54 四者四様
暇なら読んでみて下さい。
( ^-^)_旦~
「気は晴れたか?」
訓練場に戻って、騎士控室で団長に声をかけられた。
「溜飲が下がりました」
「そうか。闘ってもらった甲斐があったな。まぁ王女様のおかげだが」
「団長らしくなかったのでは?私が負けると思わなかったのですか?」
「考えもしなかった。ナッシュ殿は才能豊かで優秀な魔導師だが、お前に勝てるはずもない。彼は少々自信過剰過ぎる。いい薬になるといいが」
お世辞が含まれているとわかっていても団長に評価されるのは嬉しい。
「真面目に精進すればいい魔導師になると思いますが…どうでしょう?」
「ココで終わるならそれまでの器。次の魔導師が現れるだけだ」
彼は王都でも特に優れた魔導師。それに異論はなかった。少し前までは。ウォルトさんと闘った経験からか、冷静かつ客観的に魔法を分析ができた。そのうえで私がナッシュさんに負けることはあり得ないと思えた。
自分自身の実力を正確に把握できるからこそ足りないモノや相手の力量にも気付くことができる。自信家の彼はそこが足りなかった。ナッシュさんは少し前までの私と同じ。
ウォルトさんと闘っていなければ、実力に自信を持てず今日の仕合でも敗れていたかもしれない。やはりあの出会いは私自身を大きく成長させた。彼にまた会えたら礼を言わねば。
「ところで、ナッシュ殿だが」
「はい」
「負けた直後は若干落ち込んで見えたが、失禁しながらも堂々たる態度で、笑顔で取り巻きの女性を侍らせながら退場した」
「……あと3発くらい殴っておくべきでした。…いや。顔面の中心を陥没するくらい殴ればよかった!」
懲りてない!あの男はっ!
「物騒なことを言うな。それと伝言がある」
「伝言?誰からですか?」
「ナッシュ殿からだ。「今回は負けましたが、今度は僕と夜の勝負でもいかがですか?」と」
…よし。
「奴の息の根を止めてきます。今すぐに」
鞘からスラリと剣を抜く。正中線を見事に一刀両断してくれよう。頭から…だらしない下半身まで!
「待て待て。彼なりの敗北宣言だろう。表情は苦笑いだった」
「私にそういう冗談は通じません」
剣を収めて不機嫌に告げる。
「ときにアイリス」
「なんでしょうか?」
「溜飲を下げる手助けをしたのだから、俺を噂の魔導師と会わせてくれるんだろうな?」
なるほど…。今回の団長の行動には、そんな腹積もりもあったのか、と納得したけれど…。
「それとこれとは話が別です。約束はできかねます」
「なぜだ?とにかく俺にも会わせろ。この間も言ったが団長命令だ」
「優しい方なので野蛮な人には会わせたくないのです。会った途端に殴りかかったり、投げ飛ばしたりするかもしれません」
「誰が野蛮だ。そんなことするか」
「マードックさんと知り合いのようでしたから、そちらに訊くほうがよろしいのでは?」
「むう…。アイツと話しても話にならない。すぐ「闘るぞ、この野郎!」とそれしか言わない。だが…その手があったか」
「団長に挑むとは。確かに強そうな方でした。まるでゴリ……ご立派な戦闘狂に見えました」
「全然褒めてないだろ。なんだ、『ご立派な戦闘狂』って」
危ない、危ない。
「とにかくお断りします。あと、彼にちょっかいを出したらおそらく王女様が黙っていません」
「仕方ない。出会うまで待つとするか」
「待つ?」
「俺は、己を貫いて精進していれば必ず強者と巡り会うと思っている」
「面白い考えだと思います」
ボバン団長は強い。私の知る限りカネルラで並ぶ者はいない。仮にナッシュさんが団長を相手に指名していたら瞬殺されていた。
ウォルトさんならば…と一瞬考えを巡らせたけれど、すぐに思考を停止する。団長の言う通りであれば、いずれ巡り会うだろう。闘うとも限らない。ウォルトさんは私の我が儘を聞き入れてくれたけれど、本当は闘いたくなかったはず。優しい獣人だった。
それでも完全に拭いきれない想い。団長とウォルトさんの闘いを見てみたいという純粋な好奇心。
★
時を同じくしてナイデルは自室にいた。今年は懐妊により観覧できなかったルイーナと今日の武闘会を振り返っている。
「それでは、魔導師と騎士が闘い騎士が勝利を納めたのですね」
「あぁ。正直アイリスがあれほどの強さとは想像していなかった。以前、武闘会で見たときとまるで別人だ」
威風堂々の佇まいであった。
「彼女の活躍を見て女性の騎士希望者が増えるのではありませんか」
「否定はできない。それほどの衝撃だった」
「リスティアが一役買ったようですが、相変わらずお転婆ですね」
「あの子はアイリスが勝つと確信していたようだった。自信過剰なナッシュにお灸を据えるつもりだったのかもしれん」
今でこそ落ち着いたが、以前は対戦相手を煽るような行動をとっていた。それでも素晴らしい魔導師であるという評価は揺るぎなかったが。
「あの子ならあり得ます。しかし、それが半分…といったところでしょうか。残りの半分は単に面白そうだったからでしょう」
ルイーナはクスリと笑う。
「そうかもしれん。しかし、あの子は魔法を見ていても「私の親友は凄い!」とそればっかりで興奮しきりでな。俺にはさっぱり意味がわからない」
「そうでしたか」
首を傾げるナイデルを見て、ルイーナは心で溜息を吐いた。
ナイデル様は聡明な国王だけれど、愛娘に関しては勘が悪いというかなんというか…。口には出せないけれど少し抜けている。
今の話を聞いて、リスティアの親友が凄い魔導師なのだと予想できない方がどうかしている。王都の名だたる魔導師を見たうえであの子がそう言うのだからかなりの腕前だと。
けれど、それをしてしまうときっとナイデル様は騒ぎ出す。身重の身体で前回の様な面倒くさい展開に巻き込まれるのは、絶対に御免被りたいので黙っておくことにした。
「ルイーナ?どうした?」
「いえ。なんでもありませんわ。オホホホ!」
★
さらに同時刻。
リスティアの部屋では、のんびりお茶しながら兄妹による意見交換が行われていた。
「今年の武闘会は見所が多かったな」
「世紀の対決も見れて、僕の管轄である騎士団も実力を見せてくれた。いい大会だったよ。リスティアの提案には驚いたけど」
「そう?兄様たちはどっちが強いか気になったことないの?」
「気にならない…と言えば嘘になる。カネルラにおける戦力の二大派閥だからな」
「兄さんの言う通りだ。ただ、どちらが強いかという問題は互いの関係に亀裂が入る可能性があるから踏み込みにくかったというのはあるね」
「ふ~ん。お兄様達は色々気にするんだね。私的には今回は騎士の勝ちってだけだけど!」
「また闘えばわからないということか?」
「うん。お互い勝ったり負けたりしながら切磋琢磨してどっちも強くなっていく。そのタメの第一歩だよ!今後はお互いに闘ってみたくなると思うよ。もちろん恨みっこなしでね。カネルラの皆は性格悪くないから!」
そんなことを言いながら、花が咲いたように笑った妹を見て、敵わないなと自虐的に笑う兄弟。
単に面白がっていると思っていたが、ひいてはカネルラのタメになると思っての行動だと言う。
俺達にリスティアのような発想はなかった。騎士と魔導師、それぞれの体裁に気を使うあまり彼らがより強くあるための選択肢を潰していたのか。
今までが間違っていたとは思わないが、リスティアはカネルラの国民気質である大らかさで諍いは起こらないと言い切った。
国民を信用する純粋さと確固たる意思は、人の上に立つ器であるということを嫌でも感じさせる。国政に関わる者としては少々楽観的過ぎると思うが。
「兄さん。僕らも頑張らなきゃね」
「そうだな。負けてられん」
首を傾げる可愛い妹に愛想を尽かされないタメに。ストリアルとアグレオは、互いにそう思っていた。
★
「ふぅ…」
アイリスに敗れたナッシュは、自分の家で黄昏れていた。
試合後、励ましてくれた女性達にも早々に別れを告げて帰宅し、普段飲まない酒を飲んでいる。もう何杯飲んでいるか記憶にない。
年齢も30半ばを過ぎて、今でこそ王都一の魔導師と呼ばれているが、若かりし頃は凡庸な己の才能を開花させようと血の滲むような努力を重ねてきた。純粋に魔法が好きで、遊びも一切やらずひたすら修練に明け暮れた。ただがむしゃらに。
そんな日々を過ごしていると、気付けば己の上に誰もいなくなった。横に並ぶ者もいない。しばらく立ち止まってみても誰も追いついてこないことに気付く。
あの頃から虚しさを感じていた。新しい魔法や術式について話したくても誰とも話が合わない。手合わせしても全力を出すこともなく終わる。
周囲にチヤホヤされだすと、今までの努力も忘れて『自分は天才。特別な存在だ』と勘違いし始める。魔法の修行はほどほどに女性と遊び回り自堕落な生活を送る。
それでも誰も自分には届かない。もう魔法の修練などする必要性を感じなくなっていた。そして、新たな女性捜しを兼ねて暇潰し感覚で出場した武闘会でアイリスと闘ったのだ。
彼女は……強かった…。酒を煽って思い返す。
騎士のことはよく知らない。使う技能も。今まで知る必要もなかった。有頂天になっていた呆けた頭は、目の前の相手が強いということにすら気付かないほどお祭り状態だった。
自信満々に放った最高威力を誇る魔法を軽く防がれ、殴られて惨めな姿を観客に晒しながら試合は終わる。
僕に残ったのは、デカい口を叩いた挙げ句、完膚なきまでに敗れたという事実と粉々に砕け散ったプライド。
完全に相手の力量を見誤って自爆したようなモノ。彼女があんなに強いなんて思いもしなかった。
彼女が発した言葉の通り、大した魔導師ではなかったんだ…。気付くのが遅すぎた。発言の正しさに言葉に腹を立てる資格すらない。ただ大口を叩いただけの下らぬ存在。それがナッシュという魔導師。
興味のない目で見られたのも今なら頷ける。きっと彼女は、磨きあげた己の実力と錆びきった魔導師の力の差を理解していた。だから下らない闘いだと。
…このままで終われない。…まだ僕は……いや、俺は終わってない。声を殺して泣く。堪えてもテーブルに涙が落ちる。
最後は騎士団長に冗談を飛ばして誤魔化したが、ただ悔しかった。相手を舐めた報いとして…伸びきった鼻っ柱をへし折られ観客の眼前で醜態を晒したけれど、もし次があるのなら絶対に負けたくない。今度こそ自分が勝ちたいと心に火が灯る。
どれだけの時間と修練が必要かわからない。だが思い出した。俺がただの凡人だった過去を。努力して強くなったことを。
もう伸びしろなど微塵も残ってないかもしれないが足掻いてみる。もっと強くなるタメに。
そして、彼女と再戦したとき磨き上げた魔法で今度こそ勝利する。
読んで頂きありがとうございます。