535 私的世界遺産
「クソ猫に雌猿が!懲りずに来やがったか!」
「そっちも懲りずに威嚇してくるね!サヴァン!」
「今日こそギタギタにしてやるぜ!」
「やれるならやってみなよ!」
「上等だっ!噛み殺してやる!」
「かかってこい!」
ウォルトはチャチャとともに銀狼の里を訪れた。目的は、フクーベ冒険者に『銀狼の生息調査』が依頼されていることをペニー達に伝えるため。
銀狼にとって里が判明することは好ましくないと思うので伝えようと思って訪ねた。もちろんペニー達に会いたいという理由もある。里に入るなり数匹の銀狼に囲まれ、いつものごとくサヴァンさんが絡んできたばかり。
「サヴァンさん。今日は里の皆さんに伝えたいことがあって来ただけです。直ぐに帰ります」
「うるっせぇ!」
説明しても聞く耳を持たず唸りを上げるばかり。チャチャが前に出て、やっぱり闘うことになった。前回と同じく2人の手合わせが始まって、他の銀狼達と観戦することに。
「ねぇ、ウォルトさん。いつになったら家に寄ってくれるの~?」
「約束したじゃないのぉ~」
「そのうち寄らせてもらいます」
初めて訪れたときに家に誘ってくれた雌の銀狼達に話しかけられる。覚えててくれたのか。少し話したところ、ボクらが訪ねてくると毎回この展開になるのでさすがに飽きているとのこと。
ペニーやシーダから話を聞いて、友人のボクらは銀狼に敵意がないことを理解していて、歓迎も排除もしないスタンスらしい。サヴァンさんだけが変わらず敵対心を持っているとのこと。
「私達は獣人嫌いなんだけど~」
「知ってます」
「でも貴方は違うわ~」
「嬉しいです」
「こらぁ~!兄ちゃん!緊迫した場面でなにやってんの?!ナンパするな~!」
「ナンパなんてしてないよ」
緊迫した場面…?サヴァンさんをひっくり返してお腹の急所をくすぐっているのに?笑い転げるサヴァンさんと、こっそり毛皮のモフモフを楽しんでいるチャチャは、どう見てもじゃれてるようにしか見えない。
この光景も2回目。サヴァンさんは目に見えて強くなってる。動きに力強さが増して、狼吼の鋭さと威力も増してる。
かなり鍛錬を重ねて、今やチャチャより実力は上だとしても、どにかくチャチャは銀狼に詳しすぎて歯が立たない。得意の見越しで攻撃は丸裸。サヴァンさんの動きがチャチャの予想を上回らない限り手玉に取られてしまう。
「サヴァンは~、あの姿を見てなきゃ怖いんだけど~。これ以上見ても無駄だし、貴方達は敵じゃないから帰るわね~」
銀狼達は住み処に帰っていく。サヴァンさんが動けなくなるまでチャチャのくすぐりは続いた。最後はお決まりの仰向け降伏ポーズで締め。
「ウォルト殿、お久しぶりです。チャチャもよく来てくれた」
「ご無沙汰してます」
「お久しぶりです」
やはりペニーとシーダはいないらしく、ギレンさんの住み処に招かれた。ギレンさんとパースさんに今回里に来た事情を説明する。
「…なるほど。我々にとってはた迷惑な話です」
「そう思って伝えに来ました。この里に訪問者はいますか?」
「稀ですが、冒険者とやらを里付近で見かけたことがあります。ですが、基本的に銀狼は姿を現しません。里に侵入するようなら撃退しますが、無駄な争いは好まないのです」
「そうですよね」
「なぜ銀狼を探しているか知りませんが、事と次第によっては争うことになるでしょう」
「当然だと思います」
「ただ、事前に対策を練ることができるので助かります」
「実際に辿り着くかもわかりませんし、依頼の目的が不明なので混乱させるだけとも思ったんですが」
「与えられた情報をどう扱うかは銀狼の裁量です」
変わらずギレンさんは聡明だ。話してよかった。理解のある冒険者であれば共存できると思うけど、依頼優先であれば報告は挙がるだろう。その後どうなるのか予想できない。依頼に悪意があるのか不明でも、ボクなら住み家の周りが騒がしくなるのは避けたい。
「ウォルト殿は冒険者とやらにも詳しいのですね」
「実はボクも冒険者になりました。チャチャもなんです。気付いて教えてくれたのはチャチャで」
「そうでしたか。チャチャ、ありがとう」
「私も兄ちゃんも名ばかりなんですけど、そのおかげで知りました。静かに暮らしてもらいたいから伝えとこうと思って」
「気持ちは嬉しい。ただ、さっきも言ったように場合によっては殺し合いになる。ウォルト殿やチャチャの仲間であっても我々は躊躇わず闘う」
「私は知らない冒険者よりペニー達の無事を願っています」
…と、遠くから駆けてくる足音が。入口に目を向けるとペニーとシーダの姿。
「ウォルト~!久しぶりだな!」
「チャチャ~!よく来たぞ!」
すごい勢いで突っ込んでくる。そのスピードで止まりきれるか。
「ふっ…」
不適な笑みを浮かべたチャチャが立ち塞がる。止まるつもりはない2人が同時に前足を上げてチャチャにのしかかろうとした瞬間…。
「「あははははっ!」」
がら空きのお腹を素早く両手でくすぐった。バタンと仰向けに倒れて抵抗できない。
「いつもいつもやられっぱなしじゃないんだよ!いい加減にしなさい!」
「チャチャ!やめてくれ~!」
「このままだと腑が出るぞ~!」
「うりゃうりゃうりゃ~!」
じゃれあう様子を眺めていたギレンさんが呟く。
「ウォルト殿。私はチャチャが恐ろしいのです」
「なぜですか?」
「サヴァンもそうですが、あの子に捕まると銀狼は手も足も出ない。銀狼の尊厳を失う」
あの手技はチャチャならでは。3人は仲良しだから気にしないけど、端から見ると完全に手懐けられた狼のようだ。勇敢に戦って死すより屈辱的な負け方だろう。チャチャには後で忠告しておこうかな。
「ふぅ…。相変わらず逃げられないな」
「チャチャは大人げないぞ」
「いつまでも危ないことするからだよ」
解放された2人は少し疲れた様子。
「よくボクらが来てるってわかったね」
「ペニーと帰ってきたら表で父さんがひっくり返ってたからな。チャチャにやられたって直ぐにわかったぞ」
…シーダの教育上よくない。言わずとも気づいたのか、ばつが悪そうな顔をするチャチャ。
「そんなことよりウォルトが焼いた肉が食べたい!腹減った!」
「俺もだぞ!」
「じゃあ、狩りに行こうか」
「私に任せて」
「久しぶりだ!」
「俺がやるぞ!」
ギレンさんが歩み寄る。
「ウォルト殿。私も同行していいですか?」
「構いませんが、気になることでも?」
「貴方に見せたいモノがあるのです」
なんだろう?気になるな。里から出て、森に入ると直ぐにカーシを発見した。
「ウォルト殿、チャチャ。見ていてほしい」
ギレンさんは雷の狼吼を毛皮に纏い、一撃でカーシを仕留めた。
「お見事です」
「ペニーとシーダから教わったのです。貴方が授けてくれたと聞きました。今や多くの銀狼が操る新たな狼吼です」
「教えるのは苦労したけど、皆に喜んでもらえた!シーダと一緒に教えてるんだ!」
「他の銀狼に教えるのは難しいだろう?」
「教えれば教えるほど伝え方がわかってきたぞ。今は上手く言える!」
「人族であるのに狼吼を編み出した貴方はもはや我々の同胞です。感謝しています」
「実はもう1つ似た狼吼を考えているんですが」
「もう1つ…?」
「ウォルト!教えてほしい!悪用しないから!」
「俺もだぞ!」
「君達を信用してるよ」
少し移動して安全な場所でペニーとシーダに教える。ギレンさんとチャチャは見学。
「今までにやったことはないな」
「今度も難しいぞ。でも、ウォルトの説明はわかりやすい。尻尾の真ん中を通す感じで、前足の脇から絞り出す……こうか?」
シーダの身体が薄ら炎を纏う。見た目は炎狼だ。想像通りに発動した。
「できたぞ!全然熱くない!」
「格好いいな!俺にもやり方を教えてくれ!」
「いいぞ!」
「森では危ないから、使いどころを絶対間違えないようにね」
「わかってる!俺達の大事な森を燃やしたりしないぞ!」
前から思ってたけどシーダは狼吼の体内操作が上手い。けれど、狼吼の発動技術はペニーの方が上だ。得意不得意を補い合って、2人はこれからも高めあっていくのだろう。
チャチャとギレンさんが歩み寄る。
「ウォルト殿の頭の中はどうなっているのですか…?こうも軽々と新たな狼吼を…」
「ギレンさんの気持ちはわかります。獣人なのに銀狼の感覚で話してる兄ちゃんは普通じゃないんですよ」
「チャチャもそう思うか」
「狼吼には発展の可能性を感じます。修練次第でもっと様々な狼吼を操れるはずです」
魔法とは違うけど賢明な銀狼ならやれる。
「シーダと一緒に新しい狼吼を考えてるんだ!いつか作ってみせる!」
「1個もできないけどな!でも、楽しいぞ!」
「君達ならできるさ」
2人の頭を撫でると尻尾を振って笑顔を見せてくれる。
「さらに上を目指す…か。銀狼に足りなかった思想かもしれません。様々な想いや狼吼を継承しながら生きてきましたが、新たに生み出す努力は怠っています」
「過去に研鑽して狼吼を編み出した銀狼がいたはずです。きっと、これからも進化していくと思います」
「父さん!俺達がやる!」
「俺達が最強の銀狼になるぞ!」
「そうだな…。長い年月が必要かもしれんが、我々ならばそれが可能だ」
いい機会だから教えてもらいたい。
「ギレンさん。銀狼は長命なんですか?」
「獣人に比べると長命でしょう。過去には500年生きた銀狼もいます」
「凄いですね」
「生まれて数年で亡くなる者もいますが、それも運命」
「ちなみに、ギレンさんは何歳ですか?」
「私やパースは…おそらく120に少し足りないくらいと思いますが、あまり気にしたことがありません」
「俺とシーダが30にちょっと多いくらいだな」
「大体そのくらいだぞ!」
「えぇっ!?」
「嘘だぁっ!?ほんとにぃ?」
「なにを驚いてるんだ?」
「嘘なんて吐かないぞ」
小首を傾げる2人が、ボクらより年上だなんて予想しなかった…。
「ここ最近で急激に成長してるから、てっきり10歳にもなってないと思ってたよ…」
「私もそう思ってた…。まさか私達より年上だったなんて…」
「何年生きてるかなんて関係ないだろ。友達だからな」
「そうだぞ!たいしたことじゃない!」
「ペニーとシーダの成長には私達も驚いているのです。これ程短い期間で急成長した銀狼は、過去も含めてこの2人だけでしょう」
きっかけは不明だけど毎日鍛えてるからかな?
「ウォルト殿。私が見せたいのは今の狼吼だけではありません。共に来て頂けますか?」
「父さん。その前に飯食おう。腹減った」
「仕方ない奴だ。ウォルト殿、カーシを焼いて頂けますか?」
「任せて下さい」
ナイフで皮を剥ぎ、肉を綺麗に捌いていつもの香味焼きで仕上げる。
「美味い!やっぱり肉はウォルト焼きが最高だな!」
「そうだぞ!ウォルト焼きは美味い!」
「その呼び方はボクが焼かれてるみたいじゃないか?」
森の奥地だからかカーシのサイズも大きい。ボクやチャチャはさほど食べないけど、銀狼はよく食べる。内臓まで綺麗に食べきった。
「さっきの炎の狼吼を上手く操れるようになれば、綺麗に焼けるようになるよ」
「そうか!絶対覚える!」
「腹ごしらえも済んだろう。出発するぞ。そう遠くはない」
ギレンさんが見せたいモノってなんだろう?全員で森を疾走することしばらく。
「到着しました」
ギレンさんが連れてきてくれたのは、動物の森の奥深く。なにもないように見える場所。
「ウォルト殿は、あの茂みの奥にある細い道が見えますか?」
茂みの奥…?銀狼の目線まで身をかがめて目を凝らすと獣道がみえる。
「見えます」
「原始の獣人は、ココから現れるのです」
「えっ!?…ということは、この道は原始の獣人の里に繋がっている可能性がありますね」
移動しながら暮らしていると聞いたけど、定住の地があるのか?
「過去に襲撃しようと模索したことがあります。ですが、かなり奥まで進んでも奴らの住む形跡がないのです」
「不思議な話ですね…」
「この道を通っているのは何度も目撃されているので、間違いありません。そして、この先にウォルト殿に見せたいモノがあります。行きましょう」
獣道をしばらく進むと…驚きの光景が目に飛び込んできた。
「コレは…黄玉木ですね…」
動物の森に自生する木の中でも、断トツの硬度を誇る黄玉木。あまりの硬さゆえに加工が困難で使い道もなく、伐採も容易ではない。
そんな黄玉木がへし折れて横たわり、無残な姿で朽ち果てている。それも1本や2本じゃない。無造作にざっと10本以上ある。
「おそらくフィガロの所業なのです」
「やはりそうでしたか」
鈍いボクでもそうじゃないかと推測できた。
「フィガロが加わっていた襲撃の直後に発見されました。目撃者もなく行為の目的はわかりかねます。ですが、フィガロ以外になし得ないと銀狼の間で語り継がれています」
「まさに化け物ですね…」
とても生身の獣人に成せる業じゃない。無理やり引き千切ったか、若しくは殴り倒したとしか思えない倒れ方だ。
この木は本当に硬い。どんな力で殴ったらこうなるんだ?ボクが殴ったりしたら間違いなく拳が砕けてる。
「フィガロに憧れていると聞いたので見てもらいたかった。貴方ならこの木をどう倒しますか?」
「魔法を使っていいのなら幾つか方法がありますが、ボクならこうします」
『黒空間』で黄玉木の幹に穴を空ける。
「すっげぇ!カッチカチなのに一瞬だった!」
「中を通れるぞ!」
ペニーとシーダはボクが空けた穴を潜って遊び始めた。やっぱり子供にしか見えない。
「兄ちゃんも凄いよ。この木って折れても硬さが変わらないから処分するには燃やすしかないもんね」
「何百年も朽ち果てずに残ってるのは、黄玉木だからだね」
硬さは半端じゃないのに燃えるという性質は他の木と変わらない。増えすぎた黄玉木は、根まで燃やして駆除するのが基本。
「ずっと残しておきたくなる光景だ」
大嵐の傷痕にしか見えないけど、意味がわかると歴史的な価値は計り知れない。ただし、あくまでフィガロ好き獣人の個人的な意見。
「兄ちゃん…。まさか、フィガロの名所にしたいとか考えてないよね…?」
ギクッ…!鋭い…。
「そこまでは思ってないよ」
この先も保存したいとは思った。ただ、300年以上放置されていたのだから今さらだとも思う。火事さえ起きなければ大丈夫かな。
「他の人には内緒だからね。里に近いし、ギレンさんは兄ちゃんだから教えてくれたんだから。原始の獣人絡みで、気分がいいはずないよ」
「チャチャは銀狼に理解が深くて助かる」
「貴重なモノを見せて頂いて、ありがとうございました」
「新たな狼吼の返礼に、このくらいしか思いつかなかったのです」
有り難いモノを見せてもらったお礼に、また狼吼を考案してみよう。
これからも銀狼といい関係を築いていきたいと思い、里を離れる前に誘ってもらった銀狼の住み処に寄ったところ、チャチャの機嫌を損ねてしまった。
ボクはまたやらかしてしまったっぽい。




