57 成長の証
暇なら読んでみてください。
( ^-^)_旦~
ある日の早朝。
オーレンとアニカはまだ開いたばかりのギルドにいた。
今日もこなせる依頼がないか、張り出された多くの受注票の中から隈なく探す。確実にクエストをこなして初心者から脱却して冒険者ランクをFからEへと上げた俺達は、少しだけど受注できるクエストも増えた。「師匠もいないのに大したもんだ」と他の冒険者からも感心されるけど、実際はウォルトさんが師匠みたいなもの。
ただ、冒険者でもないし変に騒がれたくないはずだから誰にも言ってない。
しばらく掲示板と睨めっこして、1枚の受注票が目に留まる。
「オーレン、このクエスト…」
「あぁ」
書かれていたのは『ムーンリングベアの討伐』だった。受注ランクはCランク以上で4人以上のパーティー推奨と書かれている。アニカと顔を見合わせて苦笑した。
あの時の自分達が幸運だったことに感謝しつつ、再び他のクエストを探す。結局モードドラゴンの討伐を選択した。受注ランクはE。
ドラゴンと名が付くものの実際は大きな蜥蜴のような魔物で、その見た目と火を噴くことからドラゴンの名が付いたと言われている。
納得して受注票を手に取り、俺達は受付へと向かう。
★
モードドラゴンの生息地域は、動物の森でも少しだけ奥地にある。向かう途中でも魔物と遭遇して討伐しながら先へと進む。
1時間ほど歩いたところで地図を開いてみると、どうやらこの辺りで間違いなさそうだ。
「結構遠くまで来たな」
「地図の通りならこの辺りにいるはずだけど…」
「魔物も家に住んでるワケじゃないから。とりあえず警戒しながら探索だ」
「了解」
警戒しながら周囲を探索する。ウォルトさんなら匂いで判別できるだろうけど、人間には無理だ。足を使って探すしかない。
「ウォルトさんの嗅覚を借りたい」
「あの能力って地味に凄いよね」
「この間、俺のことをどのくらいの距離まで判別できるか試したら、30歩以上離れても判別できてた。匂いが強いモノなら倍はイケるらしい」
「いくら獣人でも絶対普通じゃないよね」
「アニカにとってはよくないことかもな」
「なんでよ?」
「汗臭いとかも全部わかるってことだ」
「そんなっ…!私は臭い女っ!?」
「知らんけど、そんなこと気にする人じゃないだろ」
「今後は3回お風呂に入って身を清めてから行くことにする!」
「ふやけるからやめとけ。どうせ行く途中で汗かくから無駄だって」
「むぅ~!」
他愛もない会話をしていると、草むらからガサガサと音がした。身構えた瞬間、モードドラゴンが勢いよく飛び出してくる。
素早く距離をとってアニカが『氷結』を放つ。地を這うようにして躱されたけど、足の一部が凍り付いて動きが鈍った。
「オラァ!」
チャンスを逃さず斬撃が首を狙って両断した。動きを止めた魔物を一瞥して、再度周囲を警戒する。姿は見えないけどなにかが動く音がしてる。姿が見えないまま草むらから炎が噴かれた。
「くぅ…!熱っつ…!」
どうにか躱したけど、腕に火傷を負ってしまう。アニカの『治癒』で痛みは和らぎ、炎が吐かれた場所に向けて魔法を放つ。
『氷結』
ギャッ!と鳴き声が上がって、警戒しながら近づくとモードドラゴンが凍り付いていた。
「よし!凍ってる!」
「じゃあ、やるか」
目配せして、アニカが『氷結』を解除すると同時に魔物の首を刎ねた。
今度こそ周囲に魔物の気配がないことを確認して、討伐を証明するのに必要な部位を剥ぎ取り収納袋に入れる。
「ちょっと焦った。でも今回もやり遂げたな」
「もっと余裕を持てるようにならなきゃね」
帰ろうとして微かに人の声が聞こえた。大声でなにか叫んでるけど、遠くて上手く聞き取れない。ただ、とにかく焦っているような声。
「冒険者か?」
「わからないけど行ってみよう!」
状況は不明だけど、困っているのなら放っておけない。声のする方へ駆け出した。
急いで向かうがなかなか辿り着かない。それでも届く声が少しずつ大きくなってきた。「大丈夫か!」「しっかりしろ!「」と、何人かの焦った声が聞こえる。
「…見えたぞっ!人が倒れてる!」
息を切らしながら声の元に辿り着いた俺達が目にしたのは、傷だらけの冒険者パーティー。そして…冒険者になって最初に闘った強敵であり、鮮明に思い出したばかりの忌まわしい魔物ムーンリングベアだ。
冒険者達はボロボロで、あちこち負傷してる。4人パーティーだけど、気を失っているのか女性が1人倒れていて、残りの3人は必死に彼女を守りながら闘っていた。
俺達は顔を見合わせ頷いて加速した。満足に動けないであろう冒険者に向けてムーンリングベアの爪が振り下ろされた瞬間…立ち塞がって剣で爪を弾く。
「だ、誰だっ…?!」
「早く後ろへ!アニカ、『治癒』を!」
「わかってる!」
魔物に向き合い呼吸を整えながら呟く。
「グルルル…」
「忌まわしいアイツと違うってことはわかってる。けど……今日は勝つ!」
俺達は戦闘を開始した。突然、目の前に現れた俺達に驚いた様子の冒険者達だけど、言われた通り後ろに下がってくれた。アニカの『治癒』を受けて傷が塞がる。
「すまない、助かった。君達は?」
「近くでクエストをこなしてた冒険者です。動けるようになったらアイツの相手は私達に任せて下がって下さい。貴方が皆に使って」
アニカは腰袋から自作の回復薬を取り出して手渡す。受け取った男性が傷付いた仲間達に回復薬を使っていく。
「オーレン!」
魔物に向かってアニカが素早く詠唱の構えをとる。俺は魔物から離れた。
『火炎』
魔物に炎が襲いかかる。
「グルルァ!!」
横に転がって躱されてしまった。
「オラァァ!」
行動を予測していた俺は、魔物が躱した先に向かって駆け出していた。雄叫びとともに放った一撃で魔物の左前足を斬り飛ばす。
「グガァァァア…!ガァァ!!」
魔物は素早く後退り怒りの表情を浮かべる。斬られた傷口から血がボタボタ落ちて地面に血溜まりを作る。
「くそっ!腕だけか!浅かった!」
「グルァァァ!!」
大きな体躯を一旦グッと丸めた。一度闘っているからこそ知ってる。突進してくるつもりだ。
「昔の俺達とは違うぞ!アニカ!」
「わかってる!」
声をかけた直後、魔物はドンッ!と地面を蹴って予想通り突進してきた。
「もう知ってるんだよ」
まだ間合いまで距離はあるけれど、冷静に大きく飛んで躱す。すると、計ったようにアニカが放った『火炎』が魔物に襲いかかる。
アニカも魔物の行動を先読みしていて、俺を隠れ蓑に突進の直線軌道上で迎撃する態勢を整えていた。
最短距離かつ全力で突進してきた魔物は、急に目の前に現れた『火炎』を躱すことができず炎に包まれる。全身が燃え上がり、毛の焼ける匂いが充満した。「グオォォ!」と唸りながら転げ回って、火を消そうとしている。
先に闘っていた冒険者パーティーは、女性冒険者もどうにか意識を取り戻して、顔色は悪いけど命に別状はない様子。
「この若者達は冷静だ…」
「若いのに…連携も素晴らしい」
「一体、ランクはいくつなんだ?」
声には耳を貸さず一切気を抜かない。魔物が悶絶している間に呼吸を整えて、体力の回復に努める。
今のところ上手く闘えてるけど、単純なパワーやスピードは魔物の方が数段上。緊張を切らすワケにはいかない。
思いのほか早く消火に成功した魔物は、全身に火傷を負わされ怒りも最高潮って感じか。「グルルルァ…!」と低い唸り声を上げて睨みつけてくる。
あの時は足が竦んで動けなかった。逃げることしかできなかった。でも今は違う。
「アニカ。大丈夫か?ビビってないだろうな?」
「こっちの台詞だよ。アイツには苦い思い出しかなかったけど、今日は負けられない!」
「同意見だ。魔力は?」
「残り少ないけどあと2回はイケる!」
「よし!次で決めるぞ!」
「了解!」
魔物の方が地力に勝ることを考えると、戦闘を長引かせるほど形成は不利になる可能性が高い。次の行動で勝負を決するべく動き出す。
「行くぞっ!!」
「任せて!」
俺は魔物に向かって一直線に駆け出す。対するアニカは、魔物の側面に位置する場所に向かって走り始めた。
魔物は俺を迎え撃つ態勢。
「オラァァァ!」
「グルァ!」
攻撃の間合いに入ってすかさず魔物に斬りかかる。手数で押し込もうとする俺に、爪や牙を振り回して魔物も反撃する。
お互いに有効な攻撃は与えられないまま時間が過ぎる。アニカから声がかかった。
「オーレン!準備できたっ!」
「よし!」
後退って距離をとる。魔物は跳びついて攻撃を繰り出そうとした。
だが、動けない。魔物の後足はアニカの『氷結』で地面に固定されてる。ウォルトさんに見せてもらったあと修練して身に着けた魔法操作。
跳びつこうとしたものの上手く動けず、バランスを崩した魔物に告げる。
「コレで終わりだ。オラァァァァッ!!」
気合一閃、前屈みになった魔物の首を刎ねると巨体がゆっくり倒れた。肩で息をしながら、動かなくなった魔物を見下ろして吠える。
「うぉぉらぁぁぁぁっ!!勝ったぞぉぉっ!!」
両手を強く握りしめて、全身が震えるほど喜びを爆発させる。アニカも同時に歓喜の声を上げた。
「やったぁぁっ!!倒したぁぁっ!!」
両手を突き上げて喜ぶ。初めて対峙したとき、手も足も出なかった魔物を倒し得も言われぬ満足感を味わう。
決して逃げることなく因縁の相手を倒しきった。コツコツやってきたことが実を結んだ瞬間。
助けられた冒険者達は、見知らぬ若者がたった2人で凶暴な魔物を討伐した光景を、信じられないといった風に見つめていた。
★
「君達のおかげで助かった。改めてお礼を言わせてほしい。ありがとう」
リーダーであろう男が礼を述べ、メンバーは揃って頭を下げた。
「頭を下げる必要なんてないです。それより、皆さんが無事でよかったです」
「私達はアイツと因縁があったから、むしろあい機会になりました」
「因縁?」
「俺達が冒険者になって最初のクエストで運悪くアイツに襲われたんです」
「命からがら逃げ延びて今に至ります。だから再戦で負けられなかったんです!」
「そんなことが…。君達は若く見えるけど、冒険者になって長いのか?」
「いえ。まだ半年くらいです」
「ド新人冒険者です!」
なんだって…!?
「…ということは、冒険者になって半年でムーンリングベアを倒した…と?」
「はい。どうにか倒せました。俺達には師匠みたいな人がいるんですけど、その人に鍛えてもらった成果です。それに皆さんのおかげです」
「かなりギリギリでした!まだまだ修練が足りないです!」
苦笑する2人に尋ねる。
「…君達のランクは?」
「この間、やっとEランクになりました」
「コツコツやってなんとか上がれたんです!」
また苦笑する。俺達は開いた口が塞がらない。
とても信じられない。まだ荒いながらも的確に剣技を繰り出す少年と、多彩な魔法を繰り出した少女。この2人がまだEランクになったばかりだなんて誰が信じられようか。
しかも冒険者になって半年だと言う。経験も浅いのに、殺されかけた魔物に遭遇して立ち向かう勇気。再戦してきちんと倒しきる実力。どちらも信じがたい。
先に闘っていた俺達【南瓜の馬車】は、結成4年目のDランクパーティー。
Dランクだが、既にCランクになれる実力を備えていると自分達は思っていて、ギルドに止められても早くランクを上げるため上位のクエストに挑み、見事に返り討ちに遭ったのだ。
オーレン達と別れ帰路でメンバーと会話する。
「俺達がランクを上げるのは時期尚早だったな…」
「あの子達、強かったね。けど、全く驕ってなかった。見習わなきゃ…」
「そうだな…。俺達は背伸びしすぎてたぜ…」
「今回の討伐も事前に俺達が弱らせていたから勝てたって、逆に礼を言われた。実際はほとんどダメージを与えてないのに」
「クエストの討伐証明になる部位も受け取らなかったわね。「俺達だけで倒してないから虚偽になる。モードドラゴンだけで充分です」って」
揃って深く溜息をつく。オーレンとアニカに色々な意味で感謝しなくちゃいけない。命を救われたのは勿論、コツコツやることの大事さや謙虚さ。人に対する優しさなど、冒険者になった頃の初心を思い出させてくれた。
彼らに出会えて俺達は幸運だ。
この出来事で心を入れ替えた【南瓜の馬車】は、派手さはないが堅実かつ確かな実力を有するパーティーへと変貌を遂げ、ギルドを驚かせる。オーレン達は変化に一役買ったことなど知る由もなかった。
読んで頂きありがとうございます。