573 灯滅せんとして光を増す
「「ただいま~!」」
「おかえり」
ウイカとアニカがウォルトの住み家を訪ねてきた。いつだって元気一杯の姉妹。
直ぐにハグしてきたから、まとめてハグする。2人が小柄だからできること。
「姉妹まとめてなんて…」
「ウォルトさんは大胆です!モテる男ですね!」
「そんなことないさ。モテない代表みたいな獣人だからね」
冗談を躱しつつ居間に向かう。
「今日はお土産があります」
「コレです!」
なにかの果実に見えるけど初めて見る。匂いも嗅いだことがない。
「東洋のお茶の原料です」
「この実を一晩漬け込んで飲むお茶らしいです!」
「へぇ~。気になるなぁ」
東洋はお茶の本場。細かく分類したら数百種類に及ぶらしい。
「そして…」
「昨日一晩漬け込んだモノがコレです!」
赤い液体が入った瓶を差し出してくれる。
「ウォルトさんと一緒に飲んでみたくて」
「家で作ってきました!」
「ありがとう。温めて淹れてくるよ」
是非、飲んでみたい。温めて淹れたお茶を3人で頂く。
「このお茶は…ちょっと苦いかも」
「そうかなぁ?ちょっと酸味が強くない?」
「ボクは塩味がする」
「そうなんですか?」
「交換してみましょう!」
「いいよ」
カップを交換して飲んでみる。ウイカのもアニカのもやっぱり塩味がする。
「そういえば、その日の体調によって味が変わるって言ってなかったっけ?」
「そうだっ!言ってた!5つの味を感じるって!」
「そうなのか。是非全部味わってみたいね」
「お土産なので遠慮なく飲んでください」
「味によって体調が悪い部分が見極められるらしいです!」
珍しいお茶だ。楽しみに毎日飲んでみよう。
「ところで、ラードンはどうでしたか?」
「ドラゴン討伐お疲れさまでした!」
「なんで知ってるの?」
リスティアは黙っていてくれそうだけど。
「私達を甘く見ちゃダメですよ」
「状況を聞いたら、ウォルトさんが討伐したってわかります!きっと友人はほとんど気付いてますよ!オーレンも気付いてました!」
「勘がいいなぁ。皆に隠し事はできないね。わかる要素がなかったと思うんだけど」
「そこまで言うなら仕方ないですね」
「私とお姉ちゃんの推測を教えます!」
「うん」
ウイカとアニカは、おおまかだけど状況を言い当てた。まるで見ていたかのように話す。ラードンを川に流した理由まで当てられた。
「凄いなぁ。見てないのにそこまでわかるんだね」
「ウォルトさんの行動は読めます」
「伊達に弟子を名乗ってません!自慢です!」
「ボクは師匠の行動なんて1つも読めなかったよ」
だから魔法戦でも歯が立たなかった。
「それはお師匠さんが普通じゃないからです」
「ウォルトさんは普通の獣人で、ただの魔法使いですから!」
「よくわかってるね」
ボクは凡庸で師匠は特異。
「友人が空を飛ばせてくれたおかげで倒せた。ボクだけなら逃げられてたと思う」
「隼のファルコさんですね」
「そうだよ」
「渋い獣人なんですよね!」
「かなり渋い。ファルコさんといると憧れてばかりだよ。機動力もラードンに負けない凄い獣人だ」
倒せたのはファルコさんのおかげなのに、最初から最後までクールだった。余裕のある言動が格好いい。
「ラードンの目的はなんだったんでしょう?」
「もしかすると、カネルラ上空を通過するだけだったかもしれない。でも、ドラゴンが人里近くに現れて被害がなかったことはないらしい」
「被害が出る前に食い止められてよかったです!」
「そうだね」
ラードンが急に襲来して街で暴れたら、討伐されたとしても被害はあったと思う。今回は森の被害だけで済んだし、元に戻せた。
「王都では、運ばれたラードンの死体の大きさに騒然となったらしいです」
「急遽大きな荷車を作ったって聞いてます!」
「是非作ってみたかったなぁ」
「そっちですか?!」
「木工が好きだからね」
あの巨体を載せると考えたら、かなり頑丈な荷車だろうなぁ。ゲンゾウさんなら作れるだろう。
「ウォルトさんは、ラードンを倒してどう思ってるんですか?」
「なにも思わないよ。倒せていい経験をしただけで」
「誰が倒したのか不明だから、『竜殺し』って呼ばれて探されてますよ」
「えっ!?」
「街ではサバト騒動再び!状態になってます!」
それは困るな…。竜殺しなんて二つ名は絶対に御免被る。ボクの仕業だとバレることはないだろうし、問題ないけど。
「私の予想では森に来る人が増えます。気をつけて下さい」
「なんで?」
「ラードンをアマン川に流しましたよね?討伐現場を探すために、特に川周辺は捜索されると思います」
「そんな暇な人いるかな?」
「います!きっと大勢ですよ!住み家にも来る可能性があると思います!」
「そっか。対策を考えないとね」
どうしようかな?自分の意志でやったことだから、そうなっても責任はボクにある。普通に対応すればなにも起きないと思うけど、あまり騒がしくなるようなら…ほとぼりが冷めるまではやっぱりアレかな。
「もし、見知らぬ人が訪ねてきたときの設定を考えましょう」
「こんな場所に住んでたら、絶対に気になります!変に答えたら逆に興味を持たれますから!」
「そうだろうね」
「ウォルトさんは嘘を吐くのが下手なので」
「でも、決められたことをこなすのはできます!しっかり考えておけば憂いなしです♪」
「ありがとう」
性格をよく知ってくれてるし、有り難いな。さぁ、どんな設定が飛び出すか。しっかり覚えよう。
「ウォルトさんは、国を追われカネルラに逃亡してきて動物の森に潜伏する命を狙われた王子です。私とアニカは、共に逃げてきた第一夫人と第二夫人で、私との間には子供が2人ですね」
「私は5人です!男2人と女3人です♪うち双子が1組で!」
「全てに無理がある」
聞いたのがボクでも噓だと見破れる自信あり。別に番の設定はいらないと思う。
「もっと真面目に考えた方が…」
「真面目に考えてます!」
「サマラさんとは、番歴15年って言ったらしいじゃないですか!知ってるんですからね!」
本当になんでも共有してるな…。
「あれはサマラが勝手に言っただけで、しかも信用してもらえなかったんだ」
「そこはウォルトさんの演技力の問題です!」
「フハハハッ!俺には番の3人や4人は当然だ!…って態度で堂々としてればいいんです!」
「無理だって。大体、ウイカやアニカが番だって言っても通用しないよ」
「「なんでですか?!」」
「君達が美人だからボクの番だって信じてもらえない。だから、もっと信用してもらえそうな設定を…」
…珍しく2人してクネクネしてる。嬉しそうな匂いだけど、なんだかなぁ…。
「…こほん!では…気を取り直して真面目に考えましょう!」
やっぱりふざけてたのか。
3人で設定を考え、とりあえず方向性は固まった。杞憂に終わる可能性もあるから、あとはそうなったときに考えることに決めた。困ったら迷わず皆に相談することを約束して。今からは修練の時間だ。
「ラードンと闘ってみたいです」
「できますか!」
「魔法でならできるよ」
要望に応えて、更地に魔力で作り上げたラードンを発現させる。
「で、でかぁ~!」
「めっちゃデカい!」
「上手く再現できたと思うよ」
「アニカ!いくよ!」
「了解!」
2人はいきなり全開で魔法を放つ。ボクはラードンを操作して、威力を抑えた火炎や火球を放つ。
最近では『傀儡』と名付けて、色々な魔物や人物を作り出せるよう修練してる。この魔法は魔力に『気』を融合させているからウイカやアニカには教えられないのが残念。雰囲気だけでも味わってもらえるといいけど。
「はぁ…はぁ…」
「びくともしない…!」
「魔法耐性も再現できてると思うよ」
「またまだっ」
「負けないっ!」
頭を使って、あの手この手で魔法を放つ2人。瞬時の判断が素晴らしいな。ボクにもこんな時期があった。とにかく思い付く限りの魔法を師匠に放って、ことごとく倍返しされた。
ボクはそんなことしないから、気が済むまで試行錯誤してほしい。
「「ふぅぅ…」」
集中する2人の魔力が高まっていく。そろそろ魔力切れのはず。ボクは2人の魔力量を誰より知ってる。最後の力を振り絞っているのか。それにしても、コレは…。
『火炎』
同時に放たれた魔法がラードンを直撃した。けれど、やっぱり通用しない。
「「はぁぁぁ~!!」」
『傀儡』を消滅させると、ぺたりと座り込んだ2人。
「おつかれさま。最後の魔法は凄かったよ」
「ありがとうございます」
「まだまだ試行段階なんですけど、コツを掴んできてます!」
「やっぱり2人で考えたの?」
「はい」
「なんとか形にならないか頑張ってます!」
凄いなぁ。最後の『火炎』は、煌めくような魔力で放たれた。通常の倍近い威力があったと思う。ボクはあんな魔力操作を教えたことはない。
「どういうことか教えましょうか?」
「いいの?」
「もちろんです!『知りたいニャ~』って顔に書いてますよ!」
「実はそうなんだ」
初めて見る閃光のような魔力だった。すごく気になる。それにしても、4姉妹から『~だニャ』って顔をしてるとよく言われるけど、本当にそんな顔してるかな?基本的に「ニャ」って言わないけど、猫だから思われても仕方ないか。
「この魔力にウォルトさんは気付かないと思いました」
「だよね!」
「ボクじゃ発動は難しいのか…」
この2人は天才の部類だからなぁ。
「そうじゃなくて、私とアニカがこの魔力操作に気付いたのは、よく魔力切れになるからです」
「ウォルトさんは魔力切れを起こさないので、気付かないと思ったんです!」
「完全な魔力切れは最近起こしてないけど」
ウイカとアニカから魔力操作の感覚を教えてもらう。修練や冒険中の魔力が切れる寸前に、なぜか一気に魔力が燃え上がる感覚を覚えたらしい。そして、常にその感覚で詠唱できないか方法を探っているとのこと。
「多分、私達は普通の魔法使いの何倍も魔力切れを起こしてます」
「最高だと1日10回切らしたことあるので!補充してもらってる恩恵です!いつもありがとうございます!」
「だからこの感覚に気付けたんだと思ってて。ウォルトさんのおかげなので、もっと上手く操作できるようになったら教えたいと思ってました」
「だったら修得してからでいいよ」
自力で答えに辿り着く過程には、色々な発見がある。魔法の修練ではとても大切なこと。
「わかってないですね」
「なにが?」
「今のウォルトさんは、師匠じゃなくてただの友人です!深く考えなくていいんですよ!」
「じゃあ、遠慮なく教えてもらおうかな」
2人の説明によると、最後の一撃といえる魔法を放つとき、蝋燭が燃え尽きる寸前のように魔力が燃えるらしい。自分でも感じてみたい。
「ということは、まずは魔力を抜かなきゃダメだね」
手っ取り早いのは…コレだ。
「お、おっきい!」
「でっかぁ~!前より二回りくらいでっかくなってます!」
全力で魔力弾を発現させる。最近魔力量も増えてきた。
「とりあえず、このまま置いておこう」
消滅しないよう魔力の殻で覆って、更地に転がしておく。
「そのままで大丈夫ですか…?」
「大爆発とか起こしそうですけど…」
「破裂してもボクが2人を守るよ。今のボクは魔法1回分の魔力しか残ってない。ちょっと放ってみる」
精神を集中して…放つ。
『火炎』
「…感覚を掴めなかった。もう1回いってみよう」
転がした魔力弾から魔力を吸引しながら、連続でとにかく繰り返してみる。
「よくそれだけ魔力切れになって平然としてられますね」
「私なら倒れてますよ!」
「体力には自信あるからね」
魔法の詠唱には魔力の他に体力も使う。戦闘魔法は威力が高ければ高いほど消耗も激しくて、魔力切れになった瞬間は特にどっと疲れる。
獣人というのもあるけど、魔法に必須だから鍛錬は欠かさない。ただ、ベテランの大魔導師は体力も衰えているはずなのに、どうやって強大な魔法を詠唱しているのか。師匠も体力なんて皆無だった。森を歩くだけで息切れしてたな。今度、アニェーゼさんに教えてもらおう。
集中して繰り返し詠唱を続けていると、やがて微かに感じた。刹那的な魔力。
「感じた…」
「やりましたね」
「どうですか?」
「魔力は枯渇してるはずなのに、もうひと頑張りできそうな…」
魔力源で小さな爆発が起こるような不思議な感覚。勝手に魔力が増加する。どういうことなんだ…?生命力を消費してるワケでもなさそうだし、魔力操作で再現するには…。感覚を思い出しつつ……こうかな…?
再度魔力弾から吸引した魔力で『火炎』を放つと、いつもより威力がある。間違いない。
「魔力の圧縮とは違う手法だね。凄くタメになった」
「よかったです」
「さすがですね!」
「今からコツを教えるよ」
「「大丈夫です!」」
「え?」
「自分達で修得します」
「頼らずにやってみたいんです!」
「もしかして…ボクに教えるタメだけに?」
笑顔で頷く2人。
「いつも教わってばかりなので」
「なにか魔法で恩返しできないかって!教える前に気付かれちゃったから、予定より早まったんですけど!」
「結果、気付いたウォルトさんが凄いだけでした」
「本当は誕生日までに覚えて教えたかったんですけどね!」
元から自分達で修得するつもりだったんだな…。彼女達は…きっと惜しみなく貴重な技法を教えてくれただろう。
ボクは可能な限り魔力を使い切らないよう生活してる。なにもできなかった頃が嫌な思い出として記憶に刻まれているからで、魔力を切らすのが怖い。教えてもらえなければきっと死ぬまで気付けなかった。
「ウォ、ウォルトさん!?」
「どうしたんですか?!」
姉妹同時にハグをする。
「ありがとう…。教えてくれて嬉しい。もっと昇華させて還元できるように修練するから…」
「…お願いします」
「…喜んでもらえて嬉しいです」
ギュッと抱きしめてくれる。
「これからも教えてもらうかもしれない」
「師匠と友人ですから、お互い様です」
「末永くお願いします!」
「なにかお礼をしたいんだけど」
「「じゃあ添い寝で」」
「それ以外にはないの?」
「「ないです」」
ん~…。それはお礼になるのかな?
2人といる時、眠る寸前まで魔法の話ができるのは、どちらかというとボクへのお礼のような気がする。




