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モフモフの魔導師  作者: 鶴源
525/715

525 慶賀の至り

 ウォルトの住み家をスザクとハルトが訪ねてきた次の日。サマラが1人で住み家に来た。


「ウォルト、ただいま!」

「おかえり。今日は休み?」

「朝だけ休みもらった!早く教えたいことがあって!」

「そっか。入って」


 カフィを淹れて差し出す。


「うんまぁ~い!」

「ありがとう。それで、伝えたいことって?」

「マードックのことなんだけど」


 昨日急用ができて焦ってたっぽいことをスザクさん達から聞いた。


「聞いて驚け!バッハが妊娠したの!」

「そうなのか!?」


 マードックが親になるのか…。昨日はバッハさんのところに向かったんだな。焦ってたのも納得だ。


「私も叔母ちゃんになっちゃうよ!」

「子供は可愛いだろうね」

「バッハに似てほしいなぁ~」

「マードックに似てもいいと思うけど」

「絶対嫌だ!生まれてくるなり「めんどくちぇ~!」とか言われたら可愛がりたくない!」


 赤ちゃんは言わないと思うけど、むしろ可愛いし聞いてみたい。


「それで、マードックは?」

「昨日はバッハの家に泊まって、今後のことを話したみたい。2人揃って朝ウチにきたけど、「面倒くせぇ!」とは言わなかった。言ってたら殴り殺してたけどね」

「そんなことを言ったらボクも止めない」


 アイツは死ぬほど口が悪いけど、そんなことを言う奴じゃない。


「もちろん番になるんだけど、そこでウォルトに相談があるの」

「なに?」

「祝宴を開こうと思ってる。お互いの家族以外では、ウォルトとヨーキー、キャロル姉さんにも声をかけて祝福したい。ハルトさん達も来るだろうけど」

「もちろん参加させてもらうよ」


 獣人が番になるのに形式張った儀式は必要なくて、人間は結婚式を挙げるけど獣人はほとんどやらない。異種族間の婚姻だと結構あるみたいだ。

 友人や知人が集まって祝福を受けることで晴れて番になる。たった1人でも構わない。ボクには親しい人がいなかったのもあって、過去に誰かを祝福したことはないけど。


「あと、宴会の席の料理とかも作ってほしいの」

「任せてくれ。でも、マードックとバッハさんがボクでいいって言うかな?」


 他にも適任の知り合いがいるはず。サマラの意見が通るとは限らない。


「だいじょ~ぶ!だってマードックとバッハに頼まれたんだもん。ウォルトに言っといてくれって!」

「直接頼めばいいのに」

「番うって口にするのが恥ずかしいんだよ」

「めでたいことなのに?」

「だって、硬派ゴリラを気取ってるじゃん。「女なんかいらねぇ!」とか言いそうでしょ?いなかったことないくせに」

「確かに」

「多分格好つけてバッハに「好きだ」って1回も言ったことないと思う。それに、父親になるってことも恥ずかしいんじゃないかな。子供にデレてる姿を想像したら気持ち悪くない?」

「……そんなことないさ」

「変な間があったけど」


 子煩悩なマードックは想像できない。でも、なんだかんだ常識があるからいい父親になると思う。


「ところで、いつ開催する予定?」

「まだ未定。うちの両親にも言ってないし、バッハの親にもこれからだってさ。教えたのはウォルトが最初だよ」

「そっか。ボクはいつでもいいから決まったらまた教えてほしい」


 バッハさんの友人も招かれるだろうし、変な料理は作れない。今の内から構想を練っておこう。


「話は変わるけど、クーガーがなにしてるか知ってる?」

「知らない。フクーベに残ったのは聞いたけど」


 リオンさんが来たとき以降会ってない。


「リタから聞いたんだけど、花街で用心棒みたいなことやってるみたい。困った客を追い出したりボコボコにしてるらしいよ。裏表がなくて女に優しいから人気者なんだってさ。私には殴りかかってきたくせに!」

「サマラが先に足を出したからね」

「しかも、たまにアニマーレにも来るんだよ。「やるぞこの野郎!」とか言ってさ。完全に無視してるけど」

「血気盛んだな。勝つまでやりたいのか」

「付き合ってらんないよ。なにが楽しくて女同士で殴り合いしなきゃなんないの?」

「まぁ、獣人は性別関係ないからね」


 街に住んでた頃、男性を巡って殴り合ってる獣人女性を見たことがあるけど、ど迫力の殴り合いだった。あのあと男の人はどんな目に遭ったんだろう?


「悪い奴じゃないからご飯くらいなら一緒に食べるけど。ウォルトのことも訊かれたよ。「アイツは何者なんだ?」って。獣人って言っといた!」

「ありがとう」

「クーガーみたいな獣人をどう思う?ああいうタイプは好き?」

「好きでも嫌いでもないけど、口の悪さが度を超してる。まともに話せるのは5分が限界かな」

「でも結構美人だよ?夜鷹と間違えられて声かけられるって怒ってた」

「4姉妹の方が美人だ」

「そ、そう?」

「そうだよ」

「ありがと…」

「顔の造形について他人のことをとやかく言えないけどね。ボクは完全に猫顔だし」

「ウォルトも格好いいよ!」


 のんびり会話して、昼ご飯を食べてからサマラは帰った。アニカから聞いたのかテラさんのことを知ってたな。短くなった貫頭衣の件も…。情報共有し過ぎてる気もするけど、仲良くていいことだ。


 それはさておき、一応準備しておこう。もしかすると来るかもしれない。






 時間は過ぎて、夜の帳が降りる頃にマードックが住み家にやってきた。中に招き入れて酒と肴を差し出す。


「えらく準備がいいじゃねぇか」

「来るかもしれないと思ってたからな」

「そういうとこは勘が働くのかよ」

「来なければボクの晩ご飯になっただけだ」

「けっ!」

「バッハさんと番うんだってな。おめでとう」

「…ちっ!」


 顔を逸らしてぐいっと酒を煽る。サマラの予想通り照れてるな。


「本当に祝宴の料理を任されていいのか?」

「……悪ぃけど頼むわ」

「わかった。できる限り美味しい料理を作る」


 黙々と飲み食いするマードック。ボクも黙ってお茶をすする。


「俺が……親父になるんだぜ。信じられるかよ」


 目を合わさずに言う。


「遅いくらいだと思った。お前はモテるから」

「そういうことを言ってんじゃねぇ」

「親になりたくなかったのか?」

「知らねぇよ。ガキができるかなんて誰にもわかんねぇだろうが」

「できてもいいと思ってたんだろ?」

「下らねぇこと聞くんじゃねぇよ」

「バッハさんも喜んでるのか」

「バカみてぇにはしゃいでやがる」

「なんでそんな言い方しかできないんだ?捻くれてるな」

「んだと…?」

「口でなんと言おうと心境は手に取るようにわかる。匂うからな」

「ちっ…」


 強い『喜び』と、混じるように『困惑』の匂いがする。


「俺は明日にゃ死んでっかもしれねぇ。ガキが生まれてくるまで、生きてりゃいいけどな」

「気になるなら冒険者を辞めればいい」

「アホか。無茶言うんじゃねぇ。俺になにやれっつうんだ」

「森に住めばお隣さんだ」

「ガハハッ!たまには面白ぇこと言うじゃねぇか。お前の狙いはガキの子守だろ」

「バレたか…」

「ククッ。お前にゃ預けねぇよ。とんでもねぇことされかねねぇ」

「そんなことするか。徹底的に甘やかすだけだ」

「子守したけりゃさっさとテメェのガキ作れ。リオンさんに言われたろ」

「リオンさんの意見は参考にならない。お前ならわかるだろうけど」

「ざけんな。わかんねぇよ」


 他愛もない会話を続け、マードックは酒を1瓶飲み干した。


「悪ぃけど、飯作りと別にもう一丁手伝ってくれや」

「いいぞ。採りに行くんだろ?」

「ちっ…。読んでたのかよ」

「獣人だからそれくらいわかる」

「頼むぜ」


 支度は済んでる。直ぐに出発だ。


 

「どこに採りに行くつもりだ?」

「俺とお前で行くってことは、決まってんだろ」

獣の楽園(ドゥーキー)ってことか」

「当たりだ」


 予想できなかったワケじゃない。


「コカ・トーリスの羽根の時は道中で見かけなかったぞ」

「つうことは、もっと先にあるってことだ。あんま先に行きたくねぇんだろ?断るなら今の内だぜ」

「もし手に入れることができても、お前が誰にも言わないなら構わない」

「言わねぇよ。ただ採りてぇだけだ」

「だったらいい」


 久しぶりに『獣の楽園』に来たけど、相変わらず入口から優しい波動のような力を感じる。


「いつ来ても嫌な感じだぜ」

「感覚がまるっきり逆だな」

「けっ。入ったら全開で行くぞ」


 中に入るなり一目散に進む。マードックの手甲は魔力で強化して、ボクも出し惜しみせずにいく。一段と速くそして力強くなっているマードックはまだまだ伸び代を感じる。


 魔物の強さも増してきた4階層でのこと。


「おい。獣人の力を使ってみるぜ。できてるか見てくれや」

「わかった」


 集中したマードックは現れた魔物に向かって一直線に疾走し拳を振りかぶった。


「ドラァァッ!」


 見事に一撃で屠る。大した威力だ。


「ハハハッ!どうよ!」

「まったく操れてない」

「マジかよっ!?」

「完全に地力だ。でも、ほんの微かに動いた。凄いと思う」

「まだまだってことだろうが!」


 真面目に修練してるな。おそらくコツを掴めていないだけ。操作を覚えたら一気に使えるようになる気がする。自在に操るようになれば獣の楽園の踏破記録を塗り替える獣人になるだろう。このダンジョンの魔物に獣人の力が通用するのは道中で確認済み。問題なく倒せる。


 その後、5階層に到達した。今回はコカ・トーリスが出現しない。できるなら羽根を持ち帰りたかったけど今回は目的が違う。


「よっしゃ!こっからはどうなるかわかんねぇぞ!」

「そうだな。次の階層からガラッと装いが変わる可能性が高い」


 マードックは興奮してる。匂いなんて嗅がなくてもわかるくらいに。6階層からは誰も足を踏み入れたことがない未知の領域。まだ魔力にもかなり余裕はあるけど緊張するな…。


「……ん?」


 次の階層への通路に向かっていると、ふと壁際にあるモノが目に入った。アレは…。


「マードック」

「あん?」

「目当てのモノが見つかったぞ」

「はぁぁぁぁっ?」


 近寄って確認する。


「間違いない。『双命石(マンダリン)』だ」


 双命石は必ず大小の対で存在する石素材。ほとんどのダンジョンで採掘できて、ダンジョンが違えば石の色や模様も違う。大小の繋がった双命石は、上手く加工しないと共に輝きを失う不思議な鉱石。

『死が2人を分かつまで共に生きる』という意味を込めて、番う獣人はこの素材で作ったモノを互いに身に着けることが多い。さほど高価ではないのも獣人に好まれる理由。アイヤばぁちゃんもボクの両親も持っている。


 街でも素材として売られているけど、マードックは自分で採りに行くと思った。口では「面倒くせぇ」と言いながら、自分の気が済むようにやる獣人。街で買った石を番に渡すような奴じゃない。


「初めて見る模様だけど、とびきり綺麗だ」

「…おぅ」

「無事に採れたし、帰ろう」

「先に行きゃあ、もっといいのがあんじゃねぇか…?」

「同じダンジョンで採れる双命石は全て同じ模様になる。知ってるだろ?」

「ちっ…!」


 不貞腐れた表情のマードック。先に進みたいのは重々わかってるけど今回はやめておきたい。


「今日は退いてくれ。嫌な予感がするんだ」


 前回来たときこんな場所に双命石はなかった。鉱石は基本的にダンジョンの同じ場所で採れるのに…だ。まるで「先に進むな」と言われているかのようで、今は退くべき時だと思えた。リオンさん風に言うと直感というヤツかもしれない。


「なぁ、マードック」

「…んだよ」

「キリアンに誘ってくれたろ?その後で『獣の楽園』を攻略してみないか?逆でもいいけど」

「ちっ…。…しゃあねぇな。忘れんなよ」

「お互い生きてたらだけどな」

「ククッ!…だな」


 渋々といった感じでも退いてくれてよかった。


「おい。お前も持って帰れ」

「ボクは必要ない」

「いいから持って帰れや!今から先に進みてぇのか!?」

「うるさいな。わかったよ」


 ボクが持って帰っても使い道がないのに。ナバロさんに買い取ってもらえるかも…くらいか。たまたま採れたからという理由で譲るのもありだな。獣の楽園の双命石は珍しい気がする。




 静寂に包まれた森を抜けて住み家に戻ると、どういう風の吹き回しかマードックは泊まっていくと言う。


「悪ぃけど加工も頼むわ」

「どう加工すればいいんだ?」

「お前……今からやる気じゃねぇだろうな?」

「渡すなら早い方が喜んでもらえるだろ。今から作れば帰る前に渡せる」

「やり方知ってんのかよ」

「知ってる。心配しなくていい」

「今日は寝れねぇな」

「お前は寝ていい。昨日寝てないんだろ?」


 疲れたような顔と、しょっちゅう欠伸されたら鈍いボクでも気付く。夜遅くまで話し込んだのか、眠れなかったのか知らないけど。


「けっ。大したことねぇよ」


 コイツ…。


「面倒くさい奴だな!いいから黙って寝ろ!寝ないと加工しないからな!」

「うるっせぇな…。そこまで言うならがっつり寝てやるぜ!」

「そうしろ!なにを作るかだけ言え!」


 マードックが頼んだのはお揃いの指輪だった。ちゃんとバッハさんの指のサイズも調べてきてる。こんな所はマメだ。

「お前の分はブレスレットかネックレスにしたほうがいい」と提案してみた。直ぐに魔物を殴るくせに指輪なんて着けられない。一撃で壊れてしまうモノなんて縁起が悪すぎる。

 けど、「お前の魔法で割れないようにしてくれや。たまにかけ直せばいいんだろ」と真顔で言われて了承した。

 

 マードックのこだわりに本気を感じたから。

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