかっさばいて突っ伏して死にたい。なぜ懇願してしまったのだ…。
御仁は、ただ動物の森に現れたドラゴンを討伐し、事実をリスティア様に伝えいつもの静かな暮らしに戻っただけ。カネルラを想い貴重な骸だけを渡して。
それだけで充分だったのだ。誰にも成し得ない偉業であるのに、ウォルト殿は『その程度のことしかしていない』という認識であった。あとは、我らが想いに応えるだけだったのに…さらに求めてしまった。
私は驕っていた。カネルラが素晴らしい国で在り続けるなら、恩人に対して暴挙に出ても構わぬと。カネルラのタメに…と心に大きな看板を掲げ、ウォルト殿よりナイデル様の気持ちを重視した。
今ならわかる。ウォルト殿は、我々に対する感謝や好感という感情によって我慢していたのだと。無意識であったのかもしれぬ。本来であれば煩わしく思うことを…我々を好ましく思うからこそ堪えていた。
瞬時に魔力を纏ったウォルト殿に恐怖を感じた。言い訳などできる空気ではなく、気付いたときには遅かった。
同害報復が獣人の習性。想いに応えるのだから、そちらも応えろと言った。私は、あらゆることが獣人離れしているウォルト殿を知らず知らず聖人かのように扱っていたのだ。
ウォルト殿は獣人。大前提であり誰もが知る最も簡単なことを忘れていた。おそらく、リスティア様だけが深く理解されている。
親友であるリスティア様は、御仁の本質や心の内を読み、熟考して対応していたに違いない。会話の1つ1つに気を配り、深い理解と繋がりの元で信頼関係を築いていた。
私のように己の正義感を振りかざし、ただ懇願するなどという愚かで直情的な行為はなさらない。王女様の絶望は私の比ではないだろう。築き上げた信頼関係は一瞬で砕け散ってしまった。
私にできることが残されているだろうか…。なにもわからない…。
気付けば前世からの悪友の元にいた。
「お前はアホだな」
「阿呆」
事情を説明すると、ケインとムバテに阿呆扱いされる。
此奴らは、王都の外れに建つ一軒家で共同生活を送っている。ナイデル様の御厚意で立派な家を準備して頂ける段取りであったが、「雨風凌げる空き家があれば」と望み、自分達で修繕をこなし借り暮らしを送っている。
「お前達の言う通りだ。私は阿呆極まりない」
「お前はわかってねぇ」
「ダナン。バカだな」
「…言われずともわかっておるのだ!」
「わかってないっつうの。お前はなにを落ち込んでんだ?カネルラを憂いて、よかれと思って言ったんだろうが」
「それがこの様だ!多くの方に迷惑を掛けて…!」
「ウォルトは俺達を蘇らせてくれた恩人だけどよ、悩むだけバカらしい」
「マヌケ」
なんと軽い反応だ…。
「貴様らに言っても無駄か」
「慰めてほしいのか?いつからそんな健気になったんだよ。ウォルトとお前は違うだけだろ」
「当たり前のことを言うな」
「忘れてるから言ってる。ウォルトは自分が大事でお前はカネルラ。なにか違うのか?」
「私は…カネルラのみならずウォルト殿の生活も守りたかったのだ」
「甘すぎる。無理なのはウォルトもわかってるだろ」
「そう。ダナンは阿呆」
此奴らはなにが言いたいのだ…?
「俺らと関わらなければ、なにをしでかしても迷惑を被るのは自分だけ。要するに俺らを背負えないって意味だな」
「御仁がなにをしようと、我らも好き勝手にしろというのか…?たとえ、敵として相まみえようと」
「獣人はそういう種族だ。自分は好きにやる。お前も好きにやれってな。庇ったりせずお互い身軽にやろうぜ、気を使うなってことだろ」
「ケイン。たまにはいいこと言う」
「うるせぇ」
私の感覚がおかしいというのか…。ケイン達の方が…獣人を知っていると…。
「もう友達じゃないって言われたか?」
「言われていない」
「ならそうだろ。この件では関わるなと言われてんだよ」
「そう!」
「この件では…?」
「ラードン討伐に関することではウォルトを無視しろってことだ。勝手にやっていい。ただし、絡んできてムカついたら容赦しないってな。他は関係ない。お前はバカみたいに勝手に勘違いして落ち込んでる。友達だからって近づきゃいいってもんじゃない。いろんな形があるだろ」
「トンマ」
「…やかましいわ!」
本当にそうなのか…。ウォルト殿は…我らをまだ友人だと…。
「もう1回行ってみろ。そして話せばハッキリする。ウォルトは嘘吐かないんだろ?」
「あぁ…」
「門前払いが怖いなら一緒に行ってやるぜ?」
「ぬかせ。必要ない」
「さっさと行ってこい」
「……感謝する」
「いいからさっさと行け!ジジイが気持ち悪いな!」
「なんだ、その言い草はっ!!」
ケインと取っ組み合いを繰り広げると、皆に笑われた。暗かった気持ちが晴れる。此奴らには頭が上がらんな…。
騎馬の厩舎に移動し、藁の上に横たわるカリーに語りかける。
「カリー。確かめたいことがあるのだ。ウォルト殿の住み家に一緒に行ってくれぬか?」
ふて寝をしているカリーに話しかけても無視される。尻を向けたままで尻尾すら動かない。
「お前の制止を振り切ったことはすまなかった。私が浅はかだった。心から反省している」
やはり反応がない。だが、聞いているはずだ。我らは眠る必要がないのだから。
「私は…勘違いしているかもしれん」
ケインとの会話を伝える。
「ウォルト殿がまだ私を友人だと思ってくれているのか…。どうしても確かめたい。頼む」
カリーは動かない。こうなったら、明日の朝から馬車で移動するか…。
「ヒン」
起き上がったカリーが睨んでくる。『次は許さない』とでも言いたそうに。
「私は…お前の言うことに耳を傾けると約束する。今回は多大な迷惑をかけてすまなかった」
「ヒン」
『乗れ』と言われた気がした。
無言で森を疾走すること3時間弱。ウォルト殿の住み家に辿り着き玄関の前に立つ。魔法による明かりは灯っている…が、やはりいつものように出迎えてはもらえぬか…。
そう思っていたらドアが開き、中からウォルト殿が顔を出した。
「今日も来てくれたんですか?お疲れさまでした」
いつもと変わらぬ笑顔でニャッ!と笑うウォルト殿を見て思わず感極まってしまう。
「うぅっ…!」
「ヒヒ~ン!」
「うぉぉっ…!?」
容赦なく振り落とされ、カリーはウォルト殿に頬擦りしたり顔をベロベロ舐めている。苦笑いのウォルト殿はカリーの勢いに困っている様子。私は無言で眺めていた。
「誤解させたボクの言い方が悪かったです。すみません」
お茶を頂きながら今日の出来事を説明し、私の誤解であるかを確認したところ、ウォルト殿は申し訳なさげに答えてくれた。
「ケインさんの言う通りで、身軽になりたいと思いました。ボクに対する気遣いは嬉しいんですが、好きに動いてもらった方が気兼ねなく動けるので」
ウォルト殿にとっては気遣いすら足枷になるということ。
「そこまで考えが及ばず申し訳ありません」
「ヒヒン!」
「ただの我が儘なんです。よくしてもらっているのに「必要ない」と言いづらくて…。ただ、伝えないとダメだと思いました」
「理解いたしました。ただ、私が歪曲してお伝えしたことでリスティア様も心を痛めてしまわれて…」
「誤解を解いておきます」
ウォルト殿は魔伝送器にてリスティア様に事情を説明する。
『もう!紛らわしい言い方しちゃダメだよ!ハッキリ言ってくれたらよかったのに!私は……大袈裟じゃなく死ぬほど落ち込んだんだからねっ!』
「ゴメン。でも本音なんだ」
『わかってる。でも、私はこれからも変わらないよ!』
「ははっ。気が済むようにすればいいよ」
リスティア様は変わる必要などない。思慮深くウォルト殿を理解されているのだから。
『ダナン!ありがとう!おかげでぐっすり寝れそうだよ!』
「そう言って頂けると…」
『お父様やボバン達には私から説明しておく!ゆっくり帰ってきて!』
「お言葉に甘えさせて頂きます」
ウォルト殿は酒も準備してくれた。今宵の酒は美味く感じる。不思議なモノだ。
「ウォルト殿。此度の件で国王様が貴方を召喚したいと仰られました」
「謹んでお断りします」
「わかっております」
ナイデル様に会えば、なにかしらの柵に囚われることは間違いない。協力要請であるとか、仕えるという意味ではなく、あの御方はウォルト殿も認めるであろう好漢であるからだ。私の我が儘だがお伝えしておきたかった。
「ダナンさん」
「なんでしょうか?」
「仮にサバト騒動が再燃したとして、ボクの周囲が騒がしくなっても気にしないで下さい。勝手に動くのでそっとしておいてもらえると助かります」
「お手伝いできることがあれば、遠慮なくお伝え下さい」
「ないと思います。攻撃的な輩と遭遇した場合、穏便に済むことはないので」
「命のやり取りも辞さぬと…?」
「もちろんです。なので関わらないで下さい」
「仮に…ですが、我々が貴方を討伐せよとの命を受けたならどう思われますか?」
「想像するのが難しいですが…気が済むように行動することになると思います」
互いに苦笑した。
今晩は住み家にて宿泊し、明朝王都へ帰還する。眠る必要などないのに熟睡してしまった不思議。
翌朝、ウォルト殿の見送りを受け王都へと向かう。王城に到着してからは速やかに拝謁を申し込ませて頂いた。
「此度は、私の曲解により誤った情報をお伝えしましたこと、弁明しようもなく」
「よい。単に誤解であっただけのこと。人ならば然もありなん。サバトにも責はある。本人も自覚していたであろう」
本当に懐の深い御方だ。
「其方の騎士団辞任と昇天については、認めるワケにはいかぬ。構わぬな」
「御意に」
「また、本日付でラードンはサバトと他数名により討伐されたと国民に公表する」
「かしこまりました。ナイデル様に、申し上げたいことが御座います」
「なんだ?申してみよ」
この件に関わるなと言われながら、どうしても申し上げたいという私の我が儘。お伝えすれば私の気が済む。ウォルト殿、こういうことですな。好きにさせて頂きます。
「動物の森への関与について、幾何かの規制を御検討頂けないでしょうか」
「サバトを守るタメか?」
「カネルラ国民を守るタメに必要なのです」
「どういうことだ?」
「サバトは、念押しのように輩に対して相応に対処すると申しました」
「状況によっては、相手を殺めることも辞さぬという意味だな」
「その通りでございます」
ナイデル様は思案していらっしゃる。
「私が申し上げたいのは、それだけでございます」
「心得た。だが、森に規制をかけることはサバトが所在していると宣言しているも同じ。其方の意向に添えるとは限らん」
「存じております」
ナイデル様は、公表したとしてもウォルト殿の周囲を騒がせたくないとお考えのはず。ドラゴンを討伐し、危機を回避した功労者であるサバトへの敬意として。
私にできることは、ウォルト殿の意志を伝えること。嘘を言わぬ御仁は、躊躇わずに実行する。相手が王族の指示を受けた者であったとしても一切の忖度をしないであろう。
騎士団であろうと宮廷魔導師であろうと、たとえ国王その人であろうと関係ない。だからこそ「関わるな」と宣言したのだ。苦笑いであったが、闘うとなれば我々が相手でも容赦することはないだろう。
ウォルト殿は、理知的で情に厚く聡明で無欲。らしからぬ点を数え上げればキリがないが、紛れもなく獣人。私はもう間違えない。あとはナイデル様の御判断により、互いが気の済むように動くことになる。
「ときに、俺の召喚に応じる気配はあったか?」
伝えることもお見通しだったのですな。
「断ると申しました」
「そうであろうな。わかってはいた」
もう口が裂けても言えぬ。国王様に会って頂きたい…などという酷い我が儘は。私の意志として断固言わぬと決めた。
ウォルト殿が自分の意志で拝謁するときを待つ。願望だけを胸にひたすら焦がれよう。カネルラの未来にとって重要な意味を持つ邂逅であると私は信じている。




