576 近付き過ぎたのかもしれない
あとは寝るだけという1日の終わりにウォルトの魔伝送器が光った。リスティアの魔石が光っている。
『もうね!ずっとケンカ中なの!』
挨拶もそこそこに、いきなり怒りだす。
「誰と?」
『お父様だよ!いや…。分からず屋で偏屈な浅黒若作りカネルラ国王ね!』
武闘会で見たときには、そんなに色黒な感じはしなかったけどなぁ。普通に若く見えたし、ナイデル国王は先代の崩御が突然で20代で王位に就いた。
「一体どうしたの?」
『かくかくしかじかで…』
リスティアの説明によると、ラードンの一件で意見の相違があったらしく、親子仲がギスギスしているとのこと。詳しく訊いてみると、サバトが討伐したと公表したい国王様と、阻止したいリスティアの論争。つまり…。
「ボクのせいだね」
『ウォルトのせいじゃないの!お父様がヘタレなだけなの!』
「騒動を治めるために必要だと判断したんだろう?事実だし仕方ないんじゃないか?理解できるよ」
誰が討伐したのか知っているのに、国民に対して説明できないのは納得いかないんだろう。ボクの想像では真摯な国王陛下だと思う。嘘だったら許せないけど、ボクがやったのは事実だし、好きでやったんだから自分のせい。
『お父様にも言われたけど、我が儘を言ってる自覚はある!でも、そうしないと気が済まないのっ!』
「だったら徹底的にやればいい」
『さすがウォルト!』
「気が済むようにしてほしいだけだよ」
気が済まないのなら止める理由はない。リスティアがただの我が儘王女じゃないことを知ってるし、なにか考えがあって怒っているに違いない。お互いの真意はわからないけど、よく知らない国王様より親友のリスティアを信じるだけ。
『結果、王族から追放されたらよろしくね!』
「その時は迎えに行く。リスティアがよければ、森で一緒に暮らすかい?」
『ホントに?!いいの?!』
「いろいろと手伝ってもらうし、魔物とかも食べるような貧乏生活になるけど、衣食住だけは問題なく暮らせると思うよ」
まだ子供だけど、リスティアは大人になればなんだってできる。それまでは養えると思う。まぁ、身を寄せる場所はいくらでもあるだろうけど。
『全然構わないよ!そうなると追放狙いもありだね…』
「あははっ。上手くいくことを祈ってるよ」
『そう言ってくれるだけで私は強くあれる!強気にも出れる!ありがと!』
「ところで、結局サバトがやったと公表されるの?」
『様子見だってさ。必要だと感じるまでは言わないつもりみたい。懸念があるからね』
「たとえば?」
『ラードンが討伐された事実を王都民は目撃してるから、お祭りみたいに盛り上がってるの。ドラゴン焼きとか売っちゃったりして』
「アレが美味しいのか…。ちょっと食べてみればよかった」
どう見ても美味しくなさそうだったけど。
『ドラゴン焼きは、ラードンを模した食べ物だよ。ただの肉焼き。要するにどんどん広まってるの!誰が討伐したのか判明したら、あっという間に広まるよ!英雄みたいに祭り上げられるかも!今は総国民で予想中なんだから!』
「大袈裟じゃないか?ボクに討伐できたんだから、騒ぐことじゃないと思うけど」
『ウォルトは魔導師なら誰でも倒せると思ってるでしょ?』
「そうだね」
『相手は高速で空を飛ぶんだよ?大魔導師でも討伐は難しいはず』
確かに魔法には適切な射程距離がある。遠いほど命中しにくいし、術者から離れるほど魔力の消費も激しい。要は正確さと威力の兼ね合いで、どちらも高い水準で維持するのは難しい。
ボクは接近して魔法を放つことができたけど、ファルコさんのおかげ。ファルコさんがいなければ逃走されていた。地上で迎え撃つには、大砲のような兵器が必要だと思える。
「そう考えると不思議に思われるかもしれない」
『サバトがやったとなれば騒がしくなるよぉ~。友達にも言われたでしょ?騒動に巻き込まれるかも』
「言われたね。友人も巻き込むのは嫌だな」
ファルコさんは注目されても喜ばない気がするけど、どうなんだろう?獣人らしく目立ちたいなら、ファルコさんが討伐したことにしてもらえないか頼んでみよう。
『公表は控えたいんだけど、説明する義務があるのも理解できる。国民を賑やかしてしまったから』
「国の危機を伝えるのは大切なことだよ」
平和なカネルラも過去には戦争に巻き込まれたこともある。ラードンを放っておいたら国民に被害があったかもしれない。危機を伝えたのは適切な判断だと思う。
ボクは動物の森への被害を阻止したくて討伐したけど、リスティアはもっと大きな意味で阻止したかっただろう。1人暮らしの身軽な獣人と、国を背負う一族に生まれた少女の違い。
『もしもの話だけど、調べ上げて腕自慢が訪ねてきたらどうする?「サバト!俺と闘えっ!」って』
「相手の出方による。基本的には闘ったりしないよ。闘うのは好きじゃないんだ」
『そうなったら面倒くさいよね?』
「面倒くさいよ」
『だよね~。そんな状況になりそうだから公表したくない!そっとしておいてほしいでしょ!』
「まぁね。でも、気持ちは伝わったから無理しなくていい。いざとなったらボクがいなくなればいいだけだし」
『それが一番嫌なのっ!ウォルトがよくても私が嫌なんだよっ!』
「そ、そっか」
予想外のリスティアの説教が始まった。
『私はね、ウォルトや私も国民の1人だから、皆にとって1番いい方法を考えてるのっ!わかる?!』
「わかるよ」
『い~や、わかってないっ!』
ナバロさんの比じゃないくらいに叱られる…。『軽く考えてる!』『ウォルトがいなくなれば済む問題じゃない!』と、23歳になった獣人が11歳の少女にしこたま怒られ、リスティア側の魔伝送器の魔力が切れたことにより強制的に通話は終わった。
「ふぅ…」
今回の説教で1つ気付いたことがある。
リスティアには口ゲンカじゃ絶対に勝てないということ。最初から白旗を上げてたけど、本気でも勝てる気がしない。さすが傑物王女。
それはさておき、魔伝送器を置いて思案する。騒動の兆候は既にあって、穴場で釣りをしていて近くに人の気配を感じたり、森を駆けていても気配を感じることが増えた。察知したら遭遇を避けてる。
最近では修練場に通って魔法の修練をしているのも、集中しすぎると周囲の変化に気付きにくいから。気にしているのは、そんな森を訪れる人のこと。森に入る目的は不明だけど死者が増える気がしてならない。
森に入って獣や魔物に命を奪われても自業自得だ。「念のため注意喚起だけしてほしい」とリスティアにお願いしたら了承してくれた。既に危惧していたらしい。
動物の森は、自然豊かで澄んだ空気に包まれる素晴らしい場所だけど、間違いなく危険な地域。実際に住んでるからこそ断言する。軽い気持ちで足を踏み入れるべきじゃない。森は拒まないから最後は自己責任。
でも、ドラゴンが討伐された森に痕跡を探しに来る気持ちはわかるな。滅多にお目にかかれない魔物がどんな生物だったのか。姿形や行動原理、特性なんかを知りたい。好奇心が掻き立てられて興奮する。
あとは、好奇心と命を天秤にかけられるかどうか。迷わず好奇心が勝つような人は、世間では変人と呼ばれるのだろう。でも、そんな人がいてもいい。ボクなら森に来てる。
考えもまとまり、風呂に入って寝ようと思ったところで近づいてくる蹄の音。出迎えに外へと向かう。
「ヒヒーン!」
「久しぶりだね、カリー」
元気そうなカリーと互いにモフりあう。
…あれ?
『カリー。ダナンさんは?』
『途中で振り落としてきた』
『えぇ!?』
『そう遠い場所じゃないから直ぐに追い付くわ。中に入ってもいいかしら?』
『いいけど…』
不機嫌そうなカリーは居間に向かい、水を差し出す。
『リリサイドが会いたがってたよ』
『帰りに寄るわ。それにしても、ドラゴンを倒したんですって?』
『カリーも知ってるのか』
『王都にいたら嫌でも耳に入ってくる。騎士も騒いでるわ。ウォルトがやったと直ぐにわかったのは友人だからよ』
『そっか』
『それが理由でダナンを振り落としたんだけど』
『え?』
ドアがノックされて玄関に向かうと、ダナンさんだった。
「ウォルト殿。夜分遅くに申し訳ありません」
「お久しぶりです」
「バカ娘はお邪魔しておりますか?」
「先に着いてます。中へどうぞ」
居間に戻るとカリーは外方を向いて座っている。ダナンさんを見ようとしない。
「ウォルト殿。お茶を1杯頂けますか?」
「酒じゃなくていいんですか?」
「構いません」
お茶を淹れて差し出す。
「どうぞ」
「頂きます」
「今日はどうかされましたか?」
「王女様から聞いておられませぬか?連絡すると仰っていたのですが」
「おそらく言い忘れたんですね」
怒らせてしまったから、興奮しすぎて珍しく忘れたのかもしれない。
「実はラードン討伐の件で伺ったのです」
「はい」
「私は…ウォルト殿に懇願に参りました」
「懇願?」
「貴方がラードンを倒したことを…国民に公表させて頂きたいのです」
「ヒヒン!」
立ち上がったカリーは、歯をむき出しにしてダナンさんを威嚇する。
あぁ、そうか…。カリーもこの件でボクの味方をしてくれているんだ…。リスティアと同じように……目立ちたくないボクに気を使って…。
突然、プッ…と糸が切れたような感覚。
身に覚えがある……。フクーベから逃げ出した……あの時と同じ……。限界を迎えた…のか…。
カリーに近寄ってたしなめるように首を撫でた。
「ウォルト殿が静かに暮らしていることは重々承知しております…。注目を浴びる事を好まぬことも…。そのうえでお願い申し上げます。何卒認めて頂きたく」
「国王様は悩まれているのですか?」
「はい…。カネルラのみならず他国からも注目を浴び、ナイデル様は沈黙を貫いていらっしゃいます。ですが、かなり苦悩されている御様子で…。国民にサバトの存在を隠していることで苦しまれているのではないかと…。なにも申されませぬが…私の目にはそう映るのです…」
「そうでしたか」
であれば是非もない。
「公表して頂いて構いません」
「ヒヒン!?」
「カリー、ありがとう。いいんだよ」
「本当によろしいのですか…?」
自分の状態を知ってしまった。嘘は通用しないんだから正直に伝えよう。
「煩わしいと思っています」
「…なんですと?」
「自分の意志でラードンを討伐し、リスティアを含めた友人達は気付いて言葉をかけてくれました。大したことはしてないのに」
「偉業と言って差し支えありませぬ」
「ボクがカネルラを守りたくて倒したのなら称賛される行動かもしれませんが、偶然遭遇して友人の里と森を守りたかっただけ。それだけなんです。なのに騒がれている。煩わしいです」
ダナンさんの言葉で細く繋がっていた糸が切れた。ただラードンを倒しただけなのに、本来ボクと関係のない国王陛下にまで迷惑が及んでいる。
知らない人の事情まで考えられない。考えたくもない。ボクの世界にいない人に対して、なにが正しいかなんて判断できない。
心の許容範囲を超えて『面倒くさい』という気持ちが溢れてしまった。でも、ダナンさんは悪くない。2人の気遣いが切っ掛けで自分の心に気付いただけだ。
「ボクは、国王様やリスティアのように多くの人の意見を上手く消化したり、物事の最善を探ることができません。気の済むようにやるのが行動の根本で、難しいことを考える力がないんです」
「そのようなことは…」
「貴方達のようにカネルラを憂いたり、未来を読んだ行動はできません。騒がれるなんて微塵も思わなかった」
「ウォルト殿…」
「気が済むように行動して、予期せぬ人まで巻き込むなら1人の方が気楽です。人と近付きすぎました。距離感を勘違いしていたんだと思います」
「私は、決してそのように思わせるつもりでは…」
「ダナンさんは悪くないです。国王陛下、リスティア、ボバンさんやアイリスさん、テラさんにもお伝えください」
「…なんと?」
「ボクに関わらないでほしいと」
「ウォルト殿!それはとても了承できかね…」
瞬時に魔力を纏う。
「むぅっ…!」
強引だけど言わせてもらう。ダナンさんが了承できないはずはない。最後まで話を聞いてもらおう。
「貴方の要望に応えます。だからボクも要望します。おかしなことですか?」
「いえ…。当然かと…」
「獣人の魔法使いであることも、住み家の場所やボクの名前も全てを公表して構いません。ただし、伝言だけは確実にお伝えください。あと、サバトに関するあらゆる行為に気が済むように対処します」
「…かしこまりました」
「話は以上です。ダナンさんは他にありますか?」
「ありませぬ…。失礼…致します…」
「王都への道中、お気をつけて」
「ヒヒン…」
「カリーも気をつけてね」
外で2人を見送り住み家に戻った。
これでいい。少し疲れた。




