547 バロウズ
「ウォルト~!久し~…ぶりっ!」
「お久しぶりです。道中で魔物に襲われませんでしたか?大丈夫でしたか?」
「おぅ!」
ウォルトの住み家に突然現れたのは、笑顔のアラガネ。錬金術のような素晴らしい調合技術を持つ薬師。
道を覚えててくれたのか。しかも、今日は同行者がいる。
「アンタがウォルトかい」
「初めまして」
ボクの名を呼んでドワーフのように下からジロジロ眺めてくるのは、杖をついた人間のお婆さん。シャルロッテさんと同じ年代に見える。不思議な組み合わせだけど、道中で魔物に絡まれなくてよかった。
「あたしゃバロウズってんだ」
「遠いところまでお疲れ様でした」
「へぇ。そこらの獣人とはちょいと違うねぇ」
「そう!ウォルトは~怒らないっ!」
「普通に怒りますけど、アラガネさんに怒る理由がないだけです」
「なっ!?怒る…のか?まぁいいっ!」
「落ち着きのない子だよ、まったく」
親子……ではないな。アラガネさんに家族はいないとナバロさんから聞いたし、匂いも似てない。
「中でお茶でもいかがですか?」
「飯、食いたい!美味すぎ…るって!よぉ~!」
「わかりました」
住み家に招くとアラガネさんがすぐに騒ぎ出す。
「ここっ!いぃ~薬、凄いっぞ!」
「そうかい。ウォルト、この部屋は調合室かい?」
「そうです」
「中を見せてもらってもいいかい?」
「どうぞ」
バロウズさんとアラガネさんの関係性は知らないけど、間違いなく薬師だろう。服から薬の匂いがしている。調合部屋に通すと、アラガネさんは楽しそうに棚に陳列した薬を見渡す。
「どうだぁっ!すごいっしょ!」
「こりぁ立派なもんだ…。たまげたね…」
「やっぱりバロウズさんは薬師ですか?」
「あたしゃ…」
「そうっ!物知りって~かぁ?!」
「アラガネさんの師匠でしょうか?」
「別に師匠じゃ…」
「教えてるっぞぉ~っ!こ、怖いぞっ!」
「アラガネ!静かにしな!ゆっくり話もできやしないよ!!」
「はわっ!………」
両手で口を押さえて黙ってしまった。でも、それすら楽しそうに見える。
「あたしゃ薬師で、フクーベで薬屋をやってる。昔アラガネに調合を教えたんだよ」
「そうでしたか」
「不肖の弟子さね」
「アラガネさんは凄い薬師です」
褒められたのが嬉しそうだ。目がへの字になってる。でもお世辞じゃない。
「まだまだ赤ん坊さ」
「違~うっ!俺、おっさん!」
「わかってんだよ!たとえってやつだ!もう少しだけ静かにしときなっ!」
また口を押さえて黙り込む。
「最近いい取引ができてるって聞いてね。アンタとタマノーラの商人のおかげって言うもんだから、ちょいと礼を言いに来たのさ」
「ボクは紹介しただけです。ナバロさんは信頼できる商人なので」
「ナバロ~…は…いいやっつ!」
「交渉も理解するまで根気強く説明するんだとさ。でなきゃ取引できないってクソ真面目なことを言うなんて、なかなかいない商人さね」
「間違いないです」
ナバロさんといい関係が築けているのなら心配いらないだろう。
「紹介してくれてありがとうよ」
「アラガネさんの話を聞いて、あまりに不当な評価だと感じたので。正当な評価をしてくれる人を紹介しただけです」
「はははっ。それにしても、とんでもない薬ばかり置いてあるじゃないか」
「ほとんど師匠が作った薬です」
「ウォルトのは~~っ、ここからっ!あそこだっ!」
「そうです。覚えてくれたんですね」
「お~ぅっ!」
ボクの作った薬の匂いを嗅いだり、手に取って眺めるバロウズさん。
「アンタは無資格だね。自家製か」
「自分と知人用に作ってます」
実際は試し以外で自分に使うことはほぼないけど。技量を上げたいから作っているだけ。
「そうかい。若いのに大したもんだ」
「見ただけで無資格だとわかるんですか?」
「60年以上薬師やってんだ。薬の教育を受けた薬師かくらい見りゃわかる。けど…アンタの師匠とやらは桁違いの薬師だよ」
「そうなんです」
「見たこともない薬ばかり。色と形状で効用は予想できても、どれも街じゃ買えない代物だ」
説明しなくても効果を理解するなんて、薬師の知識は凄いんだな。
「ただ禍々しいねぇ。触れるのも憚られる」
「触れない方がいいと思います」
そんな読みも的確だ。なにが仕掛けられてるかわからない。薬の中にこっそり毒を混ぜていてもおかしくない。
「師匠ってのは、今いないのかい?」
「いないんです」
「そうかい。会ってみたかった」
いても会ってくれないだろうけど。
「オレはいいっ!ウォルトだけっ!」
「はいはい。お前はそうだろうよ。ウォルト、お茶をもらえるかい?ちっと歩き疲れちまった」
「わかりました」
居間に通してお茶を淹れる。
「こりゃ美味いねぇ」
「そうだっろっ!美味い~ん…だっ!」
「ありがとうございます」
「調合が上手いのも納得だ。アンタはいい腕してる。悪いけど、あたしゃ獣人だと思ってなかった。だから、こう見えて相当びっくらこいてんだ」
「獣人はやろうとしないだけですけど」
「そうかい」
ずっと気になっていることがある。バロウズさんなら答えてくれるだろうか。
「よければ教えてもらいたいんですが、アラガネさんの薬を変質させる力は錬金ですか?」
「見たのかい?しょうがないねぇ。他人には見せるなと言ってんのに」
「秘伝でしたか。忘れます」
見せてくれたアラガネさんに悪い。
「そんないいモンじゃないさ。アンタには見せていいと思ったんだろうよ」
「そういうこっと!」
信用してもらって有り難いな。アラガネさんの心意気に応えたい。
「お気楽だねぇ。変な奴に目を付けられちゃかなわないと思って言ってんだよ。まぁ、アラガネの力は錬金とは違う。薬の調合にしか使えない力だ」
「特別な力ですね。魔法とも違うようですが」
「ハッキリしたことはわからない。あたしが教えたワケでもない」
「…ということは、アラガネさんが自力で?」
「そうさ。意味不明なんだよ」
「そうっ!こう…ぐうぅ~っとやったら青くなった!ほんでいい薬っとね!」
教えられたのか、本で学んだか思い出せずに悩んでる風だったけど、実は自力だったなんて。
「余計に凄いです。おそらく他にできる人はいないんじゃないですか?」
「むっふぅ~!」
「あまりおだてるんじゃないよ。帰りにドブにでも落ちかねない」
「落ち…ないっ!だろっ!」
「前に落ちたろ。忘れたのかい」
「そりゃないっって~よ!」
仲がよさそうで、師匠と弟子なのにいい関係に見える。ボクと師匠とは大違い。
「そろそろ食事されますか?」
「食ぅっ!てみぃ!美味いぞっ!」
「ご馳走になっていいのかい?」
「もちろんです」
バロウズさんが食べられないモノだけ確認して調理開始。アラガネさんは前に来たとき確認済み。ダイホウで好評だった出汁を効かせた煮物とターキー鳥の照り焼きにしよう。チャチャから貰ってシメてから『保存』してある。
「うんまぁ~~っ!」
「あたしゃ降参だ。こんなとこに名コックがいたとはね。なんて美味い煮物だい」
「口に合ってよかったです」
「むぼっ!ぶばいでっ!」
「口の中身を飲み込んでから喋りな!汚いだろ!まったく」
「んぐっ…。ウォルト!塩と…檸檬!」
「ありますよ」
「やめなっ!せっかく美味い飯を台なしにすんじゃないよ!」
「いいんです」
ボクの料理は好きなように食べてもらいたい。より美味しくなるかもしれないし。
「…ぶへぇぁ!まずぅっ!…たぁ!」
やっぱりか。
「言わんこっちゃない。食べ物を粗末にする奴には罰が当たるよ」
「ぐぐっ…。ちゃん~と食うっ!」
「無理しなくていいです。ちょっと貸して下さい」
台所に向かい、檸檬を活かしたさっぱり風味に味付けし直す。
「またうまぁ~!こりゃ…ふた味?くらい違うっ!」
「よく怒らないもんだ。店なら怒り飛ばされてる」
「アラガネさんは自分に正直な人です。思い立ったら直ぐにやる気持ちはわかります」
「そうだぁっ!なんだって…やってみろっ!青くなったのもぉ~そうだっ!」
「アンタのような獣人は初めてだ。どんな生き方してきたんだい?」
「目立たず騒がず、谷ばかりの人生です」
卑屈なワケじゃなくて、底辺だからいろんなことを楽しめてる。なにをやっても発見ばかりで、少しずつできることが増える楽しさは登り詰めた者には感じられないだろう。
「んがががが……。んががが…」
お腹いっぱい食べてくれたアラガネさんは、後片付けをしている間に椅子にもたれて眠っていた。首が後ろに折れてしまっている。
「昨日からココに来るのが楽しみで眠れなかったらしい。まるで子供だよ」
「嬉しいです。ちょっとベッドに運んできます」
このままじゃ首を痛める。そっと抱きかかえて来客用の部屋に運び、ベッドに寝かせた。
「はしゃいでるけど、森じゃ魔物にびびりながら歩いてたのさ。それでも行くって我が儘言うもんでね。疲れてるだろうよ」
「気持ちは嬉しいんですけど、本当に危ないので2人が無事に来れてよかったです。帰りはボクが街の近くまで送ります」
「ありがとうよ。けど、あたしらもなんの準備もなしに来てないさ」
バロウズさんは、ポケットから取り出した小瓶をテーブルに置く。
「なにかわかるかい?」
「『催眠薬』ですね」
嗅ぐと『睡眠』のように意識を失う効果がある。主に治療用で使われる薬。
「ご名答。見てわかるのかい?」
「微かに匂いが漏れていたので。スリップ草とクラークを混ぜて、さらにタンブル草も加えてますね。相乗効果が見込めるんですか?」
「なんて嗅覚してんだい。その通りさ。あたしらは嗅いでも大丈夫なように、あらかじめ解毒剤を飲んでる。その辺の魔物なら眠らせて…」
「懐に忍ばせてある『緋毒』でトドメを刺すんですね」
それも微かに匂っている。
「…アンタは薬師になった方がいいんじゃないか?もったいない」
「気に入らない者には薬を作らないので」
「だったら無理だねぇ。そんな性格ならあたしが来た目的にも気付いてんだろ」
「アラガネさんを騙すような輩なら、『緋毒』を使うつもりだったんですか?」
「そうさ。必要ないのはすぐにわかったけどねぇ。疑ってすまなかった」
「気にしないで下さい」
飄々としてたけど警戒されているのは気付いてた。おそらくアラガネさんを思ってのことだというのも。
「アラガネさんとバロウズさんは、ただの師弟ではないんですか?」
「あの子の母親が古い知り合いなのさ。旦那に先立たれて…自分も病に冒された。最後まで息子の心配をしながら逝ったよ。「アラガネをお願い…」ってね。死に際に「任せな」って約束したのさ」
遠い目をしてる。友人の治療に薬師として最後まで携わったんだろう。
「母親にとっちゃ幾つになっても可愛い息子だろうが、あの子はもういい歳だった。思考が短絡的なのと、上手く話せないだけで仕事だってできる。だから調合を教えた。あたしに教えられるのはこれだけだ」
「アラガネさんには薬師の才能があったんですね」
「バカ言っちゃいけない。覚えは悪いし、器具は壊すし散々だったんだ。それでもへこたれなかったのはあの子の根性だ。母親になにか言われてたんだろ」
「ずっと見守ってきたんですね」
「そんな立派なもんじゃない。義理や情があっても、あたしゃ親じゃないんだ。「一緒に暮らすか?」って言えば「1人で暮らす」って言い張る。「他の商人を紹介してやる」って言えば「嫌だ」と突っぱねる。助言なんか聞きやしない。他人に細かいこと言われるより苦労してもその方が気楽なんだろうさ」
少し寂しそうなバロウズさんは、なんだかんだ言いながら面倒見がいい。アラガネさんのことを心配しているのはわかるけど、勘違いしてるんじゃないかな。
「違う気がします」
「どう違うってんだい?」
「貴女と話してるアラガネさんは、掛け値なしに楽しそうです。心配をかけたくないだけじゃないでしょうか?自分だけでもやれる、生きていけるところを見せたいと」
「なんでそう言えるんだい?」
「大人になってまで周りに心配をかけたくないです。最低限自分の力で生きたいと思います。ボクだけかもしれませんが」
「アンタに助けられてるのに大人だってのか」
「大人でも人には助けられます。調合に必要な素材を採るタメに1人で森に入るアラガネさんは立派です」
危険を顧みず行動することを浅はかだと捉えられたらそれまでだけど、考え抜いて自分なりの信念で動いてると思う。
「結局助けられてりゃ世話ない。半人前の単なる無鉄砲だ。愚行だよ」
「森で亡くなった人を愚かだと思ったことはありません。目的があって自分の意志で森に来ています」
「詭弁だね。勇気があろうが、やりたいことがあろうが、死なれたら悲しむのは残された者だ」
「それは否定できませんが」
「あの子は懲りずにまた来るだろう。二度と森には来ないよう言っとくれ。あたしが言っても聞きやしない。素材も商人が提供してくれてる。会いたいならアンタが街に会いに来ておくれよ」
今回バロウズさんが付き添っているのも、アラガネさんだけ行かせるのが不安だったのかもしれない。心配なんだろう。でも…。
「お断りします。アラガネさんの意志で来ないのはいいんですが、止めるようなことは言いたくないので」
「アンタも大概分からず屋だね」
「相手が子供なら止めます。でも、アラガネさんは大人です。子供だと思うのなら親が止めてください」
「冷たい子だよ。あたしゃ親じゃないって言ったろ」
「貴女が温か過ぎるんだと思います」
「ははっ。モノは言いようだね」
「ただ、安全に来れるよう対策したいとは思います」
「どうやるってんだい?」
『痺鱏』の魔石を使った護身を提案してみる。ナバロさんやビスコさんにも好評で、幾度か使用したけど麻痺させられなかった魔物はいないと言われたし、効果が上がるよう改良もしてる。
「…という方法でどうですか?」
「面白いじゃないか。試してみようかね。外に行くよ」
「今からですか?」
「やってみなきゃ信用できやしない。薬だってそうだろ」
念のために剣を背負い共に外に出る。
「さてと、森に入ろうか」
「必要ないです。このまま待ってて下さい」
「なんだって?」
疲れてると言っていた。だったら魔物を呼ぶことにしよう。口をすぼめて大きく息を吸い込む。
『憎悪』
微かに響く口笛のような音を近くの森に響かせた。クローセの大魔法師ハズキさんから声に魔力を乗せて操る技法を学んだあとに考案した。魔物の精神に直接訴え、興奮させる効果のある魔力でおびき寄せることができる。
元々は、眠らせたり混乱させられないか試していたとき偶然発見した。ちなみに、口笛を吹けないので音ではなく低い声に乗せている。バロウズさんを避けて魔力を飛ばしているから耳には届いていないはずだ。
すぐ近くにいた魔物が集まってきた。軽く10頭はいる。
「手間が省けたよ」
「グルルルッ!」
「さぁ、かかってきな。ババアでもアンタらにとっちゃ肉は肉だろう」
「…ガァァァッ!」
バロウズさんに跳びかかった魔物は、1匹、また1匹と痺れて動けなくなった。ちゃんと効果あり。
「こりゃあ大した効果だ」
平然としていられることが凄い。相当肝が据わっている。やれるもんならやってみな、と言わんばかりの佇まいだった。
「よくわかった。発動も簡単で安心だ」
「よかったです」
「あたしにもこの魔石を分けてくれ」
「構いませんが、なにに使う気ですか?」
「誰かさんと森に素材を採りにくるかもしれないんでね」
「わかりました」
森に安心して入れるなら、新たな技術を伝授するのかもしれない。アラガネさんも喜ぶだろうし、多めに魔石を譲っておこう。
「魔法は誰に込めてもらってんだい?」
「フクーベに魔導師の知り合いがいます。でも、内緒にしてもらえますか?特別にやってもらってるので」
「結構な金がいるんだろ?」
「お金はいらないんです」
「そんなお人好しの魔導師がいるか。嘘はよくないねぇ。魔法使いの獣人さん」
じっとボクを見つめてくる。
「なぜわかったんですか?」
「さっき魔物を集めたのは魔法だろ。ちっとは魔法を齧った薬師もいる。ただ、聞いたこともない魔法だ。どこまでも驚かすね。けど安心しな。誰にも言いやしない。それでいいんだろ?」
「できればお願いします」
「そうさね…。じゃあ交換条件として…」
なにを頼まれるんだ…?
「これからもアラガネと仲良くしてやっておくれ」
バロウズさんは母親の顔で笑った。




