570 ドラゴン襲来
カネルラ王城にて。
「以上が御報告となります」
「あいわかった。引き続き情報収集に努めてくれ」
「かしこまりました」
識者会議中に、至急の報告を受けた国王ナイデル。しばし円卓はざわつく。
「国王様。事実であれば速やかに手を打つ必要が御座います」
宰相のカザーブが難しい顔をした。
「うむ。大きな被害が出る前に食い止めねばならん」
「父上。各地の冒険者ギルドに伝達と確認の要請を行います」
「ストリアル。はやるな。しばし待て」
「はっ」
早計は悪手を生む可能性がある。だが、ストリアルの言う通り冒険者に依頼するのが最も合理的な案件。迅速な判断であると思う。
「父上。騎士団も動員可能です」
「情報のみ伝えよ。まずはボバンとダナンだけでも構わぬ」
「わかりました。直ぐに」
アグレオは立ち上がり退室した。
「カザーブ。カネルラでも過去に事例があったと記憶しているが」
「その通りでございます。事実であれば、出現は2例目となります。古代種としても、今年鳥の獣人の里に出現したマンティコア以来となります。しかし…竜種とは…」
強大な力を持ち、数々の国に甚大な被害を及ぼす最凶の古代種。それがドラゴン。古代種と呼ばれる魔物の中でも、遭遇時の危険度が非常に高く、巨大な体躯を誇る竜は一夜にして大都市を壊滅させた逸話もある。世界の極地に巣が存在するという噂だが真偽は定かではない。
「様々な種類が存在する竜種にあって、今回はいかなる種類か」
報告によると、かなり遠くに視認できた程度だという。ドラゴンであるとは断言できないが、大きな翼を広げた姿は間違いなく鳥の類ではなく魔物であったと。
「父上。やはり冒険者に依頼するべきではないでしょうか」
ストリアルの声で我に返る。
「発見されたのは南部だと言ったな?」
「オン岳に登山していて確認したと」
「発見時は速やかな報告を求む…とカネルラ全域に伝達せよ。人員の退避も含め、各地の冒険者に協力を仰げ。宮廷魔導師にも準備を怠るなと伝えよ。出番があるやもしれん」
「かしこまりました」
「脅威が不明なうえに、確定ではない事象で民衆を刺激すると混乱に陥る可能性がある。憶測を交えず現状のみを伝えろ」
頷いてストリアルは退室した。それぞれ識者達にも指示を出し、会議は中断して解散とした。会議場に残されたのは俺1人。
既に噂は広がっているかもしれんが、事が事だけに慎重に動く必要もある。先を見越しておかねば。さて、今後について検討せね…。
「よっと!」
「おぉぅっ!?」
急に声がして、リスティアが椅子から飛び降りた。顔も見えず、ずっと黙っていたから気付かなかった。完全に気配を消していたな…。なにも言わずに出て行こうとする。
「リスティア。どこへ行く?」
「私もできることをやろうと思って」
なに…?リスティアにできること…。
「まさか…サバトに伝える気か?」
「そうだけど、ダメ?」
堂々と答えるものだ。
「問題はない…が、確約もない情報を伝えてどうする」
「南部ということは、動物の森に現れる可能性もある。サバトに伝えるのは意味があることなの」
「遭遇すればドラゴンに対処するというのか?」
「わからない…と言いたいけど、森に現れたらそうなる可能性は高いかな」
「一体、どんな返礼をすればサバトが引き受けるというのだ?」
見返りもなしに面倒事を引き受けるとは思えん。エルフであろうとなかろうと、人は報酬を欲しがる。里が襲撃されたのなら話は別だろうが。
「私は何度かサバトにお返ししてるけど、勝手にやってるだけ。見返りを求められたことなんて一度もない。返礼なんかより、サバトには守りたい場所があるから動くの。可能性を伝えておけば助けになるかもしれない。情報ももらえるかも」
「動物の森…ということだな」
「お父様がお礼をしたいなら、なにが起こっても静かにしておくことかな」
「騒ぎ立てるな、そして周囲を騒がせるなということか」
「そういうこと!さすがお父様!あと、モノはダメだからね!厳選しないともらってもくれない!」
笑顔で走り去るリスティア。少しずつだが、サバトのことを教える気はあるようだな。最後までこの場に残っていたのは、俺に許可を取る意味もあったのだろう。
それにしても、どうやってサバトに連絡しているのかが謎だが、いまや城内には協力者ばかり。考えるだけ無駄か。
サバトがドラゴンに遭遇したとて、単独で討伐できはしないだろう。それほど強大な魔物だ。出現したとすれば、猫の手も借りたい状況に陥る可能性が高い。協力者は1人でも多いに越したことはない。
★
住み家で昼ご飯の支度をしていたウォルトは、リスティアから連絡を受ける。
古代種のドラゴンがカネルラに飛来した可能性があるらしい。目撃されたのはオン岳。カネルラ南部だ。
「動物の森に来る可能性もあるね」
『そう思って連絡したの。興味あるでしょ』
「もの凄くある」
古代種のように見たこともない魔物に遭うと、驚きとともに遭遇できたこと自体が幸運だと思う。危険だとわかっていても、未知の生物に心躍るのはおかしなことだろうか。
『ウォルトは古代種に遭遇したことある?』
「サーベルタイガーとマンティコアだけだね」
『マンティコア?もしかして、鳥の獣人の里に現れたっていう?』
「そうだよ。よく知ってるね」
『珍しい事象は報告がくるの。次に出現したときの対応もあるから』
「それはそうか。闘ったから特徴は教えてあげられるけど」
『今度ゆっくり教えて!もし、ドラゴンについて情報があったら教えてね!』
「その時は直ぐに連絡する」
魔伝送器を切ってしばし思案する。ドラゴンといえば、誰もが知る最高クラスの危険度を誇る魔物。伝説級の生き物と言っても過言じゃない。ボクも文献程度の知識はある。
西洋と東洋では姿形の伝承が異なる不思議な魔物。西洋では巨大な翼を持つ蜥蜴のようで、東洋では大蛇のような姿。世界各地で違うのかもしれない。
カネルラでは、遙か昔に一度だけ目撃されている。その時に飛来したのは西洋のドラゴンだった。冒険者集団によって討伐されたと伝わっている。
ドラゴンは竜種と呼ばれる種族の総称で、その中でも種類によって危険度は異なるらしい。ボクの興味は些細なこと。真実であるのなら、各地に被害がないことを祈る。
「久しいな、ウォルト」
「お久しぶりです」
外で野菜の収穫をしていると、ファルコさんが来てくれた。釣り以外で会うのは久しぶりだ。
「今日も魚を持ってきた。釣れすぎてしまってな」
「羨ましいです」
「ふっ。ゆっくり友人と食ってくれ」
「有り難く頂きます」
ファルコさんは、マンティコアとの遭遇以降こまめに魚を届けてくれる。「魔物討伐のお礼だ」と言ってるけど、好きでやったことなのに大袈裟だ。でも、釣りは下手だし魚が大好物だから有り難く頂いているワケで…。たまにお礼の薬を渡したりしてる。
そうだ。ファルコさんなら知らないかな。
「つかぬことを訊きますが、最近空を飛ぶ魔物を見かけませんでしたか?」
「よく知っているな。仲間が空飛ぶ魔物を見たらしい」
「もしや、ドラゴンですか?」
「名は知らないが、巨大な翼を持つ獰猛そうな魔物だったと聞いた」
「見かけたのは里の近くですか?」
「いや。山だ」
「襲われたりは?」
「してない。かなり離れていたらしい」
「ドラゴンは古代種です。マンティコア以上に危険かもしれません。カネルラに飛来したという情報があるそうなので、気をつけて下さい」
「もし里が危機に陥ったら、また力を貸してくれないか?」
「ボクでよければいつでも」
「簡単に引き受けすぎだ」
「いつもお世話になってるので」
「ふっ。釣りすぎた魚を渡してるだけだぞ」
どれだけ金を持っていようが、食べ物がなければ人は生きていけない。だから、血肉になる食料をもらうと本当に有り難いし恩を感じる。命を未来へ繋げる原動力。死に損ないが言うことじゃないけど。
「これからも魚を届けよう」
「ありがとうございます」
「では、またな」
ファルコさんは翼を広げて一気に飛び立つ。見送ろうと見上げていると、一点を見つめて動きを止めた。
「アレは…なんだ?」
「ファルコさん。なにが見えるんですか?」
「噂をすれば、だ」
噂…?まさか…。
『鷹の目』を詠唱し、魔法で上空を覗くと遠くで優雅に飛行する魔物の姿。この場所からはかなり離れてるけど、辛うじて視認できる。
コウモリのような翼を持つ2足の竜だ。おそらく発見された魔物で間違いない。仮にドラゴンだったとしても、世界で最も目撃例が多いワイバーンを予想していたけど…コイツは違う。
魔物は高速飛行を始め、こっちに向かってくる。
「ファルコさん!ボクを抱えて飛んでくれませんか!」
「むっ!任せろ!」
魔法で体重をなくし、抱えて飛んでもらう。木の上で浮遊するように静止してもらい、ドラゴンの姿を目視で確認した。まだ距離があるけれど、やはり向かってきている。
今の内に連絡しておくべきか。出てくれるといいけど。
「リスティア。動物の森の上空にドラゴンが現れた。断言できないけど、竜種はおそらくラードンだ」
『わかった!ありがとう!』
「今、住み家の方角に向かって飛んできてる。どこへ行く気かわからない。どうにか対処してみる」
竜種の中でも珍しいとされるラードン。呼び方はラードーンとも。ワイバーンのようにコウモリのような翼を持つ2足の竜で複数の頭部が特徴。それ以外は詳しく知らない。この個体は3つの頭部と金色の鱗を纏っているから凄く目立つ。
『気をつけて!』
「ボクは大丈夫。他にもいるかもしれない。リスティアこそ気をつけて」
『急いで国民にも伝える!』
魔伝送器を切る。
「ウォルト。なんだそれは?」
「離れていても話せる魔道具です」
「驚いたが、今はそれどころじゃないな」
「はい」
ラードンの姿が大きくなる。
「ボクを高木の上に運んでもらえませんか?」
「なにをする気だ?」
「ドラゴンの目的は不明ですが、森に被害が出る前に迎撃します。危ないのでファルコさんは里に戻られて下さい」
「そうはいかない。俺も手伝う」
「気持ちは嬉しいんですが、おそらくかなり危険です」
「奴が俺達の里に向かう可能性もある。ならば、共に迎撃したほうが早い。なんでも言ってくれ」
ファルコさんの思考も理解できるし、助かるから好意に甘えよう。なにか起こっても、この人が逃げる時間は稼ぐ。
「接近してきたら魔法を浴びせます。軌道上の空中で待ち、危険だと判断したらギリギリで躱してもらっていいでしょうか」
「わかった」
機動力はファルコさんも負けない。空中で魔力を練り上げて待ち構える。
「コイツは……相当デカいな…」
「大きいですね」
まだ射程距離じゃないのに一目でわかるほどの巨体。マンティコアの比じゃない。それでも、ボクの予想では小型な部類。数十人がかりで討伐する山のように巨大なドラゴンもいるらしい。このラードンはそれほどではない。
飛行経路上で待ち構えていると、うねるように動く3つ首に魔力が集まっていくのが見える。ボクらの存在に気付いたか。
いよいよ魔物は目前。遭遇した中では過去最大の魔物。ビリビリと肌で感じる威圧感。勢いそのままに突っ込んでくる。
「奴を捕縛します。危ないと判断したらボクを投げ捨てて構いません」
「非常時にはそうする」
ラードンに向かって手を翳す。
『捕縛』
狙いを定め、過去最大級の魔力の網を打ち出して捕縛した。
「ガアァァッ!」
絡め取ったと思ったのも束の間、魔力の網を引き千切るように一瞬で振り払われてしまう。けれど、動きは止めた。
『疾風』
風の刃を放ち、命中したけれど金色の鱗には傷1つ付いてない。大した耐久性。逆にボクに向けて大きく口を開いた。
「グガァァァッ!」
3つの頭部から同時に火炎放射。冷静に魔法陣で『反射』してみる。
「「「グアァァッ…!」」」
多少は効いたか。自分の炎に焼かれるのは、初めての経験でもないだろう。魔導師の魔法を知っているはず。
「相変わらず見事な魔法だ」
「躱さなかったですね」
「お前は跳ね返すと思っていた」
背後から支えられて顔が見えないけど、きっと渋く笑っているだろう。ファルコさんは格好いい獣人。
信頼されて嬉しくても、ラードンから目は逸らさない。やはり自然に傷が回復している。治癒と再生能力はマンティコアと同じかそれ以上だな。
『飛燕』
マンティコアの首を落とした魔法をラードンにも繰り出す。巨大な燕が首を狙うも、火炎放射で相殺された。かなりの熱量かつ3つの頭部が別々に全方位を警戒してるのが厄介だ。
ラードンは両翼を大きく広げた。
「ギリャァッ!」
吼えると同時に扇ぐように翼を振り回し、暴風が吹き荒れる。ボクらを吹き飛ばす気か。『強化盾』を展開して防ぎきるも、羽ばたくのを止めず暴風は治まらない。今は『無重力』を纏っているから吹き飛ばされるワケにはいかない。
「コイツは…とんでもない奴だ…」
「そうですね。かなり脅威です」
「次の手はあるのか?」
「いろいろと試してみます」
隙を突くようにラードンは突進してきた。足の鋭い爪がボクらを捉えようと迫る。けれど悪手だ。『強化盾』は魔法を妨げない。
『氷槍』
爪を『強化盾』で弾き返し、最接近したところに氷の槍を放つと足の根元を貫いた。
「ギィアァァッ!」
素早い奴だ。腹を狙ったのに勘付いて躱された。
「まだ終わりじゃないぞ」
『氷塊』
一瞬でラードンの全身を凍り付かせる。炎を操るのなら氷属性には弱いという予想した。
「……ガアァァッ!」
魔力のみで魔法を砕くとはさすが古代種。ほんの少し疲れが見える。
「ギリャァァァッ!」
「くっ…!」
再び翼で暴風を巻き起こしてくる。ほんの少し『強化盾』の展開が遅れて、バランスを大きく崩してしまった。その隙にラードンは高速で移動を始める。
「あっちは…里の方向だ!」
「追いましょう!」
「当然だっ!行くぞっ!」
ドラゴンの存在は、天災と同等に扱われている。凶暴かつ人を喰うと云われていて、そうでなければ都市に現れ壊滅させる理由がない。ただ単に人族が目障りな可能性もあるけど。
ファルコさんが全力で追って、かなりの速さで飛んでいるのに少しずつしか距離が縮まらない。コイツの飛行は相当速い。
「このままなら追いつける…。絶対に里には近づかせん!」
鳥の獣人の里が所在する方角に飛行し、森の奥地へと向かう魔物。足止めするため追跡しながら幾つかの魔法を放つも、上手く躱されてしまう。それでも、無駄な動きをさせることで距離は一気に詰まった。
…と、ラードンは急停止して森を見下ろした。視線の先はボクも知る場所。またも魔力を高めながら急降下を始める。
「ファルコさん!追って下さい!奴は人里を狙っています!」
「なにっ?!」
このままじゃ間に合わないかっ…。
「ファルコさんに魔法を使わせてください」
「なんの魔法だ?」
「一時的に身体能力が上がります。最初は動きにくいかもしれませんが」
「遠慮せずやってくれ」
慣れていないと逆に動き辛くなるから付与しなかったけれど、このままでは間に合わない。
『身体強化』
ファルコさんの飛行速度が上がる。
「うおぉぉっ!?コレはっ…初めての感覚だっ!」
「制御できますか?」
「なんとか…慣れてみせるっ!」
言葉通り一気に加速して接近する。ファルコさんの身体能力は凄い。里の人影が見えてきた。
「奴は無視して地表に先回りをっ!」
「任せろ!」
地表に降り立つと同時にラードンを見上げる。
「ウォ、ウォルト!急にどうしたんだ!」
直ぐに駆け寄ってきたのはオニールさん。縁あって知り合った亀の獣人。ココは以前訪れた亀の獣人の里。
「オニールさん!里の皆を避難させて下さいっ!」
「あの空を飛んでる奴はなんだっ!?」
「あれはドラゴンで、ラードンと呼ばれる魔物です!」
「ド、ドラゴンだと?!……知らないな!」
詳しく説明している暇はない。ラードンは魔力を口に集中させている。さっきの火炎放射と比べものにならない魔力量。ボクも負けじと魔力を練り上げる。
「リャァァァッ!」
咆哮と共に3つ首から放たれる熱線。森を焼き尽さんばかりの広範囲攻撃。巨大な反射魔法陣を3つ同時に展開して弾き返す。角度を調整して反撃したけど躱されてしまった。
「ウォルト!今のはっ?!」
「後で必ず説明します。里を守るタメに今は奴に集中させて下さい」
「…わかった!みんな!危ないから里から離れるぞ!」
オニールさんが里から出るよう促してくれる。
「マンティコアの襲来を思い出す。なんとかこの里を守ってやりたい」
ファルコさんは男気がある獣人だ。強大な魔物を前に、縁もゆかりもない余所の里を心配する必要なんてない。逃げてしまえば終わる話だ。
「ボクもそう思います。この人達にお世話になっているので」
亀の獣人達は、薬を渡した一件以降ファルコさんと同じように食材を分けてくれる。この辺りでしか採れない貴重な植物も。薬の原料として重宝している。
釣りの途中で見掛けたら気軽に声をかけてくれたり、オニールさんがわざわざ届けてくれたりと気遣ってくれる優しい人達。
絶対に魔物の好きなようにはさせない。




