544 諸国漫遊
ウォルトが日課の畑仕事をこなしていると、風に乗る幾人かの匂いが鼻を掠めた。
3……4……5人か。誰も知らないな。何者か不明なので、警戒しながら住み家の角に注目していると、爽やかな匂いを放つ青年が顔を出した。スザクさんのように涼やかな匂いをさせる人間の若者。
「おっ!人がいた!」
先頭を歩く剣を担いだ青年と、後に続く4人。体格のいい戦士風の男性と、杖を片手にローブを着た金髪の女性は人間。頑丈そうな兜を被ったドワーフと弓を背負ったエルフもいる。
冒険者パーティーかな。
「白猫の君!ちょっと訊きたいんだけど、ココはカネルラ王国の動物の森で合ってる?」
「合ってますよ」
知らずに他国から来た旅人かな?
「ありがとう!ほら!合ってたろう!」
「ど~~でもいいぜ」
「はぁ…。通りすがりなんだから、気にするとこじゃないでしょ」
「腹が減っとるんだ。さっさと進むぞ」
「ふむ…」
個性が強そうな人達。少なくとも敵意はなさそうだし、すぐにいなくなりそうだ。農作業を続けようとして話しかけられる。
「俺の名前はゲイドっていうんだ!君は?」
「ウォルトといいます」
「プリシオンから歩いて来て疲れてしまってね。余裕があれば水を分けてもらえないかな」
「構いませんよ。少し待ってて下さい」
住み家から水と作り置きしていた冒険用糧食を持ってくる。
「保存食もあるので、よかったらどうぞ」
「すまない!助かるよ!」
ゲイドさんは大きく口を開けて一口で頬張り、もぐもぐと咀嚼する。豪快なリスみたいだ。
「う、うまっ!コレが保存食だって?!嘘だろっ?!」
「フクーベの孤児院で売っているので、よかったら買って下さい」
しれっと宣伝もしておこう。
「そうしよう!」
「お前なぁ…。知らない獣人が持ってる飯を無警戒に食うなよ」
「そうよ。なにが入ってるかわからないんだから」
…なんだと?
「せっかく出してくれたのに失礼だろ!いらないならブレッドとクリステルの分も俺が食ってやる!」
「コイツ…!やめろコラァ!」
「ルーゴ!ゲイドを止めるのよ!口を開けて!」
「なんで儂がそんなことせんといかんのだ。勝手にせい」
「やれやれ。静かな森で騒ぐな」
保存食を爆食いするゲイドさんと、それを阻止しようとするムキムキ兄さんと淑女っぽいお姉さん。ドワーフとエルフは完全無視。騒がしいな。
「マジで食っちまいやがった…」
「顔が変形するまでぶん殴りたくなるわ…」
「美味かったぞ、バァ~カ!」
食べ物の恨みは怖いと云うけど、最初の反応からして文句を言う筋合いはないはず。
「空腹なら食事していきますか?ボクの作った料理でよければですが」
「いいのかい?!ご馳走になりたい!」
「俺は御免だぜ」
「私もパス」
ドワーフのルーゴさんが下からジロジロ見てくる。この行為には慣れてるから、今さら動揺しない。ドワーフにとっては挨拶変わり。
「儂は頂くぞ」
「我も頂こう」
「はぁ?」
「どういう風の吹き回しなの?」
「お主らにゃ言ってもわかるまい」
「同意だ」
「勝手にしろ」
「外で待っとくから、早くしなさいよね」
とりあえず3人分か。張り切って作るとしよう。
「うんまぁ~!君、凄いね!料理人なのか?!」
「ただの獣人です」
「しかもさ、ルーゴとモーガンが黙って飯を食うなんて奇跡だよ!もの凄く美味いってことだ!」
「やかましいわ。黙って食え」
「下らないことで騒ぐな」
ドワーフとエルフの好みも把握してる。それぞれに違う料理を作ったのがよかったのかな。ゲイドさんは4回もお代わりしてくれた。
「ルーゴさん。火酒のお代わりは?」
「もらっていいのか」
「もちろんです。モーガンさんは、ハーブ茶のお代わりいかがですか?」
「もらおう」
「ゲイドさんはなにかいりますか?」
「もう無理だ…。なにも入らない…。動けない…」
床で大の字になってる。綺麗に掃除してるけど気にならないならいいか。食後のお茶を飲みながら、まったりした空気が流れる。誰も言葉を発することなく喉を鳴らす音だけが響く。
「……いやいや!ウォルト!君っておかしくない?!」
急に立ち上がって力説。
「なにがですか?」
「俺達って外国から来た怪しい集団だよ?犯罪者じゃないけどさ!もてなしすぎじゃないか?」
「料理好きなのでちょうどいいです。食材も余ってましたし」
「そうかぁ~……ってならないぞ!お人好し過ぎるって!」
「本当にお人好しなら、外にいる2人にも食事を準備してますよ」
強く否定した彼らに出すつもりはない。お人好しなら違うと思うけど。
「それもそうかぁ」
「がっはっは。人を見る目がないアイツらには、外が似合いだわい」
「ふっ。若さゆえよ」
「じゃあなにか?ルーゴとモーガンは、ウォルトの料理が美味いってわかったって言うのか?」
「そんなもんわかるか。だが、ウォルトからは職人の匂いがする。雰囲気もある。食うしかなかろう」
「森の匂いがするのだ。若いお前にはまだわかるまい」
「そんなんわかるかぁ!」
褒められてるのかな?ボクの知ってるドワーフやエルフとは雰囲気が違う。なにより仲が悪いといわれている種族同士が一緒にいるのを初めて見た。
「ということは、外にいる2人はなにも食べさせてもらえない…よね?」
「獣人の料理など食べたくないでしょうから」
「お金が必要なら払うけど」
「いりません。払うなら全部吐き出して帰ってください」
「あっはっは!それは無理だ!よくわかった。失礼な仲間でゴメンな」
頭を下げられる。
「獣人はそんなことで気変わりせん。人間と一緒にすな」
「エルフでも逆効果。謝れば許されると考えるのは人間の悪癖だ。一貫性に欠ける思考」
「マジかぁ~」
2人は獣人をよく知ってるんだろう。
「でも、本当に申し訳なく思う。俺の仲間だから代わりに謝る!」
「必要ないです。代われることじゃないですし」
「頑固なんだね」
「よく言われます」
この人達のことは悪く思えないから、不思議と冷静なだけ。自分でも珍しいと思う。
「フォローしておきたいんだけど、アイツらは悪い奴じゃないんだ」
「気に食わないだけで、どんな人でも構いませんよ」
「はははっ!マジでハッキリしてるな!あのさ、俺達が何者か言っておきたいと思うんだ」
「ゲイド。やめとけい」
「別にいいだろ?」
「…勝手にせい」
「無理して言わなくていいです」
「いや。言わせてくれ。ウォルトは勇者って知ってるか?」
「童話や昔話に出てくる勇者なら知ってます」
「そうそれ。俺は、こう見えて勇者の末裔なんだよ」
なんだって…?
「勇者って実在したんですか?」
てっきり物語は創作で、架空の人物だとばかり。
「遙か昔だけど確かにいた。でも、今は勇者の力なんて必要ない時代だろ?」
「敵対する魔王や魔族がいないからですか?」
「そう。でも、たまぁ~に怪しいときがあるんだ」
「怪しい?物語の通りなら魔王って倒されたんじゃ?」
「そうだけど、世界がどんより暗くなるっていうのか、上手く言えないけど雰囲気が変わる時期がある。空気がヒリつくようで、まさに魔王が復活する!みたいな」
「今がそうだと?」
「爺も親父も同じようなこと言って全部思い違いだった。それでも、勇者の血がそうさせるのか気になって落ち着かないから旅に出る。痕跡や前兆はないかって確認するために。格好よく言えば使命感ってヤツかな。だから、俺達は現代の勇者パーティーってヤツで、皆はそれぞれ討伐したメンバーの末裔ってこと」
「そうだったんですね」
パーティーにドワーフやエルフもいたのは新事実だ。物語では、勇者と旅先で出会う仲間達が力を合わせて討伐する。でも、仲間には人間しかいない。
けれど、色々な種族が助け合い人族として闘ったのなら納得いく。改竄されて人間向けに創作された話だから獣人のボクは勇者に共感できなかったのかもしれない。
「儂らは未だに付き合わされとるんだ」
「だが、それも運命」
「大変ですね。世界中を回ってるんですか?」
「2年くらいかかってちょうど半分くらいかな」
「なにか気になったことは?」
「ない。過去にもなかった。この旅がただの世界一周旅行で終わるのが最高なんだ」
「そうなるといいですね」
「というワケで、アイツらも俺に付き合わされてる。礼儀知らずが勇者パーティーにいると思われるのはちょっと辛くてね。先祖にも申し訳ないっていうか」
なるほど。ゲイドさんが庇う理由はわかった。
「勇者パーティーだって教えなければよかったと思います」
「ウォルトの言う通りだ。お前は考えが足りん」
「赤子にもわかる易しい問題だ」
「だはっ!それもそうか!けど、世話になったのに騙してるみたいで嫌だよ。まっ、そもそも信じてもらえないか!」
「ボクは信じます」
「え?」
「貴方は一切嘘を吐いてない。そのくらいわかります。外の2人もルーゴさん達の言葉も本音です。だからこそ腹が立ちます」
「そうかぁ…」
「この場所で旅の成功を祈らせてもらいます。故郷に帰る前に寄ってもらえたら酒と肴くらい出すので、世界を巡った話を聞かせて下さい」
ゲイドさんが纏う涼やかな匂いは、変化することはなかった。そうでなくても信じられる不思議な説得力がある。
「ちょっと待っててくれ」
立ち上がって外に出たゲイドさんは、ブレッドさんとクリステルさんの首根っこを掴んで戻ってきた。2人は頭に大きなたんこぶをこしらえ、それをボクに向けて下げた。
「美味ぇ~!」
「激ウマ~!信じられない!」
「そうだろ!お前らは悔い改めろ!」
結局2人にも作った料理を食べてもらう。この反応は口に合ったかな。
「マジですまん!誤解してた!」
「ごめんなさい!私とブレッドは、過去に獣人の料理を食べて死にかけたことがあるから」
「それは災難でしたね」
最初に理由を聞けばなんてことなかった。でも、事前に教えられないとやっぱり腹が立つ。冷静に聞けたのはゲイドさんの態度のおかげ。
とりあえず5人揃って酒盛りが始まった。ボクは肴を作って満足。
「おい、ウォルト!お前、ゲイドの話をよく信じたな。信じてもらえないのには慣れてるけどよ」
「愚痴りたくないけど、旅先では変な目で見られてばかりなの。流浪の冒険者って嘘吐いて疲れる」
「儂らは別々に暮らしとるが、不穏を感じるのも同時でな。困ったもんだ。エルフと仲のいい変人ドワーフと思われとる」
「なぜなのか不明だが、同調している感覚がある。血の呪いと言ってもよかろう」
勇者パーティーの愚痴を聞くことになるとは…。でも貴重な体験だ。
「勇者じゃないと魔王って倒せないんですか?」
「伝承だから断言できないけど、トドメを刺すのに特別な力が必要なんだってさ。勇者にしかできないらしい。現代では、全部『らしい』だよ」
「それはそうですよね。誰も当時のことを知る人は残ってないでしょうから」
遙か昔の、おそらく何千年も前の話。
「現代じゃ人と魔族じゃなくて人と人が争ってる。俺達の旅に意味なんてあるのか?って思うときもあるよ。それでも行かなきゃ治まらないけど」
「戦争や内戦ってのは、見てて虚しくなるぜ」
「人族を守るための旅に意味を見出せなくなるよね」
「争いは永遠にこの世からなくならん。未来永劫仲良く手を取り合うなぞ、夢のまた夢」
それが現実か。魔王がいなくなれば、敵対する相手が人族に代わるだけ。
「そんなことはどうでもいい。ウォルトとやら。お前に興味がある」
「そんなことよりってなんだよ!魔王の話より大事な話か!」
「この耳長若作りジジイは、偉そうに講釈ばっか垂れやがるから聞かなくていいぞ!」
「すまし顔の変態エルフよ!」
酒が入ってもれなく口が悪くなってる…。長旅の不満が溜まってるのかな。とりあえずモーガンさんの話を聞こう。
「興味を持たれた理由はなんですか?」
「この家はお前の所有物ではないな」
さすがだ。エルフなら気付くか。
「知人の持ち家です。今は不在で代わりに住んでます」
「そうか。是非会ってみたかったが」
「危険だから会わせるな!コイツは両刀だぜ!」
「そうなんですか?」
「うむ」
両刀とは、男性も女性も関係なく好む者のこと。エルフはどちらも美形だからあまり気にしないのかな。ただ、なぜいきなり欲情の話になったのか。
「人嫌いのくせに、興味を持って狙った獲物にはしつこく絡むの。澄ました顔してとんでもない色情魔だからね!エルフのくせに!」
「我はハイエルフだ!何度言えばわかる!」
ハイエルフなのか。確か、エルフの中でも始祖に近い血縁の者達で、魔力量や魔法技術がエルフの比じゃないといわれる存在。ウークにはいないとキャミィが言っていた。
「偉そうにハイエルフとか言ってるけど、違うのはちょっと耳が長いくらいでしょ!」
「違う!この耳こそがハイエルフの証なのだ!」
言われてみれば、確かに一般的なエルフより耳が長い。
「家を見て見たこともない家主に欲情するなんて、どこまで変態なのよ!」
「ふざけおって…。稚拙な貴様らにはわかるまい!この家には途轍もない魔法が付与されている!まるで要塞だ!」
じっくり見たワケでもないのに、解析できているのが凄い。
「へぇ~~」
「ほぉ~」
「そうなの?」
「容易に壊せんことくらいわかるがな」
「ウォルトとやら!そうだろう!?」
「そうですね」
4人の反応の薄さは当然。師匠の魔法は見る人を選ぶ。魔法の知識が必要で、魔力が視えるくらいでは識別できない。
ボクが視認できたのは、師匠がいなくなって1年以上経ってからだった。目が慣れたように急に視えた。付与に気付いた者が変な気を起こさないように、わざと辛うじて視認できるように付与していると思ってる。
絶対的な技量の差を見せつけ、「おかしなことをする気なら許さない」と脅されている気分になるんだ。
「未熟なお前達では話にならん。旅が終わったら我だけココに戻ってくる。ウォルト。家主に待っていろと伝えてくれ」
「帰ってきたら伝えておきます。ただ、何年も帰ってないのであまり期待しないでください」
「それでも構わん」
モーガンさんが大魔導師だというのは、見ただけでわかる。内に秘める膨大な魔力量と研ぎ澄まされた魔力。師匠の魔法に興味を持つのは自然な流れに思えた。ただ、無視される可能性大。
「その時は俺も一緒に来る。ウォルトの作った肴を食べながら、酒で旅の疲れを癒やすんだ。土産を持ってくるから」
「お待ちしてます」
飲み終えた5人は、すぐに出発すると言うので外で見送る。傷薬や魔力回復薬も手渡すと感謝された。
「次はどの国に?」
「カネルラ国内を見て回ったら、アヴェステノウルかアリューシセに向かうつもりだ。……ウォルト」
「なんでしょう?」
「よかったら俺達と一緒に世界を旅してみないか?かなりキツいけど悪くはないよ」
「嬉しいんですがお断りします」
「だはっ!やっぱりハッキリしてる!」
本気で誘ってくれてる。料理を評価してくれたのなら嬉しい。
「お前なぁ…。いくらウォルトの飯が美味かったからって無責任発言すぎるだろ」
「そうよ。長くて大変な旅なんだから、軽々しく誘っちゃダメだって」
「だが、お前が来てくれたなら野宿も苦じゃないかもしれん。本当に美味かった。しかもドワーフをよく知っとる」
「うむ。美味い茶だったぞ。日々の楽しみとなり得る」
「ありがとうございます」
勇者パーティーの料理担当になったら、色々な国の料理を覚えられそうだな。
「あはははっ!未熟者には俺の真意はわからないんだよ!」
「なに言ってんだ?」
「どういう意味よ?アンタが1番未熟でしょ」
「儂らに言うことか」
「下らん戯言を」
ゲイドさんは笑みを浮かべてボクの前に立つ。
「コイツらは勘違いしてるけど、俺は生半可な気持ちで君を誘ってない」
「ありがとうございます」
「いつか君の力を見たいな」
もしかしてボクが魔法使いだって気付いてるのか?反応からしてモーガンさんにもバレてないと思う。気付いていても路傍の魔法使いに興味はないだろうけど。
「ただ、それがなんなのか見当もついてないんだよね~」
「あははっ。見当もついてないのに言うことじゃないですよ」
ゲイドさん以外の4人は深く頷いてる。
「勇者の第六感って結構凄いんだぞ。知ってた?」
「知らなかったです」
「そんな勘がさ、君は凄いって訴えかけてくる。だから見たかった。残念だよ」
「また来ることがあれば、その時にお見せします。ゆっくり他の国の話を聞かせて下さい」
「楽しみにしとく」
姿が森に隠れて見えなくなるまで見送った。
…全員、去っていく足取りが重かったな。使命や重責、いろんなモノを背負ってる人達だ。全員が強者のオーラを纏っていたし、並外れた能力を持っていたとしても、それが普通だと思う。
勇者という存在を誤解していた。ちょっとでも旅の手助けをできただろうか。身も心も休まっただろうか。命懸けで魔王を討伐し、後年では裏方として人知れず世界を憂いている。旅の途中では救える者をできる限り救っていると言った。そうしなければ心が落ち着かないと。
勇者パーティーだと正直に伝えたとき、信じてもらえないことはやっぱり辛いらしい。時代が求めていないし、ホラ吹きだと揶揄されることに怒りを覚えることもあって、「まだまだ心が未熟だよ」とゲイドさんは笑ったけれど未熟なんかじゃない。
魔法使いだと信じてもらえなかったボクは気持ちがわかる。嘘を吐いてなくとも、信じてもらえなければ諦めて素知らぬふりをしながら生きるだけ。心は簡単に折れる。何度繰り返しても慣れないし辛い。
世界を救った英雄とその末裔は、華々しい世界とは無縁な縁の下の力持ちなのだと初めて知った。無事に旅を終えて、また会えたなら労いたい。疲労回復の効果があるハーブ湯を準備してそれぞれの種族に合わせたコース料理を作ってもてなそう。
そう決めた。




