546 オッちゃんの推し
ぐっすり眠っていた夜更け。ウークの神木バラモがウォルトの夢を訪ねてきた。
『久しぶりだね』
『お久しぶりです』
『最近、沢山の仲間が君に会えて喜んでる。カネルラ王城にいる仲間にも会ったらしいね』
『立派な神木でした』
駆けてる途中でも精霊の宿る木を見かけたら声をかけてる。気さくに話してくれるから有り難い。
『カネルラの王女も、たまに話しかけてくるらしい。そのことを喜んでいたよ』
『リスティアが…』
気にかけてくれてるのか。
『世間話はこのくらいにして、私が今日会いに来たのはお詫びなんだ』
『お詫び?』
『おい。…こらっ!姿を見せろ!』
バラモさんが誰もいないところに向かって話しかけると、姿を現したのはオッちゃんことオッコさんだ。中年男性の風貌で相変わらずくねってる。
『おひさぁ~』
『お久しぶりです』
『やっとオッコが復活したから一緒に来たんだ』
復活?かなり忙しかったんだな。
『ほら。早く言え』
『わかってるわよ!この間はごめんなさいねぇ~。揶揄うようなことして悪かったわぁ~』
ペコリと頭を下げる。精霊魔法で攻撃してきたことを言ってるのかな?
『気にしてません。いいモノを見せてもらいましたし、こちらこそありがとうございました』
オッちゃんの精霊魔法を見て、ボクの魔法の幅は広がった。
『やっぱりいい男じゃなぁ~い。細かいことを気にしないのねぇ~』
『気にしますが、オッちゃんには怒ってません』
『いいわぁ~。貴方にならフィガロのことを教えていいかも!』
『いいんですか?無理しなくていいですよ』
正直知りたいけど、無理強いはよくない。
『遠慮なく質問していいよ。失礼な精霊に課された罰だ。偉そうに言ってるけど、大したことは知らないかもしれない』
『うるさいわねぇ~。知ってることなら答えるわぁ~。もちろん言える範囲でね。あと、誰にも言わないって約束してくれるぅ~?』
『もちろんです!よろしくお願いします!』
『礼儀正しいじゃないのぉ~。そんなところもいいわぁ~!』
バチーン!とウィンクを決められた。バラモさんは隣で苦笑い。
『では…質問させてもらいます。フィガロは男性だったと思うんですが、どんな特徴がありましたか?』
『筋肉がゴツゴツで、それはそれは格好よかったのよぉ~。でも、身長は貴方より低かったわぁ~。いきなり変なこと訊くわねぇ~?』
『女性だったという説もあるので』
『へぇ~。人族って想像力豊かねぇ~。でも、フィガロは間違いなく男よん!』
『オッコ…真面目に答えろ。また怒られたいのか?』
『…わかったわよ。真面目にやればいいんでしょ!』
オッちゃんの雰囲気が変わって、落ち着きのない動きも止まる。
『種族は豹獅子の獣人だという情報がありますが、どうでしょう?』
『獣人の細かい種族は精霊には判別できない。貴方みたいに猫って一目でわかるなら別だけど。ただ、豹と言われたらそうかもしれない。艶のある黒で斑の毛皮だった。タテガミもいい感じで』
やはりブライトさんの情報は正しいのか。この辺はバラモさんからも聞いてる。
『フィガロは無口な獣人でしたか?』
『無口というより、誰とも話したくないって感じ。喋ると声が低くて渋いのよ』
『なるほど。オッちゃんはどこでフィガロを見たんですか?』
『いろいろな国よ。いろんな仲間のところにお邪魔して見に行った。彼は世界中を旅してたから』
『闘いぶりも目にしましたか?』
『もちろん。星の数ほど獣人を見たけど、圧倒的な強さだったわ。肉体のみであらゆる強敵をなぎ倒して一切容赦しない。破壊神と呼んでもいいでしょうね』
破壊神フィガロか。格好よすぎる異名だ。
『フィガロは何歳で亡くなったんでしょう?』
『わからない。でも、姿を見かけなくなったとき白い毛が少し混じってた』
ということは、40~50歳くらいで見かけなくなったと予想できる。体調を崩したのか?
『フィガロの最期を知っていますか?』
『知らない。勇敢に戦場を駆けたフィガロの最期を見たかったけれど、仲間の伝手を使っても探しきれなかった』
『ボクの予想では、故郷である原始の獣人の里で最期を迎えた可能性があると思うんですが』
『フィガロは原始の獣人じゃないわよ』
『そうなんですか?!』
『逆に、なぜそう思うの?』
『出生地がカネルラであること以外ハッキリしないことや、銀狼の里を共に襲った事実があるからです』
原始の獣人なのは、もはや確定くらいに思ってた。違うのか。
『よく知ってるわね。貴方みたいに物知りの獣人は初めて。あの事件もフィガロはただの助っ人だった』
『助っ人…?』
『銀狼に手を焼いていた原始の獣人に助っ人として呼ばれたの。顛末は知ってる?』
『里に攻め入ったフィガロは、銀狼を倒したあとに原始の獣人も全員ぶちのめしたと』
銀狼に「物足りない…」と呟いた後に。
『その通りよ。フィガロは原始の獣人ではないけれど、縁はあった。「強い奴と闘わせてやる」って誘われたの。けれど、銀狼の弱さに拍子抜けして気付いた。騙されて、ただケンカに加勢させられたってことにね。だから、騙した側に制裁を加えた』
『そんな理由が…』
仲間割れではなく体良く利用されて怒ったのなら納得だ。とても獣人らしい思考。フィガロは単純に虚仮にされたことが許せなかったのか。黄玉木を殴り倒したのも森を去る前に憂さ晴らしをした可能性があるな。
『フィガロが原始の獣人でないとしたら、どこで生まれたんでしょうか?』
『ココよ』
『カネルラ出身なのは公言していたから知ってるんですが』
『だから、ココで生まれたのよ』
ココ…?
『まさか…』
『動物の森で産声を上げ、すぐに置き去りにされた。人族は捨て子と呼ぶんでしょう?』
フィガロが捨て子…。そんな過去は予想できなかった…。
『だとしたら、親兄弟からルーツは辿れませんね』
『無理でしょうね』
ただ、フィガロがいかに強い獣人でも、赤子は1人では生きていけない。どこかに育ての親がいるはず。カンノンビラにあるフィガロの生家と噂の場所に関係あるのか?でも、長い間住人はいなかったという情報も。
わからない。情報が少なすぎる。
『貴方は、なぜフィガロに興味を持ってるの?』
『え?』
『獣人がフィガロを崇めているのは知ってる。それこそ神のように。獣人が強さにこだわるのは知ってるけれど、他にも有名なマスタロやザザンガもいるでしょ?』
マスタロやザザンガも、強さで名を馳せた獣人。フィガロと同じく世界中でその名を知られていて人気もある。
『確かに強くて有名な獣人です』
『そうでしょ。なにか違う?』
『多くの戦功を立て、女性と浮名を流し、名声を手にした豪快な生き方に憧れる獣人もいますが、ボクは違います。彼らの生き方は、ただ派手だっただけです』
フィガロとは違う時代に生きた2人には、強さ以外にも共通点がある。年齢を重ねてもなお自分が最強だと勘違いしていたマスタロとザザンガは、ちょっとしたことが原因で起こったケンカで、同じ獣人に殴り殺されてしまった。
あまりの強さに誰もが恐れた獣人は、死の直前まで強がり、過去の栄光にすがるような言葉を発しながら似かよった最期を迎えたという。国も違えば年齢も違うのにだ。
実に獣人らしくわかりやすい人生。栄枯盛衰のお手本で清々しさすら感じる。でも憧れなかった。憧れる要素がない。現在進行形で生きている獣人だったら憧れていたかもしれないけど、既に死に様まで伝わっていた2人のことをボクは惨めに感じた。
『フィガロは違います。誰もが認める史上最強の獣人でありながら、性格や生活に獣人らしさは皆無で、後世に残されたのは現実離れした逸話と解けない謎ばかりです』
『獣人らしくないと思うのに憧れたの?』
『ボク自身が小さな頃から獣人らしくないと言われ、同じように獣人らしくないフィガロの強さに憧れて何度も心を救われて育ちました』
『へぇ』
『彼の人柄や足跡が気になります。彼はどんな獣人だったのか。なぜ獣人らしく生きなかったのか。なにを考えて日々闘っていたのか。少しずつでも紐解いて知りたいんです』
今だって静かに興奮してる。
『逆立ちしてもフィガロにはなれません。でも知ることはできる。少しずつでも知れると理屈じゃなく嬉しい。結局ただの自己満足です』
『熱狂的なファンなのね』
『恥ずかしい話ですが、子供の頃に想像でフィガロの伝記を書いたことがあります。でも、現実とは違いすぎて苦笑いしかできません』
ボクが創作したのは、元気一杯なフィガロが世界を冒険する夢物語。今ではチャチャが家宝にしてくれてる。
『ふぅ~ん…。貴方のこと嫌いじゃないわ』
にっ!と笑うオッちゃん。
『夢の中だし、あまり長居するのはよくないわね』
『そうなんですか?』
『精霊力で精神に干渉して睡眠を妨げているからよ。帰る前に、あと1つだけ教えてあげる。貴方を気に入ったからオマケよ』
『お願いします』
『実は、フィガロには子孫がいるの』
『えぇぇっ!?』
『フィガロもやっぱり人族だってこと♪勉強になった?』
『はい…。驚きました…。この夢から覚めたくないくらいです…』
『いいけど死んじゃうわよ』
起きても絶対に忘れないようにしなきゃ。でも、どうすればいいんだ?
『ウォルト。満足してくれたかい?』
『大満足です。今日はありがとうございました。お礼に、次はオッちゃんの遊びに付き合います』
『もうお断りよぉ~。しこたまお母様に叱られたんだからぁ~。次にやったら消滅させられるかもぉ~』
世界樹さんに叱られるようなことをやったのか。
『なにをしでかしたんですか?』
『貴方のせいよっ!自分の胸に聞きなさいなっ!』
『ボクはなにもしてませんが?』
『まったく…。アタシからすれば貴方も充分フィガロみたいな獣人よ』
『似ても似つかないです』
『そうね。けれど…………今はやめておきましょ』
『今日はありがとうございました。また話を聞かせて下さい』
『そうねぇ~。アタシを見つけて話しかけてくれたらまた教えてもいいわ』
『どこに生えてるのか知らないのにですか?』
さすがに無理だと思う。カネルラ国内かもわからない。
『ヒントをあげる。アタシはウォルトを見かけたことあるわよぉ~』
『えぇっ!?』
『全然声をかけてくれないんだものぉ~。冷たいわぁ~。嫌われてるのかしら~?』
『い、いやっ!単に気付いてないだけです!』
それが本当ならカネルラ国内にいるのは間違いない。しかも、何度も見かけてるということはおそらく動物の森だ。集中して駆けている途中で遭遇してる可能性が高い。これまで以上に注意して駆けよう。
話し終えて、慣れた動作で睡眠に戻る。すぐにでも眠れそうだ。今日はいろいろ知れたなぁ…。ブライトさんにも教えたいけど…約束したから無理だ…。
ふぁ…。バラモさんとオッちゃんに感謝しかない…。
凄く楽しい時間だった…。
★
ウォルトの姿が消え、オッコとバラモだけが残った空間。
『ふぅ…。ダメねぇ~』
『なにが?』
『アタシはずっとフィガロ一筋の精霊よ。アタシにとって唯一無二の獣人』
『知ってる。昔からなにも変わってないな』
『あの子と話してると、推しが増えてしまいそう』
『全然違うタイプだろう?どっちも推せばいい』
『ダメよ!2人同時なんて…そんなのただの浮気者でしょ!』
精霊なのにおかしなことを言う。
『別にいいだろう。私はウォルトの友人だから皆に交流をすすめてる。オッコに限らない』
『アンタの草の根運動で、今や精霊の一番人気だものね!理由もわかるわよ!話せるし、治してくれるし、礼儀正しくてちょっとヌケてるところも可愛いもの!お母様も気に入ってる!でも…アタシはやっぱりフィガロなの!』
『それでいい。誰も止めない』
『…でも、あんなにフィガロへの憧れを前面に出されたら……悩ましいぃ~!』
『うるさいな。しかし、お前はもっと適当に答えると思ってたよ』
『思わなくはなかったわよ。けど、あの子の真剣さが伝わったから仕方ないでしょ』
『適当に答えてたら、私が許さなかったがね』
『アンタがそこまで気に入った人族って、過去にいなかったわよね?』
『自分でも驚いてるんだ。人と精霊は、距離を保ってこそいい関係が築けると思っていたのに、親しさを楽しむ友人という関係を築いたのだから』
『精霊らしからぬ…かしら?』
『入れ込んでいるのは事実だけど、お前のフィガロほどじゃないよ』
『私のことはほっといて。禊ぎも済んだし、もう帰るわよ。じゃあねぇ~』
陽炎のように姿を消したオッコ。私にとってのウォルトやキャミィと同じく、獣人フィガロと縁を結んだ珍しい精霊。
推しなどと軽口を叩いているが、もっと深い感情を抱いている。人族には無干渉が基本の精霊にあって、獣人に興味を示したオッコは珍しい存在だった。仲間にも変わり者だと思われ、かくいう私もそう思っていた。
ウォルトには伝えていないが、フィガロは木の精霊に敵視されている。破壊行為を躊躇せずに実行する彼に殴り倒され、力を失った精霊もいる。たとえ悪意がなくても野蛮な獣人だと認知されていて、観察を辞めるよう忠告されてもオッコはフィガロを追い続けた。
ことの始まりは、精霊にとって些細な出来事。オッコは動物の森でフィガロの誕生を見守った精霊。オッコの傍で、フィガロはこの世に生を受けた。親や子を捨てる人族の行いは、何千年と存在してきた精霊にとって珍しくない行為。
けれど、なぜかオッコは変わった。生まれた獣人の成長を追うようになり、仲間に頼み込んであちらこちらに顔を出すようになる。やがて、成長したフィガロは世界中で有名になり探すのは難しくなかった。
なにがあったのか誰も知らない。オッコも教えないけれど、木の精霊ゆえに自由に動けないことを悔やんでいた頃もあったな。こだわる理由は決して語らず、それは今も変わらない。仲間であってもフィガロをよく思わない者に語りたくないようだ。
それでも、ウォルトになら少しずつ語る可能性がある。そう感じた。いずれ、精霊にとって1つの謎が解ける瞬間が訪れるのかもしれない。




