563 白猫を追う執事
「数量と種類に間違いないか確認してくれるかい?」
「間違いありません」
「ちゃんと確認しないとダメだよ」
本日、ナバロが定期の納品でウォルトの住み家を訪ねてきた。酒や調味料と引き換えに、今回は全て希望された織物を渡す。
「アラガネさんと取り引きできるようになったから、薬は助かってるんだ」
「ボクの薬より遙かに効果が高いですからね」
「君と同じで報酬に興味がないのが困るよ。安く売ってるんだ」
「ナバロさんが適正な金額を設定してくれるので、それで充分だと思います」
「ははっ。アラガネさんは、素材の提供があればどこまでも成長する薬師に思える。今までは、報酬が安すぎたせいで薬を試作することができなかったんだ」
アラガネさんは興味があることを即実行する人だ。あぁいう人を研究者気質というのかな。ただ、冒険者に素材採取を依頼するにはお金がかかるし、自分で採取するのは危険を伴う。
「報酬を渡しても、半分くらいは返されて素材や興味があるモノを注文する。いつも「無駄になった!」と笑うけど楽しそうでね」
「探究心を見習いたいです」
ナバロさんに頼めば、時間はかかっても良質のモノを仕入れてもらえる。今後はもっと素晴らしい薬を作り上げるんじゃないだろうか。
「話は変わるけど、ウォルト君に依頼したいことがあって」
「なんでしょう?」
「魔力封入なんだけど」
「ボクにできるなら。どんな内容ですか?」
「依頼者は別にいて、僕では内容を理解できない。そんなことをお願いするのは心苦しいんだけど」
「構いません」
ナバロさんは依頼者からの要望書を見せてくれる。どうやら複数の魔石への細かい魔力封入。付与する手順や手法が一風変わってる。魔力の割合まで細かく書かれてるな。
「どうかな?」
「ボクでもできます。今からやりますね」
「今から?本当かい?」
「直ぐに終わります。おそらく、魔道具用の魔力封入ですね」
「温風や冷風が吹き出す魔道具を作りたいらしいけど」
なるほど。目的を聞くと魔力封入の状態からどんな構造の魔道具なのかおおよそ推測できる。
依頼者から準備されたという良質の魔石。かなりの量が封入できそうで、魔力の込め甲斐がある。
「ウォルト君」
「なんですか?」
「僕は魔法に詳しくないけど、魔力はほどほどに込めた方がいいと思うよ」
まるで心中を見透かしたよう。
「そうですね。なぜかやり過ぎだと怒られることもあるので」
「だよね」
バラモさんやコンゴウさんに怒られた経験あり。要望通りの量を込めよう。
「終わりました」
「早いなぁ…。あっという間だ」
「大袈裟です。報酬は相手に確認してもらってからでお願いします。魔力量が足りなかったらすみません」
「わかった」
受け取らないと正座説教の刑に処される。ボク的には新たな発想を得たらそれだけで充分だけど、ナバロさんは納得してくれないからなぁ。
「ナバロさんは顔が広いですね」
「なぜそう思うんだい?」
「手間のかかる魔力封入を必要とする魔道具は、作れる職人も限られるのでは?繋がりがあるのは凄いと思って」
「頼んでるのは職人じゃないんだ。王都に住んでる遠縁の者で」
「わざわざナバロさんに頼むということは、信頼されてるんですね」
「それは違う気がする。僕は…少し懸念してる」
「なにをですか?」
「近い内に話すかもしれない。でも、確証がないことは言えない」
「無理しなくていいです」
「ありがとう」
ナバロさんは笑顔で住み家を後にした。
★
「フランクさん。こちらが要望された魔石です」
ナバロがフクーベで待ち合わせたのは、縁者のフランク。魔力封入の依頼者でもある。
「うむ。報酬を支払う」
「ありがとうございます」
すっと差し出された報酬を受け取る。どうにかウォルト君に渡すとして……普通は取引で商品の確認もせずに報酬は支払わない。そんなことするのはウォルト君くらいだ。
「フランクさん。教えて下さい」
「なんだ?」
「王都にはフクーベより多く優秀な魔導師がいますよね?なぜ僕に依頼を?遠方まで取りに来るのも簡単ではないですし」
馬車で約4時間の旅になる。割に合わない。
「仕事を縁者に依頼してはいけないか?」
「助かりますが、それだけではないのでしょう?」
ずっと思っていた。執事を生業とするフランクさんは、不思議な依頼を持ち込むことが多い。秘密箱もそうだし一枚硝子の水槽もだ。ウォルト君は全ての依頼に応えてくれて、おそらく依頼者を驚かせている。僕も最初はよかれと思って依頼していた。
けれど、さすがにおかしいと気付く。どういうつもりか知らないけれど、僕を通じて依頼されるウォルト君に興味を示しているのは間違いない。理由が不明だからフランクさんにウォルト君の情報を与えたことはない。そろそろハッキリさせておこうと思った。
妙なことに友人を巻き込みたくないから。
「まぁ、気付くだろうな。わざと泳がせていたのか」
「貴方の目的はなんですか?」
「言う必要はない…と言ったら?」
「二度と貴方の依頼は受けません」
「商人がそんなことでいいのか?利益を求めるより私情を優先しては商売にならないだろう」
「僕は大商人にはなれない。なるつもりもない。小さな商店の店主でいい。今のままで充分です」
「そうか。ならば単刀直入に言おう。お前のお抱えの職人に会いたい」
「なぜですか?」
「俺の主人が会いたがっている。ベルマーレ商会の会長だ」
「ベルマーレ…。カネルラでも1、2を争う商会の会長が?」
小さな町問屋の僕でも名を知っている。代々続く大商会。会長は無理難題をふっかけることでも名が知れている。
「お前と職人のおかげで、俺はほとほと困り果てているのだ」
「え?」
「一枚硝子の水槽も見事だった。懐中時計も速やかに修理し、おかしな木箱まで簡単に開けてしまう。どんな伝手があるのか知らないが、我が主は大層気になっている様子」
「まぁ、そうでしょうね」
僕がベルマーレでも気になるだろう。彼は仕事が丁寧でそのうえ異常に早い。
「ナバロに限らず、フクーベに依頼を出した困難な案件は他の街に比べ達成されることが多い。おそらくは、お前の知る職人達の仕業だろう」
「それは僕の知るところではないです」
いろいろな手段を使って探っていたのか。彼なら無意識にこなすだろう。フランクさんの予想は当たらずとも遠からずな気がするな。
「多忙の中、「捜しに行く」と我が儘を言ってきかない。大商会の主にそんな暇などないのにだ」
「商人としては理解できます」
「私は…何度も計画を立てた…。修正に修正を重ねた…。だが…そんな暇などない!空いた予定は即座に埋まってしまう!この1年半…あの方に休みなどなかったんだっ!」
「はぁ」
「それでも「なんとかしろ」と無茶を仰る。初めは…俺も面白い奴がいるものだと思っていた。だが…そのおかげで仕事も増え、振り回されて困るばかりだ!」
なんだか、フランクさんが不憫に思えてきたな。
「完全な逆恨みですよ」
「わかっている!だから、主が満足するよう小出しに依頼して届けているのだ!」
「会えない代わりに、ちょっとしたモノで釣るというワケですか」
「しばらくは機嫌がよくなる。だが、主が直接会ったなら興味はなくなり次へと移るだろう。極力迷惑はかけないと約束する。なんとかならんか?」
「そんなこと言われても…」
ウォルト君は静かに暮らしたがっている。大商会が彼の腕を認めるのは理解できるけど。
「交渉は俺も手伝う。当然1人ではないのだろう?お前は腕のいい職人集団と顔を繋いでいて、ドワーフの鍛冶集団だと俺は睨んでいる」
「ご想像にお任せします」
実際は1人だし、森に住む優しい獣人だ。かすってもいない。でも、その予想が普通だと思う。「貴方は間違ってない」と声を大にして言いたい。
見たこともないような魔法を操り、とんでもなく器用な獣人がいるなんて誰も思わない。さすがのベルマーレも勘付いてないだろう。
「手伝いは必要ありません。会って話してみます。ですが、期待はしないで下さい」
「有り難いが、お前の仕事が立ち行かなくなるかもしれんぞ」
「もしかして、気を使ってくれてたんですか?職人を引き抜かれたら僕が困るだろうと」
「誰だって腕のいい職人を囲っておきたいだろう。それが商人だ。俺はお前を貶めたいワケではない。ただ、主の希望に添いたいだけ。そして、さっさと興味をなくしてもらいたい」
気遣いはありがたい。フランクさんは表情に乏しいから、そこまで読めなかった。交渉を上手く進める方便かもしれないけれど、僕も商人の端くれ。嘘を言っている気配はない。
「決めるのは僕じゃないので話はします」
彼はあらゆることを知りたいという知識欲が強い。そして腕もいい。ベルマーレ商会なら彼を満足させられるかもな。どうなろうと僕とウォルト君が友人だということは変わりない。
「答えられるなら教えてくれ。なぜ、お前の知る職人達は表に出ない?幾ら調べてもそれらしき者に出会わん。まるで、噂の魔導師サバトのようだ」
「サバト…?」
「どうした?」
「いえ…なんでも。その職人は目立つことを嫌うんです。名が知れていなくとも、探し出せば腕のいい職人は世の中に結構います」
ウォルト君もアラガネさんもそうだ。表に出る者は、自己顕示欲と承認欲求が強くて上昇志向も強い。商人としては報酬での交渉を進めやすい。ただ、皆がそうではないということ。
「そうか。いい返事を期待しておく」
「返事は手紙で。あと…」
★
「お断りします」
後日ウォルト君に事情を説明して、フランクさんに会ってくれるか確認したら、迷いなく即答だった。驚くことも怒ることもなく、なんの興味もなさそうに平然と答えた。安定の美味しい花茶を頂きながら会話する。
「大商人の執事に会ったとしても、なにを話せばいいのかわかりません」
「ベルマーレが君の作ったモノを評価しているから、きちんと伝えて会わせたいんだろう」
「職人でも商人でもないので、大商人に会っても意味がないです」
「ベルマーレは大商会で、様々なモノを取り扱ってるよ。話すだけで君の知識欲に応えてくれるかもしれない」
「知識欲はありますが、今のままで満足してます。商品を見るのは楽しそうですが、会長に会いたいとは思いません」
ウォルト君は人の輪を広げることを望んでない。やっぱり予想通りだったな。ベルマーレは商人が会いたいと願ってもまず会えない人物だけど、ウォルト君には関係ない。損得じゃなく自分の考えで動く。
「僕が頼んだせいで、変に目を付けられて申し訳ない」
「気にしてません。過去に作ったモノは自分が作りたいから作りました。見知らぬ人に頼まれたとしても、作りたいと思えば作ります。ただ、基本的には頼まれる人によるだけで」
「僕が頼んだから作ってくれるんだね」
「そうです。自分と友人のタメに作りたくて、そんな人は多くない。ナバロさんはその内の1人です」
ニャッ!と笑われた。彼はお世辞を嫌い、嘘を吐かない。
「君は人を幸せにするモノを作る。お姉様達も君の花茶で若返った」
「いつまでも元気でいてくれそうですね」
「ちょっと元気がないくらいがちょうどいいけど」
さて、ウォルト君の意思確認は済んだ。これ以上は無駄話になる。ベルマーレの回し者だと思われたくない。
「ウォルト君に確かめたいことがあるんだ」
「なんでしょう?」
「巷で噂のサバトの正体って、ウォルト君かい?」
「そうです。よくわかりましたね」
やっぱりか…。フランクさんの話でピンときた。まさしくサバトのようだと思ったんだ。同一人物なら納得できる。
「白猫の風貌だったって聞いたから、もしかしてと思って」
「やっぱりそこですか。白猫の面で白猫を隠したのはボクの案だったんですが、浅はかで大失敗だったんです。友人にはことごとくバレてます」
きっと気付いた理由はそこじゃないけどね。
「別にいいじゃないか」
「え?」
「君の友人のことは詳しく知らないけど、バラしたりしてないだろう?僕もしない。君が嫌がることをしたくないし、純粋に見抜けたことが嬉しいだけなんだ」
「そう言ってもらえると有り難いです」
やっぱり歴史に名を残す獣人になりそうだけど、『嬉しいニャ~』って顔をするウォルト君は、とてもエルフを超えるような凄い魔導師には見えない。
ベルマーレとフランクさんには待っていてもらおうか。僕は、おそらく無駄だと感じながら別れ際に肝心なことを伝えた。「本気で会いたいのなら、時間を作って本人が来た方がいい」と。
長い付き合いだから知っている。ウォルト君と対話したり依頼したいなら、会いに来るのが大前提。欲のない彼に見知らぬ商人に会いに行きたいと思わせるのは困難。ただし、どんな者であっても来る者は拒まない。結果はどうあれ話に耳を傾けてくれる。
権力を笠に着る行動は逆効果。苦労してこの場所を訪ねるだけで、好感を持って会話してくれる。そんな素朴な獣人。
「話を聞いてなかったのか?あの方にそんな暇はない」
不愉快そうに答えたフランクさんは、主人を煩わせたくないと考え、先を読んで行動する有能な執事だろう。僕の言葉も伝えない気がする。
勝手にすればいいけれど、僕が執事なら「現実的にはココしかない。ただし、仕事の予定はある」と提案して主人の決断を待つ。知り得た情報を伝えないのは、ただの独りよがりだ。
権力を使って彼を動かせるなら尊敬に値する。でも、大商人であるベルマーレは気付いているはず。目当ての職人は一筋縄ではいかない厄介な人物で、直接交渉が必要な人種だと。
商人なら誰でもわかる簡単な問題だけど、フランクさんはわかってない。『職人なら大商人に会いたくないはずがない』という思考が透けて見える。常識ではそうだ。だから「暇を作れ」と指示を出されているのに、自分の手柄にしたいのか、気を使いすぎなのか噛み合ってない。
ただ、ベルマーレも強くは言わないのだから、多少興味がある程度なのかもしれない。その辺りがよくわからない。黙って指を咥えていてもいつか耳に届くときはくる。現状のままでいいなら、その時まで静かに待てばいい。
いつになるか、どんな形で知ることになるのかは神のみぞ知るだ。




