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モフモフの魔導師  作者: 鶴源
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56 毛皮事情

暇なら読んでみてください。


( ^-^)_旦~

 獣人が強さと同じくらい気にすること。性別、種族、年齢、その他諸々関係なく気にすること。


 それは毛並み。カネルラは季節の移ろいがあまり感じられない国。大きく3つの季節に分類されるものの寒暖の差は最大でも10℃ほどしかない。年中適度に暖かく、獣人達に換毛期はあったりなかったり。



「う~ん。ちょっと気になるな」


 森の住み家でウォルトは悩んでいた。


 最近、なんとなくだけど毛艶が悪い気がする。いつもより抜け毛が多い気も。ただの思い過ごしであれば問題ないけど、獣人の天敵である皮膚病に罹患した可能性もあるので、判断も付かず。

 最近水浴びできる身体になったので、川に入って身を清めてみるとか、ちょっと前に作った毛艶がよくなる薬を使ってみようかなんて考えてみる。

 特段、毛並みを美しく保たなくても生活に支障はない。可能な限り美しく保ちたいと思うのはおそらく獣人の本能。


 とりあえず、ローブとズボンを脱いで下着1枚になり全身にブラシがけを始める。

 ブラシは竹を可能な限り細く割いて、先を丸く削り束ねてひと括りにした自家製。頭から足に至るまで念入りにブラシをかけ終えると、やっぱりいつもより抜け毛が多い。昔からの悩みが頭をよぎる。

 背中も一気にブラシがけして確認したいけど、いつものやり方でないとやっぱり無理かなぁ…。


 獣人に共通する悩みで背中には手が届かない。街には背中にブラシがけをしてくれる獣人専用の店が存在するくらいだ。

 尻尾を器用に動かして自分でかける者もいるらしいけど、ボクは昔から尻尾を上手く動かせないから無理。

 いつもはブラシを柱に括りつけて、身体をを当てにいってかけるけど、改善できないかずっと考えてた。


 よし!今日は特に予定もないし、思い切って背中専用のブラシを作ってみよう。構想としては、長い棒の様な形状の先にブラシを付けるという単純なモノ。

 挑戦してみる価値はある。善は急げと早速材料を採りに行く準備を始めた。


 


 ブラシの材料を求めて森に入り、住み家から少し離れた場所にある竹林を目指す。急ぐ理由もないので徒歩でのんびりと。


 森の澄んだ空気を吸いながらゆっくり進むと不穏な気配がする。匂いから察するに、獣人が1人いるだけ。微かに助けを求める声が聞こえる。

 魔物の匂いはしないけど、モンタの一件もあるし匂いのする方向に駆け出した。


 しばらく駆けたところで、騒ぎながら暴れている獣人が見えた。目を凝らすと、獣人の周りを虫が飛び回っている。どうやら蜂に襲われていることに気付き、少し離れたところから魔法を放つ。


『風流』


 風が獣人を包み込み

周囲の蜂を巻き込んで吹き飛ばした。羽根が傷ついて飛べなくなった蜂は地面で蠢くばかり。


「今のは…一体?」


 襲われていた獣人は混乱してる表情。


「大丈夫ですか?」

「今のは…貴方が?」


 言っても信じてもらえないだろう。でも、あまりに不自然なので正直に答える。


「そうです。大丈夫ですか?」

「ありがとうございます。何箇所か刺されましたけど大丈夫です。助かりました」


 丁寧に頭を下げるのはボクと同じくらいの身長で熊の獣人の女性。リュックを背負ってる。頭を上げて目が合うとなぜかボクを見つめてくる。


「もしかして、ウォルトさんでは?」


 急に名前を呼ばれて驚いたけど、こちらからも尋ねてみる。


「ボクのことを知ってるんですか?」

「私はバッハといいます。動物の森に住むウォルトさんのことはサマラから話を聞いてます」

「ボクもバッハさんの名前だけは聞いてます。その節はお世話になりました」 


 彼女はサマラの友人で、女性であるのにサマラの彼氏のふりをして、ボクが会いに行く切っ掛けを作ってくれた獣人。


「悩む友達に頼まれたら断れません。上手くいったと聞いて嬉しかったです」


 ふわりと微笑んでくれる優しそうな女性。話し方も丁寧だなぁ。


「ありがとうございます。虫刺されに効く薬があります。是非家に来て下さい」

「このくらい大丈夫ですよ」

「しばらく痛みますし、肌に痕が残るかもしれません。サマラの件でお礼もできていないので、是非」

「では…お言葉に甘えます」


 家に戻ろうとして竹林の近くまで来ていたことに気付き、「少しだけ待ってもらっていいですか?」と断りを入れて、さっと竹を刈った。その後、住み家まで案内する。



 ★



 居間でお茶を飲みながら待ってもらい、虫刺されの塗り薬を調合する。出来合いの薬でもよかったけど、恩人のバッハさんにはより効果のある薬を渡したい。


「上手くできた」


 完成した薬を手にバッハさんの元へ向かう。


「自家製ですが薬ができました。薄く塗ってもらえると効果がわかると思います」

「使わせてもらいます」


 容器から少し指にとって刺された箇所に塗る。


「凄い…。すっと痛みが引いていく。こんないい薬を貰っていいんですか?」

「遠慮なくどうぞ。早く治す手助けができて嬉しいです」

「…ウォルトさんはサマラに聞いていた通りの人ですね」

「サマラはなにか言ってましたか?」

「優しく謙虚でとても温かい人だと」

「獣人の男らしくなくて恥ずかしいですね」

「獣人の女として言わせてもらえば、皆が男に獰猛さや強さを求めているワケではありません。男らしさであるとも思いません。優しさを男らしさ…好ましいと思う者だっている。サマラもその1人です」

「そうですか」


 気を使わせてしまったかな。


「ところでウォルトさん。床に毛が落ちているのを見かけたんですが、もしかして抜け毛が激しかったり?」

「実は…そうなんです。最近いつもより毛艶も悪くなっている気がして。気のせいならいいんですが」

「毛皮を見せてもらっていいですか?」

「構いませんが」


 言われた通りにローブを脱いで椅子に座ると、バッハさんは毛皮をジッと観察する。手触りを確かめたり、ブラシをかけて抜け毛を調べたりしてる。


「コレは…もしかしたら真菌症かも」

「真菌症?皮膚の病ですか?」


 ボクは師匠が住み家に残した文献で薬や病気、魔法について学んでるけど、獣人の皮膚病について書かれた文献はなくてよく知らない。


「皮膚に限らないんですけど、カビなどが繁殖して起こる場合があります。放っておくと円形脱毛になったり大量にフケが出ます」

「なんてことだっ…!そうだとしてもどうすれば…」


 獣人にとって円形脱毛は非常に恥ずかしいこと。当然フケも周りから不潔だと思われてしまう。過去最大級のピンチ。


「よければコレを使ってみて下さい」


 背負っていたリュックから取り出して手渡されたのは、黄金色の液体が入った瓶。


「毛皮の病気に効く薬です。私はフクーベで獣人の毛皮や皮膚の手入れをする仕事をしています。この薬を作るのに蜂蜜が必要で、定期的に森に採取に来てるんです」

「それで蜂に襲われたんですね」


「今日は逃げ遅れて」と苦笑い。バッハさんが言うには、薬を風呂のお湯などに薄く溶かして何日か浸かると効果があるらしい。


「お幾らですか?代金を払います」

「お金はいりません。先ほどの塗り薬と物々交換ということでどうでしょう?」

「そういうことなら」


 有り難く頂くことにした。そうなるとお礼になにを渡そう?いいことを思いついて、さらなるお礼に調合室から持ってきたあるモノを手渡す。


「ボクが色々試して作った毛艶がよくなる薬です。他の獣人にも効くと思います。試しに使ってみませんか?」


 頷いてくれたバッハさんを椅子に座らせ、露出してる毛皮に塗った薬をブラシで薄く伸ばしていく。ブラシをかけ終わる頃には、最初とは比べものにならないほど艶のある毛皮に変貌していた。


「すごい代物です…。獣人なら誰もが欲しがります。どうやってこんな薬を…」 


 自分の毛皮を見ながら目を見開いてる。気に入ってもらえたみたいでよかった。


「色々な薬草を調合して作ったんです。なかなか材料が集まらないのでたまにしか作れないんですが。ボクからバッハさんへのお礼ということで」

「貰いすぎですよ」

「お節介かと思いますが、このままマードックに会いに行ってみてはどうですか?」


 驚いた様子のバッハさん。なぜそれを?という表情。


「サマラから聞いていたんです。バッハさんはマードックに好意を持っていると。今もそうなのかわかりませんが、少しでも力になれたら。ボクとサマラのことに助力して貰ったお礼に」

「なぜ知ってるのか驚きましたけど、それなら納得です。私は…まだマードックさんのことが好きです…。けれど、あの人は沢山の女性に囲まれているので…」


 自信なさげに下を向く。


「今のバッハさんの毛艶の美しさは誰にも負けません。自分に自信を持って下さい」

「ウォルトさん…」


 獣人の女性は、容姿もそうだけど毛艶も美しさの基準になる。今のバッハさんに勝る毛艶を持つ女性はフクーベにいないと断言できる。きっとマードックもそう思う。


「無理にとは言いません。けれど、その姿でアイツの前に立つだけで驚かせることができます」

「そう…ですね。少し自信が持てました!今日会いに行ってみます!」

「その意気です」


 バッハさんに近づき、毛皮を見るふりをしながら『保存』を付与する。毛艶を少しでもいい状態に保ちたい。



 フクーベに戻るバッハさんを笑顔で見送って、ふと思う。


 見た目も声も可愛らしい女性だった。どこをどう間違ったら男だと勘違いできるんだ…?男女の匂い以前の問題。言いたくないけど、マードックは……相当鈍いバカなんじゃないか?



 ★



 マードックは、あいも変わらず家で酒を飲んでいた。今日は珍しくサマラも晩酌に付き合っている。


「たまにはお酒もいいね。毎日飲む奴の気がしれないけど」

「うるせぇよ」


 普段は飲まないけど酒を飲むこと自体は好きで、酔わないくらい強いことはウォルトに知られたくないので内緒にしてる。


 …と、玄関ドアがノックされた。こんな時間に誰だろう?玄関に向かいドアを開けるとバッハがいた。可愛い服を着て驚くほど美しい毛艶をして。


「いらっしゃい♪」

「急に来てごめんね」

「入って、入って!」


 バッハの目的に気付いて、家に招き入れる。


「おい、サマラ!誰だ!?」


 振り返った先マードックの動きが止まる。アホ面で見蕩れてるね。まぁ、こんなに綺麗な毛皮を見たらそうなっても仕方ない。


「こ、こんばんは…。遊びに来ました。お邪魔します」

「お、おぅ…。ゆっくりしていけや…」

「バッハも一緒に飲もう!」

「う、うん」


 椅子に座るよう促して酒を酌み交わす。マードックは終始落ち着かない様子で、バッハをチラ見してた。



「遅ぇし夜道は危ねぇから泊まっていけ!」とマードックに言われたバッハは、私の部屋に泊まることになった。早速訊かなきゃ!


「バッハ、やったね!マードックの奴、めちゃくちゃ動揺してたよ!」

「うん。私にもわかったよ。意識してもらえて嬉しい…」

「その毛艶すごいね!そんなの初めて見るよ!どうやったの?」

「全部ウォルトさんのおかげなんだ」

「へぇ~。ウォルトのおかげねぇ~……って、ウォルトって白猫のウォルト!?」


 バッハはコクリと頷いて経緯を説明してくれた。


 動物の森で偶然出会って蜂から助けてもらったこと。ウォルトは毛皮の病気かもしれなかったこと。塗り薬を貰ってバッハも薬をあげたこと。

 私との再会に力を貸してくれたことに感謝していて、マードックと上手くいくよう毛艶がよくなる薬を貰って励まされて来たことを。


「そっかぁ~。なんたる偶然。密かにそんな薬を作ってるなんてね。私にも作ってくれたらいいの……に?」

「はい。「サマラにも渡して下さい」ってウォルトさんから預かった」


 言い終える前にウォルトの薬を手渡される。


「くっそぉ~!心を読まれてる!憎くないけど憎らしいぞぉ!嬉しいけど…それより会いに来なさいよね!」


 文句を言いながらも笑顔で受け取り、直ぐお気に入りの小物入れに仕舞う。


「使ってみないの?」

「今度会いに行くときに使うからそれまで取っておく!驚かせてやるんだから!」


 ニシシッ!と笑う。待ってなさいよ!


 その後もマードックを陥落する作戦を立てながらたまにウォルトの話を挟みつつ、私とバッハの女子会は夜遅くまで続いた。

読んで頂きありがとうございます。

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