542 魔法薬
「以上が注進でございます」
「御苦労だった。経過について継続して報告を頼む」
「かしこまりました。国王様の御慈悲に感服致します」
ナイデルに謁見していた王城所属の薬師長バップが深く一礼して謁見の間を後にする。横に立つストリアルが口を開いた。
「父上。まさにリスティアの言葉通りになりました」
「うむ」
数日前のこと。リスティアから「偏光症の薬を作れるかもしれないから、薬師に調合をお願いしたいの!」とせがまれた。事情を聞いたところ、病の進行とともに失明し過去に完治した症例はない難病とのことだった。
数万人に1人の割合で罹患する珍しい病気であり、カネルラにも確実に苦しんでいる者はいる。リスティアは俺に薬の製法を伝え、薬師に助力してほしいと言った。
下らぬ冗談であるはずもなく、薬師に眼薬の作成を命じ、たった今「患者は早くも快方に向かっております」との注進を受けたばかり。偏光症の罹患者に試薬として服用を願い、「治る可能性があるのなら是非とも!」との同意を得て、慎重な投薬を開始したのは昨日のこと。使用者は元より、王城に所属する医師、治癒師、薬師達も揃って驚愕したという。
「リスティアが優秀な薬師と縁を繋いでいることに驚かされます」
「考案したのは薬師ではない。もう忘れたか?リスティアの親友はただ1人だ」
「まさか……此度の薬の製法を伝授したのはサバトだと仰るのですか?」
「間違いない」
伝えられた製法には魔法の付与が含まれていた。いわゆる魔法薬。しかもエルフ魔法だ。あの子は推測されると理解したうえで頼んでいる。親友であることを隠す必要がなくなったからであろう。むしろ堂々たる態度で、顔に書いてあったと言っても過言ではない。
「俺達が知らぬだけで、リスティアを通じて大なり小なりカネルラに尽力しているに違いない」
「我々も知らぬ内に…」
「あいにく千里眼のように特別な力を持たぬ。掌握できようもない」
サバトは、魔法だけでなく薬学や呪術にも精通している。幾度かリスティアの相談に乗っているだろう。初回の調合について「素材を提供された」とリスティアは言った。いかなる手段で王城に運ばれたのか不明だが、1つはっきりしたことがある。
サバトは人間の魔法も操る魔導師だ。2種類の魔法は事前に付与されていたと聞く。表立たず暮らしているのだから人間と交流しているとは思えん。サバトが付与した魔法だと考えるのが妥当。
カネルラは小国だが、輝く才能が埋もれている。必要とあれば原石も含め磨く助力となりたいモノだ。
「ストリアル。今後の経過について薬師や医師と連絡を密にし、患者の回復が確認できたならば薬の製法をカネルラのあらゆる地方へと伝達せよ。まだ先の話だが、国内において安全性が確認できたなら友好国にも伝達だ」
「かしこまりました」
欲がないと評判のサバトは、意図せずカネルラに貢献しているに違いない。リスティアが上手く操作している可能性もあるが、断じて親友と呼ぶ者を騙す娘ではない。仮にそうだとするならば、サバトとの交流は即刻断ち切ってくれよう。
いずれにせよ、称賛に値する行為に変わりない。決して私欲に走ることなく清廉な手段で国民に還元する。国王としての責務であり、カネルラを背負う者の使命だ。
★
王城から少し離れた場所に位置する薬師達の職場兼研究室では、国王ナイデルから依頼された薬の調合について意見が交わされている。
選りすぐりの優秀な薬師達を統率する長であり、立派な白髭をたくわえる老薬師のバップは髭を撫でながら会話の中心にいる。調合した眼薬の入った瓶をテーブルに置いて囲む薬師達。
「バップ様。偏光症の治療薬が完成するなんて…未だに信じられません」
「処方した医者も口をあんぐり開けておった。経過観察は必要じゃが、ぼんやり見えるようになったと患者は喜んでおるそうじゃ」
「薬草へ魔法を付与する手法はさほど珍しくもないですが、まさかのエルフ魔法との掛け合わせで…しかも、王女様の加護の力まで加えるとは凄い発想です」
薬師の中でも若手であるヤクンの言う通り。誰が予想できようか。
「3種の力を掛け合わせようなどとは考えもつかぬ。過去にも考案されたことはあるが、精々2つまで。人間とエルフの魔法が共存できると思わん」
「誰が考案したのでしょう?私の予想だと、王族に親しい者か外国からの情報だと思いますわ」
女性薬師であるミランダの予想は、当たらずとも遠からずであろう。
「『精霊の加護』の力は、カネルラ王族しか使えないと云われておる。つまり、王族に関係の深い人物である可能性が高い」
「確かに。知人でなければ効果を試しようもないかと」
「王女様なら喜んで協力して頂けそうですわ。ただ、エルフ魔法となると宮廷魔導師でも詠唱できないはず」
「気になるのはそこじゃ。エルフ魔法は当然エルフにしか使えぬ。そして、エルフが黙って協力するとは思えん」
長く生きておれば旧知のエルフもいるが、プライドが高く人間に対して非協力的な者が多い。ただ、エルフは独自の文化を形成しておる。薬学の分野も謎に包まれておる。秘薬の知識があったとしてもおかしくはない。
「現に魔力付与された素材を入手したということは、なにかしらの伝手があったということです」
「そうね。もしかして、カネルラのエルフは他国より協力的なのかしら?」
「それはないでしょう。聞いたこともありませんよ」
「王都にいるエルフは街に馴染んでるわ。人間と交際してる者もいるみたいだし」
「ほんの一部だと思いますし、実際は我々を見下していそうです。バップ様はどう思われますか?」
「見下す者が多いのは確かじゃが、今回の薬を作るとなれば儂らとて絡まねばならん。交渉は王族主体で進むかと思うが」
「すんなり了承してくれない気がします」
「3種の比率が重要なのよね。今回は全量を混ぜ合わるだけの簡単な調合だったけれど、本当なら私達が比率を考えて調合しなくちゃならないわ。かなり難しい作業よ」
定められた比率で調合せねば、効果は薄いとの見解を授けられた。微差であればよいのか、一寸のズレも許されないのか検証が必要になるであろう。
「儂が思うに、この薬を考案したのは薬師ではなく治癒師じゃ」
「なぜそう思われるのです?」
「理由は2つある。1つ目は、薬師なら薬草の効用が素材を選定する主な要素。じゃが、この薬は魔法の付与に適した薬草を選定しておる。逆の発想と言って差し支えないじゃろう」
儂なら視力の回復に効果のあるアップ草を素材に選ぶ。だが、視力に関連性が薄く、魔力付与が容易なマージ草が選定されておる。
「なるほど」
「薬草の成分ではなく魔法が治療の核であるから、付与効果の高いマージ草が選ばれた…ということですわね」
「マージ草は無害な薬草。眼薬に使用してもなんら影響はないじゃろう。回復効果の大半は付与された魔法が担っておる。魔法薬を作成する前提じゃ」
純粋に薬と呼んでいいのか微妙なところ。儂にとっては、素材が自然界で採取可能であり、先人達が知恵を絞って産み出したモノが薬である。古く凝り固まった思考じゃろうか。
「治癒師が考案したと捉えるのが妥当ですね」
「バップ様の考察には恐れ入りましたわ」
この程度のことは自分で気付いてほしいのう。2人とも腕は確かじゃが、まだ観察力が足りんか。
「2つ目に、ミランダも言ったが調合の比率が重要ということ。しかも、素材というより魔法の比率じゃ。実際に偏光症の患者に治癒魔法をかけ、調合に最適な比率を割り出したとみた」
「そんな芸当、薬師には無理ですね」
「治癒師でも相当な技量がないと無理じゃないかしら?かなりの凄腕だと思うわ。そもそも魔法って混ぜられないんでしょ」
「なんにせよ、新たな可能性に変わりない。魔法と薬を融合すれば治療の裾野は格段に広がる。医者、治癒師、薬師が手を取り合い治療の発展を目指す時期を迎えたのかもしれんのう」
同じく治療の分野に携わっていながら、それぞれ独立して機能しているのは、歪といえば歪。我らが一丸となれば、さらに治療の分野は進歩することを実証したのがこの魔法薬といえなくもない。
「治癒師も医者も無駄にプライドが高いですよ」
「鼻持ちならない奴も多いわ。偏屈者の高慢ちき共が」
「治せなかったら俺達が作った薬のせいにするし、最悪ですよ!」
「そうよ!アイツらの腕が悪いんだっつうの!」
急に興奮しだしたのぅ。気持ちはわからんでもないが、儂らもそう思われているかもしれん。世界には治療に関わる者が1カ所に集まり、連動して治療に当たる国もあるという。おそらく問題は多いであろう。しかし、正しい気もする。
「余所のことをあまりとやかく言うでない」
「バップ様は優しすぎます!」
「そうです!陰で『雑草ジジイ』って悪口言われてましたよ!」
それは初耳じゃ。意味がわからんが…。
「優しさなどではない。人を救いたいという気持ちは同じなんじゃよ」
この薬を考案した者は高い志を持つ者に違いない。過去に遡ってもエルフの協力を得てまで改革を進める気概を持つ者を知らぬ。万人に効果があると証明されたなら、考案者の名を教えて頂けるであろうか。是非とも交流してみたいものだ。
会話をそこそこで切り上げ、それぞれの持ち場へ戻した。さてと…今後のために貴重な意見を拝聴しに参ろう。
職場を出て、宮廷魔導師の最高指導者であるクウジ殿の執務室を目指し歩き出す。今後は素材への魔法付与を願うことになる。素材の実物を見て頂き意見を交換しておきたい。
治癒師共が「そんな暇はない」と偉そうにほざきおったのでな。できぬのなら正直に口にすればいいのだ。下らぬ誇りなど獣に喰わせてしまえ。「治癒師は王族の意向に反する」と国王様に進言してくれようか。
…いかん。冷静に…じゃな。前最高指導者のジグルは古くからの友人であった。「魔導師の原石を探す旅に出るぞい」と笑顔で述べて、職を辞した後は行方知れず。元気に生きておればよいがのう。まぁ、簡単に死ぬようなタマではない。
後任のクウジ殿は、カネルラ初の冒険者出身の最高指導者。意外な人事に儂も含め誰もが驚き、賛否両論であったがギルドマスターまで務めたとあって話のわかる男じゃ。元冒険者ゆえか治療の重要性を理解し、我らへの協力を惜しまない。「若い魔導師達に経験を積ませるいい機会です」と積極的に依頼を受けてくれる。
その点でジグルより与しやすい。彼奴も『薬は薬師の仕事』と思っとる頑固ジジイ。間違いではないがエリート魔導師の思考。
執務室を訪ねると、事務仕事中であるのに丁重に招かれてお茶を頂く。
「バップ殿。本日は何用ですか?」
「御相談があって参りました」
偏光症の薬について概要を説明する。そして、付与する魔法について協力を仰ぎたいと申し出た。
「事情は理解致しました。まずは魔法が付与された素材を見せて頂いても?」
「こちらです」
2種類のマージ草を手渡すと、あらゆる角度から眺めている。王女様の『精霊の加護』が付与された素材は、渡しても無意味なので伝える必要はないであろう。
「この素材は……誰が付与を施したのですか?」
「知らぬのです。我らは調合を依頼されただけゆえ。魔法の比率が書かれた紙がこちらです」
「…なるほど。魔力量を微調節して付与しているのですね」
「全量を混合する簡単な調合で可能な付与がされております。宮廷魔導師とエルフの魔導師ならば再現可能ですかな?」
「同様の『治癒』を付与するのは可能です。魔力量の調整に時間を頂きますが、むしろやらせて頂きたい」
さすがクウジ殿。彼は治療全般に関しての知識や技量は治癒師に劣ることを理解しているが、こと治癒魔法のみに限定するなら治癒師に劣らないと主張する。
宮廷魔導師は、あらゆる魔法に関してカネルラの頂点だと自負しているからだ。やはり大魔導師ライアン殿の弟子。
「エルフの魔法については、やはり宮廷魔導師であっても?」
「不可能です。エルフに依頼する他ないかと」
「かしこまりました。つかぬ事を伺いますが、クウジ殿はエルフの魔導師に伝手などありませぬか?」
「伝手はありません。…が、魔法を使えるエルフならば付与することは可能でしょう」
確かジグルは数名のエルフと交流していたはず。彼奴を探し出して聞き出す方が早いとみた。
「バップ殿。もしや、薬の調合を依頼されたのは王女様では?」
「よくおわかりで」
「誤解を恐れずに言えば、驚かされるのは国王様ではなく王女様であることが多いので」
「まさしくその通りです」
かなり前に料理人が唸る離乳食を考案したのも王女様であった。庶民的に改良され、今では王都で親しまれる離乳食。王族の中にあって革新的なことを提案されるのは王女様であることが多い。聡明かつ自由奔放で、天に愛されし者。国民に対する慈悲の心も併せ持つ。
国が国ならば歴史に残る女傑として君臨したのではなかろうか。若しくは女神と呼ばれるような存在であったかもしれん。そう思わせる御方。
「まったく…。課題を与える男だ…」
クウジ殿がなにやら呟いたが、声が小さすぎて聞き取れなかった。
「なにか気になることでも?」
「こちらの話です。お気になさらず」
しばし今後について話し合い、執務室を後にする。
課題は山積みとはいえ、新薬には胸が躍るわい。不治と呼ばれた病の治療薬は薬師が作りたかったというのが本音じゃが、さらに効用を向上させることは可能やもしれん。
世のため人のために。儂らはそのために存在しとるんじゃ。




