568 普通の獣人だって知ってるから
ウォルトが南蛮の国マッコイの王子ドーランと護衛を衛兵に引き渡した2日後のこと。
住み家にボリスさんが来てくれた。カフィを淹れてもてなす。
「ふぅ…」
表情からしてお疲れの様子。
「疲れてますね」
「誰のせいだと思っている」
「ボクのせいですか?」
ドーランの件を言っているのなら、ボクが絡んでなくても事件になっていたはず。
「すまん。聞き流してくれ」
「ドーランと護衛達はどうなりましたか?」
「奴らはなにも覚えていない。カネルラに来たことすらな。なぜ自分達は遠い地の衛兵に質問されているのか、なぜボロボロなのか、なにが起こっているのかわからず混乱していた」
「そうですか」
「特に…ドーラン王子は重症だ。知能が幼児退行している。まるで子供のまま大きくなってしまったかのように」
魔法耐性はなさそうだった。強く混濁させるとそうなるのか。
「そんなことはどうでもいいです。今回の件について法による裁きはどうなりますか?忖度することはないですよね」
「軽々しく言ってくれるな」
「罪を犯したなら人は法に則って平等に裁かれるべき。そして罪を償わせると貴方は言いました。奴は、王族でありながら他国で殺人未遂を犯してます」
判決に非常に興味がある。刑の重さはどうあれ、他国の王族だからといって特別扱いはしないはず。仮にボリスさんの主張が嘘ならこの人を今後一切信用しない。
説得力など皆無で、語っていたのは全て単なる愚痴ということになる。でも、本気で言っていたはずだ。少なくとも職務に真摯な衛兵であることは知っている。
「…経過は追って報せよう」
「供述が必要なら協力します」
今回は協力する気がある。
「…状況は青楼で確認した。夜鷹から子供まで同じ認識で疑いようもない」
「足りなければいつでも質問を受けます。奴の言動は一言一句覚えているので」
「お前は……性格が悪いと言われないか?」
「捻くれてる自覚はありますが、言われたことはないです」
ボリスさんは大きな溜息をついた。
「ウォルト。お前は殴られたから殴り返したんだな?」
「一撃だけです。いや、踏みつけたので正確には2回ですね。その前に何十発と殴られました。過剰な反撃はしてません」
「そして、猫を侮辱されたことで獣人のルールに従って争いを起こした」
「その通りで、奴も納得しているはずです」
「その後に記憶を消すため全員を魔法で混濁させた」
「ボクの存在を消し去るのと、サマラや花街の皆さんが逆恨みされては困るので」
伝えたはずだけど、再確認するとは用心深い。目撃者の証言と照らし合わせているんだな。一体どんな判決が飛び出すのか。そして、首を絞められた被害者の女性は納得いくんだろうか。
「ちなみに、ボクが罪に問われてもおかしくないと思っています。下手すればサマラ達も」
記憶を忘却させ幼児化させた。罪状は思い当たらないけど、一応あんな奴でも一国の王子で、マッコイという国には被害があるかもしれない。
サマラ達が斬りかかってきた護衛を叩き潰したのは正当防衛に当たるだろう。でも、無抵抗だったドーランへの粛清は過剰な攻撃ととられても仕方ない。2人はドーランに殴られてないから。
「俺は…甘かったのかもしれん」
「なにがですか?」
「自分の言葉に追い込まれるとはな…」
「まさか…信念が間違っていたと認めるんですか…?」
正義にこだわっているところがボリスさんの衛兵らしさだと思ってる。たとえ理解できないとしても貫き通してほしいと思うけど。
「そうではない。俺には俺の理屈がある。貫けるだけ貫いてみせる」
「それでこそボリスさんです」
「ぬ…。だが、衛兵が組織である以上、上手くいかぬことも…」
「組織は関係ありません。人の行動理念は簡単にブレたりしません。獣人の本能のように、罪に問われようと突き進むのみ」
「む…。そうではない…かもしれんが…」
「ボクの理屈では、奴らは自国に送還されるだけで終了です。カネルラも事を荒立てたくはないでしょう。入国禁止といった処置はとると思いますが」
「理解があるじゃないか。そうなる可能性が高…」
「ですが、そうなった場合は法で裁いていません。貴方の信念に反する行為です。ボクに嫌というほど説いて聞かせましたよね?」
「う、うむぅ…」
「どんな形であれ法によって適切に裁かれることを願っています。法の下では平民も王族も平等に裁かれるんでしょう?今回の結果次第で、法を遵守する意味が幾分か理解できるかもしれません」
なぜかボリスさんは肩を落として帰った。かなり疲れてるな。大変かもしれないけど、衛兵の業務に邁進してもらいたい。
同日の午後。
リタさんも住み家を訪ねてくれた。紅茶を淹れてもてなす。
「ウォルト。今回も世話になった」
「なにがですか?」
「へんてこ獅子王子の件だよ」
「むしろ迷惑をおかけしました。仕事中に勝手に乗り込んで店の中で暴れてしまったので」
夜鷹の皆さんは仕事中だった。事後に謝罪したけど、騒いで仕事を中断させてしまったことは反省してる。
「アンタもサマラも人気者だ」
「ボクとサマラが?」
「あんなデカい獣人を一撃で倒したアンタに驚いてた。サマラも強いだろ。仲間を傷付けられたからスカッとしたんだ。客として来てほしいって言ってる娘もいたよ」
「気が向いたら行きます」
「まぁた適当なこと言ってるな」
「適当じゃないです。今はそうじゃないだけで、お世話になりたいときは行きます」
別に嘘をついてるつもりはない。そうなる可能性はあるんだ。
「私を指名するのを忘れないでくれよ」
「覚えてます。嫌なら遠慮なく拒否してください」
「はははっ!そんな奴は夜鷹じゃないさ!」
「首を絞められた女性は大丈夫でしたか?」
「失神してただけだった。今は元気に仕事してる。直ぐに気付いたクーガーのおかげさ。苦しむ声に気付いて直ぐに部屋に乗り込んだから助かった」
「クーガーさんはいつも?」
「花街は変な客も多い。おかしな要求をしてくる奴もいる。クーガーは耳がよくて、近くで待機してくれてるんだ。おかげで安心して客がとれるようになったって喜んでる娘も多いんだよ」
「いい仕事をしてますね」
同性だし用心棒として安心できるくらい腕っぷしが強いのは確かだ。クーガーさんならドーランも殴り倒せる。頑強そうに見えて加減した『羆掌』で沈んだ見かけ倒しの王子。百獣の王が聞いて呆れる。リオンさんなら言ってもいいけど。
「客としてじゃなくても遊びに来てくれ。皆で歓迎するから」
「有り難いお誘いですが、しばらく花街には行きません」
「なんで?」
「少し目立ってしまったので」
人前で騒ぎを起こしてしまった。後悔はしてないけど、これ以上妙な噂を立ててはいけない。本音を言えばボクのことを覚えていてほしくない。
「とにかく目立つのが嫌いなんだな」
「そうなんです」
「キャロルとも知り合いなんだろう?」
「頼れる姉さんです」
「サマラといい、いい女に囲まれてるな」
「はい」
「夜鷹も綺麗どころが揃ってるんだ」
「綺麗な女性ばかりでした」
「そうか。ところで、教えてほしいことがあるんだよ」
「なんでしょう?」
「アンタは、不思議な力を使えるのか?」
「というと?」
「衛兵に知り合いがいる。バカ王子共は全員記憶が曖昧になってるって聞いた。あるとすれば薬か、他には…魔法か」
キャロル姉さんの情報網の1人でもあるリタさんには言ってもいいかな。信用できる人のはず。あそこまで騒いでしまっては、勘のいい人には気付かれても仕方ない。遅かれ早かれバレそうな気がする。
「他言しないと約束してもらえますか?」
「自慢じゃないけど口は固い」
「ボクは魔法が使えます」
「……そっちなのか」
「普通は薬だと思いますよね」
掌に浮かべた『炎』を見せる。実際は、忘却効果のある魔法薬を作ることも可能だけど。
「久しぶりに驚いた…」
「内密にお願いします」
とにかくクーガーさんに知られたくない。絶対に面倒くさいことになる。
「誰にも言わない。キャロルは?」
「姉さんは知ってます。あと、実はリタさんとラクンさんの治療に魔法を使ってます」
「だったらなおさら言えない。サマラは知ってるってことだな?」
「サマラも知ってます」
「ちょっとスッキリした」
「なぜですか?」
「ウォルトは今までに見たことのない獣人の雰囲気で、なぜなのか気になってたんだ」
「普通だと思うんですが」
「絶対に違うよ」
リタさんには料理も食べてもらって、危ないからフクーベの近くまで背負って駆けた。柔らかいモノを押しつけられていると感じたのは、気のせいに違いない…。
夜にリスティアに連絡した。
「リスティア。今回もありがとう」
『詳しい説明を求む!』
一度は簡単に説明しているけど、事の顛末について詳しく話してなかったから、ちゃんと伝える。
『そうだったんだね!お疲れさま!』
「リスティアこそ」
『なにが?』
「今回も尻拭いをさせてしまった。他国の王子ってことで一応加減はしたつもりなんだけど」
話の長いボリスさんが追求してこなかったということは、リスティアが衛兵に手を回してくれたと予想してる。
『その気持ちだけで充分!マッコイにも感謝されると思う』
「感謝されるようなことはしてないけど」
『ドーランはマッコイの国王が獣人の妾との間に作った子供なんだけど、とにかく我が儘で有名なの。気に入らないって理由だけで人を殴り殺したりしてるんだよ!』
「倫理観がおかしすぎるは」
気に入らなければぶちのめす。そんな獣人ならではの思考は理解できる。ただ、そんな奴に国を背負わせちゃいけない。子供でもわかること。まさしく暴君だから護衛達も恐れてたのか。
『継承権争いでも、腕っぷしにモノを言わせてめちゃくちゃしてるみたい。兄弟仲も悪くて、暗殺紛いのこともしてるって。親なのに国王のことも嫌ってるみたい』
「獣人らしい短絡的な発想だ」
奴はわかりやすい獣人だ。阿呆だから裏表はない。問題なのは、のさばらせてる周囲の環境だろう。
『実は、ウォルトの幼馴染みみたいに、私もドーランの妃候補だったことがあるんだよね』
「嘘だろう?!さすがに親友として阻止する!」
あんな奴にリスティアは任せられない。不幸になるのが目に見えてる。奪還しても文句は言わせない。
『あははっ!ありがとっ!向こうが勝手に言ってただけだよ。お父様は歯牙にもかけなかった。珍しいオッドアイに興味があるんじゃないかって言ってたね!』
「さすが国王陛下だ…。思慮深い…」
『誰でもわかるって!私も「嫁げ」って言われたらお父様を全力でぶん殴ってる!』
「さすがにダメだよ」
直ぐに父親を殴ろうとするからなぁ。
『跡継ぎ問題もあってマッコイはドーランを切れない。元気な跡継ぎがいないんだってさ』
「アイツが国王になったら世も末だ。もっといい人材がいるだろうに」
『気弱な国王らしいから言いなりなのかもね。だらしなさすぎる』
その通りだ。息子を制御できないのなら、誕生させた国王の自業自得。可哀想なのは頼りない王族に振り回される国民。
やっぱりカネルラはいい国だ。王族は国民を大切にし、応えるように国民も王族を敬っていて、長い年月をかけて信頼関係を築いている。
『とにかく国民を守ってくれてありがと!』
「好きにしただけだよ」
本当になにもしてない。ただサマラに付いていって、猫をバカにされたから倒しただけだ。首を絞められた人を助けてもいない。
『ドーランは同じことを繰り返す愚か者だよ。結果論だけど、止めてくれたことで他の被害を防いでくれた。他に被害がなかったか調査中』
「ボクじゃなくても止まってたと思うよ」
クーガーさんかサマラが止めていた。
『そうじゃないの。他国の王子であれ、カネルラ国民に危害を加えた時点で排除すべき不穏分子。キーチの時もそうだったけど、少しでも早く対処しなくちゃいけない』
「それはそうだ」
『あちこちで被害が出てたら、間違いなく暗部が出てる』
状況によっては、何者であれ生かして帰さないということか。自国民を守るタメなら暗部を使った対処も躊躇わない。当然の判断だと思う。
カネルラと国民を守るタメに暗部は存在する。そんな任務を数多く、そして人知れずこなしているんだ。
『マッコイには感謝されて然るべきなの。カネルラは大らかな国だけど、それだけじゃない。記憶が飛んでも命があるのは、ウォルトが加減して衛兵に引き渡したからだよ』
「後先考えてないけどね」
『そもそも、問題が起きると知りながらカネルラに行かせた時点でふざけてるんだよ。普通なら問題児は国から出さない。そして、ドーランは予想通りカネルラを侮るような行動にでた。この件で絡んできたら相応に対処する』
「よくわかった」
『文も出してる。其方の王子が殺人を犯しかけて拘束してるって。どう出るか向こうの反応待ち。最終的には交渉になると思うけど一切引かない。そんな理由がない』
リスティアの言葉はカネルラ王族の総意だろう。国王様を中心に会議や集会で意識を共有しているのが想像できる。
話を聞いた限り、ボリスさんの意志を貫くのは困難だ。1人の衛兵がどれだけ信念を貫いても、国家の決定を覆すことはできないことくらいわかる。それでも抗えるとは思わない。
『カネルラの法で裁けって言ってきたら堂々と裁くよ!』
「ボクはそれを望みたい」
やっぱりボリスさんの出番があるかもしれない。
「獣人の王族は危険だと思えた出来事だった」
『ウォルトならなれるかも!』
「無理だよ。ドーランと変わらない獣人なんだ」
奴はゲス獣人だと断言するけど、行動と思考は理解できる。ボクの思考が奴と大差ないからだ。
『全然違うよ。余所の国で積極的に問題を起こそうと思う?』
「思わない」
『ウォルトはねぇ~……料理と魔法の研究をしながら、王城でモノづくりをする王子になれる!』
「ははっ。そんなの王子じゃないよ」
『でも、そんな王族がいたら人気があると思わない?』
「ボクは好きだね。やるときはやる人だっていう大前提が必要だけど」
ただ、獣人の王子だとしたら相当な変人だと思われるだろう。
『ところで、親友として一応確認しておくけど』
「なに?」
『事件ついでに花街で遊んでないよね?』
子供なのに気になるのか?
「遊んでないよ」
『ならよし!じゃあ、おやすみ♪』
「おやすみ」
リスティアは、子供なのに色々なことを知ってる。仮に「遊んだ」と答えてたらどんな反応をしたのか。幻滅される可能性もあるけど、ちょっと予想できない。
魔伝送器がまた光った。
「どうしたの?」
『言い忘れてたけど、私は別に幻滅しないよ!』
「そっか」
『ウォルトも普通の獣人だって知ってるからね!おやすみ!』
「あははっ。ありがとう。おやすみ」
理解のある王女だなぁ。いつか夫になる男性にも同じようなことを言えるんだろうか?リスティアなら言いそうな気もする。




