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モフモフの魔導師  作者: 鶴源
524/716

524 剣術指南 二の巻

 スザクさんと入れ替わりで、前に出たハルトさん。この人も爽やかな匂いを放つ冒険者。


「ウォルトには驚かされたよ。魔導師だということは知ってたけど、剣も扱えるとは思わなかった」

「ボクは魔導師ではないですし、剣も自己流で基本すらできてません」

「そうか。基本はスザクさんから聞いたろう?さっきは攻撃だったから、今度は防御に徹してみるっていうのはどうだ?」

「わかりました」


 攻防を分けて学ばせてもらえるなんて貴重な体験。断る理由はない。


「では…いくぞ」


 遠い間合いにいたハルトさんは、一息で目の前に現れる。かなり速い。


「フゥッ!ハッ!」


 打ち込まれる連撃を捌くものの…。


「ぐぅっ…」


 我流だと言う斬撃は鋭くてとにかく重い。剣を強く握りしめていないと弾かれてしまう。体格の割に凄い力だ。一撃ごとに手が痺れる。

 まともに受け止めたら、木剣を叩き折られる未来しか見えない。ボバンさんの剣も重くて、身体全体で受け止めないと腰が砕けそうだったことを思い出す。


 さっき、スザクさんは上手く剣の角度を逸らして衝撃を逃がしていた。可能な限り模倣して実践してみよう。


「対応が早いな」

「目一杯です」

 

 逸らせる斬撃は逸らし、無理な角度は基本的に受け止めずに躱す。これだけで少し余裕ができた。


「俺は剣士というよりマードックと同じ戦士なんだ。華麗な剣技じゃなくて力技なところが大きい。果たして剣術といえるか」


 豪快に打ち込んできながらそんなことを言うけれど、ボクには違いがわからない。ハルトさんの剣は威力も技も間違いなく脅威だし、前衛で身体を張るのが戦士というイメージだけしかない。

 

「まだ上げていく」

「くっ…!」


 言葉通り威力も速度も上がる。防ぐのに手一杯でも、攻撃への意識を完全に断ち切ってはいけない。さっき学んだばかりだ。いつでも反撃できる意識を保つことで、より集中できて視野が広がった気がする。ボクは攻撃より防御の方が得意。過去の経験を踏まえて落ち着いて対処できている。


 エッゾさんやボバンさんと手合わせしたときの得物は真剣だった。緊張感は木剣の比じゃなくおかげで見切る力が磨かれたんじゃないか。食らっても即死することはないと思えば精神的な余裕もできる。思い返すと、急な提案とはいえ無茶な手合わせだった。手合わせなのに命懸けなんて。


 …と、ハルトさんの纏う空気が変わる。


「はぁぁっ!」


 剣による攻撃と、蹴りや突きなどの打撃を織り交ぜて攻撃してくる。手技、足技なんでもござれ。剣と拳が融合した変則的な予測しづらい攻撃。それでも…。


「…うっ!?」


 ハルトさんが跳び退く。


「…今のは肝が冷えた」

「スザクさんから教わったので」


 反撃の素振りを見せただけで反応できるから凄い。隙を感じたから微かに動いただけなのに。


「お世辞じゃなく、剣士として既に高いレベルだと思う」

「まだまだです」

「魔導師でもなく剣士でもないなら、ウォルトはなんだろうな?」

「猫の獣人です」

「はははっ!そうきたか。こんなのはどう受けるんだ?」


 ハルトさんが踏み込んで繰り出した袈裟斬りを、上手く逸らそうとしたけれど…。


「剣に…絡みついてくるっ…!」


 合わせた剣の刃に沿わせて、滑らせるように握る手を狙ってきた。間一髪弾いたけれど、視線を切った一瞬でハルトさんは膝にタメを作っている。


 マズいっ…!


「ふんっ!」

「くっ…!」


 薙ぐように胴に打ち込んできた。縦にして受け止めた剣がしなる衝撃。横に跳んで勢いを殺す。


「コレも躱すなんて大したものだ」

「ちゃんと躱せてないです」

「どんな立派な体勢でも、躱せなければ意味なんてないさ。このくらいにしておこうか」

「はい。ありがとうございました」


 凄い緊張感だった。真剣だったら死んでいたかもしれない。いい経験になった。


「気になったところを教える前に、ちょっとウォルトの本領を見たいんだ」

「本領とは?」

「魔法を使った剣技があれば見せてもらいたい」

「大したことない技でよければ」

「それでいい」


 親切に教えてもらってるから、ちょっとでもお礼になればいいけど。


「受け切るから俺に向けて放ってくれ」

「わかりました」


 弓を引くようにスッと片手で剣を引き、遠い間合いからハルトさんを射貫くつもりで魔法剣を放つ。


竜巻(トルネト)


 剣先から螺旋状の暴風が放たれる。ダナンさんの『螺旋』を、範囲を狭めて威力が集中するように変化させたような魔法剣。使用する魔力はエルフの魔力だ。


「ぐうっ…!お…ぉぉ…ぁぁっ!」

「ハルトさん?!」


 しばらく踏ん張って耐えていたハルトさんは、きりもみで後ろに吹き飛ぶ。


「…ふんっ!」

「あだっ!」


 直線上にいたスザクさんが、ハルトさんを木剣で地面に叩き落とした。優しく受け止めるとかじゃないんだ…。


「ふぅぅ…。目が回った…。スザクさん、痛いですよ」

「すまんすまん。美人ならまだしも、ゴツい男を受け止める気にならなくてなぁ。お前の頑丈さなら心配いらんよ」

「まぁ、シャキッとしましたね」


 とりあえず謝るために駆け寄る。


「ハルトさん、やり過ぎてすみません」

「気にするな。俺がやれって言ったんだから君に非はない。今ので全力か?」

「3割くらいの魔力です」

「あはははっ!そうか!」


 何事もなかったように豪快に笑う。本当に頑丈そうでやっぱり高ランク冒険者は凄い。


「ウォルトの防御に関して言っておきたい。まず目がいい。観察眼に優れていて、まともに当てるのが難しい」

「ありがとうございます」

「剣の軌道や動作の予測をしてるだろう?そこは逆に狙われかねない」

「狙われるとは?」

「やってみせよう。また軽く打ち込むから構えてくれ」

「はい」


 剣を構え、ハルトさんが打ち込んでくる。さっきのようにまずは逸らして……うわっ!


 驚いて跳び退く。今のは?


「もう一度いくぞ」


 再び間合いを詰めてきたハルトさんの剣を、受け止め……られない!


「ハァッ!」

「くっ…!危なっ!」


 どうにか防ぐも頭は大混乱。


「上手く嵌まってくれたみたいだな」

「よくわかりました」


 防御しながらハルトさんの癖や傾向を分析して、予測で躱していた。『身体強化』なしではスピードで劣るからだ。それを逆手にとって、記憶していた癖や予備動作とまったく違う攻撃を仕掛けてきた。

 上段に来るはずだったのに実際は中段だったり、切り上げと見せかけて突いてきたり、予測と全く異なる動きで。意図的に癖や予備動作を覚えさせたということなのか。それとも、自分の剣を知り尽くし本来欠点となるはずの癖を活かして、相手を惑わせたり騙す戦術なのか。


 数多くの実戦を積んでいるからこそできることだろう。手合わせ中にやられていたら秒で負けてたな。


「短い闘いの中で相手の癖を見抜くような者はそういない。心配無用かもしれないが、覚えて損はない」

「凄く勉強になります。本気なら斬られてました」


 相手の思考を逆手にとる戦術は、魔法戦にも使える。今後修練しよう。


「あと、気になったのは構えだ。決まった形は必要ないけど、結構受けやすくなる。スザクさん、ちょっといいですか?」

「いいよ」


 2人で実演してくれる。それぞれ構えて、利点や欠点を詳細に教えてもらう。凄くわかりやすい。


「…と、まぁ俺が教えられるのはこんな感じか。後は実戦と修練あるのみだ」

「もの凄くタメになりました。時間が許せば今から食事されませんか?」

「食事?ウォルトが作るのかい?」

「はい。剣術を教えて頂いたお礼にどうかと思いまして。お酒もあります」

「せっかくだから獣人料理を頂いていこうか。ハルトはどうする?」

「食べます。腹減りました」


 お礼に気合いを入れて作ろう。






「お前さんは…なんでもできるなぁ。美味すぎてたまげた」

「本当に美味い。商売できるよ」

「肴も作ります。酒も遠慮せず飲んでください」


 口に合ったようでよかった。


「ウォルト。訊いてもいいかい?」

「なんでしょう?」

「お前さんがサバトの正体だって知ってるのは、現役冒険者だと誰がいるんだ?」

「現役だと、『森の白猫』の3人とマードック。それと…リオンさん、エッゾさん、マルソーさん、ミーリャ。あとは…スザクさんとハルトさんだけだと思います。マルコとメリッサさんは友人ですが、サバトだとは知らないと思います」


 他にサマラとチャチャもだけど、まだ冒険者活動はしてないと言ってたから2人は知らないだろう。クウジさんも宮廷魔導師になったと聞いたし、サラさんも現役じゃない。


「どうかしましたか?」

「せっかくウォルトとお近づきになれたから、知り合いとも交流できたらと思ってさ。ほとんど知ってるし」

「是非オーレン達と交流して下さい。才能豊かな冒険者なんです」

「そうするよ」


 スザクさんと交流できれば、きっとオーレンの剣術の幅も広がるはず。


「俺も訊きたいんだが、ウォルトは冒険者としてなにがしたいんだ?」

「コツコツやるようなクエストをこなしたいです。自分にできる冒険をしたいと思います。高い志はなくて」

「フィガロのような最強の獣人を目指したりしないのか?獣人には多いが」

「魔導師になるのが最大の目標で、最強の獣人を目指してないです。昔はなりたかったんですが」

「控え目な目標だなぁ。世界最高の魔導師を目指せばいいと思うよ」

「俺もそう思う」

「絵空事すぎて、目指すなんて言えないです。ボクの知る最高の魔導師はまだ遙か高みにいるので」


 師匠に少しでも近づけたら考えよう。その後も酒を飲みながら会話する。ボクはお茶でも楽しい。


「ウォルトは、セイリュウやデルロッチに会ってみたいと思うかい?」

「凄い魔導師なので話してみたいです」

「もしアイツらから素性と居場所が派手にバレて、周囲が騒がしくなったらどうする?」

「この場所からいなくなるだけです。二度とお会いしないでしょう」

「俺もかい?」

「そうなります。約束している親しい人にだけ居場所を伝えて、その後は人に会わずに生活すると思います」


 死に損なってからは森でひっそり生きていた。オーレンとアニカに出会う前の生活に戻るだけのこと。寂しくはあるけど、騒がしいより静かな生活の方が好きだ。そうなったらもっと山奥に引っ込んで住み家の管理だけ継続したい。


「そりゃよくない。秘密厳守を約束させなきゃだめだなぁ」

「俺やスザクさんも同じことをやりかねませんよ」

「スザクさんやハルトさんと知り合えて幸運だったと思います。たとえ、会うのが今日で最後だとしても」


 素人に剣を教えてくれる高ランク冒険者は、そういないはずだ。2人から学んだことはずっと忘れない。


「そうかぁ…。飲んだ勢いで頼むけど、俺と魔法ありで手合わせしてくれないかい?」

「ボクは別に構いませんけど、酔いは大丈夫ですか?」

「素面だし、腹も落ち着いたから問題ないよ」

「じゃあ、外に行きましょう」



 ★



 ハルトは2人の手合わせを離れた場所で見守る。


「シッ!ハッ!」


 改めて驚きしかない。スザクさんの剣を魔法で受け止めるウォルトはまさに鉄壁。巨大な『強化盾』を展開して防ぐのではなく、剣筋に合わせて極小の障壁を瞬時に展開しながら一撃毎に細かく防いでいる。

 まるで、空中に無数の花を咲かせるかのよう。彼にとっては手合わせというより魔法の修練なこか。


 とにかく凄まじい魔法操作。噂のサバト本人だと知っていても、直に見ると圧巻の一言。反撃でも幾つかの魔法を放っているが、かなり手加減していそうなのに中々の威力。

 スザクさんは剣技能で切り裂いたり、上手く躱しているが余裕はないな。闘いの中で流れるように魔法を操り、攻守の切り替えが速すぎる。


「見事な魔法だなぁ」

「お世辞でも嬉しいです。セイリュウさんやマルソーさんには及びませんが」


 不思議と嫌味に聞こえないのは本音だからか。素早く動き、会話しながら絶え間なく魔法を展開し続けている。確かに規格外の魔導師で、マードックの「アイツはイカレてる」という表現は間違いじゃない。

 見せている魔法は常識外れなのに、操る魔法のほんの一部だとわかる不思議。全身から余裕が滲み出ている。

 プライドが高いのに、マルソーはよく耐えているな。俺が魔導師だったら劣等感しか抱かない。我慢してでも交流する価値があるとは思うが。


「剣で防いでる時より冷静に見えるなぁ」

「間合いも広くとれますし、上手く剣を振るより魔法を発動する方が得意なので心に余裕があります」

「はははっ。酒も抜けてきたから、もうちょっと付き合ってもらっていいかい?」

「勉強させてもらいます」

「お互い様だよ。こんなの初めて見るんだから」


 スザクさんは心底楽しそうだ。それでも、得意の剣技能を幾つかしか見せてない。内心俺と同じことを考えているとみた。

 ウォルトに技能を見せすぎてはいけない。ここぞという時まで奥の手を隠しておかなければ、いざというとき剣が届かないだろう。


 見事な魔法を見ていると、純粋に打ち破ってみたくなる。剣の修練では感じなかったのに、魔法を目にしたことで一気に血が滾る。魔導師を倒したいと思ったことすらないのに、なぜウォルトとは競ってみたいと思うのか。不思議だ。


 最強を目指しているワケでも、人を斬りたいわけでもない。彼はパーティーの恩人でもあるのにこんな願望が顔を出すなんてな。


「…おぅわっ!こりゃぁ…参った!」


 まともに『破砕』を食らったスザクさんが、俺に向かって一直線に飛んでくる。踏ん張りきれなかったか。

 

 確かに大男を優しく受け止める気にはならないな。大先輩は手合わせを充分堪能したはず。そろそろ代わってもらうとしよう。俺も、ウォルトの魔法を体験してみたくて仕方ない。


 飛来するスザクさんに向かって、木剣を大きく振りかぶった。

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