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モフモフの魔導師  作者: 鶴源
531/715

531 裏方稼業

「ウォルト~!準備どう~?」

「下ごしらえはできたよ。今から調理を始める」


 ウォルトは昼からフクーベに来ている。


 マードックとバッハさんが番う祝宴の料理提供を任されたからで、今日開催される。宴の会場として飲食店を貸し切り、会場からは全く見えない装備の充実した厨房を借りていいことになってる。

 事前に「今は祝宴でこういう料理が流行っているよ」と、ビスコさんから最近の祝賀料理について情報をもらった。いつも親切に教えてくれて有り難い。教えてもらった知識を今日の調理に活かす。


「まだ時間はあるからね!ゆっくり作って!」

「余裕を持って作るよ」


 今日のサマラは露出度が高いドレスを着てる。凄く似合っていて目のやり場に困るな…。


「あっれぇ~。私が綺麗だから照れてるのぉ?むふふっ!」

「そうだよ」

「そ、そう?ありがと…」

  

 返答に困ってる。照れるなら冗談を言わなきゃいいのに。


「ほぉ。マジでアンタが飯作ってんのか」

「大したものだ」


 声の主はランさん。隣にはリカントさんの姿。ランさんもドレスを着て、キレッキレの筋肉をのぞかせている。陰影がくっきり浮かぶ逞しい筋肉は羨ましい。

 落ち着いた服装のリカントさんは、イケメン獣人だから似合ってる。獣人は暑がりだから人間のようにキッチリした服は着ない。


「お久しぶりです」

「シビれるぜ。何人分作んだよ?」

「20~30人と聞いてます」

「ガハハッ!ざっくりすぎんだろ!面白ぇな!」

「ウォルト。楽しみにしておくぞ」

「美味しいと思う料理を精一杯作ります」

「んじゃ、頑張ってね!」


 さぁ、作り置きするタメにどんどん仕上げるぞ。気持ちを込めて作ろう。




 段々と開宴の時間が迫ってきた。ここまでほぼ計算通りで、残り時間も食材も問題ない。会場の方も騒がしくなってきたな。いろんな人の声が聞こえている。…と、厨房のドアノブが回った。


「ウォルトさん……って、あれ?」


 厨房を覗き込んできたのはバッハさんだ。


「バッハさん。お久しぶりです。本日はおめでとうございます」

「えっ?…あの、貴方は?」


 纏っていた『変身』を解き、変声魔法陣も解いた。


「…ウォルトさん!お久しぶりです!今の変装も魔法ですか?」

「料理を魔法で保存しているので、誰かが来ても怪しまれないよう人間に変装してます」


 近づいてくるのは足音で気付ける。こんな時、耳がいいのが役に立つ。バッハさんは魔法を使えることを知ってるから素早く『変身』してみせた。


「凄いですね…。そんな魔法、初めて見ます」

「凄くはないです。それより身籠もったと聞きました。体調はいいんですか?」

「なんともなくて絶好調です」

「よかったです」

「今日は長時間すみません。マードックさんも「アイツより美味い飯を作る奴を知らねぇ」ということで、2人の意見でお願いすることになりました。本当は私も直接お願いするべきなのに…」

「構いません。マードックが来ましたから」

「それにしても、凄い料理ですね…。料理人みたいです…」

「ありがとうございます。友人のシェフから助言をもらいました。口に合うといいんですが」

 

 こればっかりは食べてもらわないとわからない。でも丁寧に気持ちを込めて作った。料理も気持ちだ。


「指輪もありがとうございました。凄く綺麗な双命石で皆に驚かれます」

「マードックを少し手伝っただけです」

「ふふっ。変わりないですね。安心しました」

「変わりたくても変われないです。ところで、バッハさんは少し寒いんじゃないですか?」


 人間には花嫁と呼ばれるらしいけど、綺麗なドレスを着ている今日のバッハさんはまさにそうだ。ただ寒そうに見える。


「いつもはそんなことないのに、今日は少しだけ肌寒いんですが…。なんでわかるんですか?」

「なんとなくです。ボクが寒さを感じるときと同じ動きをしているので。ちょっと失礼します」


 手を翳してバッハさんに魔法をかける。


「暖かいです…。これは?」

「温風の魔法を纏わせています。暑すぎませんか?」

「ちょうどよくて助かります」 

「身重の身体に障ってはいけないので」

「ふふっ。ありがとうございます。ウォルトさんは子供好きだと聞いたんですが」

「自分で言うのもなんですが、無類の子供好きだと思います」

「無事に生まれたら赤ちゃんを抱いてください」

「任せてください。全力で甘やかします」


 バッハさんは笑顔で戻っていく。そして、入れ替わるように厨房に入ってきたのは…。


「ウォルト~!」

「あぶないよ!」


 勢いよく胸に飛び込んできたヨーキーを優しく受け止めた。今日はちょっと大人の服装。いつもの服装なのはボクだけか。でも、他の服なんて持ってない。着る気にならないし堅苦しくないのが獣人のお祝い。


「久しぶりだね!」

「久しぶり。ヨーキーは元気だった?」

「元気!元気!唯一の取り柄と言っていいからね!最近は忙しくて、フクーベにいないことが多いよ!」

「他の街で歌ってるのか?」

「そう。音楽祭のおかげで、あちこち呼んでもらえてるんだ。いろんな街に行けて楽しいよ」

「そうか」

「あとで魔石に魔法を込めてもらっていいかな?どこに行っても大好評なんだ!」

「もちろんいいよ。魔石を持ってきてくれ。ヨーキー、悪いけど料理しながら話していい?」

「あっ、ごめん!邪魔しないよ!今日の主役はマードックだ!ウォルトの料理は楽しみだよ!また後で!」


 ヨーキーも笑顔で会場に戻っていく。いよいよ祝宴の開始時間が迫ってきたな。




「ウォルト!そろそろ料理を運んじゃうよ!」

「僕らに任せて!」

「ありがとう。頼むね」 


 サマラとヨーキーが台車を使って料理を運んでくれる。ボクは引き続き調理。


 まず運んでもらったのはいわゆる前菜。今日はコース料理を作っていて、獣人にも人間にも好まれるメニューを考えてみた。これからも次々追加していく。つまり、最初から最後まで忙しいこと必至。

 最後の最後に、ちょっとだけ時間が空くかも…ということで、今日は裏方としてマードック達が番うのを祝福する。マードックには事前に伝えていて、「好きにしろや」と言われた。知らない人が沢山いる場所よりひっそり祝福したい性分。ただ、祝いの席で主役に気を使われたともいえる。



「かんばぁ~い!」



 乾杯の音頭が聞こえる。この声はサマラだな。祝宴が始まったみたいだ。


 屋台の時も緊張するけど、幼馴染みの祝宴という晴れ舞台であることに加えて、料理に対する反応が見れないのは恐怖だ。とはいえ気にしても始まらない。時間もないし、集中してどんどん行こう。作り始めたら雑念は消える。黙々と調理するだけ。


 ………。


「ウォルトォォ~!オラァァァ~!」

「ニャアァァァァッ!」


 集中していたところに当然の大きな声。驚いて声が出た。閉じれなかった耳が痛い。


「…ランさん。驚かせないでください」


 心臓が止まるかと思った。


「テメェ…!」


 ズカズカと歩いてくる。


「料理が口に合いませんでしたか?」

「逆だ、コラァ!お前…どんだけ美味ぇ料理作りやがる!次を寄越せ!ワタシが運んでやらぁ!」

「そこに並んでるのが次に出す予定の料理です」

「おう!リカント、待ってろや!」


 人の話を聞かず、料理を載せた台車と共に消えた。なんだったんだ…?作り置きなのに熱々なんておかしい…って思われるかな?……まぁその時はその時か。とりあえず1人だけでも好評なのがわかってよかった。


 引き続き調理を続けていると、またドアノブが回る。開ききるまでの一瞬で『変身』した。まだまだ忙しいので、顔も向けずとりあえず調理の手は止めない。知らない人なら察してくれるだろう。


「…アンタ、ウォルトか?」


 この声は…キャロル姉さん。


「姉さん。久しぶりだね」

「呆れたねぇ。魔法で変装してるのかい」


 安心して変装を解いた。


「調理に魔法を使ってるから変に勘繰られたくないんだ」

「呼ばれてるはずのアンタがいなくて、料理がバカみたいに美味いもんで、ここにいると思って来たのさ」

「美味しいならよかった」

「来てる奴らはアタイも含めて満足してるよ。アンタは会場(あっち)に来る気はないんだろ?」

「ボクは料理で祝福するよ」

「アンタらしいけど、気が向いたらちょっとでも顔出しな。番の祝福ってのは、揃ってるのを見ることに意味がある。片っぽずつ見たって番かなんてわかりゃしない」

「それはそうだね」


 戻るついでに次の料理を運んでくれると言う。台車を押して厨房から出ようとする姉さんに、これだけは言っておきたい。


「姉さん。ドレス似合ってるよ」

「はははっ!気の利いたこと言うようになったじゃないか!」

「思ったことを言っただけだ」

「そうかい。ありがとさん」

 

 ひらひらと手を振って、パタンとドアが閉まる。姉さんには、いつも教えられてばかりだな。


 調理のペースを上げよう。もちろん手は抜かずに。ひたすら料理を作り続けていると、サマラやヨーキーの他にも、マルソーさんやハルトさんまで厨房に来てくれた。


「ウォルトはもはや料理人だな。本当に美味すぎるぞ」

「普段、ほとんど飯を食わない俺ですら美味いと思う。何年かぶりに満腹感を味わっているよ」

「ありがとうございます」


 皆は会話したあと、料理を運んでくれるのでとても有り難い。来るときに空いた皿も運んできてくれる。どのくらい減っているのかわからないから助かるし、予想を上回るペースで料理は減っているみたいだ。


 お腹を空かして来てたのかな?満腹になってくれるといいけど。ペースが落ち着いてきたところでサマラが顔を出した。


「ウォルト!そろそろ、みんな満腹っぽいよ!」

「わかった。最後に甘味を出してもらっていいかな?酒の肴はいらなそう?」

「あれば食べると思う!」

「残った食材を使って幾つか作ってみるよ」

「ねぇ。ウォルトも会場に行ってみない?」

「後で行くよ。2人の晴れ舞台を見ておきたい」

「そっか!待ってる♪」


 サマラも姉さんと同じことを思ってたんだな。ボクが行きたくないと思ってるから、無理強いはしたくないと思ってるのが伝わった。


 よし。本当に最後の調理にとりかかろう。



 



「ほんじゃ持っていくぜ!今日はありがとよ!」


 二度目のランさん襲来で全ての料理がはけた。もう食材は残ってない。やりきった…。凄い達成感を味わってる。祝宴に恥ずかしくない料理を出せたと思う。重圧を感じてたから、ほとんど残さず食べてもらえたのがとても嬉しかった。

 皿を洗い終えて、お世話になった厨房を綺麗に掃除してから会場に向かう。まだ盛り上がっている声が聞こえてきて楽しそうだ。


 会場に入ると飲めや歌えの大騒ぎ。マードックとバッハさんは……いた。並ぶとお似合いだ。珍しくマードックは神妙な顔つきで酒を飲んでるけど新鮮でいい。2人の両親は楽しそうに話してる。その中でも、最も筋肉が凄いのはやっぱりランさん。


 バッハさんは、両親とも熊の獣人なのか。顔が似ている親子でわかりやすい。一緒にいると、ランさんも熊の獣人に見えることは黙っておこう…。

 キャロル姉さんは…辟易した表情で独り酒。もしかしなくても男の人に絡まれて疲れたとみた。美人は本当に大変だな。

 サマラは、ホライズンのシュラさんと楽しそうに話してる。シュラさんの鼻の下が伸びてるように見えるのは気のせいじゃないと思う。


 見渡すと初めて見る人が結構いる。中にはボクの作った肴を食べながら、美味しそうに酒を飲んでる人もいて嬉しくなってくる。ちゃんと役に立てたなら大満足だけど、無事に終わったことがなにより。


 なにかしら魔法で祝おうと思ったけど、やっぱりやめておこう。今日は2人が主役だ。余計なことをして、台なしにしてはいけない。


 そうだ。一応これだけやっておこう。




 やることを終え、会場から出てすぐに『隠蔽』を解除する。キャロル姉さんの言う通り、番になったマードックとバッハさんを見て末永い幸せを願った。店の入口ドアを開けて外に出ると、すっかり暗くなって人通りもない。


 さぁ、先に帰らせてもら……


「おい、猫!邪魔だ!どけや!」

「ん?」


 直ぐに数人の男達に囲まれた。全員獣人だけど全員知らない。


「貴方達は?」

「いいからどけや!邪魔なんだよ!ぶっ飛ばされてぇのか!?」


 手に物騒なモノを握りしめてボクを押しのけようとしてくる。中に入りたいみたいだけど、明らかに宴の参加者じゃない。もしかして…。


「祝宴に殴り込みですか?」

「あん!?おめぇにゃ関係ねぇだろうが!」

「なくはないです。多分ですけど、アイツに挑んで返り討ちに遭った逆恨みですか?」

「…うっせぇな!なめてんのか!殺すぞ!」


 当たらずとも遠からずだな。アイツは強者だ。昔からケンカを売ったことがないはず。見たことも聞いたこともない。ただし、売られたケンカはもれなく買うのがアイツの流儀。それぐらい知ってるんだよ。


「殺されるワケにはいかないし、ココは通せない」


 せっかく気分よく楽しんでいる友人の晴れ舞台を邪魔されるのは御免だ。


「んだと…!?猫の分際で舐めやがって!死ねや!」


 得物を片手に殴りかかってくる。


「猫の分際で…?やってみろ…」



 ★



 マードックとバッハの祝宴は何事もなく平和に終わってお開きになった。サマラは帰路につく皆を見送ることに。


 バッハの家族とも交流できたし、マードックの神妙な顔も見れたし、ウォルトの料理も美味しすぎるしで、凄くいい宴会だったんだけど…。


「キャロル姉さ~ん。結局ウォルトは来なかったね~!」


 後で来るって言ったのに、珍しく嘘ついた!さっき覗いたらもう帰ってて厨房にもいなかったし、後で文句言おう!キャロル姉さんも思ってるはず。


「違うね。ウォルトは約束を守ってる。アタイらが気づかなかっただけさ」

「なんでそんなこと言えるの?」

「ほら」


 私の胸の辺りを指差されて見てみると、いつの間にか知らない綺麗なコサージュが。姉さんのドレスにも一輪咲いている。色も種類も違う花で、まるで本物みたいだけど触ると感触が違う。


「これ…魔法の花だ」

「アタイもさっき気付いた。バッハを見てみな」


 バッハのドレスにも綺麗な花が咲いている。淡く7色に光る花は花嫁のバッハを引き立ててるけど、まだ本人は気付いてないかも。


「粋なことするじゃないか。会場に来たってことにアタイらが気付くと読んだんだろうさ」


 魔法で姿を消したままで来て、2人を祝福したのはわかったけど…。


「嘘はついてないけどさぁ~、別に堂々と来ればいいのに!一緒に祝いたかったよ!」

「ウォルトらしいだろ。ホントは来るつもりがなかったのに、アタイらの言葉を聞いて来てくれただけ特別なことに違いないさ」

「やっぱり姉さんには同盟に入ってほしい!ウォルトに理解ありすぎ!」

「はいはい。気が向いたらね」


 さて、来てくれた全員を見送ろう!


 マードックの妹とバッハの友達として、今日の最後の仕事を……って。


「う……うぅっ……」

「な、なにっ!?」


 外に出ると、ちょっと離れた場所で獣人の男が何人か倒れてる。暗いし遠くてよく見えないけど、ケンカでやられたのか痛みで唸っている声だけが聞こえる。

 わざわざこんなところでケンカするかね。しかも…棒きれが散らばってるってことは、得物を持ってるのに負けたんかい!なんてだらしない奴らだ。


 さぁて、輩はほっといて見送り見送り!家に帰るまでが祝宴だからね!ウォルトにも近い内にお礼に行こうっと!

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