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モフモフの魔導師  作者: 鶴源
556/715

556 くるまる魔導師

「「お久しぶりです」」

「2人で来るなんて珍しいね」 


 今日はミーリャとロックがウォルトの住み家を訪ねてきた。


 嬉々として飲み物でもてなす。ミーリャは好きなカフィの豆乳割り。ロックには甘くない紅茶を。

 

「美味しいです!」

「美味すぎます」

「ありがとう。今日は用があってきたの?」

「はい。実はお願いがあって来ました。故郷のスイシュセンドウに私もロックもお世話になったダーシーさんっていう魔導師がいるんですけど」

「ロックの魔法の師匠だよね?」


 ネネさんに殴られたオーレンを治療してくれた人の名だ。スケさんの知人でもあるはず。


「そうです。ダーシーさんの体調が悪いらしくて、助言をもらえないかと」

「町の医者が困ってるんですよ」

「なんで?」

「師匠が言うことをきかないみたいです。適当なことを言って煙に巻いてるみたいで」

「病気なのに元気な人だね。病なのに医者を困らせるなんて、激怒されても仕方ないよ」


 ボクでもわかる。


「会ってもらうとわかるんですけど、ダーシーさんはちょっと変わってて面白い人なんです」

「そうだけど、まさかこんな時まで不真面目とは思わなかった…。はぁ…」


 ロックは深い溜息を吐く。


「もしよければ、ウォルトさんが診てもらえないでしょうか?」

「ボクでいいの?医者じゃないから、病には詳しくないけど」

「シュケルおじさんとウォルトさんがいれば、なんとかなるかもしれないです。ご迷惑をおかけしますがお願いできませんか?」


 2人は頭を下げる。スケさんはさておき、なぜボクなのかわからないけど、ちょっと気になるな。


「構わないよ。スケさんのところへ行こうか」

「いいんですか?」

「ただし、ボクは治癒師や医者じゃない。それでもよければ、意見くらいは言えるかもしれない」

「「よろしくお願いします!」」



 修練場に移動して、ミーリャ達がスケさんに事情を説明する。


『相変わらずだな。困った奴だ』

「治療を受けるようおじさんから言ってやってほしいんだ」

『いいだろう。この間帰ったときも顔を見せてない。いい機会だ』


 話は纏まったかな。


「じゃあ、行く日を決めよう」

「なるだけ早い方がいいんですけど…どうするかな」

「だったら今から行こう」

「急だけどいいんですか?」

「ボクは構わない。今日は予定もないし、スケさんと2人がよければ」

「俺達は行けます!」

『俺も構わない』

「じゃあ、準備して行こう」


 まずはスケさんを『変身』させる。もう慣れたもの。食料は手持ちがないけど、2人の実家もあるからどうにでもなるらしい。


「ボクが皆を背負ってスイシュセンドウまで駆けるよ」

「そこまでお願いできません」

「俺達は自力で行くんで!」

「病気を診るなら早い方がいい。馬車よりは速い自信があるよ。鍛錬にもなる」


 というワケで、魔力の網で3人を纏めて背負う。スケさん、ロック、ミーリャの順で重なってる。


「俺達、バランス悪くないですか?」

「大丈夫。ゆっくり話してて。じゃあ出発するよ」


 スイシュセンドウに向けて駆け出す。心配だろうから、早く到着できるよう『身体強化』や獣人の力を駆使して駆けよう。


「3人背負ってなんという速さだ…」

「凄い…。縫うように走るってこういうことか…」

「風が気持ちいいです」


 この調子なら1時間かからずに行けそうだ。大会で優勝したボルトさんに負けないよう駆けないと。いずれ再戦するのは間違いないから。






 1時間かからずにスイシュセンドウに到着した。ほぼ予想通り。


「速すぎるぞ」

「余裕で日帰りできる速さだった…」

「ウォルトさん!ありがとうございました!」

「もうちょっと速く着けると思ったけど、まだまだだね」


 町の外でボクも『変身』する。いつもの如くテムズさんの若い頃の姿。もはや愛着があるし、治療の話をするなら人間の姿の方が信用されやすいと思う。


「この方が話しやすいと思うんだけど」 

「確かにな。その姿がいいかもしれん」

「俺達はなんて呼べばいいですか?」

「テムズでお願いできるかな」

「わかりました。テムズさんですね」


 町に入るとスケさんから提案が。


「すまんが、先に家に寄っていいか?ダーシーに会いに行ったことがネネにバレたら、バラバラにされそうだ」

「それがいいね。お母さんならやりかねない」

「確かに。ネネおばさんが暴れたら誰にも止められないもんな」


 まずはスケさんとミーリャの家に向かって、玄関の前に立つ。


「ふぅ…」


 息を吐いたスケさんがドアをノックすると、足音もなくいきなりノブが回った。


「誰だ?」


 顔を出したのはネネさん。


「俺だ。帰ったぞ」

「シュケルかっ!」

「ただい……お、おいっ!ネネ!こらっ!いきなりなんだっ!?」


 ネネさんはスケさんの腕を掴んで家に引きずり込もうとする。抵抗してもじりじりと中へ引き込まれる。


「いいから黙って入れバカ亭主がっ!そこにいるのは…ウォルトだな!?」


 バチッと目が合う。すぐに気付くから凄いなぁ。さすがは元暗部。まだまだ変装が未熟ということ。


「お久しぶりです」

「今回もちゃんと付いてるんだろうなっ?!」


 付いてる…?あぁ…。そういうことか。


「もちろんです。ご心配なく。前回の要望通りです」

「感謝するぞっ!シュケル!いいから入れっ!ミーリャ!また後でなっ!」

「ネネっ…!…ちょっと話を聞けっ!他に用事があるっ!後で来るから…」

「黙れっ!家に帰るより大事な用事があるかっ!この放蕩亭主がっ!今すぐ殺されたいのかっ!」

「うわっ…!」


 スケさんが引きずり込まれ、ドアが勢いよく閉まって鍵がかけられた。この先は訊くまでもない。ミーリャに微笑みかける。


「ダーシーさんのところへ行こうか」

「そうしましょう!邪魔しちゃ悪いです♪」

「俺にはさっぱりわからない…。説明してくれ」



 会話しながらしばらく歩くと、ダーシーさんの家に到着した。ロックがドアをノックする。


「師匠~!俺だっ!ロックだっ!」


 大きな声で呼びかけるも、し~ん…と静まり返る。

 

「またか…」


 ロックはガチャガチャとノブを乱暴に回し始めた。


「乱暴に回したら壊れるよ。今いないんじゃないか?」

「病人だからいるはずです。師匠にはこのくらいやらないと……おっらぁぁ!」


 ドアノブはもげてしまった…。後で直そう。


「師匠っ!入るぞっ!」


 ロックはずんずん歩を進め、ミーリャと共に後を付いていく。迷わず進んだ先には、ベッドに横たわる女性の姿。

 毛布を首まで被って顔しか見えないけど、直立不動のまま仰向けに寝転んでいて姿勢がいい。まるで棺桶に入っているかのよう。サラさんやネネさんと変わらない年齢に見える。

 

「師匠っ!師匠っ!」


 呼びかけても反応しない。


「…いい加減にしろよ!」


 ロックはいきなりビンタを食らわせた。


「いったぁ~!いきなりなにすんだ!?このバカ弟子がっ!」

「こっちの台詞だよ!死んだフリなんかして、どういうつもりだ!」

「アタシはもう死んだようなモノだ!ほっといてくれ!」


 ダーシーさんは、毛布を被って丸まってしまった。ロックが無理やり剥がそうとする。


「いい加減にっ……しろって!師匠が心配なんだよ!」

「アタシに構うな!お前はもうアタシの手から離れた!関係ないだろ!」

「知るかっ!勝手なことばっか言いやがって…!」

「毛布を剥いだら本当に破門するぞっ!いいのかっ!?」

「ワケわかんねぇ!子供みたいなこと言うなっ!」


 なかなか剥ぎ取れないロックは肩で息をしてる。ダーシーさんは頑固な師匠だ。


「はぁ…はぁっ…。師匠…。頼むからちゃんと診てもらってくれよ…」

「嫌だねっ!」

「お願いだ…。まだ40にもなってないのに死んでもいいのかよ…」

「歳のことは言うな!それに、言うなら5歳は若く言うのが女性に対する礼儀だ!アホ弟子め!」

「なんだとぉ~!」

「ふふっ。ダーシーさん。相変わらずですね」

「その声は…ミーリャだな!ロックを連れていけ!お前達はもうアタシに構うな!」

「それは無理かな。私達の知り合いに来てもらったの。ダーシーさんを診てもらおうと思って」

「余計なお世話だ!アタシはもう一生この毛布から出ない!」

「我が儘言うなって…!このバカ師匠っ…!このぉっ…!」


 やっぱり剥がせない。とりあえず挨拶しておこう。


「ダーシーさん、初めまして。テムズと申します」

「こちらこそ。ダーシーです」


 動きが止まって毛布がペコリと下がる。


「2人の友人なんですが、ダーシーさんの症状を確認に来ました。診察させて頂けませんか?」

「…声からするとテムズさんは若いけど、医者なのか?」

「いえ。無資格でただの人間です」

「そりゃ無理だって!気持ちは嬉しいけども!それに、アタシは毛布の中で死ぬんだ!もう出ないって決めた!」


 中々の強情さ。


「毛布の上から診断するならいいんですか?」

「できるもんならねっ!」

「では、横になって頂けますか?毛布はそのままで構いません」

「コレでいい?」


 真っ直ぐに伸びたまま毛布を綺麗に被ってる。素直だし器用だな。そして、確かに面白い人だ。


「では、いきます。動かないでください」

「はいよ」


『浸透解析』で毛布の上から診断する。頭から足先まで確認できた。


「終わりました」

「ほぅ。なにか見つかったかな?」

「はい。胃がかなり荒れてます。心当たりはありますか?」

「酒を飲みまくったけども」

「あと、左手首を捻ってますね」

「酔ってこけそうになって、床に手をついたときかな。だいぶよくなったけれど」

「それと、お通じが悪いのでは?かなりお腹に溜まってます」

「まぁ、そうなんだが…………ちょっと待て!いきなり乙女の秘密を暴露するとはどういう了見だ!?」


 毛布がどっかんどっかん暴れているのに身体は見えない。ダーシーさんは母さんに似てるな。コミカルな動きの魔導師。


「ココまでは軽い話です」

「全然軽くないわい!」

「ダーシーさんの抱える一番の問題は、魔力回路の損傷だと思います」


 ぴたりと毛布が止まった。


「魔力回路の…損傷だと…?」

「内臓に腫瘍があるワケでも、特筆すべき傷があるワケでもない。無資格にわかるのはこの程度です。最も気になったのは魔力回路の損傷で、今のダーシーさんは魔法を使えないはずです。合っていますか?」


 原因は不明だけど、回路の一部が潰れて魔力の流れがせき止められている。


「……君は何者だ?」

「ただの魔法使いです。今から治療したいと思います。うつ伏せで横になって下さい。毛布はそのままで構いません」

「なんだかなぁ…」


 もそもそ動いてうつ伏せになってくれる。やっぱり素直だ。


「毛布越しに背中に触れていいですか?」

「いいとも」

「では…」


 そっと背中に手を添えて魔力を操る。魔力回路に侵入させて様子を見ながら少しずつ復旧する。原因不明だけど回路の一部が潰れて閉塞してる。少しずつこじ開けて元通りに形成しよう。


「テムズ」

「なんでしょう?」

「君って凄い魔法使いなんじゃないか?」

「路傍の魔法使いですよ」

「そうか」


 心配そうに見つめるロックが語りかけた。


「なぁ、師匠。もしかして、魔法を使えなくなったから死ぬって言ったのか…?」

「そうとも言う」

「…ふざけんなよ!どれだけ心配したと思ってんだ!そんなんじゃ人は死なないだろ!周りに迷惑かけんなよ!」

「ふざけてなどいない。若いお前にはわからないだろうが、魔法を使えなくなったら死んだも同然だ」

「そうだとしても正直に言えばいいだろ!」

「アタシは役立たずになった。これで満足か?」

「なんでそうなるんだよ!意味わかんねぇ!」

「治癒魔法も生活魔法も使えない。誰の役にも立たない。役立たずの中年女だ」


 熱い会話の途中でミーリャに目配せすると、頷いてくれる。言いたいことを理解してくれたかな。


「本当に魔法を使えないのか?」

「使えない。何度試しても無駄だった」

「やってみせてくれよ」

「断る。そんなに恥をさらすところを見たいか」

「別に恥なんかじゃないって!」


 ミーリャがそっと近づく。


「ダーシーさん。ロックは諦めきれないんだよ。ダメだって言うならできないところを見せた方が早いと思う。一目瞭然だろうし、しつこく言われたくないでしょ?」

「…ふむ。アホ弟子と違ってミーリャの言い分は一理ある」


 勢いよく毛布を放り投げたダーシーさんは、ベットに仁王立ちで即座に印を結ぶ。


「とくと見ろ。アタシの使えなくなった『火炎』を!」


 見事に発現した炎が壁を直撃した。


「「「どわぁぁ~っ!」」」


 3人揃って驚いてる。


「な、なにやってんだよ!」

「火っ、火がぁぁ!誰だっ!部屋で魔法を使った奴はっ!?」

「アンタだよ!ちょっと待ってろ!水持ってくる……ってなにも焦げてないな…」

「障壁を張って防いだから大丈夫だよ」


 放つ直前に『魔法障壁』を展開したから壁に到達する直前に防げた。ちゃんと魔力が淀みなく流れていたのも確認できた。


「はぁ…。テムズさん、ありがとうございます…。相当ビビりました…」

「ダーシーさん。魔法使えるようになってよかったね!」

「あ、あぁ…」

「今後もロックの師匠として元気でいて下さい。お疲れさまでした」


 解決かな。あとは、ゆっくり再会を楽しんでもらいたい。


「ちょっと待ってくれっ!テムズ!君は何者だ!?」


 スケさんの様子を見にいこうとして呼び止められる。


「さっきも言いましたが、2人の友人でただの魔法使いです」

「そんなワケあるかぁ!ただの魔法使いが魔力回路の修復?なんてできるはずない!」

「過去にも何人か診ていたので、できただけですが」

「そうだぞ、師匠。テムズさんはただの魔法使いだ。変な勘違いするなよ。失礼だろ」

「ダーシーさん。見てわかるでしょ?凄そうに見える?」

「そ、そう言われると…そうか?」


 さすが2人はわかってくれてる。


「そんなことより、他に悪いところがあるなら、今の内に教えてくれよ」

「ない。暴飲暴食でお通じが悪いくらいだ」

「それは完全な自業自得だろ!」

「では、ごゆっくり」


 ダーシーさんの家を後にして、スケさんの家に向かいながら思う。


 ロックの心情は理解できた。師匠を気遣うがゆえに真剣に怒り、「魔法が使えなくなっても師匠だ」「なにも変わらない」と伝えたかったんだ。

 そして、ダーシーさんの気持ちもわかる。この町でずっと魔導師として皆の暮らしを支えていると道中で2人が話していた。魔法を使えなくなった自分を「役立たずだ」と断じたのは、存在意義を失ったと感じたからかもしれない。

 誰かのタメに魔法を磨いていたのに、生き甲斐を失い、死んだも同然だと思い込んでしまっただけ。ボクも魔法を失ったら立ち直るのに時間がかかると思う。


 大切な人の生活を支え続け、ちゃんと後進も育てる。ホーマさんやハズキさんと同様で、尊敬できる魔導師。自分本位なボクにはできない。これからも魔導師として頑張ってほしいと思えた。

 それにしても、面白い人だったな。真面目な人が多い印象がある魔導師にも、あんなに陽気な人がいるんだと知った。


 なんて考えていると、スケさんの家に辿り着く。


「待ってたぞ、ウォルト!」

「毎度すまん」


 元気一杯のネネさんと、疲れ気味のスケさんは玄関の前で並んで待っていてくれた。


「ダーシーはどうだった?」

「ボクにできることはやりました」

「そうか。助かる」

「用事が終わったのなら次はこっちだ!」

「手合わせでしょうか?」

「当然だ!そのために待っていた!」

「わかりました」


 やらなければ治まらないのは知ってる。ネネさんの身体には既に『気』が揺蕩っているから一目でわかった。


 カケヤさんと修練しているというネネさんは、どんな変化を遂げているんだろう。

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