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モフモフの魔導師  作者: 鶴源
562/715

562 槍、槍、そして槍

 夜の動物の森。


 ウォルトは住み家にて入浴後に火照った身体を夜風で冷ましている。


 今日も1日忙しかった。魔法の修練に畑仕事、蟲人達と共に植物採取もこなして、狩りと魚釣りも少々。仕事もしてないのに毎日忙しいのはボクだけかもしれない。

 空を見上げると綺麗な月が浮かんでいる。こんな日は、ダナンさんやシオーネさんとの邂逅を思い出すな。カネルラ騎士の2人は月の綺麗な夜に蘇った。

 ダナンさんは「数十年周期で私とカリーは蘇っていたようで、巷でも何度か確認されていたようですな」と言った。騎士団に戻ってから噂を聞いたらしい。【騎士団の亡霊】と呼ばれ、たった一晩だけ姿を現す漆黒の騎士と騎馬は、今ではカネルラ騎士団を陰日向に支える現役の騎士となった。

 ダナンさんの同僚であった騎士の数名は、未だ動物の森に埋葬されていて、ボクは定期的に訪れて魔法で花を手向けている。

 以前は住み家の裏に埋葬していた冒険者達に花を供えていたけれど、今は誰もいない。今後も連れて帰ることがないよう願っている。


「…っ」


 森の中を…駆ける音が聞こえる。しかも、この音は…1人じゃない。……来るっ!


「ヒヒーン!」

「ヒッヒ~ン!」

「ヒヒン!」


 樹木の間から飛び出したのは、3頭の巨大な漆黒の騎馬とそれぞれ跨がる漆黒の騎士が3名。そして、騎乗せずに脇を固める2名の黒騎士。全員が大槍を手にしている。


 まさか…。


「オウトヘ…ムカウ…」

「ウム…」

「…ヌ。ネコカ…」


 この感じは…ほぼ間違いない。


「ジャマダ…」

「ケチラスゾ…」


 陣形を組んで突っ込んでくる。


「蹴散らされるワケにはいかない。貴方達には…ボクの話を聞いてもらう」


 魔力を纏い、漆黒の騎士達と激突した。






 数時間後。


 住み家の居間は騎士5人と騎馬が3頭、白猫1人でごった返し、非常に狭い空間となっていた。

 全員を拘束して魔物成分を抜き、甲冑と騎馬へと戻した後、ダナンさんとシオーネさんに続き3回目となる現代のカネルラについて説明した。まだ記憶が朧気なようだけど、落ち着いて話を聞いてもらえた。予想通りダナンさん達の同僚だった先人騎士で、全員が木に彫られていた名前と一致する。


「信じて頂けるかわかりませんが、説明した通りです。400年経ったカネルラは平和なんです」

「信じ難いが…」


 5人の中でも特に体格のよい甲冑ケインさんと話す。ダナンさんは悪友だと言っていた。


「同僚であったダナンさんとシオーネさんは皆さんより一足先に蘇り、現代の騎士団で活躍されています」

「そうか…」

「もう少しだけ待っていて下さい。」


 もうそろそろだと思う。しばらく会話していると馬の蹄の音が聞こえてきた。


「ヒヒン…!」

「ヒン!」

「ヒヒーン!」


 静かに座っていた3頭の騎馬が急に立ち上がって玄関へと向かう。ボクも後を追って玄関を開けてあげた。


「カリー!止まれいっ!」

「ヒヒン!」

「ルビー!止まってっ!」

「ヒン!」


 急停止して現れたのはダナンさんとシオーネさん。そして騎馬のカリーとルビー。拘束した直後、リスティアに連絡してダナンさん達に事情を伝えてもらった。本当に行動が早い親友だ。いつも助かっている。


「「「ヒヒン!」」」

「「ヒヒーン!」」


 互いに身を寄せ合う騎馬達。生前から仲良しだったのかな。駆ける蹄の音でわかるなんて凄い聴覚。


「ウォルト殿。ご無沙汰しております」

「お久しぶりです」

「遠いところまでお疲れさまでした。皆さんは中にいらっしゃいます。どうぞ」

「お邪魔致します」

「失礼します」


 ダナンさんとシオーネさんを居間に案内する。甲冑7人の時を超えた邂逅。


「その甲冑……。お前……ダナンか…?」

「久しぶりだな、ケイン…。約400年ぶりだ」


 2人は向かい合って立ち、じっと見つめ合って…がっちり抱擁した。


「バカタレがっ…!なぜお前達までが動物の森に埋葬されているのだっ…!真っ先に死んだ私に…祈りを捧げさせおって…!」

「お前に言われたくない…!さっさと死んじまいやがって…!田舎者の…大バカ野郎がっ…!」

「他の仲間達は集合墓地に埋葬されているというのに…!こんな…静かな場所でっ…!」

「グリアムと同じ墓に入るのは御免だったからな!」

「ぬかせっ…!」


 シオーネさんも他の4人と挨拶を交わしている。


「ドネルクさん。バラストさん。サグロさん。ムバテさん。お久しぶりです。新兵のシオーネです」

「その甲冑はなんとなく覚えている」

「相変わらず小さいなぁ」

「唯一の女性騎士だったお前も逝ってしまったのか…」

「久しぶり」


 正直ボクには見分けがつかない。ムバテさんだけが明らかに背が低くて判別できるけど、ケインさん以外は体格も似たり寄ったり。どうやら甲冑で判別しているっぽい。同じモノに見えるけど傷や年季で違いがわかるんだろう。

 それにしても、生前のことを思い出すのがダナンさん達より早い気がする。個人差があるのか、それとも多少はボクの魔法が上達したからなのか。


「皆に今のカネルラについて話そう。私やシオーネの現状も」

「頼む」

「皆さんにお茶を淹れますね。椅子も出します」

「かたじけない」


 騎士の7人でテーブルを囲んでもらい、騎馬の皆には離れた場所でゆっくり座ってもらう。5頭でもなんとか収まりきった。


「ヒヒン!」

「ヒン!」


 皆に頬擦りされる。雄の騎馬には初めて会うけどキリッとして格好いい。体躯もカリーより大きい。

 

『相変わらず馬種にモテるわね』


 カリーが頬擦りしながら『念話』を飛ばしてくる。


『カリー達は仲良しなんだね』

『仲を取り持ったりしてた。油断すると直ぐに揉めるから』

『騎馬も大変だね』

『人族に比べると楽よ』


 カリーはダナンさん達を見る。ダナンさんとシオーネさんは、蘇った5人に現代のカネルラや騎士団のことや、空白の400年の歴史を伝えている。

 驚いたり、ときに嘆いたりしながら古い友人との会話を楽しんでいるように見える。段々と笑い声も聞こえてきた。


「クライン様が…埋葬して下さったと言うのか…」

「お前達全員が、シャガテのために大木の近くに埋葬されていた。名を刻んだのはおそらくクライン様本人だ」

「そして、現国王のナイデル様はクライン様に瓜二つなのです。神の思し召しだと私は思いました」

「そうか…」

「ナイデル様は我々の存在について理解して下さっている。望むなら拝謁は叶う。皆で共に王都へ向かおう」

「俺は……お目にかかれなくても構わない。皆で行ってくれ」


 ケインさんから意外な一言。


「なぜだ?私が信じられないか?」

「お前の話は信じる。だが拝謁は必要ない」

「なぜだ?」

「カネルラは平和になった。それだけで充分」

「私も同じく思うが、なにが言いたいのだ?」

「国王様に拝謁すれば…おそらく礼を以て迎えられる。違うか?」

「その通りだ」

「忘れ去られているくらいがちょうどいい」

「負担などと考えているのなら違う。ナイデル様は懐が深い御方。お前の考えは杞憂に終わるであろう」

「国王陛下を楽観的なお前と一緒にするな。コレだから釣り好きジジイは…」

「釣りとなんの関係がある!お前にジジイと言われる筋合いはない!」


 掴み合いのケンカが始まった。皆で止めているけど手慣れた雰囲気。


「昔から捻くれておったが、死してなお天邪鬼とは…」

「拝謁は必要ないと言っているだけだ。墓地には向かう。久しぶりに…アイツらと話したい」

「謁見を望まれても断ると言うのか?」

「そうだ」

「この……頑固ジジイめがっ!」

「なんだと!」


 また争いが始まった。ダナンさんが悪友と呼ぶだけあって、気の置けない仲間なんだな。少しだけ口を挟んでもいいだろうか。


「ダナンさん。ケインさんの意志を尊重されてはいかがですか?拝謁を望まれないのであれば、陛下にも理解して頂けるかと思います」

「ウォルト殿まで…そのような…」

「礼を伝えることだけが感謝ではないと思います」

「彼の言う通りだ。平和が保たれていることこそが歴代王族の皆様の感謝と尽力の証で、気が咎めるような行為をしたくない。生前なら喜んでいたがな…」

「むぅ…」

「俺の勝手な意見だ。ドネルク達は好きにすればいい」

「…ケイン。王族の皆様は、私達の……過去を生きたカネルラ国民のことを決して忘れたりせぬぞ」

「言われなくともわかっている。見くびるな」

「ならばいい。他の皆はどうするのだ?」

「俺は拝謁したいと思います」

「自分もです」

「是非ともお会いしたいです」

「会う」


 ムバテさんだけ話し方がふんわりしてる。背が低いのも相まって子供のような雰囲気。


「ならば明朝王都へ向かうとしよう。ケインも構わないな?」

「俺も今の王都を見たい。墓地もあるんだろ」

 

 …と、魔伝送器が震える。住み家の外に出て魔石を確認するとリスティアだ。


「リスティア。夜遅くに大丈夫なのか?」

『大丈夫!騎士の皆は元気?』

「無事にダナンさん達と話してるよ。直ぐに伝えてくれてありがとう」

『気にしないで!お父様が直ぐにでも謁見したいって言ってるよ!』

「話が早いな。少しだけボクの話を聞いてもらっていいかい?」

『なに?』


 リスティアにさっきの会話の内容を伝える。


『なるほど~。無理強いはよくないね』

「今のカネルラを見てもらえば気が変わるかもしれないけど」

『そうだね!ウォルトにお願いがあるの!』


 リスティアの願いは直ぐに実行できる。居間に戻って談笑中の皆に話しかけた。


「皆さん。少しだけ時間を下さい」

「ウォルト殿。どうしたのですかな?」


 魔伝送器をテーブルに置いて話しかける。


「準備できたよ」

『ありがとう』

「な、なんだコレは?!声が聞こえたぞっ!?」

「遠方の人物と話せる魔道具です」

「現代にはそんな魔道具が存在するのか…」


 初めて見るであろう魔伝送器を覗き込む5人。


『ケイン。ドネルク。バラスト。サグロ。ムバテ。遠方よりの言伝失礼します。私は、第29代カネルラ国王ナイデルの長女リスティアと申す者』


 凜とした声が響く。


「な、なんとっ!お、王女様であらせられますか?!」

『どうぞよしなに。命を賭してカネルラを守護した皆様に、幾千万の感謝を。早急といえども、このような形で謝意を伝えることを御容赦下さい』

「恐れ多く…。感無量でございます…」

『国王ナイデル以下、カネルラ王族は皆様との邂逅を心待ちにしております。是非とも王城へお越し下さい。であれど、何人も強制するモノではございません。皆様の御心のままに』

「…深き心遣いに感謝致します」


 王女からの言葉を告げ、リスティアは通話を切った。


「ダナン…。俺も…皆と共に拝謁を願う」

「いいのか?」

「王女殿下自ら声を掛けて頂けるとは思いもしなかった…。やはり…王族の皆様はあの頃と変わらず…。クライン様が……存命でなくとも…」

「…認めたくないであろう。だが、血脈は受け継がれ、リスティア様はクライン様の加護の力を受け継いでおられる。慈悲に溢れた御方だ」

「そう…か…」


 ケインさんは…クライン国王が亡くなった事実を認めたくなかったんだな。それで拝謁を断ると。ナイデル国王に会えば否が応でも認めざるを得ない。


「王女様はまだ嫁がれていないのだな」

「リスティア様はまだ齢11になられたばかりなのだ」

「なにっ…!?口調からはとても感じられなかった…」

「お会いすればわかる。さらに驚くことになるであろう」


 その通りだと思う。


「今のところ驚いてばかりだ。初めて獣人の魔法使いに会えたことも」

「ウォルト殿のことは王都への道中で詳しく話す」

「気を使わないで下さい。なんの取り柄もない獣人なので、今の内に話してもらっても……痛っ!」

「ヒヒン!」


 カリーにポカッと軽く蹴られた。


『自虐はやめなさい。貴方にはたくさん取り柄があるわ』

『そうかな?ありがとう』

『勘違いしてるのはウォルトだけなのよ』


 カリーを撫でていると、ムバテさんが歩み寄ってボクの前に立つ。ラットと同じくらいの身長で下から見上げてくる。


「ウォルト。勝負しろ」

「えっ?!いきなりどうしたんですか?」

「お前強い。闘いたい」

「そんなこと言われても…」


 急すぎるし理由がわからない。


「ウォルト殿。ムバテは我々槍術組の中でも特に血気盛んなのです。貴方になにか感じたのでしょう。可能ならば手合わせをお願いできないでしょうか?」

「手合わせなら構いませんが」

「此奴は闘気使いとして騎士団屈指の実力者で、貴方も学ぶことはあろうかと」

「そうなんですね。教えて頂きたいです」

「外に行こう」


 ムバテさんはガチャガチャと音を鳴らして外へ向かう。身長の倍はあろうかという大きなランスを片手に。



 ★



 ダナンは月明かりの下で繰り広げられるウォルトとムバテの手合わせを蘇った同僚達と共に見守る。


『空破』

「むっ…!やるっ…!」


 ウォルト殿は魔法を使うことなく闘気術のみでムバテと手合わせを行っている。以前より洗練されていて、磨かれた闘気に押されているのはムバテの方。生前と変わらぬ見事な槍術を見せるも、素手による闘気術で受けられ、躱されて反撃を受ける。

 正直予想外であった。私としては、ウォルト殿の魔法を目にしたあとでどれ程凄い魔導師であるかを皆に伝えたかったのだが、闘気のみで互角とは…。


「ダナン。ウォルトは何者だ?」

「カネルラ最高の魔導師だ。闘気も操ることができる」

「ケインさん達もウォルトさんに魔法で拘束されたのでは?私はそうでした」

「5対1にも関わらず、俺達は1人ずつ冷静に仕留められた。手も足も出なかった」

「5人の騎士を手玉にとるほどの魔導師だが、あの御仁は自分をただの魔法が使える獣人だと勘違いしている」

「冗談はよせ。見事な技量だった」

「冗談ではない。とても重要なことゆえに頼むのだが、蘇生に助力して頂いたウォルト殿に対し、お前達が恩を感じているなら存在を秘匿してほしい。相手が国王陛下であってもだ」

「なぜだ?」

「ウォルト殿は人目に晒されるのを好まない。この場所で静かに生きている」

「私からもお願いします。どうか内密に」

「お前達が言うのならそうするが、詳しく話を聞かせてもらう」


 反応を見る限り、どうやら他の者も同意ということでよいな。


「知る限り話そう」

「言っても大丈夫な方も教えます。例えば王女様とか。現代の騎士団長もそうです」

「王女様はいいのか?」

「ウォルト殿は王女様の唯一の親友なのだ。お前達の埋葬されていた場所にも、王女様とともに魔法で数多の花を咲かせ、祈りを捧げてくれた」

「そうか…」

「私は、再び逝くときはウォルト殿の魔法で送ってもらうと決めている」

「私もです。それ以外に考えられません」

「ならば守らねばな。困ったジジイをいつまでも今世にのさばらせるわけにいかない」

「ぬかせ」


 一通り話し終えると、手合わせも佳境。


「くらえっ!『螺旋』」

『螺旋』

「…ぐあぅっ!」


 ふははっ。ムバテの『螺旋』を瞬時に『螺旋』で返し、飲み込んでさらに暴風へと変化させている。


「ウォルト……やるなっ!」

「闘気術の勉強をさせてもらってます」

「もっとすればいい」


 身体は小さいが、ムバテは槍術組では筆頭の実力者。体格に似合わぬ剛力と瞬発力を兼ね備える騎士。

 闘気術を含めた戦闘能力だけなら私より格上なのだが、直情型ゆえに駆け引きが苦手で対人戦では敗れてしまうことも多い。


「クライン様の槍を…また拝見したかった…」


 ケインがポツリとこぼした。


「この世に舞い戻ってから…そう思わぬ日はない…」


 私達は剣術組とは少々想いが異なる。クライン様は、多忙の合間を縫って槍術組の修練に参加された。我流でありながら槍捌きは圧倒的で、我々であっても見蕩れてしまうほどだった。ムバテも届かぬ実力者であり、永遠に憧れの闘士。槍の天才であったのだと思う。


 クライン様は、国王様でありながら同時に共に汗を流した同志でもある。時に食事を共にし、笑い合い、真剣にカネルラの未来を語り合った。我々が動物の森に埋葬されたのは、生前の会話を覚えていらっしゃったのだ。望みに添うように…と。そう確信している。


 だからこそ、命を散らしてもなお後悔はない。あの方と、あの方が守ろうとしたカネルラを守護するタメに命を懸けたことは騎士としての誇り。


 現代のカネルラを目にしてケイン達にも感じてほしい。それだけを願っている。

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