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モフモフの魔導師  作者: 鶴源
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574 末の妹はかく思えり

 チャチャはウォルトと一緒に狩りに来た。


「かなり上手くなったね」

「そうかな?」

「そうだよ」


 今日の兄ちゃんは、なんと3回目の弓射でカーシを仕留めた。出会った頃に比べるとかなり成長してる。


「住み家に帰ろう」


 狩人の私と違って兄ちゃんは必要以上に狩りをしない。必要な肉が確保できたら充分で基本的に1頭だけ。仕事じゃないから必要ない殺生を好まない。だから、ほんの少しずつ上手くなる。

 教えることがなくなったら寂しいから、上達するのはゆっくりでいいと思うけど、いつも真剣に狩りに挑む兄ちゃんを見ていると頑張ってほしいと思う。


 住み家に戻りながら気になっていたことを訊いてみよう。


「ダイホウでも話題になってるよ」

「なにが?」

金色(こんじき)の竜殺し。兄ちゃんがやったんでしょ?」

「やっぱりバレた?」


 わからいでか。村で噂を聞いて直ぐに気付いた。お姉ちゃん達も同じはず。


「チャチャはなんで気付いたの?」

「勘」

「やっぱり」


 というより確信だけど。空飛ぶ巨大な魔物が討伐されて、凶悪で街に甚大な被害を及ぼすような魔物の亡骸が動物の森を流れるアマン川で発見された。調べても、街や人、森にも被害はなさそう。…ときたら、兄ちゃんの仕業で間違いない。私にはそれ以外に選択肢が思い浮かばない。


「実は…」


 住み家に帰りながら、ドラゴンを倒した状況を教えてくれる。直接詳しい話が聞けるのなんて友人の私達くらい。自慢なんてしないし、他の人には言わないはず。そもそも自慢できると思ってないか。


「カズ達が聞いたら大興奮だよ。「大きくなったら俺達が弓で狩ってやる!」って意気込んでるんだから」

「カズ達ならドラゴンすら狩る狩人になれるさ」


 可愛く鼻をピスピスさせてるけど、さすがに無理。でも、弟のやる気に水を差すつもりはない。


「兄ちゃんは甘いよ。現実的に考えて無理でしょ。弓じゃ硬い鱗を貫けないし」

「そんなことないさ。1人では無理かもしれないけど、魔導師や他の仲間の協力があればできる。逆鱗を貫通させることも可能だ。ボクも1人では倒せなかった」


 それは相手が空を飛ぶ魔物だからであって、地上での戦闘だったら兄ちゃんは単独で撃破してると思う。兄ちゃんが倒せない魔物がいるとしたら、魔法が効かなかったり空を飛ぶしかない。あと、水の中に引きずり込むか。


「森が騒がしくなるかも」

「ウイカとアニカにも言われたよ」

「なにか設定を考えてくれたんじゃない?」

「よくわかるね」

「わかるよ。私達は姉妹だもん」


 ニャッ!と笑ってくれる。やっぱり可愛いな。兄ちゃんは格好よさと可愛さを併せ持つ猫人。喜んでたり気が緩んでるときは顔が丸くなって、怒ってたり真剣なときにはシュッと細くなる。

 表情から心を読もうとして、ずっと観察してたらそう見えるようになった。4姉妹でも私だけらしくて羨ましがられてる。


「兄ちゃんと私が狩人の番で、まだ番ったばかり。出産で私が里帰りしてて、住み家に1人で住んでる…っていう設定はどう?」

「それなら信じてもらえそうだ。さすがチャチャだね」


 お姉ちゃん達は絶対に無茶を言ってると思ったんだよね。しょっちゅう架空の話をして盛り上がってるから。


「サマラさん達は子供の数とかにこだわってなかった?」

「そうなんだ。直ぐにバレるって言っても聞いてくれなくて。信じてもらえないと意味ないのに」

「いろいろな設定を考えるのが楽しいんだよ」

「そっか」

「私達は嫌なら嘘の設定でも言わないもん」


 ちょっと照れてる。可愛いしやっぱり顔が丸くなってて撫でまわしたくなる。


「兄ちゃん、モフっていい?」

「いいよ」


 しゃがんで目を細める兄ちゃんの顔を撫でると、温かくて気持ちいい。こうしてると強く思う。やっぱり兄ちゃんのことが好きで…もし選ばれなかったら立ち直れないかもしれないと。




 住み家に帰って一緒に料理を作る。獲ってきたカーシを有り難く頂こう。


「チャチャ…?」

「ごめん。ちょっと漲ってて」


 台所に来たものの、背後から兄ちゃんに抱きついて私は一切手伝ってない。


「意味がわからないけど、別にそのままでいいよ」


 無類の料理好きめっ…!抱きつかれてることより、料理に集中ってことね。手伝おっかな。今日も今日とて美味しい料理を食べて、兄ちゃんと修練する。その後は弓の練習。


「訓練の前に、チャチャにあげたいモノがあるんだ」

「なに?」


 兄ちゃんが差し出した掌には、磨かれた綺麗な鏃。


「狩りに使えると思って。ラードンの牙から削り出してみた」

「使ってみたい」


 矢に付け替えて的を射る。


「すご…」


 軽くなのに的を突き抜けた。


「魔法を付与してないんだよね?」

「してないよ。かなりよさげな素材だったんだ。よかったら使ってくれないか」

「ありがとう。大事に使わせてもらう」

「切れ味がよすぎるから扱いは気をつけて」

「大丈夫」


 皮膚が硬い魔物もいるから助かる。もらった『貫通』の魔石を使ってたけど、この鏃なら必要ないかも。「売ればいいのに」って言いたいけど、作りたいから作って私達だからくれる。儲けるつもりは全くない。私が商人だったら絶対に囲い込んでおきたい万能職人。


 お金に執着しないのは、兄ちゃんの長所で短所。ただし…。


「取扱いに注意が必要だもんね」

「なにが?」

「こっちの話」


 好きでモノを作ったり、簡単にあげたりするから単なる善意のように感じるけど違う。兄ちゃんの作ったモノを貰うにはちゃんと対価を支払う必要があって、その対価は『信用』だ。

 金儲けに利用したり、悪用すると後が怖い。この鏃で大した理由もなく人を射ったりしたら、とんでもない仕打ちを受けることになる。売られたモノならどう使おうと買った側の自由だけど、そうじゃない。

 最悪、殺される可能性もある。だって気が済むまでやる獣人だから。まぁ、私は絶対にやらないんだけど。唯一タマノーラの商人と取引してるらしくて、会ったことはないけどいい人だと思う。報酬を受け取らない兄ちゃんに正座の罰を与える仲らしい。長くいい関係を築けているというだけで信用できる。


「兄ちゃんは人間っぽいと思うときがあるよ」

「ガレオさんの影響かな。チャチャもそう思えるときがあるよ」

「えぇ~。そう?」

「そうだよ。でも…」

「言われても嬉しくないよね」


 互いに苦笑い。獣人なのに他の種族っぽいと言われると複雑な気持ちになる。好きとか嫌いとかじゃなくて、『別物でしょ?』って感じ。

 でも、ウイカさんやアニカさんのことは好きだし、人間のよさもわかる。逆に獣人のこともそう思ってくれてるといいな。兄ちゃんが好きなんだから訊くまでもないか。


「今日は鏃のお返しもあるよ」

「作るって先を読んでた?」

「違うよ。普通にあげたいと思って作ったんだけど」

「無理しなくていいのに」

「してないよ。私達にあげるのに兄ちゃんもしてないでしょ。一緒だよ」


 住み家に戻って、家から持ってきた布袋を手渡す。


「中を見ていい?」

「どうぞ」


 喜んでもらえるかな…。ちょっと怖いけど。


「……防寒着だ!」

「裁縫の練習を兼ねて作ったんだけど」

「すごく暖かそうだね。もらっていいの?」

「もちろん。兄ちゃんのサイズで作ったし」

「何年かに一度来る大寒波も凌げそうだ」


 カネルラに大寒波は来ない。建国以来、来たことなんてない。むしろ大多数の国民はたまの涼しさを求めてる。

 でも、いつ寒い日が来てもいいように備えておいて損はない。兄ちゃんの最大の弱点は寒さに弱いことだから手助けしてあげたい。家族には「ウォルトを茹で殺す気なのか?」と訝しがられた。生かそうとしてるし、兄ちゃんにあげるなんて言ってないのに。まぁ、今さらかな。


「ありがとう。凄く嬉しいよ」


 頼むでもなく自分からハグしてくれる。これだけで充分すぎるお礼だ。兄ちゃんが自分からハグしてくれるまでに、どのくらい苦労するかわかってくれるのはお姉ちゃんズだけだろう。

 最近では「理性が…」なんて言い訳っぽいこと言ってるけど、獣人の男と思えないくらい奥手だ。ウチの父さんをちょっとは見習って……ほしくない。


「着てみてもいいかな?」

「それはちょっと待ってもらっていい?」



 

 魔伝送器を使ってお姉ちゃん達を召喚すると、仕事終わりに即行で来てくれた。


「チャチャ!楽しそうなこと考えるじゃん!」

「わざわざ呼んでくれてありがとう」

「楽しみすぎる!」

「皆にも見てもらいたくて」


 結構上手く出来た自信作だから。


「兄ちゃ~ん。いいよ~」


 防寒着に着替えた兄ちゃんが登場する。


「か…」

「かっ…」

「か、か、かわいい~!」

「似合ってるよ。我ながら上手く出来た」


 兄ちゃんに渡したのは、モフモフならぬモコモコしたローブ。いつもローブを着てるから抵抗が少ないと思った。

 あえて全体じゃなくてポケットや襟や袖に毛皮を付けてみたけど、私が狩った獣の毛皮で自家製。着ているのを見ても納得の仕上がりですごく似合ってる。


「兄ちゃん。フードも被ってみて」

「こう?」


 耳の部分をちゃんと収められるように形を付けてみた。ピッタリだ。目の上まで隠れて、くりっとした大きな目が強調される。


「い、いいっ!」

「めっ……ちゃ可愛い!」

「ウォルトさん!首を傾げてみてください!」

「こうかな?」

「「「いいっ!」」」


 お姉ちゃんズを唸らせて私は満足だ。


「兄ちゃん、暑くない?」

「今は暑いよ。でも、ローブだけだと寒い日でも快適に過ごせそうだね」


 ニャッ!と笑ってるけど、前回の寒波以降に温まる魔法を覚えて、今では寒さを凌げるはずなのにやっぱり優しい。


「負けてられない!ウォルトに似合う服を探してこよう!」

「「賛成!」」


 皆は興奮で忘れてる。


「兄ちゃんは買った服はもらってくれませんよ。年中同じローブを着てますから」

「こまめに洗ってるけどね。でも、ローブが一番快適だから他の服はほぼ着ない。申し訳ないから、服は買わなくて大丈夫だよ」

「チャチャのはもらってるじゃん!」

「手作りで気持ちがこもってるからね」

「むぅ…。やられた」

「でも、本当に寒い時じゃないと着ないと思う。ゴメンね、チャチャ」

「わかっててあげてるから大丈夫」


 お姉ちゃん達には負けられない。こういう地道なアピールは大事。そして…。


「チャチャに負けじと私達も作ろう!」

「着てもらうためにはそれしかないですね」

「裁縫得意じゃないけど燃えてきたぁ~!」

「嬉しいけど無理しなくていいよ。皆忙しいんだから」

「作るなら部屋着がいいと思います。外ではローブでも寝間着とかなら日替わりで着れます」

「「「確かに!」」」


 こうして張り合いたい。負けたくないけど、だからといって策を講じて出し抜きたいワケじゃない。お姉ちゃん達を裏切るのも、兄ちゃんに選ばれない以上に立ち直れない気がする。

 私は、この凄いお姉ちゃん達を打ち破って兄ちゃんの横に立ちたい。そして、皆で笑ったり悔しがったりしたいんだ。

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