556 くるまる魔導師
「「お久しぶりです」」
「2人で来るなんて珍しいね」
今日はミーリャとロックがウォルトの住み家を訪ねてきた。
嬉々として飲み物でもてなす。ミーリャは好きなカフィの豆乳割り。ロックには甘くない紅茶を。
「美味しいです!」
「美味すぎます」
「ありがとう。今日は用があってきたの?」
「はい。実はお願いがあって来ました。故郷のスイシュセンドウに私もロックもお世話になったダーシーさんっていう魔導師がいるんですけど」
「ロックの魔法の師匠だよね?」
ネネさんに殴られたオーレンを治療してくれた人の名だ。スケさんの知人でもあるはず。
「そうです。ダーシーさんの体調が悪いらしくて、助言をもらえないかと」
「町の医者が困ってるんですよ」
「なんで?」
「師匠が言うことをきかないみたいです。適当なことを言って煙に巻いてるみたいで」
「病気なのに元気な人だね。病なのに医者を困らせるなんて、激怒されても仕方ないよ」
ボクでもわかる。
「会ってもらうとわかるんですけど、ダーシーさんはちょっと変わってて面白い人なんです」
「そうだけど、まさかこんな時まで不真面目とは思わなかった…。はぁ…」
ロックは深い溜息を吐く。
「もしよければ、ウォルトさんが診てもらえないでしょうか?」
「ボクでいいの?医者じゃないから、病には詳しくないけど」
「シュケルおじさんとウォルトさんがいれば、なんとかなるかもしれないです。ご迷惑をおかけしますがお願いできませんか?」
2人は頭を下げる。スケさんはさておき、なぜボクなのかわからないけど、ちょっと気になるな。
「構わないよ。スケさんのところへ行こうか」
「いいんですか?」
「ただし、ボクは治癒師や医者じゃない。それでもよければ、意見くらいは言えるかもしれない」
「「よろしくお願いします!」」
修練場に移動して、ミーリャ達がスケさんに事情を説明する。
『相変わらずだな。困った奴だ』
「治療を受けるようおじさんから言ってやってほしいんだ」
『いいだろう。この間帰ったときも顔を見せてない。いい機会だ』
話は纏まったかな。
「じゃあ、行く日を決めよう」
「なるだけ早い方がいいんですけど…どうするかな」
「だったら今から行こう」
「急だけどいいんですか?」
「ボクは構わない。今日は予定もないし、スケさんと2人がよければ」
「俺達は行けます!」
『俺も構わない』
「じゃあ、準備して行こう」
まずはスケさんを『変身』させる。もう慣れたもの。食料は手持ちがないけど、2人の実家もあるからどうにでもなるらしい。
「ボクが皆を背負ってスイシュセンドウまで駆けるよ」
「そこまでお願いできません」
「俺達は自力で行くんで!」
「病気を診るなら早い方がいい。馬車よりは速い自信があるよ。鍛錬にもなる」
というワケで、魔力の網で3人を纏めて背負う。スケさん、ロック、ミーリャの順で重なってる。
「俺達、バランス悪くないですか?」
「大丈夫。ゆっくり話してて。じゃあ出発するよ」
スイシュセンドウに向けて駆け出す。心配だろうから、早く到着できるよう『身体強化』や獣人の力を駆使して駆けよう。
「3人背負ってなんという速さだ…」
「凄い…。縫うように走るってこういうことか…」
「風が気持ちいいです」
この調子なら1時間かからずに行けそうだ。大会で優勝したボルトさんに負けないよう駆けないと。いずれ再戦するのは間違いないから。
1時間かからずにスイシュセンドウに到着した。ほぼ予想通り。
「速すぎるぞ」
「余裕で日帰りできる速さだった…」
「ウォルトさん!ありがとうございました!」
「もうちょっと速く着けると思ったけど、まだまだだね」
町の外でボクも『変身』する。いつもの如くテムズさんの若い頃の姿。もはや愛着があるし、治療の話をするなら人間の姿の方が信用されやすいと思う。
「この方が話しやすいと思うんだけど」
「確かにな。その姿がいいかもしれん」
「俺達はなんて呼べばいいですか?」
「テムズでお願いできるかな」
「わかりました。テムズさんですね」
町に入るとスケさんから提案が。
「すまんが、先に家に寄っていいか?ダーシーに会いに行ったことがネネにバレたら、バラバラにされそうだ」
「それがいいね。お母さんならやりかねない」
「確かに。ネネおばさんが暴れたら誰にも止められないもんな」
まずはスケさんとミーリャの家に向かって、玄関の前に立つ。
「ふぅ…」
息を吐いたスケさんがドアをノックすると、足音もなくいきなりノブが回った。
「誰だ?」
顔を出したのはネネさん。
「俺だ。帰ったぞ」
「シュケルかっ!」
「ただい……お、おいっ!ネネ!こらっ!いきなりなんだっ!?」
ネネさんはスケさんの腕を掴んで家に引きずり込もうとする。抵抗してもじりじりと中へ引き込まれる。
「いいから黙って入れバカ亭主がっ!そこにいるのは…ウォルトだな!?」
バチッと目が合う。すぐに気付くから凄いなぁ。さすがは元暗部。まだまだ変装が未熟ということ。
「お久しぶりです」
「今回もちゃんと付いてるんだろうなっ?!」
付いてる…?あぁ…。そういうことか。
「もちろんです。ご心配なく。前回の要望通りです」
「感謝するぞっ!シュケル!いいから入れっ!ミーリャ!また後でなっ!」
「ネネっ…!…ちょっと話を聞けっ!他に用事があるっ!後で来るから…」
「黙れっ!家に帰るより大事な用事があるかっ!この放蕩亭主がっ!今すぐ殺されたいのかっ!」
「うわっ…!」
スケさんが引きずり込まれ、ドアが勢いよく閉まって鍵がかけられた。この先は訊くまでもない。ミーリャに微笑みかける。
「ダーシーさんのところへ行こうか」
「そうしましょう!邪魔しちゃ悪いです♪」
「俺にはさっぱりわからない…。説明してくれ」
会話しながらしばらく歩くと、ダーシーさんの家に到着した。ロックがドアをノックする。
「師匠~!俺だっ!ロックだっ!」
大きな声で呼びかけるも、し~ん…と静まり返る。
「またか…」
ロックはガチャガチャとノブを乱暴に回し始めた。
「乱暴に回したら壊れるよ。今いないんじゃないか?」
「病人だからいるはずです。師匠にはこのくらいやらないと……おっらぁぁ!」
ドアノブはもげてしまった…。後で直そう。
「師匠っ!入るぞっ!」
ロックはずんずん歩を進め、ミーリャと共に後を付いていく。迷わず進んだ先には、ベッドに横たわる女性の姿。
毛布を首まで被って顔しか見えないけど、直立不動のまま仰向けに寝転んでいて姿勢がいい。まるで棺桶に入っているかのよう。サラさんやネネさんと変わらない年齢に見える。
「師匠っ!師匠っ!」
呼びかけても反応しない。
「…いい加減にしろよ!」
ロックはいきなりビンタを食らわせた。
「いったぁ~!いきなりなにすんだ!?このバカ弟子がっ!」
「こっちの台詞だよ!死んだフリなんかして、どういうつもりだ!」
「アタシはもう死んだようなモノだ!ほっといてくれ!」
ダーシーさんは、毛布を被って丸まってしまった。ロックが無理やり剥がそうとする。
「いい加減にっ……しろって!師匠が心配なんだよ!」
「アタシに構うな!お前はもうアタシの手から離れた!関係ないだろ!」
「知るかっ!勝手なことばっか言いやがって…!」
「毛布を剥いだら本当に破門するぞっ!いいのかっ!?」
「ワケわかんねぇ!子供みたいなこと言うなっ!」
なかなか剥ぎ取れないロックは肩で息をしてる。ダーシーさんは頑固な師匠だ。
「はぁ…はぁっ…。師匠…。頼むからちゃんと診てもらってくれよ…」
「嫌だねっ!」
「お願いだ…。まだ40にもなってないのに死んでもいいのかよ…」
「歳のことは言うな!それに、言うなら5歳は若く言うのが女性に対する礼儀だ!アホ弟子め!」
「なんだとぉ~!」
「ふふっ。ダーシーさん。相変わらずですね」
「その声は…ミーリャだな!ロックを連れていけ!お前達はもうアタシに構うな!」
「それは無理かな。私達の知り合いに来てもらったの。ダーシーさんを診てもらおうと思って」
「余計なお世話だ!アタシはもう一生この毛布から出ない!」
「我が儘言うなって…!このバカ師匠っ…!このぉっ…!」
やっぱり剥がせない。とりあえず挨拶しておこう。
「ダーシーさん、初めまして。テムズと申します」
「こちらこそ。ダーシーです」
動きが止まって毛布がペコリと下がる。
「2人の友人なんですが、ダーシーさんの症状を確認に来ました。診察させて頂けませんか?」
「…声からするとテムズさんは若いけど、医者なのか?」
「いえ。無資格でただの人間です」
「そりゃ無理だって!気持ちは嬉しいけども!それに、アタシは毛布の中で死ぬんだ!もう出ないって決めた!」
中々の強情さ。
「毛布の上から診断するならいいんですか?」
「できるもんならねっ!」
「では、横になって頂けますか?毛布はそのままで構いません」
「コレでいい?」
真っ直ぐに伸びたまま毛布を綺麗に被ってる。素直だし器用だな。そして、確かに面白い人だ。
「では、いきます。動かないでください」
「はいよ」
『浸透解析』で毛布の上から診断する。頭から足先まで確認できた。
「終わりました」
「ほぅ。なにか見つかったかな?」
「はい。胃がかなり荒れてます。心当たりはありますか?」
「酒を飲みまくったけども」
「あと、左手首を捻ってますね」
「酔ってこけそうになって、床に手をついたときかな。だいぶよくなったけれど」
「それと、お通じが悪いのでは?かなりお腹に溜まってます」
「まぁ、そうなんだが…………ちょっと待て!いきなり乙女の秘密を暴露するとはどういう了見だ!?」
毛布がどっかんどっかん暴れているのに身体は見えない。ダーシーさんは母さんに似てるな。コミカルな動きの魔導師。
「ココまでは軽い話です」
「全然軽くないわい!」
「ダーシーさんの抱える一番の問題は、魔力回路の損傷だと思います」
ぴたりと毛布が止まった。
「魔力回路の…損傷だと…?」
「内臓に腫瘍があるワケでも、特筆すべき傷があるワケでもない。無資格にわかるのはこの程度です。最も気になったのは魔力回路の損傷で、今のダーシーさんは魔法を使えないはずです。合っていますか?」
原因は不明だけど、回路の一部が潰れて魔力の流れがせき止められている。
「……君は何者だ?」
「ただの魔法使いです。今から治療したいと思います。うつ伏せで横になって下さい。毛布はそのままで構いません」
「なんだかなぁ…」
もそもそ動いてうつ伏せになってくれる。やっぱり素直だ。
「毛布越しに背中に触れていいですか?」
「いいとも」
「では…」
そっと背中に手を添えて魔力を操る。魔力回路に侵入させて様子を見ながら少しずつ復旧する。原因不明だけど回路の一部が潰れて閉塞してる。少しずつこじ開けて元通りに形成しよう。
「テムズ」
「なんでしょう?」
「君って凄い魔法使いなんじゃないか?」
「路傍の魔法使いですよ」
「そうか」
心配そうに見つめるロックが語りかけた。
「なぁ、師匠。もしかして、魔法を使えなくなったから死ぬって言ったのか…?」
「そうとも言う」
「…ふざけんなよ!どれだけ心配したと思ってんだ!そんなんじゃ人は死なないだろ!周りに迷惑かけんなよ!」
「ふざけてなどいない。若いお前にはわからないだろうが、魔法を使えなくなったら死んだも同然だ」
「そうだとしても正直に言えばいいだろ!」
「アタシは役立たずになった。これで満足か?」
「なんでそうなるんだよ!意味わかんねぇ!」
「治癒魔法も生活魔法も使えない。誰の役にも立たない。役立たずの中年女だ」
熱い会話の途中でミーリャに目配せすると、頷いてくれる。言いたいことを理解してくれたかな。
「本当に魔法を使えないのか?」
「使えない。何度試しても無駄だった」
「やってみせてくれよ」
「断る。そんなに恥をさらすところを見たいか」
「別に恥なんかじゃないって!」
ミーリャがそっと近づく。
「ダーシーさん。ロックは諦めきれないんだよ。ダメだって言うならできないところを見せた方が早いと思う。一目瞭然だろうし、しつこく言われたくないでしょ?」
「…ふむ。アホ弟子と違ってミーリャの言い分は一理ある」
勢いよく毛布を放り投げたダーシーさんは、ベットに仁王立ちで即座に印を結ぶ。
「とくと見ろ。アタシの使えなくなった『火炎』を!」
見事に発現した炎が壁を直撃した。
「「「どわぁぁ~っ!」」」
3人揃って驚いてる。
「な、なにやってんだよ!」
「火っ、火がぁぁ!誰だっ!部屋で魔法を使った奴はっ!?」
「アンタだよ!ちょっと待ってろ!水持ってくる……ってなにも焦げてないな…」
「障壁を張って防いだから大丈夫だよ」
放つ直前に『魔法障壁』を展開したから壁に到達する直前に防げた。ちゃんと魔力が淀みなく流れていたのも確認できた。
「はぁ…。テムズさん、ありがとうございます…。相当ビビりました…」
「ダーシーさん。魔法使えるようになってよかったね!」
「あ、あぁ…」
「今後もロックの師匠として元気でいて下さい。お疲れさまでした」
解決かな。あとは、ゆっくり再会を楽しんでもらいたい。
「ちょっと待ってくれっ!テムズ!君は何者だ!?」
スケさんの様子を見にいこうとして呼び止められる。
「さっきも言いましたが、2人の友人でただの魔法使いです」
「そんなワケあるかぁ!ただの魔法使いが魔力回路の修復?なんてできるはずない!」
「過去にも何人か診ていたので、できただけですが」
「そうだぞ、師匠。テムズさんはただの魔法使いだ。変な勘違いするなよ。失礼だろ」
「ダーシーさん。見てわかるでしょ?凄そうに見える?」
「そ、そう言われると…そうか?」
さすが2人はわかってくれてる。
「そんなことより、他に悪いところがあるなら、今の内に教えてくれよ」
「ない。暴飲暴食でお通じが悪いくらいだ」
「それは完全な自業自得だろ!」
「では、ごゆっくり」
ダーシーさんの家を後にして、スケさんの家に向かいながら思う。
ロックの心情は理解できた。師匠を気遣うがゆえに真剣に怒り、「魔法が使えなくなっても師匠だ」「なにも変わらない」と伝えたかったんだ。
そして、ダーシーさんの気持ちもわかる。この町でずっと魔導師として皆の暮らしを支えていると道中で2人が話していた。魔法を使えなくなった自分を「役立たずだ」と断じたのは、存在意義を失ったと感じたからかもしれない。
誰かのタメに魔法を磨いていたのに、生き甲斐を失い、死んだも同然だと思い込んでしまっただけ。ボクも魔法を失ったら立ち直るのに時間がかかると思う。
大切な人の生活を支え続け、ちゃんと後進も育てる。ホーマさんやハズキさんと同様で、尊敬できる魔導師。自分本位なボクにはできない。これからも魔導師として頑張ってほしいと思えた。
それにしても、面白い人だったな。真面目な人が多い印象がある魔導師にも、あんなに陽気な人がいるんだと知った。
なんて考えていると、スケさんの家に辿り着く。
「待ってたぞ、ウォルト!」
「毎度すまん」
元気一杯のネネさんと、疲れ気味のスケさんは玄関の前で並んで待っていてくれた。
「ダーシーはどうだった?」
「ボクにできることはやりました」
「そうか。助かる」
「用事が終わったのなら次はこっちだ!」
「手合わせでしょうか?」
「当然だ!そのために待っていた!」
「わかりました」
やらなければ治まらないのは知ってる。ネネさんの身体には既に『気』が揺蕩っているから一目でわかった。
カケヤさんと修練しているというネネさんは、どんな変化を遂げているんだろう。




