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モフモフの魔導師  作者: 鶴源
572/715

572 竜殺しの処遇

 ファルコを見送ったウォルトは、住み家に入って直ぐリスティアに連絡を入れた。


『どうなった?!』

「大きな被害が出る前にラードンを倒せたよ」

『お疲れさま!今のところ、他の場所にドラゴンは出現してなさそう!』

「それはよかった」


 詳しく今日の出来事を説明する。ラードンの特徴についても必要なことは教えておく。


『了解!後は任せて!まだ安心はできないけど、なにかあれば情報を役立てるからね!』

「頼んだよ」

『また連絡するかも!』

「いつでも待ってる」


 リスティアを含め、王族、騎士や暗部、衛兵から冒険者に至るまで大忙しだろう。当然だけど、ボクは自分にできることしかできない。今日はどうにかラードンの被害を抑えることができただけ。

 古代種ドラゴンの知識を得られて、亀の獣人やファルコさんと縁を深めた有意義な1日だった。



 ★



 その日の夜中。


 カネルラ王城の会議室に国王ナイデルの姿があった。忙しく情報収集等に努める者達からの報告を迅速に受け、そして素早く指示を出すために宰相のカザーブとひたすら待機している。


 そんな中、アグレオから報告が。


「王都付近からアマン川を遡上し、1時間ほど進んだ場所で川に浮かぶラードンの骸を発見するに至りました」

「詳細を説明しろ」


 アグレオから説明を聞く。


「以上が現在判明している情報です」

「うむ。明朝、速やかにドラゴンが撃墜された事実のみを国民に知らせよ。そして、まだ警戒は解かぬようにと。引き続き骸の回収を頼む」

「かしこまりました」


 アグレオは足早に退室した。


「ふぅ…」


 まさにリスティアの言った通り…。疑ってはいなかったが驚かされる。


「国王様。何事が生起したのでしょう?」


 隣に座るカザーブが理解できぬのも無理はない。事情を伝えていないのだから。だが、此度ばかりは伝えねばなるまい。カネルラを支える宰相は信用に足る男。


「カザーブ。この先は口外無用の話となる」

「かしこまりました」

「動物の森にてドラゴンを討伐したのはサバトだ」

「なんと…。あの灼熱の魔導師でございますか…」

「そうだ。動物の森に出現した場合に限り、サバトが対処に臨むとの情報は得ていた」

「たった1人で凶悪な魔物を…。彼の者はなんという魔導師ですか…」

「1人ではない。数名による討伐だ」


 友人の協力を得て討伐したとリスティアから報告を受けた。さすがにサバトといえど、ドラゴンを単独で討伐するのは困難であったのだろう。 数名のエルフによる討伐であると予想できる。魔法だけでなく弓術にも優れた種族だ。


 ラードンを討伐したサバトは、リスティアに「今後の対応に役立ててほしい」と伝え、いかなる方法か不明だがアマン川に亡骸を流したという。

 下流に王都が所在することを見越しての行動。捜索を命じたアグレオの報告によると、数十名でないと運ぶのが困難であるほどの巨体であったという。

 亡骸はラードンを討伐したという確たる証拠であり、国民への説明材料になる。たとえ討伐が事実であったとしても、証拠がなければ直ぐに安心と信用を得られないであろう。国中に警報を伝達した王族を助ける行為。

 後世に残すべき希少な研究材料でもあり、カネルラにとって非常に意味のある行動をサバトは親友であるリスティアのために行った。なんの見返りも求めずに…だ。


「此度の件について、公表はどうなさるおつもりで?」

「サバトによる討伐であることは公表できない事情がある。すまんが、其方の知恵を貸してくれ」

「お望みとあれば」


 追求することすらない優秀な宰相。カネルラを愛する生き字引は理解と懐が深い。


「何者の仕業であるか不明であると仮定した場合、冒険者による討伐である可能性が高いと考えます」

「その通りだな」


 騎士団や宮廷魔導師も動かしているが、討伐していない事実は直ぐに判明する。


「ドラゴンの状態を確認したならば、どのような手練れの仕業であるかは直ぐに判明することかと。魔法による攻撃で死に至ったと限定されたなら、魔導師による討伐だと推測されます」

「うむ」

「一概に申し上げることはできませぬ。私も様々な状態を確認した後に、再度意見を申し上げたいと存じます。しばしお時間を頂きたく」

「無理を言ってすまんな」

「難題を解決してこその宰相でございますので」

「そうか。頼りにしている」

「有り難きお言葉」

 

 明日以降、様々な事実が明らかになるだろう。その先は俺の仕事となる。





 短い仮眠を取ったのち、早朝よりボバンの報告を受ける。カザーブはまだ仮眠中。当人は認めぬだろうがもういい歳だ。いつもなら早い就寝であろうに徹夜させてしまった。


「ナイデル様。ラードンの死体を回収し、王都への運搬を完了致しました」


 微塵も疲れを感じさせぬボバンはさすがだ。


「目の利かぬ暗い内からご苦労であった」

「運ぶのに時間がかかりすぎております。足腰の鍛錬が足りなかったようで、騎士としてお恥ずかしい限りです」

「はははっ。そう言うな。騎士の皆は夜通しよくやってくれた。…して、いかなる魔物か?」

「まさにドラゴンと呼ぶに相応しい魔物です。現在、荷台に載せ王城の前にて待機しておりますが、見物人でごった返しております」


 それはそうであろう。


「俺もドラゴンとやらを見たい」

「ご案内致します」


 ボバンと王城の廊下を歩きながら会話する。


「リスティアより、サバトと数名によって討伐したと聞いている」

「サバトに限って嘘はないかと。ですが、私の見解は異なります」

「どういうことだ?」

「おそらく助力した者は多くありません。そして、討伐の大部分をサバトが担っているのです」

「俺にはわからぬことか」


 騎士には怪我などの異状はなかったとの報告を受けながら、久しぶりに王城の門を潜る。リスティアはいつも外出したいと不満げだが、王城を出るのは俺の方が久しぶりだ。軽々しく国王が出歩くワケにはいかぬ。物語のように自由奔放な国王などいるはずもない。


 王城の外に人だかりが見えた。ざわつく声に近づき、けれど遠目に眺める。


「巨大な魔物だ…」


 遠目にもわかるラードンの巨大な躯。金色に輝く鱗は1枚が盾のような大きさ。


「あっ!国王様だよ!」

「ホントだ!」


 俺の姿に湧き上がる国民。手を挙げて応えると、呼応するように声を上げてくれる。


「こくおうさま!このまもの、おっきいよ!」


 男児が駆け寄って下から声をかけてきた。しゃがんで頭を撫でる。


「うむ。大きいな。外で見かけたら、直ぐに逃げて大人を呼ぶのだぞ」

「うん!」


 可愛くて仕方ない年頃だ。


「すまぬが、前を少し空けてくれぬか」


 皆が避けて道を作ってくれる。


「助かる」

「国王様!やっぱりドラゴンが来てたんだね!」

「どうやらそのようだ」

「気をつけてたよ!教えてくれてありがとう」

「何事もなくよかった。だが、まだ油断せぬよう」


 国民の笑顔はやはりいい。これ以上に望むことはない。1人1人に応えながら前に進むと、荷台に横たわるラードンの姿。


「なんという迫力だ…。畏怖されるのは必然か…」

「私も初めて目に致しましたが、凄まじい魔物で間違いありません」

「闘ってみたかったか?」

「立ち会えばかなりの脅威であったと推測します。興味本位で闘う魔物ではありません。カネルラを守りながらとなれば、より討伐は困難です」

「そうだな。闇雲に突進できるはずもない」


 巨大な体躯と体長の倍はあろうかという翼。高速で飛行し業火を撒き散らすと云われている恐怖の権化。国民を守りつつ倒すとなれば一筋縄ではいかぬ。


「国王様!一体、誰が討伐したんですか!?」

「冒険者かな!」

「騎士団じゃないの?」

「きっと宮廷魔導師や暗部も出たんじゃないか?」


 様々な声が飛ぶ。気にするなという方が無理だな。


「現在調査中なのだ。判明次第、追って伝えることになるであろう。おそらくかなりの強者であろうな」

「ですよね!」

「こんな大きい魔物を倒すなんて凄いです!」

「【蒼い閃光】かな!アルビニさんだよきっと!」

「いや!ナッシュもあり得るぞ!」

「アイリスさんだったらいいなぁ~。格好よすぎる~!」


 王都はしばらくドラゴンの話題で持ちきりになるやもしれん。納めるのは難題だが……妙案を頼むぞ、カザーブ。



 その後もラードン討伐の対応に追われ、昼食によって一息つく。


「リスティア。食後に少し話したい」

「わかった」

「ストリアル。アグレオ。お前達は今より仮眠をとれ」

「まだ脅威が去ったとは言えず、そんな状況ではありません」

「兄上に同じく」

「これは命令だ。連日の対処になることを見越しての休息。そして、俺が倒れたらお前達が協力して指揮を執れ。今は身体を休めるとき。俺も休むべき時は休む」

「ですが…」

「ストリアル様。陛下のお言葉に甘えましょう」

「アグレオ様も、私とお部屋へ」


 さすがはウィリナとレイ。拠り所として頼もしい限りだ。ストリアルもアグレオもよくやっている。まだ動けるだろうが、状況が落ち着いているときに回復することは重要。俺は頭だけ疲れているが、2人は陣頭指揮も執っているのだ。苦労はよく知っている。短い期間だったが若かりし頃の俺自身もそうだったのだから。


「ナイデル様。ごゆるりと」

「あぁ。後で行く」


 ルイーナも部屋へと戻り、リスティアと2人きりになった。


「お父様は大丈夫?」

「まだ一晩だ。この程度で倒れはしない」

「ダメだと判断したら殴ってでも止めるからね。私は優しいお兄様達とは違うよ」

「娘に殴られるワケにはいかんな」


 過激なことを言う娘だが、さすがに負けはしない。俺を想っての言葉だとわかる。


「聞きたいことがあるの?」

「識者会議での報告を聞いていただろう」

「もちろん。ちゃんと聞いてた」

「魔物の専門家によると、あのラードンは希少種。上位に君臨する存在だと言った」

「そうみたいだね」


 通常、ラードンは漆黒または紫紺の鱗を纏っているが、稀に金色の鱗を持つラードンが存在する。希少種と呼ばれ、力の強大さは比べものにならぬと。


「今度ばかりはサバトの存在を秘匿するのは困難だ。国民に説明ができない」


 まずもって一介の冒険者パーティーが討伐できる存在ではないという。騎士団のような組織か複数の上位パーティーで挑み、甚大な被害を受けての討伐になると専門家は述べた。被害なく討伐できるのは、この世に存在しない勇者パーティーだけであろうと。

 

「俺はもはや公表すべきだと考えている」


 騎士団も冒険者も討伐していないとなれば、やがてサバトにも白羽の矢が立つ。時間の問題だ。


「どっちでも同じなの」

「公表しようと、そうでなかろうと同じだと言うのか」

「そう。ドラゴンの希少種を魔導師が倒したと聞いても普通信じない。いくらサバトでも同じこと」

「だが、幻想を抱かせる魔導師だ」


 既に『サバトなら』と考えている者もいるに違いない。


「そうだとしてもまだ早いと思う。サバトを巻き込む派手な論争を起こすつもりはない。今回も人里を救ってくれた恩人が嫌がることをしたくないの」

「それはお前の我が儘だ。我々は知っていながら国民に嘘の情報を流すことになるのだぞ。誰が望むというのだ」

 

 里を守ったとリスティアは言うが、俺の知る限り動物の森に人里はない。だが、それは信じる。俺も秘匿したいと考えていた。だが、専門家の見解を聞き方向変換を余儀なくされた。あまりにも話が大きく膨らむ予感。

 ラードンの検証を行った結果、逆鱗への一撃が致命傷になったと推測された。そして、おそらく剣や槍のようなもので突かれたことによる絶命だと。


 かなりの硬度を誇る鱗を見事に貫いていることから、トドメを指したのは武器攻撃で、まず魔法ではあり得ないとの見解。だが、実際は魔法による攻撃で倒しているだろう。

 ラードンの骸には、致命傷以外にも不思議な傷が多数確認されたという。何箇所も不自然に抉られたような傷を初め、全身を網目状に走る鞭で打たれたような傷。根元だけが綺麗に回復していた千切れた首。その全てが回復していた。

 謎だらけだと興奮していた専門家に、研究を続けるよう命じた。やがて真実に近づくことになるであろう。誰かが討伐したと申し出ない限り。サバトに行き着くのは既定路線。騎士団や宮廷魔導師に虚偽の報告を行わせるワケにもいかぬ。


 俺は、国民に問われたとき心苦しさを感じた。身の回りを騒がせ、真実を知るのに「知らぬ」と答えるのは裏切りに他ならない。もはや隠すべきではない。

 住み家を公表するワケでも、褒章を授与するワケでもなく、サバトが討伐したという事実を伝えるだけだ。大きな影響はない。


「お父様にサバトのことを伝えたのは間違いだった。好きにすればいいよ」

「なんだと…?」


 俺を見つめ平然と言い放つ。


「言ってることは理解できるし、どこまでも清廉に生きればいい。私に言わせれば、公表したいのがお父様の我が儘。自分が嘘を吐きたくないっていうね」


 リスティアは椅子から降りる。


「たとえ嘘を吐くことになっても、皆にとって最善な方法を考えることにする。サバトだってカネルラ国民の1人だから。お父様は他の皆のことを考えてあげて」

「このままでは、やがて国民に畏怖される存在になるぞ」

「崇められるより遙かにいい。カネルラの守り神のように祭り上げるつもりなの?」

「そんなつもりはない」

「お父様はなにもわかってない」

 

 俺を見ることなく部屋を出て行った。







 瞼を開くとぼんやり寝室の天井が見えた。話しながら眠ってしまっていたか…。


「お目覚めですか?」


 ベッドにそっと腰掛けたルイーナが語りかけてきた。


「どのくらい寝ていた…?」

「2時間ほどでしょうか」

「なにか…動きは?」

「ありません」


 ルイーナといると、いい意味で気が緩んでしまう。サバトに関する事項において、ルイーナは最も頼りにしている相談役。俺もリスティアも双方が納得する範囲でサバトに関する意見をくれる。


「ルイーナ」

「はい」

「俺は、サバトがラードンを討伐したと公表するつもりだ」

「そうなのですね」

「リスティアには、国民に嘘を吐きたくないという俺の我が儘だと断じられた」

「気にせず思うようになさればよろしいかと」


 ふわりと微笑むだけ。


「賛成するというのか?」

「この国にとって最善へと向かう舵を切られると信じております」

「リスティアは俺を許さぬだろう」

「たとえリスティアがカネルラに反旗を翻したとしても、ナイデル様は国王であり確固たる信念がおありです。ならば熟考して選択するだけではありませんか?私はナイデル様から教えて頂きました」


 ルイーナは……俺を選ぶということか。


「サバトに過干渉することは、カネルラにとって大きな損失に繋がりかねないのはわかっているのだ」

「はい。その通りかと」

「ふぅ…。由々しき問題だ」

「それほどに悩まれるのは珍しいことでは?」

「あぁ。悩ましい」


 ルイーナは俺の手に自分の手を重ねる。


「答えを急ぐ必要はないと思っております。国民もサバトも、この大らかなカネルラに住んでいるのです。幾何かの猶予を与えられるかと」


 優しく微笑む愛妻には敵わない。


「そうだな…。国民を振り回してしまったことで、少々冷静さを欠いていたかもしれん」

「適切な対処であったと思います」

「俺はサバトのことを甘く見ていた。どうしても常識で括り、実力を低く見積もってしまう。ゆえに焦ったのもある」

「致し方ないことかと」

「討伐について公表し、周囲が騒いだとして問題があると思うか?」

「多くの者が所在を探り始めるとすれば、確実に彼を刺激します。私の知る限り、サバトは静かに守り続けている場所があるのです」

「動物の森だな」


 さすがにそれしか考えられぬ。ルイーナも頷いた。


「私の懸念は、カネルラ国民ではなく他国民です。カネルラ国民が動物の森に害をなすことはないと考えますが、他国民にとっては気にならないでしょう。情報を流し、森を荒らし騒がせている元凶が王族であると判断したなら、リスティアを除いて敵対すると思われます。あの子は懸念しているはずです」


 協力者のように思えるが、あくまで親友であるリスティア限定であって、王族に牙を向けるのは容易い。娘の気遣いに気付かぬ俺は、なにもわかっていない…か。


「リスティアは、王族が危機にさらされないよう立ち回っているのだな」

「お伝えしておりませんでしたが、サバトは「国王であっても命令される筋合いはない」とハッキリ申しました。なによりも自分の意志で行動するのです」

「そうか。よくわかった」


 まだ早計だ。しばし様子を見るとしよう。


「過去の国王達は…いかにしてサバトと向き合ってきたのだろうな」


 歴代の国王に想いを馳せる。サバトが俺の代になって突然現れたとは思えん。フレイですら200歳に近いと聞いた。そんな男を圧倒するのだからもっと年齢を重ねているであろう。

 リスティアと偶然出会ったことで知られることになったのかもしれんが、古くからカネルラに影響を及ぼしていた可能性はある。重要な事項は次世代に受け継がれるのだが、サバトについて父上の口から聞いたことはない。もしや……口止めされていた…?考えにくいと思うが…なくはない。


 ルイーナはなにも言わず困ったような顔をするだけ。なにか知っているようだが今は聞くまい。


 リスティアと話し合うのが最優先事項。おそらく出てもいないヘソを曲げているはずだ。

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