538 モチーフ
ウォルトはモノづくりのためにコンゴウ達の工房を訪ねた。
「おぉ、ウォルト!いいところに来た!早く手伝え!」
「任せて下さい」
早速作業を手伝う。
「コンゴウさん。なにを作ってるんですか?」
「大砲と砲弾だ」
「カネルラの依頼ですか?」
「そうだ。昔からある大砲が老朽してきたらしい。まぁ、使わんから当然だが」
「戦争に巻き込まれていないからこそですね」
「そういうこった。起こらんに越したことはないが、拵えて損はない。世の中お人好しばかりじゃないんでな。無駄口はこのくらいにするぞ」
どうやら炉が大活躍してる。加熱温度の調整や工房の冷却をやろう。
「快適だな!」
「一気に捗るぜ!」
工房の環境を快適に保つことは作業効率に直結する。腕のいい職人揃いだから補助はこれだけでも充分。
「よぉし!今日はこのくらいにしとくぞ!飯だ!酒だっ!」
「準備できてますよ」
凄い勢いで料理がなくなる。区切りのいいところまでほぼ休憩なしで作業するから凄い体力と集中力だけど、ドワーフが皆そうではないと聞いた。
コンゴウさん達はメリハリを付けて飲食時は一切仕事のことを考えたくないから、紆余曲折あってこのスタイルに落ち着いたらしい。
「ウォルト!今日はなんだ?」
「焼き物について知りたくて来ました」
「焼き物?まさか、陶芸っちゅうヤツか?」
「皆さんの専門じゃないと思ったんですが、なんでも知ってるので」
マードックの祝宴のとき、会場にあった食器をお洒落に感じて作ってみたいと思った。師匠が食にこだわらない人だから、住み家にある食器は地味なモノばかり。
しかも、ドジな師匠の魔法が付与されてるから、まず割れないしどんな鈍器より硬い。コンゴウさん達の作った大砲でも割るのは無理だろう。そう考えると、あの住み家は要塞のような建物だ。
「皿なんぞ鉄でいいだろ」
「曲がったりもしないしな」
「いや…。それは皆さんがドワーフだからで…」
工房にある食器は全部鉄製。重いし熱いしでドワーフ専用といえる。剛力で手の皮が厚いドワーフだから扱える食器。
「…ふっはっは!遂に俺の出番か!」
立ち上がったのはドラゴさん。
「ドラゴさんは焼き物が得意なんですか?」
「おうよ!コイツらは「直ぐ割れる」だの「軟弱」だの文句しか言わねぇ。俺のように繊細じゃねぇし、美しいっつう感覚がないんだよな!」
「お前に言われたくないわ!」
「ウォルト!習うなら他の奴にしとけ!ドラゴに習ってもいいことなんて1つもねぇぞ!」
「なんだとぉ?!」
口論が始まった。この後はずんぐりむっくりオジさん達の小競り合いが始まる。いつもの流れでワンパターンだから先が読めてる。
「みっともないからやめろ!アンタ!とりあえず教えてみな!ウォルトが頼んでるんだから!」
ファムさんの一声で動きが止まる。
「コイツらを相手してる場合じゃねぇ!ウォルト、こっち来い!」
「ゆっくり飲んでからでいいんですけど」
「酔う前にな!なんせ繊細な作業だからよ!」
こう言ってはなんだけど、ドラゴさんはちょっと怪しいな…。いや、疑うのはよくない。
「…ってな感じだ!大体わかったろ!」
「全然わかりません」
「なんでだ!?お前ならわかるだろ!」
「説明がざっくりすぎますよ」
工房の隅に案内してくれたドラゴさんは、申し訳なさげに設置された小さな窯の前で一通り説明してくれた……んだけど。
「土をこねて形作って焼くだけだ!難しいことはなかろうが!」
「粘土の素材と配合とか、焼く温度とか陶芸の基本を教えてもらいたいんです」
「自分で考えろ!」
こうなる気がしてた。自分は身体で理解してて器用だから完成品は立派な形になる。ちゃんとした技術を持ってるのに、説明が大雑把だから参考にならない。それがドラゴさんの性格。
「ドラゴに習っても意味なんぞない!感覚だけで仕事しとる珍ドワーフだからな!ガハハハ!」
「俺らの中でも飛び抜けて説明が下手だ。理屈をわかってない」
「ウォルトは見て仕事を覚えるから心配いらないけどねぇ」
「全部聞こえてんだよ!細かく言えばいいんだろ!ウォルト!耳の穴かっぽじってよく聞いとけ!」
「ありがとうございます」
耳をピンと立てて説明してもらっても、やっぱり大雑把なのは変わらず。おおまかには掴んだから何事もやってみよう。
「今後は俺を焼き物の師匠と呼んでもいい…」
「どきなっ」
「なにすんだっ!?」
ドラゴさんを押し退けたのはケレスさん。姉御肌の女性ドワーフで、言葉遣いや雰囲気がキャロル姉さんに似てるけど容姿はまったく似てない。
「アンタの適当な講釈は聞くに堪えないんだよ」
「なんだとっ!」
「言ってることは間違っちゃいない。アタイが喋るから、アンタは隣で大事なとこだけ補助しろ。いいね?」
「…ちっ!わかったよ!」
「ウォルトもいいかい?」
「よろしくお願いします」
基礎知識として、土の練り方や陶芸の工程をしっかり教わった後、ケレスさんが実演しながら成形を教えてくれる。なぜかドラゴさんも感心しながら基礎を聞いていた。感覚派っていうのは本当なんだな。
「平べったい粘土の状態から手で成形するのが『手ひねり』って技法。ひも状にして積み重ねるのは『ひも作り』だ。こうやるのさ」
「なるほど」
「欠片を繋ぎ合わせるやり方もあるぞ!こうだ!」
「面白いです」
「ドラゴのは『はり合わせ』さ。あと、王道のろくろ成形か。ココにあるのは足踏みして回すろくろだ。見たことくらいあるかね?」
回転させながら見事に成形する。難しそうだけど本当に器用だ。慣れたら楽しそうだな。あと、素朴な疑問をぶつけてみよう。
「皆さんは鉄の食器しか使わないのに、なぜ陶芸ができるんですか?」
「そんなもん決まってるだろうが」
「単純に面白そうだからだよ。けど、興味を示さないドワーフもいるってことさ。どの種族も一緒だろ?」
「その通りですね」
釉薬や絵付けについても教えてもらう。
「ざっと描いたけど、こんな感じさ」
ケレスさんは絵を描くのも上手いんだなぁ。さっと描き上げた。
「凄いです。絵も上手いですね」
「そうかい?ウォルトも描いてみな。ちょいとコツがいるから教えるよ」
「では、失礼して…」
久しぶりに描いた花の絵は、ドワーフ達から過去最高の爆笑をかっさらって、その日の酒の肴になった。「初めて腹筋を痛めたわい!」と屈強自慢のドワーフに褒められる始末。丁寧に描いたんだけどなぁ…。
そんなことより、帰ったら窯作りや素材集めだ。楽しみすぎる。
それから数日後。あることを依頼したくてフクーベを訪ねた。
ココンコンコン。
軽やかにドアをノックすると、鼠の友人が顔を出す。
「よぉ」
「おつかれ。お前に頼みたいことがあって来たんだ」
「とりあえず入れよ」
中に入り、台所でカフィを淹れる。
「相変わらず美味い。本当に俺が買い置きしてるカフィなのか?どんな手してんだ?」
「猫の手だ。そんなことより、頼みたいことがある」
持ってきた布袋から素焼きした数枚の皿を取り出す。
「皿か?」
「ボクが作った皿に絵を描いてほしい。報酬は払う」
「別にいいぞ。金はいらない」
「お前は画家で描く絵に価値があるんだ。タダでやってもらうワケにはいかない」
「どうしても払いたいなら腰が痛いのを診てくれ。それが対価だ」
「そんなことでいいのか?」
「あのなぁ、治癒師に診てもらうのに幾らかかると思ってんだ。充分すぎる」
「ボクはタダで診る」
「いい加減にしろ。こっちは本当はタダでやってやりたいのを譲歩してんだ」
「そうか。だったら甘えさせてもらう」
ハッキリ言ってくれるから助かるし、ラットには気を使わなくて済む。皿を手に取ったラットは、あらゆる角度から眺めてる。
「遂に皿まで作り出したか。いよいよなんでも屋だな。『白猫屋』を開けよ」
「食器が欲しくなっただけで大したことないさ」
「普通は欲しくなったら買うんだよ」
「モノづくりが趣味だから作れるなら作りたいだけだ」
名のある者が焼いた陶器は、もの凄い金額で取引されるらしい。でも、絵と同様に芸術の分野でボクには理解できない。盛り付けるだけで料理が美味しくなる食器があれば最高だけど、そうなると魔道具だ。
「で、どんな絵を描けばいいんだ?」
「お前に任せる」
「はぁ?」
「なんでもいい。小さくても大きくても。ある枚数だけ描いてくれ」
「お前なぁ…。そういう曖昧な依頼が一番困る。こういう方向性で…とかないのか?」
「一応理想のイメージはある。ボクが描いた絵もあるけど」
「怖いが見るしかないや」
「別に怖くはないだろ」
ボクの描いてほしい絵の構想をラットに見せると、顔を逸らして肩を震わせてる。
「別に笑ってもいいんだぞ?」
「いや……。独創的な絵で……いいと思う」
「嘘つけ」
ラットの匂いが激変した。興奮してる匂い。
「じゃあ、もっと見ていいぞ」
顔の前に絵をちらつかせても決して見ようとしない。顔を隠して耳で笑ってる。器用な奴だ。落ち着くまでには結構な時間を要した。
「何日か時間をもらっていいか?」
「急いでないから、いつでもいいよ」
「わかった。まずは……からだな」
なにやらボソボソ呟いてる。聞こえる内容から察するに、自分なりにボクの構想を解釈してくれてるみたいだ。
「ラット」
「なんだ?」
「自由に描いてくれ。どんな仕上がりになっても文句は言わない」
「わかってる。絶対期待に添うとは言えないが、任せとけ」
とりあえず、約束通り腰を万全になるまで治療しておく。笑いすぎてさらに痛めたっぽいな。教わった絵付けのコツだけ教えておこう。ラットなら言葉だけで充分だろう。
数日後。夜の帳も降りた森の住み家にて。
「いい感じの皿だね~!」
「いつものと違います」
「味のある形ですね!」
「兄ちゃんがわざわざ買ったの?」
「ボクが焼いてラットが絵を描いてくれたんだ」
4姉妹を住み家に招いて、晩ご飯を振る舞う。焼きたての食器のお披露目を兼ねて誘ってみたところ、揃って来てくれた。
仕事をこなしてから集まってくれた皆に、回復効果のある薬草を使った薬膳スープも添えて疲れを癒やしてもらおう。
綺麗に食べ終えると、ラットが描いた絵の全容が露わになる。
「獣人なのに絵を描くなんて凄いよね~。普通描けないよ。私の皿はバラックだ!駆けてる感じが格好いい!」
「私の皿は、クロウバーがモチーフですね。7葉だから直ぐにわかりました」
「私のは海と水晶だと思います!意外な組み合わせをお洒落な感じに描き上げてて凄い!」
「私の皿に描かれてるのは、楽器のハープを演奏する女性だよね。細かくて凄い」
皆の感想は、ほぼほぼボクと同意見。ラットは予想もしなかった絵を描いてくれた。想像以上の見事な出来。
ただし…。
「実は、描いてもらう前にボクの構想を伝えたんだ」
「へぇ~。ウォルトはセンスあるね!」
「ないよ」
すっ…と数枚の紙を差し出す。
「ん…?この紙、なに?………ぶっふっ?!」
「なんですか?……ぐっふぁぅっ!」
「ぐはぁっ…!ぶふっ!」
「ぶふぅっ…!?くくっ…!」
予想通りの反応。全員が外方を向いて肩を震わせ首まで真っ赤に染まってる。笑っちゃいけないと思ってくれる優しさは嬉しいけど今さらだ。
「ボクがラットに伝えた絵の構想だよ。どう思う?」
「いいん…じゃない…?…ぶっ!ごめ…ん!」
「そうですね…。ふふっ…ふっ…!」
「2人の…共作……。ぶふっ!ごめんなさいっ!」
「兄ちゃんの……ふふっ…構想とは……んふっ!ちょっとだけ…違うねっ…!」
「ちゃんと伝えられなかったんだ。ラットは悪くない」
実際、ボクが描いた覚えがないモノの名前を呟きながら真剣に絵の構想を練っていた。幾つもの疑問が浮かんで消えたけど、画家にとって直感と閃きは大切っぽい。邪魔したくなかったし、ラットに依頼する以上どんな仕上がりになっても口出ししないと事前に決めて頼んでる。
そして完成したのがこの食器。絵の仕上がりは大満足。アイツの凄さを再認識して、同時に自分の絵の下手さも再認識しただけ。1つもモチーフが伝わらなかったのは予想外だった。
「別に笑っていいよ?」
「…いやっ!」
「…そこはっ!」
「…なんとかっ!」
「…こらえたい!」
既にこらえきれてないのに?
「本当はバラックじゃなくて狼を描いたんだ。サマラの祖先だから」
「あれ…狼…なんだね…!」
「クロウバーになったけど、ダイアンサスを描いた。ウイカのイメージに似合う花だから」
「ありがとう…ございますっ…!」
「水晶になったのはおそらく太陽。いつも明るいアニカのイメージで、空に輝く太陽と雲を描いたんだけど」
「嬉しい…ですっ!」
「ハープの原型は弓だ。チャチャといえば弓だし、格好いいと思って少し崩し気味に描いたんだけど、崩したのが裏目に出たかも」
「うん…!ありがとうっ…!」
ホントに喜んでくれてる。親しい皆の心境は匂いでわかるんだ。
「それぞれに合う食器を作りたかったけど、上手く伝えられなくて」
「ありがと!気持ちは伝わった!結果バラックでも嬉しい!」
「私もクロウバーで嬉しいです」
「水晶と海も綺麗ですし!」
「ハープも弓とは違うけど、格好いいよ」
「ホントに?元はコレだよ?」
「「「「ぶふぅっ…!!」」」」
絵を見せるとまた吹き出した。
「今さら遠慮する間柄じゃないだろう?皆に笑われても気にしない。ほら、もっとよく見て」
「あはははっ!そうじゃないの!もうやめてっ!明日の仕事に影響出るからっ!」
「ふふふっ!クエストができなくなります!戦闘中に笑っちゃいます!」
「お腹がヤバいです!でも、楽しい!」
「明日の狩りが中止になるよ!我が家の晩ご飯のおかずがなしになるかも!」
楽しそうでなにより。もしかして、前にあげた絵も楽しんでくれたのかな。
「この絵、いる?」
「「「「欲しい!」」」」
「自分で言うのはなんだけど、落ち込んだときに見たら少し気持ちが楽になるかもしれない」
「それも嬉しいけどさ、私達専用の食器を作ってくれた気持ちが嬉しいよ!ありがと!ウォルトが絵を描いた皿も使ってみたい!」
気持ちは嬉しいけど…。
「皆が笑わないならね。食事どころじゃなくなるだろう?」




