529 白猫の成長
チャチャがウォルトの住み家に遊びに来てくれた。
「こんな感じでどうかな」
チャチャに手鏡を渡す。
「いい感じ。さすが兄ちゃん」
「どういたしまして」
「ほんと器用だね」
「誰でもできるよ」
頼まれたから要望通りに髪を切っただけ。モンタだった頃と違って、チャチャは女性らしく髪を伸ばし始めてる。先を切り揃えただけなのに器用だなんて大袈裟だ。
「まぁた昔を思い出してるでしょ」
「そうだね。出会ったときと比べてチャチャが一番変化してるから、どうしても思い出すんだ」
髪も伸ばして身体の成長と共に一気に女性らしくなった。もっともっと綺麗になるだろう。
「ところで、兄ちゃんって毛を短く刈ったりしてるの?」
「してるよ。緩やかに伸びてるからたまに整えてる。チャチャと出会ってから何回も切ってるけど、気付いてない?」
「気付かなかった。どうやってるの?」
「魔法の修練を兼ねてるんだけど、ちょっとやってみせようか」
「えっ?今伸びてる?」
「伸びてるよ。少し気になってたんだ」
仕上がりがわかりやすいようにローブを脱ぐ。
「………」
見つめてくるチャチャの視線が気になるけど、軽く精神集中して…と。
『剃刀』
このタメに改良した風魔法で、切れ味に特化させ、限りなく薄い風の刃で一定の長さで毛をカットする。
「できたよ」
「え?」
「ほら。切れてるだろう?」
パラパラと床に落ちた毛を指差す。
「…ホントにちょっとだけ毛先を切ってるね。繊細すぎる」
「操り始めた頃は失敗で血だらけになって痛かったけどね」
「怖っ…」
「自分が動いてもダメだし、魔法操作を誤っても怪我する。できるようになるまで時間がかかったけど、痛い目を見ると覚えるのも早いんだ」
でも、人を痛めつけるワケじゃないし、魔法の技量も上がって一石二鳥。
「っていうか、伸びてなくない?」
「寒くなくて、ごわごわしない最適な長さなんだ。切るのは数ヶ月に1回だよ」
微妙な長さなんだけど伸びると違和感がある。
「私、1回も毛皮を整えたことないよ」
「そうなのか!?毛が伸びないってこと?」
「獣人は毛が伸びる長さに限界があるよね。兄ちゃんも知ってるでしょ?」
「初めて聞いたよ」
実際いつも伸びてるし。
「放置してても古くなったら生え変わるだけで、一定の長さから伸びない。伸びるのは髪とか髭だけだから、毛を切らなくてもフサフサになったりしないはず。その長さに到達する前に切ってるだけで」
「知らなかった。我慢して限界まで伸ばしてみようかな。気になる」
「年をとると限界の長さが伸びるらしいけどね」
「確かに、長毛のおじいさんやおばあさんが結構いるね」
面倒くさくて切ってないんだと思ってた。獣人の常識を知らないのはよくないな。
「話は変わるけど、兄ちゃんって尻尾動かせるようになったの?」
「かなり動かせるようになった」
後ろを向いてうねうねと動かしてみる。最近では、時間はかかるけど背中のブラシがけもできるようになってきた。
「凄いね!」
「チャチャみたいに字を書けるようになるのが目標かな」
他にも目標があるけどちょっと現実的じゃない。でも、目指してはいる。
「他にもやりたいことあるんだね。いずれは料理とかしたいの?」
相変わらず心中を見抜かれてるな…。
「最高の到達目標は尻尾で魔法を操ることだね」
「めちゃくちゃ難しそうな目標だね」
「おそらく可能なんだ。魔力操作は体内で可能だから発動動作だけできれば」
尻尾を振って魔法を飛ばす魔物もいる。だったらボクにもできるはず。体内の仕組みは違うだろうけどやってみたい。
「兄ちゃんができないとは思わない。頑張って」
「ありがとう」
「あと、ハグしていい?」
「いいよ。ローブを着るからちょっと待って……チャチャ!?」
いきなり抱きついてきた。
「このままでいいよ。なんでへっぴり腰なの?」
「いや…。その…」
最近のチャチャは女性としての成長が著しく…膨らみが直接肌に接触しないよう腰が引けてしまっているワケで…。
「気持ちはわかるけど…こんなのハグじゃない!」
「うわぁぁぁっ!」
凄い力で抱きしめられて密着しまくる。
「チャチャ!あまりくっつくのはよくないよ!」
「いつもやってるじゃん!」
離れようとしても指をガッチリ組んでるから引き離せない。力が強いな!
「素肌はダメだって!ボクは男なんだ!」
「見ればわかるよ!」
「いやらしい目で見られるのは嫌だろう?!」
「嫌じゃないからやってるんだよ!」
しばらく問答は続いた。
すったもんだの末、修練を終えて昼ご飯を食べながらチャチャが教えてくれる。
「ちょっと前にサマラさんと一緒に冒険してみたんだ」
「クエストを受けたの?」
「うん。基本通りに薬草を採ってきた。タメになったし、狩りがダメな時でも収入になって助かる」
「それはあるだろうね」
ギルドは薬草の種類や効能が書いた紙をくれるし、詳しく教えてくれる。結構親切だと思った。臨時収入になるからチャチャにとってはいい面が多いかな。狩りは水物。いかに上手くても獲物に遭遇しなければ狩れない。
「サマラさんはつまらなそうだったよ」
「サマラは魔物討伐やダンジョン攻略で張り切るタイプで、性格が素材収集には向いてない。向き不向きがある」
本人も認めると思う。
「あと、気になったクエストがあったんだけど」
「どんなの?」
「銀狼の生態調査」
「銀狼の生態…って、存在は明らかになってるってことかな?」
「どうかな。Bランククエストで、まず実在するかの確認からみたい」
「そこからか。妙なことに巻き込まれないといいけど」
銀狼の里は動物の森でも国境に近い奥地に所在していて、場所がわかりにくいのは確か。里近郊に出現する魔物もかなり強い。
でも、特殊な移動手段は必要ないし、泊まりがけで向かえば簡単に辿り着く。相当険しい崖も上位の冒険者なら下りれないことはないだろう。
ボクが思うに、高台にある鳥の獣人の集落の方が行くのは困難。川を泳いで遡上する亀の獣人の里もそうだ。ギレンさんは人間や冒険者のことも知っている風だった。過去に銀狼と邂逅してる者はいるだろうし、里から無事に帰れなかった者もいるに違いない。
銀狼達は公に自分達の存在を知られることをよしとするのか。それが最も重要。ボクが銀狼なら静かに暮らしたいけど、生活に干渉してこないなら構わないとも思う。
「ペニーやシーダは人族にも友好的だけど、サヴァンみたいに好戦的な銀狼もいるから揉め事が起こりそう」
「念のため伝えておくべきかな」
「取り越し苦労で仲良くなってそうな気もするけどね」
「2人ならあり得る」
サヴァンさん達を刺激するから頻繁には行けないけど、久しぶりに遊びに行ってみようか。
「そういえば、マードックさんが番うらしいね。幼なじみに先越されたとか思う?」
「思わない。本人にも言ったけど遅すぎるくらいだ。ボクの予想ではもっと早く番うと思ってたから」
「サマラさんから聞いたけど、マードックさんて女性に対して真面目なんでしょ」
「そうだよ。だから早いと思ってた」
「兄ちゃんも真面目だけどね」
「ボクの場合、接し方がわからないだけだよ」
男女問わずとりあえず丁寧に接しておけばいいと思ってる。真面目な態度に見えるかもしれないけど、そんなつもりはまったくない。
「兄ちゃんって浮気しなそうだよね」
「そんな状況になったことないけど、されることはあってもしないとは思う」
「なんで浮気されるって思うの?」
「一緒にいても面白くないから」
恋人ができたとしても、気の利いたことも言えず直ぐに飽きられそうだという自覚あり。
「わかってないね。誰より面白いのに」
「ボクが?!嘘だろう?!」
「私が今まで出会った男の人では、兄ちゃんと一緒にいるのが断トツで楽しい。サマラさん達もそう思ってるはず」
「面白いことなんて1つも言えないのに…」
そう言ってもらえるのは嬉しい。でも、チャチャ達だからだ。
「冗談を言えばいいってもんじゃないでしょ。つまらない冗談はむしろ腹立つ」
「それはわかる」
タチの悪い獣人はほぼほぼ下らない冗談を言いながら絡んでくる。嫌というほど聞かされてきた。
「兄ちゃんは凄く他人を楽しませる獣人だよ。じゃなきゃララみたいな赤ちゃんまで笑わない」
「そうかな」
…と、誰かが訪ねてきた。このドアノックの仕方は…。
「いらっしゃい」
「こんにちは。急に来てすみません」
「全然構わないよ。中に入って」
「お邪魔します」
連れだって居間に向かう。
「…あっ!チャチャ!久しぶり!」
「ミーリャ!久しぶりだね!」
離れを建てたときに知り合った2人は同じ年で仲がいい。
「ミーリャは飲み物なにがいい?」
「紅茶をお願いします」
「わかった。ご飯も作ったんだけどどう?」
「頂きます」
淹れてきた紅茶と料理を差し出す。
「ん~!美味しいです!」
「ミーリャが1人で来るなんて珍しいんじゃない?オーレンさんは?」
「それがね……ちょっとケンカしてて」
アニカとオーレンはしょっちゅうケンカしてるけど、オーレンとミーリャがケンカしているのは目にしたことがない。ボクが知らないだけなのかな。
「原因はなに?」
「実は……互いに他のパーティーとクエストに行ったりするんだけど、そこでお互い食事に誘われたりして、いざこざが…」
「打ち上げとか行くのは別に普通のことでしょ」
「そうなんだけど、オーレンさんが女性と2人きりで行ったのを教えてくれなかったの。他の人から聞いちゃって、それで「なんで言わなかったんですか?」って」
「教えてもらいたいよね。別に怒らないのに」
「そう!信用されてないみたいで嫌だったの!」
「でも、ミーリャも同じようなことしてたんでしょ?」
「なんでわかるの?」
「オーレンさんが謝れば済むことなのに、ケンカしてるってことは言い合いになったんじゃないかって予想。「ミーリャもだろ!」って」
チャチャは勘がいいな。微塵も思わなかった。
「そうなの。知ってて言わなかったみたい。本当になにもないけど、ちょっと険悪になっちゃって…。アニカさん達にも相談したんだけど、「変にヘソ曲げてる。昔からあぁなったら長いから少し待った方がいいかも」って言われて…。でも、早く仲直りしたいからどうしたらいいかウォルトさんにも相談に来たの」
「なるほど。兄ちゃんはどう思う?」
む~ん…。仲直りするにはどうしたら…。正直に伝えよう。
「ボクはそんな状況になったことないから、素っ頓狂なアドバイスになる可能性が高いけどいいかな?」
「大丈夫です」
「ミーリャは別にやましいことはしてないんだよね?」
「誓ってないです」
「だったら、なぜそうなったのかを冷静に話し合えばいいと思う。どんな状況でそうなったのか、なぜ言わなかったのかっていう理由を聞けば納得できると思う」
「冷静に伝えたつもりなんですけど、すぐに教えなかったことが嫌だったみたいで」
「教えなかった理由があるんじゃないか?」
「言わなくてもいいって思ってました。昼食をとりながら世間話をしただけですし」
「ミーリャは隠されるのが嫌なのに、オーレンには隠したってことだよね。忘れてたワケじゃないんだろう?」
「兄ちゃん!言い方!」
「なにか変なこと言ってる?」
言い方が悪かったか。どの部分かわからないから謝りようがないけど。
「チャチャ、いいの。ウォルトさんの言う通りです。嫌がることをしたので私は謝りたいです」
「だったら仲直りできるんじゃないかな。やってしまったことはなかったことにはできないけど、互いに謝れば丸く治まるような気がする。やましいことはないんだから」
「上手く謝れるでしょうか?」
「大丈夫だよ。もしオーレンが許さないのなら、即刻別れていいと思う」
「「えぇぇっ!?」」
「そんなに驚く?もしかして…悪いことをしてなくても相手に許されるまで恋人でい続けるのが普通なのか…?」
その感覚はないんだけど…。
「いや…。そうじゃないけど…」
「思った以上に結論がサクッと出てきたんで、ちょっと驚きました…」
普通なら結論が出るのが長引く問題なのか…。難しいな…。
「ボクはこういう相談に向いてない。恋人がいたこともないし、相手の心中を察するのも苦手だ。搔き乱すからこれ以上は言わないよ」
「例えば、兄ちゃんがミーリャの立場なら別れるってこと?」
「ボクはそうなる。「嫌なのを知らなくて軽く考えてた」って謝っても許されないなら、一緒にいるのは無理だ。自分が鈍感だっていう自覚があるし、もっと大きな誤解を生むようなことを簡単にやらかす気がする」
「めちゃくちゃあり得る…。兄ちゃんは成長してるよ…」
「そうかな?逆に聞きたいけど、チャチャならどうアドバイスするんだ?」
「う~ん…。オーレンさんが落ち着くのを待って、冷静に話し合うのがよさそう」
「私もそう思ってます」
「ボク、さっき言わなかったっけ?」
「言ってた…」
「言ってましたね…」
よかった。あながち的外れではなかったのかな。
「オーレンとミーリャが好き合ってるのは知ってる。お似合いだし、これからも一緒にいてほしいけど、別れを選んだとしても2人とボクの関係は変わらない。お互いの気が済むようにしてほしいんだ」
難しいことはわからない。真面目に答えるだけ。
「ウォルトさん。ありがとうございました。ほとぼりが冷めたら直ぐに話し合います」
「うん」
「相談してよかったです」
「今後はやめたほうがいいと思う。ボクは空気を読めない獣人なんだ。自分に当てはめて勝手なことを言うのが関の山で」
せっかく頼ってもらっても、気の利いたことの1つも言えない。こんな獣人に相談してもきっと前進しない。でも…。
「それでもよければ、いつでも真面目に答えるよ。世間話みたいになるかもだけど」
「ありがとうございます」
「やっぱり兄ちゃんは成長してる…」
「ありがとう」
その後、夜にチャチャから連絡がきて、ミーリャとオーレンは直ぐに仲直りできたみたいだ。オーレンは焦ってたらしいけど、なぜだろう?




