560 占い師の本分
ウォルトがカエデ材木を後にして、住み家に帰ろうとフクーベの街中を足早に歩いていたら急に呼び止められる。
「ちょいと!白猫のアンタだよ!」
白猫と呼ばれるのは慣れているけど、珍しく獣人じゃなくて女性に呼ばれた。目を向けると、【占い】の看板の横に見覚えがあるお婆さんがいた。
前に占ってもらった占い師だ。あの時と変わらず小さなテーブルを前に置いて椅子に座っている。
「ボクのことですか?」
念のため確認してみる。
「他にいないだろ。ちょっと寄っていきな」
「お金を持ってないんですけど」
「いらないよ。するのは世間話だ」
だったらいいかとお婆さんの前に座る。
「なにか?」
「受け取りな」
100トーブをテーブルに差し出された。
「コレは?」
「あたしゃアンタを占っちゃいない。金は返す」
「いりません。貴女は仕事をしました。ボクの望みとは違っただけで」
「どういう意味だ?」
「人の話を聞いて、相談役のように導く占いには興味がないんです。でも、見てくれたのは確かですから」
「アンタは満足してないだろ。ろくに話もしちゃいないのに」
「充分満足しました」
占い師の仕事について学んだ。それだけで充分。金額の問題じゃない。
「困ったもんだ。アンタに聞きたいことがある」
「なんでしょう?」
「なぜ水晶の効果がわかった?」
「中心に色が見えました。おそらく感情を表す色が。興奮は赤、冷静なら青という具合でしょうか?それだけわかれば情報として充分で、話を進められると推測しただけです」
感情を言い当てるだけでも『この人は凄い』と思わせて話を進めやすくなるはず。
「勘がいいな。その通りさ」
「誰にも言いません。仕事を妨害するつもりはないので」
その辺りを気にしてるのなら心配いらないことを伝えておこう。別に邪魔するつもりはない。
「そんなことはどうだっていいんだよ。アタシをどう思った?」
「人気がある占い師だと思いました。人が並ぶということは、評判だということです」
今日はいないけど。
「嘘だね。占い師だと思ってないだろ?」
「思ってます。貴女のやってることは人生相談ですが」
「ハッキリ言うじゃないか」
この人はなにが言いたいんだろう?
「生意気だね。ずっと気になってることがある。アンタの感情の色が見えなかったのはなぜだ?」
「なぜでしょう」
「誤魔化すんじゃない。なにかやったんだろ。教えな」
「お断りします。教える理由がないので」
気付かれたのなら別だけど、名も知らない占い師に教えたりしない。離れようと立ち上がる。
「待ちな。アンタを占ってやる。人生相談じゃない…本物の占いだ。見たいと言ったろう?」
本物の占い…?気になるな…。
「嬉しいお誘いですが、手持ちがないんです」
「この100トーブで払いな」
「それは貴女のお金です」
「いいから座りな。見せてやる」
「はい」
どうやら退いてくれそうにない。黙って椅子に座る。お婆さんは水晶を覆うように両手を翳した。
「アンタの名前は?」
「ウォルトです」
「年齢は?」
「22です」
次々に質問に答えていく。お婆さんは聞きながら水晶玉を覗き込んで真剣な表情。そして、水晶玉に細く魔力を送り込んでいる。『占星』と同様で魔法による占いなのか。手法をしかと目に焼き付けておこう。
「面白い」
ボクを見ることなく呟く。
「なにがですか?」
「アタシがやってることを見抜こうとしてるだろ」
「内容を知りたくても、正直わかりません」
「そうかい…。もう少しさ……。……コレは」
お婆さんは驚いた表情。
「本当なのか…。信じられない…」
「どうしました?」
「アンタは……獣人なのに魔法使いか……」
占いでそんなことまでわかるのか。
「そうですが」
「まさか……魔法で邪魔をしたのか…」
「その通りです」
「考えもしなかった…。あの時…魔法を使ったように見えなかった…」
「目立ちたくなくて、こっそり使ったので」
「そうかい…。もうなにも浮かばない。全部頭から吹き飛んじまった。ココまでだ」
「さっきも言いましたが、貴女の実力はよくわかりました」
希少な技術を見せてもらえたことに感謝だ。そして、この人の言う本物の占いとやらも。
「世界をあちこち回って獣人も山ほど見てきたけど、魔法使いには初めて会った」
「珍しいらしいですね」
「聞いたことすらない。だからこそたまげた」
「できるなら教えて下さい。貴女は水晶玉に魔力化した言語を送っていましたが、どんな魔法なんですか?」
お婆さんは怪訝な顔をする。
「言えないのなら大丈夫です」
お金を稼ぐ商売道具で価値がある。
「『水晶球鑑照』って魔法だ。魔力を送り込みながら水晶に対象を映すと、『幻視』のように様々な情報が見えてくる」
「素晴らしい魔法を見せてくれてありがとうございます。報酬が100トーブでは足りません。後で払いに来ます」
「いらん。その代わり、話があるから時間をくれ」
「構いませんが、長くなるなら人が多い場所で話をしたくないので場所を変えたいです」
「今さらだろ」
「『沈黙』を展開して、声が漏れないようにしてます。聞かれてないと思うんですが」
魔法使いなのかを聞かれた瞬間に展開した。その後は道行く人にも聞かれていないはず。お婆さんは線のように目を細める。
「…参った。薄くドーム状に魔法を展開してるのか…。気付かなかった…」
上手く隠蔽できてるつもりだったけど、見破られるようではまだまだ甘い。もっともっと修練が必要だ。とりあえず、お婆さんの泊まってる宿にお邪魔することになった。
宿には直ぐに到着した。歩いて10分とかかってない。泊まっている部屋に招いてもらう。椅子に座るように促されて素直に座る。
「あたしゃアルルカだ。世界を旅しながら占い師をやってる」
見渡しても部屋には質素な鞄が1つだけ。いかにも旅人の部屋。
「アルルカさんは、占い師なのに魔導師でもあるんですね」
「なんでそう思う?」
「魔力が磨かれているので。貴女は大魔導師だと思います」
占いで見たのはライアンさんやアニェーゼさんのように磨かれた魔力だった。この感覚が間違ってるとは思わない。磨いた魔力は嘘を吐かないから。ただ、最近は修練ができていないように感じる。少し輝きを失ったような魔力。
「…あたしゃタダの占い師だ」
「そうですか」
元暗部のカケヤさんのように、魔導師を引退して占い師に転向しても魔法を磨いてるということかな。
「アンタこそ大した魔導師だ。魔力を微塵も感じない」
「魔導師ではありません。周りに魔法使いだとバレたくないので隠蔽してるだけです」
「…そうかい」
「それで、話とはなんですか?」
「アンタは…カネルラから出るつもりはないか?」
「ないです」
「単刀直入に言おう。連れて行きたい国がある。付いてこい」
「お断りします。理由がわかりません」
「行ってから話す」
「よい旅を」
どこの世界に理由も聞かずに知らない者と国を出るバカがいるんだ?上から言う態度も気に食わない。話すだけ時間の無駄だ。さっさと帰ろう。
「付いてこないなら、アンタのことを言い触らすぞ」
耳がピクリと動く。
「極力人と関わらないように生きてます。珍獣扱いは御免なので」
「あたしゃ婆なもんで、口に戸を立てられない。アンタみたいな魔導師を見て、黙ってるのは無理だ」
「そうですか。困るので…」
噂を立てられるワケにはいかない。まだ森で静かに暮らしたいから、この人に覚えていてもらうのは困る。
自分から魔法使いだと明かして情報が漏れてしまうのは仕方ないと思うけど、意図的に広める気があるとわかっているなら防ぎたい。
『睡眠』からの『混濁』を付与するタメに手を翳す。躱されたなら大魔導師に通用するように策を練ってみよう。
「ちょっと待ちなっ!なにをする気だ…?」
「忘れてもらおうと思ってます」
「『混濁』ってことか…。そんなの食らったら、あたしゃボケちまうぞ」
「あり得ない。貴女は大魔導師で魔法耐性にも優れているはず」
「誰にも言わなきゃいいのか?」
「そうしてもらえると助かりますが、人を脅すような輩を信用しません」
「…変なことを言って悪かった。誰にも言わないからよせ」
「お断りします」
無詠唱で『睡眠』を発動すると、無効化されるかもという心配をよそにアルルカさんはしっかり眠った。ベッドに横たわらせて『混濁』を付与する。
話していて常に匂いを変化させるこのお婆さんは信用できない。目的が不明だし、妙に高圧的なのも気になる。手伝いたいと思える人間ではない。ただ、希少な魔法を見せてくれたことだけは感謝してる。今日の分だけ記憶をなくさせてもらおう。
付与する魔力量はこのくらいかな?ん…?よく見ると、アルルカさんの首筋に烙印が押されていた。烙印に見覚えはない。おそらくカネルラには存在しない烙印。
次の日。
再びフクーベの街に向かう。
「ちょいと!そこの白猫のアンタ!」
「ボクですか?」
「そうだ!ちょっと寄っていきな!」
アルルカさんに呼び止められた。椅子に座ると、どこかで聞いた台詞が並べられる。100トーブを返され幾つか言葉を交わす。なぞるように昨日とほぼ同じ流れで、不思議な感覚に陥る。既視感とはこんな感じだろうか。
「アンタを占ってやる」
「お願いします」
昨日と同様に『水晶球鑑照』を始めるアルルカさん。
「名前は?」
「テムズです」
「年齢は?」
「24です」
堂々と嘘を吐いた後も占いは続き、結果が出た。さぁ、どうだろう。
「驚かされる…」
「なにがです?」
「アンタは……人間なのか…」
「よくわかりましたね。驚きです」
やはりそうか。
推測は正しかった。アルルカさんの水晶は魔道具で、姿を映すことによって相手の魔力を元に相手の情報を解析している。魔法を使えない人でもごく微量の魔力を保持していることがほとんどだ。
今のボクは、人間の魔力にテムズさんの『変身』を反映させて、視認できないよう身体を巡らせてる。獣人が魔法を使えない常識を逆手にとった形。魔道具で読み取って上手く勘違いしてくれたっぽいな。
獣人が魔力を操って偽装しているのか、人間が変装しているのかを天秤にかけたなら圧倒的に後者が信用に値するだろう。
「魔道具で変装してますが、本当の姿が見えてますか?」
「あぁ。いい男じゃないか。獣人なんかに変装する意味がない」
「見透かされたのは初めてです」
「おだてたってなにも出やしない。なんの目的があってそんなことをしてる?」
「実は獣人に憧れがあって」
言ってて無理があると思う。さすがに通用しないかな。
「そんなの着けてちゃまともに占えない。なぜ憧れてるのか知らないが、魔法も使えない獣人にそんな要素があるか?」
「人それぞれでしょう」
意外に通用してしまった。効果に認識阻害も含まれていると判断したのかもしれない。とりあえず納得してくれただろう。ここまでの様子からすると昨日のことは覚えてないっぽいな。
大魔導師だけに、自分の身になにが起きたのかは勘付いているだろう。自分にもできることなのだから。ただし、獣人にやられたとは思わないはず。効果が怪しいと感じたら、再び『混濁』を付与するタメに確認に来たけど、安心して尋ねてみる。
「ボクは一応魔法を使えるんですけど」
「魔力を見りゃわかる」
「貴女の占いは『水晶球鑑照』ですよね?知識はあるので、水晶を借りて貴女で試してみたいんですが。無理ならいいです」
「なんだと…?ちょっと魔法をかじってるからって魔法を舐めるんじゃないよ、若造が…。やれるならやってみな」
もの凄く不満そうだけど、許可をもらえて有り難い。
「名前を教えてください」
「アルルカだ」
「年齢は?」
「秘密だ」
女性には愚問だったか。とりあえず、ボクが聞かれた通りに確認してみる。
ちゃんと答えてくれた情報だけを魔力に刻み、手を翳してアルルカさんの魔力操作を真似ながら水晶に送り込む。凝視すると幻視のような映像が視えた。言葉も記されている。凄い魔法だ。そして、この水晶も素晴らしい魔道具。
「どうだ?視えたか?遠慮なく言ってみな」
煽るような口振り。無視してしばらく情報を読み込んだ。
「では…。名前はアルルカ・ショプト。年齢は65歳。ディートベルク出身の元王宮魔導師」
「…っ」
顔色が変わった。
「死別した夫との間に子供が2人。結婚は30歳のとき。自国にて魔法褒章も授与されたが、10年前に王宮魔導師を離脱。理由は…」
「やめろっ!」
途中で水晶を取り上げられてしまう。
「アンタは…一体何者だ?」
「水晶を貸してくれて感謝します」
「待ちなっ!話は終わってないぞ!」
「貴女と話すことはありません」
立ち上がって足早に立ち去る。
「テムズっ!待てっ!!」
呼ばれても振り向かず歩を進める。これ以上この人に絡むつもりはない。言うことを聞くつもりもない。
森に向かいながら考える。『水晶球鑑照』は、使い道を誤ると危険な魔法だ。本人の意志に関わらず、簡単に人を丸裸にしてしまう。映像と情報が真実であることはさっきの反応で確信した。
魔法先進国と呼ばれているディートベルクの実態は謎のベールに包まれている。独自に編み出した魔法や技法などは、ことごとく秘匿しているらしい。
魔法を発展させることよりも、常に世界の頂点であり続けることを至上主義に掲げ、優秀な魔導師の流出を防いでいたり、禁忌の研究も躊躇わず行っているという噂もある。仮にこの魔法が彼の国で編み出されたとしたら、納得できるし魔法先進国の闇を感じる。
水晶に垣間見えた映像には、ちょっと衝撃的な内容があった。アルルカさんは、魔法の研究中に誰かを死なせてしまい、それが原因で王宮魔導師を解任された。首の烙印は、その時に刻まれた犯罪者の証。
世界を渡り歩いている理由は知らない。なぜ占い師として生きているのかも。知ったことではないし、これ以上関わるつもりもない。魔法云々ではなく、ボクが最も苦手とする獣人を嘲る人種だ。それが伝わってきた。何度か刺激される発言もあったけど、今回は初めて上手く受け流せた気がする。
そんなことより、どうしても納得いかないことがある。それは、やっぱり占いじゃなかったこと。「占ってやる」と言われたから長々と話を聞いたのに、あの魔法に先があると思えない。
うやむやになったけど、見せられたのは人の過去を覗く魔法だけ。情報を読み取られ、的確な助言をされることなど望んでないんだ。
アルルカさんが大魔導師だろうと、ディートベルクの間諜であろうと、話術に優れた人を導く占い師だろうと、大犯罪者であろうと関係ない。とにかく納得いかない。嘘を吐かれ虚仮にされた気分。あの人にとっての最上の占いとは、『過去と現在を全て言い当てる』ということなのか?
そうだとしても、魔法で見透かして過去や現在を言い当てることが凄いワケがない。ただの詐欺だ。しかも、他人を視るのはよくて自分は途中で中断させるなんて我が儘すぎる。人格を疑う行動。
ボクにとっての占いとは、それぞれ異なる手法を駆使して、存在するかもしれない仮定の未来や、今から起こる誰も考えもつかない未来をあくまで客観的な思考と手法で導き出すこと。そして、その結果を元に人を導くのが占い師の仕事。
過去をどんなに言い当てたとしても、決して変えられない。だから占いでは意味がない。未来は当たることも当たらないこともある。そんなとき、導いた結果からどう答えるのかが占い師の器量だと思う。
いつか誰かに占ってもらえるだろうか。アルルカさんに頼まないことだけは間違いない。




