541 再登板のとき
ある日の夜。
ウォルトが魔導書を読み耽っていると、魔伝送器が震えた。呼び出しているのはリスティアだ。
「久しぶりだね。リスティア」
『一昨日も話したでしょ!』
「そうだね」
リスティアとは結構頻繁に会話していて、3日おきくらいに話してる。直近の出来事について他愛もない会話をするのが常。
「そろそろ寝る時間だよ」
『まぁた子供扱いする!』
「子供だからね」
『むぅ~…。あっ、そうだ!ウォルト、手だけ部屋に来て!渡したいモノがあるの!』
「いいよ」
空間魔法で手だけリスティアの部屋にお邪魔すると、なにかを手渡される。紙の感触だ。空間の亀裂から手を引き抜くと、渡されたのは手紙だった。封筒に書かれているのはリスティアの字じゃない。しかも、ボクじゃなくてリスティア宛ての手紙。
『内容について説明するね!かくかくしかじかで…』
翌日。早朝から森を駆けて、カネルラ西部にある小さな村に辿り着いた。初めて訪問する場所。
「この姿になるも久しぶりだ」
村に入る前にテムズさんに『変身』する。声もしっかり変えた。『氷結』で作った姿見で確認しても、ちゃんと変身できてる。まずは情報収集してみよう。
第一村人のおじいさん発見。
「こんにちは」
「ほい、こんちは。見ない顔じゃの」
「この村は、オランクで間違いないですか?」
「そうじゃぞ。誰かに用か?」
「オルガさんという女性がいますか?」
「おるぞ。お前さんは?」
「ボクはテムズといいます。フクーベから来ました」
「フクーベ?南部の街じゃな。遠かったろうに」
ちょっと世間話をして家を教えてもらった。丁寧に御礼を告げて家に向かう。
「この家かな?」
教えてもらった家の前に立ちドアをノックすると、若い女性が顔を出した。
「どちら様ですか?」
「テムズと申します。娘さんにお会いしたくて来ました」
「ノエルに?なんの御用でしょう?」
「この手紙の件で伺いました」
リスティアから渡された手紙を見せる。
「それは…王女様宛に私が書いた…」
「急に訪ねて申し訳ありません。手紙の内容について、詳しい話を伺ってもよろしいでしょうか?」
「中へどうぞ」
「失礼します」
居間に通されてお茶を差し出される。
「どうぞ」
「頂きます」
「あの…テムズさんは、どういった経緯で手紙を?」
「王女様がオルガさんの手紙を御覧になって、直接ではないのですがボクに依頼が舞い込んだのです。現地に向かってほしいと」
「そうでしたか…。手紙を読んで頂けたなんて…」
「事情を知ったリスティア様は、出来る限り力になりたいと仰られました。詳しく教えて頂けますか?」
「恐縮です。5歳になる娘のノエルは…生まれつき両目が見えないのです。医者や治癒師に診せても治る見込みはないと…」
「薬も魔法も効果は薄かったということでしょうか?」
「治療でぼんやり光を感じるようになったようです。そこからは変化なしで…」
「治癒魔法の方が効果があったのでしょうか?」
「はい。治癒魔法による治療を何度か受ける内に、視界が明るくなったと」
「偏光症の可能性が高いかもしれません」
「医師にも言われました。薬による治療は難しいと言われ…治癒魔法もこれが限界であると…。けれど、私も夫も諦めきれず……魔法武闘会に現れた噂の大魔導師サバトならば…と一縷の望みにかけて…失礼を承知で王女様宛に文を書いたのです。サバトを探して頂けないでしょうか…と」
「宛先が国王陛下でなく、王女様であったのはなぜですか?」
「慈悲深く、素晴らしい王女様だと伺っております…。同じく少女であることもあり…取り次いで頂けないかと思いました…。ノエルは……あの子は一度も世界を見たことなどないのに…友達に聞いたサバトの魔法を見てみたいと…」
「そうでしたか…。娘さんに会うことは可能ですか?」
「部屋にいます」
オルガさんは部屋に向かい、可愛い女の子の手を引いて連れてきてくれた。しゃがんで視線を合わせると、目の虹彩が斑に見える。偏光症の症状だ。
「おかあさん。だれかいるの?」
気配で感じるのか。
「ボクはテムズ。ノエルに会いに来たんだよ」
「そうなの?こんにちは!」
いい笑顔だな。
「こんにちは。ノエルは目が見えないんだよね?」
「そうなの」
「でも、ボクの姿は見えるかもしれないよ」
「「えっ?!」」
「オルガさん。ボクは魔法を使えるんですが、少しだけノエルに魔法を見せてもいいですか?決して危険ではありません」
「えっ?えぇっ…?それはどういう意味ですか…?」
「まほう!みたい!」
オルガさんは混乱しながらも頷いてくれた。瞼を閉じたままのノエルの目の前にそっと手を翳す。
「今から魔法を見せるよ。そのままじっとしてて」
「うん!………わぁぁぁっ!すごぉ~い!」
「急にどうしたの!?」
「すごいよ、おかあさん!めのまえにだれかいるの!これがテムズ?!」
「そう。そして……コレがお母さんだよ」
「わぁ!おかあさんのかお、はじめてみた~!」
ノエルに見せているのは、精霊魔法と『幻視』を掛け合わせた複合魔法。脳内に訴えかける特性を持つ精霊魔法で精神に画像を直接投影している。以前、バラモさんに見せてもらった脳内地図から思いついて修練していた。上手くいった。
「ノエル…。本当に見えてるの…?」
「うん!まほうってすごいね!テムズ、おとうさんは?!」
「お父さんを見たことがないから、見せられないんだ。ゴメンね」
「そっかぁ…」
「オルガさん。今からノエルの目を魔法で治療してもいいでしょうか?治せる保障はありませんが、ボクはこのタメに来ました」
「そうだったのですか…。……それでも構いません!お願い致します!」
頷いてノエルの頭を優しく撫でる。
「目が治るように頑張ってみるからね」
「うん!」
椅子にノエルを座らせて、混合比率を変えながら治癒魔法を操り、反応を見ながら最適な配合を探る。
「なんかあかるくなった!テムズのまほう、すごい!」
「そんなことないよ。おかしいと思ったら直ぐに教えてね」
「うん!」
虹彩の色も整っているし、この配合が最善だと思える。焦らず時間をかけてノエルの目に魔法を付与する。
「……あっ!」
「どうだい?」
「なにか…みえてきた!」
「まだ続けるよ」
「………わぁぁぁっ!すごい!みえる!おかあさん!ノエルのめ、みえる!」
「本当に!?」
ノエルはオルガさんに向き直って、しかと抱きついた。
「さっきみたかおとおんなじ!おかあさんだ!」
「…ノエルっ!うぅぅ~っ…!」
「おかあさん、なんでないてるの?うれしくないの?」
「嬉しくて泣いてるのよ…」
「へんなの~!」
上手くいってよかった。複合魔法を駆使すれば治療できるかもしれないと思って来たけど、がっかりさせずに済んだかな。
キャミィから「魔導師に実力が届かなくても、魔法の幅では負けない」と評価してもらえたから、ボクなりの治癒魔法でも自信を持って治療できた。
「テムズさん…。本当に…ありがとうございます…。なんとお礼を申し上げたらいいのか…」
「完治したと断言できませんが、おそらく大丈夫かと」
「テムズ!ありがと!」
「どういたしまして。見えるようになってよかったね」
「うん!みえると、すっごくあかるいんだね!」
目が見えないのに、ボクみたいな魔法使いの魔法を見たいと言ってくれる子供がいる。なんとかしてあげたいと思った。
「テムズさん。直ぐに伝えたいので、夫を呼びたいのですが」
「わかりました」
「職場は遠いんですが、出来る限り早く戻ります!」
オルガさんが家を出たのを確認して、ノエルに向き直って微笑みかける。
まだ、ボクにできることがある。
★
オルガは、木こりの夫ウッドを探し出して一緒に帰ってきた。思ったより遠い場所にいて、探すのに時間がかかってしまったけれど、精一杯息を切らして伝えた。
「…ノエル!」
「おとうさん…?このこえは、おとうさんだぁ~!」
家に戻るなり抱き合うウッドとノエル。夢に見た光景にまた涙が溢れる。
「本当に見えるようになったのか!?」
「うん!よくみえるよ!」
「そうかっ…!よかったっ…!」
私達はノエルの目が見えるようになるのなら、なんだってやってあげたい。そう考えていた。自分達の目を抉り取って、この子の目と交換してあげたい。サバトならば現実離れした治療も可能なんじゃないかと淡い希望を抱いていた。
こうして3人で笑い合える日がくるなんて…。
「はっ…!そうだ!お世話になったテムズさんにお礼をっ!」
「はっ…!そうよね!テムズさ~ん!」
呼びかけても返事はない。
「ノエル。テムズさんはどこに行ったの?」
「おうちにかえった!」
にへらと笑うノエル。
「帰った?」
「もう?」
「あのね、すごかったの!おとうさんと、おかあさんのおかげ!ありがと!」
ノエルがなにを言ってるのか、私達にはまったく理解できない。なにが凄かったのかについて、夫婦で問い詰めても教えてくれない。
「ぜ~ったいないしょ!もうきいちゃだめっ!おとうさんとおかあさんも、ないしょにして!やくそくだよ!」
どうやら私達がいない間にテムズさんから凄いモノを見せてもらったらしい。でも、教えてくれない不思議。見ていない私達が内緒にする必要はないと思うけれど。
テムズさんはおそらく凄腕の治癒師。何人もが匙を投げたノエルの目を治療したことも凄いし、王女様からの依頼を受けるような人なのだから間違いないと思う。
そんなテムズさんが、なにを見せてくれたというのだろう?子供が喜ぶようなモノを持っているようには見えなかった。
居間のテーブルには、今回の治療について他言無用にしてほしい旨の書き置きがあった。王女様にもテムズさんにもお礼は一切不要で、ノエルの笑顔が最高の報酬であると。
なにかしら理由があると察した私達は、心苦しく思いながらも受け入れることに決めた。恩人の意志に背くようなことはできない。
ノエルは眠るまで「まほうってすごい!」と興奮していて、「おおきくなったら、まほうつかいになりたいの!」と花が咲いたように笑った。世界を変えてくれたテムズさんへの憧れと感謝だろうか。
私達は、ノエルの夢を初めて耳にして、少しのお酒と共にまた涙を流した。
リスティア様…。テムズさん…。本当に…ありがとうございました。
★
住み家に帰ったウォルトは、直ぐにリスティアに魔伝送器を繋げた。今日の出来事を伝えるタメに。
「ノエルの目は無事に治療できたよ」
『おつかれさま!』
「ボクの魔法も楽しんでくれたみたいだ」
『そうだろうね!』
オルガさんが旦那さんを呼びに行っている間に、ノエルに「実はボクがサバトなんだ」と打ち明け、白猫お面のサバトに『変身』して全力で魔法を披露した。
今日まで現実の世界すら見たことがなかったノエルに魔法を楽しんでもらえるか不安だったけど、「サバトのまほう、すっごい!」と褒めてくれた。
「ボクに会ったことは2人だけの秘密にしてくれる?」と伝えると、ノエルは笑顔で頷いてくれた。バレても子供だから仕方ない。
「ないしょにするから、またまほうをみせて!」
「いつになるかわからないけど、それでもいいかい?」
「うん!たのしみ!」
「じゃあ、また見せるよ」
笑ってくれたノエルにもっと腕を磨いて魔法を見せてあげたいな。
『今回はオルガの手紙で運よく知ったけど、カネルラにはいろいろな病気で苦しんでる人がいるんだよね』
「そうだね。沢山いると思う」
『偏光症は治ったことないってウォルトは知ってた?』
「そうかな?魔法薬で治療できると思うよ」
『うそ?!ホントに?!』
「理論上は魔法を使えば効果がある薬を作れるはずだ。ただし、協力してくれるエルフの魔導師がいればだけど」
リスティアに詳しく説明する。ノエルの治療で操った治癒魔法の配合は、ほぼ『治癒』と『精霊の慈悲』の複合だけだった。重要なのは微妙な割合。多重発動するより薬を作る方が容易。人間とエルフの魔導師、あと薬師がいれば作成可能だ。魔法のような即効性はないとしても、薬草に付与して比率よく調合すれば同等の効果が得られるはず。
『薬の作り方を教えてもらっていい?』
「ちょっと待ってて」
適した薬草の種類や配合を書いた紙と、実際に魔法を付与した薬草も渡す。試しに調合してもらえたら薬ができるはず。リスティアはノエルと同じように辛い思いをしてる人のタメに薬を作りたいんだろう。
「もしかすると、偏光症でも人それぞれ治療法が異なるかもしれない。でも、ある程度の効果は期待できると思うよ」
『ありがと!やっぱりウォルトは凄いね!』
「自分で治療したから気付いただけなんだ。気になることがあれば相談してほしい」
『私の力が役に立つときが来たかもしれない!頑張って付与してみる!』
「そうだね。リスティアなら付与できるさ」
『精霊の加護』を少し混ぜると、より効果的なことも伝えた。ただ、リスティアにしか使えない能力を多くの治療に使うのは難しい。
『わからなかったら教えてね!』
「いつでもいいよ」
リスティアを手助けしてあげたい。あらゆることに挑戦したいのも知ってるし、病に苦しむ誰かを想って薬を作りたい慈悲の心が伝わるから。
『ウォルトが治療してくれてよかった』
「ボクも勉強になったよ」
医者じゃないボクにとっては希少な体験ができた。ちゃんと治すことができて、さらに知識を蓄えられたのは幸運。いつか役に立つかもしれない。
『ウォルトは勘違いしているとみたよ!』
「なにも勘違いしてないと思うけど」
『私が国民のタメに加護の力を使いたいって思ってるでしょ!』
「違うのか?」
『大体正解だけど、もう一声!』
「う~ん…。思いつかないなぁ」
『ウォルトの横で手伝えるかもしれないのが嬉しいんだよ!鈍いなぁ!』
「あはははっ。さすが親友だ。その時はお願いするよ」
『私に任せて!』
敵わないなぁ。いつも予想しないことを言って気持ちを和ませてくれる親友。
『あと、親友として重要なことを確認しておきたいんだけど…』
「なんだい?」
神妙な声色。なんだろう?
『ウォルトって……大人の女性より幼女が好きってことはないよね?』
意味不明だけど…誤解のないようハッキリ伝えておこう。
「子供は好きだけど、断じて幼女好きじゃない!」
『だよね~!悩殺するなら今!になっちゃうからね~!』
「今も未来もしなくていいよ!」
『断る!』
前言撤回。リスティアは嬉しくも困らせもする親友だ。




