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モフモフの魔導師  作者: 鶴源
571/715

571 マッドマジシャン

 ラードンは上空から絶え間なく炎の雨を降らせる。


 ことごとく受け止めたり跳ね返すも、状況は変わらず。意地になっているのかラードンに移動する気配はない。

 それ自体は好都合。逃亡されるとファルコさんに負担をかけてしまう。ただ、里が標的にされないよう場所を変えたいのが本音。


「ガァァァッ!」


 無作為に火炎や火球を吐くラードン。遠隔発動で延々と炎を受け止め続ける。このままでは埒があかない。どうにか状況を打開したいけど、どうするか。


「ウォルト!里の者は遠くへ避難した!」

「ありがとうございます。オニールさんも避難してください」

「わかった!」


 多少は無茶ができる。ラードンの攻撃が落ち着くのを見計らって片膝をつき、地面に手を翳して魔力を送り込む。


鼈甲(プラージュ)


 里一帯を包む魔法陣を発現させ、結界を張るように亀甲状に障壁を展開して里を中に収めた。

 無数の鱗を貼り合わせたような形状で、あらゆる魔法を逸らし、反射させて対象を保護する。ラードンの炎による里の建物への被害は防げる。考案した獣人の魔法。


「ファルコさん。一気に決着させたいと思います。手伝ってもらえますか」

「無論だ」


 背後から掴んで飛んでもらい、ラードンと同じ高度まで上昇してもらう。


「魔法に身体が慣れてきたぞ。まだ保つのか?」

「数時間はいけます」

「おかげで体力も節約できている。遠慮せずになんでも言ってくれ」

「ありがとうございます」


 さて、まずこの魔法が通用するだろうか。


「…ギィアァァッ!!」


 突然、ラードンが切り刻まれる。


「なんだっ?!なにが起こった?!」

「魔法で攻撃しました」

 

 暗部の術『雲糸』から発想を得た『蜘蛛糸(ダレニエ)』という魔法。『細斬』と『捕縛』を掛け合わせ、極細で『隠蔽』した魔力の糸を網状に放射する。手は翳さず、カケヤさんのように自然体で放った。


「まったく視えなかった…」

「視認できないように発動しています。躱されなかったということは、どうやらラードンは魔法を視覚でも捉えているようです」


 しかし、見た目通りかなりの硬度を誇る鱗だ。バラバラに切断するつもりで放ったけれど、肉に食い込む程度まで威力が殺された。


 次はこの魔法だ。


「ガアァッ…!」


 食い込んだ魔力の糸に『雷撃』を伝わせる。肉に直接打ち込めばさすがに効くだろう。ラードンは飛び立とうとする仕草。


「逃げられてしまうぞ!」

「逃がしません。力を抜いて奴に動きを合わせて下さい」

「どういう意味だ?うおぉぉっ?!」

 

 ラードンの動きに合わせてボクらの身体も引っ張られる。『蜘蛛糸』には、肉を切り裂くほどの鋭さの他に、その名の通り柔らかく強固な粘着性を持たせた。未だラードンに纏わり付いていて、どこまで逃げてもボクが魔力を解除しない限り付いていける。


 鱗で切られようと、魔力で引き千切られようと微かに繋がっていれば再生できる。


「ガアァァァッ!」


 ラードンは直ぐに進行方向を上空に切り替えた。賢さゆえに横の移動は意味がないと気付いたか。ボクらを地表に叩き落とす気かもしれない。


「フゥゥ…」


 そうはさせない。お前が地に墜ちろ。


『爆発』

「グギャァァッ!」


 糸に魔力を伝導させ、ラードンの体表面で無数の爆発を起こす。


「ガァァァッ!ギィィッ!」


 それでも大したダメージを与えられない。凄まじい耐久力だ。さすがはドラゴン。本当に…面白い。魔力をさらに研ぎ澄まし再び放つ。


『爆発』

「グギャァァッ!」


 さっきの数倍の爆発を起こし、翼にも数箇所穴が空いた。それでも墜ちない。動きは止まったけど、直ぐに再生を始めて時間を稼ぐように遠距離から反撃してくる。


「ギィィァァァ!」

「くっ…」


 魔力を含んだ竜の咆哮は耳に響く。当然『魔法障壁』で防いだ。


「ファルコさん。大丈夫ですか?」

「なんとかな…。凄まじい咆哮だ。俺だけなら退避してる」


 勇敢なファルコさんが気圧される迫力。あまり浴びるのはよくない。次は、『爆発』と闇魔法の魔力を複合させる。

 

黒星浸食(ダークバレット)

「グギャァァッ!」


 ラードンのあらゆる部位が細かい『黒空間』で抉られた。魔力を糸に伝導できれば、発動場所の調整が必要ない。発動のタイミングと魔力の複合が困難であるだけ。集中的に首を狙ったのが功を奏して、真ん中の首が根元からもげた。

 残る頭部は2つ。頭部が再生する様子はない。闇魔法の効果かもしれないけれど、再生しないのなら倒せる。これほど魔法耐性に優れる魔物を他に知らない。冷静さを必要とする魔法戦と違って、血が沸き肉躍るような感覚。


 ボクの魔法が…この魔物にどこまで通用するのか試してみたい。


『操弾』


 とにかく魔法を撃ち込む。抵抗されても、さらに魔力の出力を上げて数を叩き込み防戦一方に追い込む。途中からは、属性を付与して変化させつつ徹底的に攻撃してどう対処するのか観察。


「ガァァァ…!グアァァッ!」


 肉体が再生するのなら、上回る速度と威力で魔法を叩き込んで削ればいい。単純でわかりやすい理屈。ただ、耐久性が並外れてる。倒すより先にボクの魔力が枯渇してしまいそうだ。


 ……ん?


 観察して気付いた。残されたラードンの頭部、顎の辺りに微かに色が違って形も違う鱗がある。その部分だけが逆さまに張り付いているかのようで目立つ。おそらく、触れると竜が激怒して人を食い殺すといわれる【逆鱗】と呼ばれる部位だろうか。


 触れると激怒する。すなわち…。


「ファルコさん。奴に接近してもらえますか?」

「どの程度までだ?」

「可能な限りです。懐に入るのが理想ですが、無理なら可能な近さまでで構いません。ただ、少し待って下さい」

「わかった。任せろ」


 付かず離れず飛行しながら魔法で攻防を繰り広げる。こうしてる間にもラードンの傷は着々と塞がっている。闇魔法を受けると、再生はできなくとも傷は塞げるようだ。けれど、どうやら奥の手はない。かなり疲労している。


「接近をお願いします。反撃は全て跳ね返すので」

「わかった。全力で飛ぶ!」


 一息で加速するファルコさん。身体強化しているとはいえ凄まじいスピード。対するラードンの動きは鈍い。反撃を受けることなく懐に入り込んだ。


「ココでいいか?」

「はい。充分すぎます」


 魔力を練り上げて集中は済んでいる。残された2つの逆鱗に向けて両手をそれぞれ翳し、『貫通』を融合して研ぎ澄ました魔法を放つ。


『氷槍』


 氷の槍が2つの逆鱗を同時に貫いた。


「ギィ…アァァァァッ!」


 逆鱗に触れられたくないのなら、おそらく弱点だという予想。尻尾を振り回し、羽ばたいてボクらを墜とそうしてくるけど、ただの悪あがきだ。『強化盾』と『魔法障壁』で冷静に防ぎきる。

 やがて羽ばたくのをやめ、落下を始めたラードンは森の木をなぎ倒しながら地に墜ちた。


「倒せたか…?」

「確認してみます」


 ファルコさんと確認に向かうと、息絶えている。見開いた目は光を失い、ピクリとも動かない。


「どうにか倒せたみたいです。無茶なお願いばかりしてすみません」

「ふっ。気にするな。友人だろう」


 平然として渋いなぁ。肝が据わってる。今回もファルコさんがいてくれたおかげで対処できた。空を飛ばれてはどうしようもない。この人には恩ばかり増えるなぁ。


「そんなことより、亀の獣人達に伝えに行くか。不安に違いない」

「はい」


 里に戻り、オニールさん達に呼びかけると恐る恐る姿を見せてくれた。


「ウォルト!やったな!俺は驚いたぞ!」

「迷惑をかけてすみません。住み家の近くで迎撃しようとしたら逃げられてしまって」

「逆だ!あんなのに襲われたらひとたまりもない!里を救ってくれてありがとうな!鳥のアンタも!」

「大袈裟です」

「気にするな。ウォルトのおかげだ」

「とにかく、せっかく来たんだからゆっくりしていけ!」

「いえ。申し訳ないですよ」

「いいから!もてなす!」


 オニールさんに押し切られてちょっとした宴会が始まった。生食を愛する亀の獣人だけど、最近では調理した魚も食べるようになったらしく、それならばと料理を作らせてもらう。

 採れたて野菜をふんだんに使った大葉の包み焼きと、ケローネの鍋を使った煮魚にしてみよう。調味料は里独自のモノを使わせてもらう。慣れ親しんだ味が間違いない。


「こりゃうまいっ!身がホロッとしていい!」

「ちょっとの手間でさらに美味しくなるんだな!」

「おいし~よ~!」


 里の皆を急に驚かせてしまったから、ゆっくり食べて落ち着いてもらいたい。


「しっかし、魔法を使える獣人がいてウォルトなのは納得できる!」

「そうだろう。俺もそう思う。ウォルトには俺達の里も救ってもらった」

「そうなのか!?やっぱりやる男だなぁ~」


 オニールさんとファルコさんが並んで焼き魚を食べている。普段交流しないであろう種族が同じ釜の飯を食べる姿はいいな。


「ウォルト。里の皆に魔法を見せたらどうだ?」

「なぜですか?」

「里がドラゴンに攻撃されたのはお前のせいじゃないが、多少でも心苦しさを感じているならそれで礼になる。鳥の獣人の里では好評だった。きっと喜んでもらえるだろう」

「見たいな!」


 う~む…。ファルコさんには敵わない。開けっ広げに魔法を使ってしまったから隠すのも今さらだし、やらせてもらおうか。


「では、いつも食材を頂いているお礼も兼ねて、つまらない魔法ですが楽しんでもらえると嬉しいです」



 ★



 ウォルトの魔法披露を目にしながらファルコは微笑む。


 俺の予想通り、ウォルトの魔法に魅入って亀の獣人達は匙が止まってしまった。


「すごいな!」

「魔法ってこんなことができるの!?」

「かっこいい!」

 

 何度見ても見事な魔法だ。人を楽しませることに関して、ウォルトの右に出る者などこの世に存在するのか?炎、水、氷、雷、なんでもござれ。見たことも聞いたこともない現象を軽々と作り出し、どんな者でも驚かずにはいられない。柔らかく語りながら想像もしない魔法を繰り出す。この男の魔法は絶対に稀有なモノで間違いない。

 

 一通り楽しませた後は、巨大な魔法の亀が子供達を甲羅に乗せて里を練り歩く。


「おおがめ!つよいぞ!」

「いっけぇ~!」

「どらごんをたおせっ!まけるなっ!」


 理屈などわかりようもないが、魔法の亀は同じくウォルトが生み出した魔法の竜と闘いを繰り広げる。口から炎を吐いたり、氷を出したりと化け物じみていても、子供達にとっては格好いいらしい。

 確かに鳥が同じことをすれば、俺も興奮するな。獣人だけに同じ獣人を理解している。披露しながら常に笑顔で、本当に子供好きな奴だ。隣で魔法を見つめるオニールは呆けた表情。


「おい、ファルコ…。ウォルトって凄い魔法使いなのか…?」

「そうだ。鳥の獣人の里でも驚くような魔法を見せた。だが、本人は大したことないと言っている」

「絶対に違うだろ。空飛ぶでっかい魔物も倒すような魔法使いだぞ」

「お前も知ってるだろうが、獣人に魔法使いはいない。目立つのを嫌うウォルトは、誰にも言わずに森で静かに暮らしてる。そして、今日のように誰かのタメに魔法を使っている。そっとしてやってくれ」

「目立ちたい奴ばかりの獣人なのに…なんてイカした男だ!やっぱりケローネを渡したのは間違いじゃなかったな!俺が認めただけのことはある!」

「オニール。1つ教えておくが」

「なんだ?」

「ウォルトが帰った後、里は大変なことになるぞ。覚悟しておけ」

「どういう意味だ?」

「ふっ。すぐにわかるさ」

 

 目を輝かせている子供達が一斉に騒ぎ出すのだから。



 ★



 魔法披露を終えたウォルトが里の皆に魔法のことを内緒にしてもらいたい旨を伝えると、快く了承してくれた。


 理解ある人ばかりで有り難い。たとえ情報が漏れたとしても気持ちが嬉しいんだ。その後、里の皆とラードンの骸をどうするか考える。


「素材として売ればいい値が付く。マンティコアはそうだった。里の復興に充ててな」

「俺達はなにもしてない。里に被害もなかったしな。売るならウォルトとお前だ」

「俺はいらない」


 ファルコさんとオニールさんの話だと、特に必要なさそうかな。


「ウォルト。お前はいらないのか?」

「牙や爪と、鱗をもらいたいです。素材として使えそうなので」

「ならば、それ以外は邪魔になるな」

「放置しては魔物や獣を寄せかねないので、ボクが魔法で処分します」


 まてよ…。


「皆さん。ちょっとだけ手伝って頂けますか?」

「任せろ」


 ファルコさんや里の獣人に手伝ってもらって作業を終える。ラードンの亡骸はこれでいいとして…あとは…。


『大樹の海』

「おおっ!」


 ラードンがなぎ倒した木を治療したり、新たな木を生やして森も元通り。教えてくれたキャミィのおかげ。


「本当に大したものだ」

「ウォルト、お前は凄い魔法使いだよ!」

「森は大切ですから」


 やることを終えて、亀の獣人達に見送られながらファルコさんと飛び立つ。


「ウォルト!またな!」

「はい。また」

「ファルコも遊びに来いよ!」

「あぁ。機会があればまた来る」


 再会を約束して、互いに手を振りながら笑顔で別れた。空を飛ぶのは最高に気持ちいい。


「お前は疲れてないのか?」

「今日は疲れました。かなり魔法を使ったので」

「さすがに空っぽか?」

「いえ。3割くらいは残ってます」

「そうか。研究熱心なのもほどほどにしたほうがいいぞ」

「どういう意味ですか?」

「本当はもっと早く倒せたろう」

「思わぬ反撃を受けて戦闘不能になるワケにはいかないので、慎重にいきたいんです。特性を理解したので、次に遭遇したらもっと上手く立ち回れると思います」

「ふっ。なるほどな」


 住み家まで送ってもらってお礼を伝える。


「今回もお世話になりました。ボクの力が必要な時は、いつでも言って下さい。できる限り協力します」

「その時は頼む。だが、俺の方こそいい経験をした。ドラゴンと闘ったのもそうだが、『身体強化』のおかげでもっと強く速く飛びたいと思った。こんな気持ちになれたはお前のおかげだ」


 笑みを浮かべたファルコさんは、颯爽と飛び去った。飛行する姿もやっぱり格好いい。

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