523 剣術指南 一の巻
「今日も天気がよくて気持ちいいな……ん?」
ウォルトが住み家で農作業に勤しんでいると、風上から流れてくる意外な人物の匂いを捉える。2人いて、どちらも知っている匂い。
予想が当たっているか住み家の角から顔を出して覗いてみると的中していた。
「やぁ、ウォルト。いい場所に住んでるんだなぁ」
「お久しぶりです」
軽やかに声をかけてくれたのは、Aランク冒険者のスザクさん。会うのはフクーベの酒場で奢ってもらったとき以来。相変わらず涼やかな風のような匂いをさせてる。
そして、隣に立っている人物に目をやる。
「ハルトさん、初めまして。ウォルトといいます」
同じくフクーベのAランク冒険者で、マードックのパーティーメンバーであるハルトさんだ。数回見かけたことはあったけど挨拶したことはない。
「よろしく。俺も君の存在は知っていたけど、話すのは初めてだな」
「マルコの件ではお世話になりました」
「マードックにも言われたけど、なんのことか俺にはさっぱりだよ」
自覚なくマルコを立ち直らせたのか。やっぱり尊敬される人物だけある。
「中へどうぞ。お茶を淹れます」
「畑仕事中だったんだろう?手伝うから早く終わらせようか」
「俺も賛成です。やりましょう」
「気持ちは嬉しいんですけど、いいんですか?」
「俺達が急に来たんだ。たまには土を耕すのもいい。消費するばかりじゃなく生産することは大切だからなぁ。剣じゃなくて鍬を持ってさ」
「スザクさんの言う通りだ。というワケで、手伝うから農具を貸してくれないか?」
「わかりました」
手伝ってくれるのは嬉しいけど、農具と作業に慣れてない。力強さだけはさすがだけど。だからこそ手伝ってくれる心意気が嬉しかったりする。
「ありがとうございました」
作業を終えた2人を住み家に招き、好きだというカフィを淹れて差し出す。汗をかいたから冷やしてみた。
「美味いなぁ。街のカフィより美味いよ」
「本当ですね。驚いた」
「ありがとうございます」
カフィも多くの淹れ方が編み出されてるらしいので、住み家でも挑戦してる。
「ところで、今日はどうしたんですか?」
「特に用はないんだけど、来てみたかったんだ。マードックから「オッサン。暇ならアンタも行くか?」って誘われたもんで二つ返事で来たんだけどなぁ」
「本来は俺がマードックに頼んでたんだ。ウォルトと話してみたいってね。それで、俺とスザクさんが同時に誘われたんだが」
「アイツはどうしたんですか?」
「知らないんだよ。急な用事ができたって焦ってたなぁ」
「誘ったくせに「勝手に行ってこいや!」って手書きの地図だけ渡された。完全に逆ギレだよ」
急な用事ってなんだろう?マードックが焦るなんて珍しい。
「ウォルト。先に言っておきたいんだ」
「なんでしょう?」
ハルトさんはスッと立ち上がって、頭を下げた。
「悪魔の鉄槌でのマードックの救出について、本当に感謝している。遅くなったけれど直接伝えたかった。マルソーもシュラも同じ気持ちだ。ありがとう」
「わざわざありがとうございます。でも、アイツは幼馴染みですし、お礼を言うなら教えてくれたサマラにお願いします」
「サマラちゃんにも伝えた。やっと礼を言えて気が晴れたよ。あと、頼みたいことがあれば俺達ホライズンに言ってくれ。できる限り助力すると約束する」
「ありがとうございます」
よし。コレでいいはずだ。ちゃんとお礼の言葉を受け取ったから、礼を欠いてないはず。頼むことはないと思うけど気持ちが有り難い。
「思いつくことで、なにかないか?」
特にないなぁ………待てよ。思いついたけど……こんなことを頼んでもいいのか…。
「あの……1つだけお願いしたいことがあって…。ただ、かなり面倒くさいと思うんですが…」
「是非聞きたい。遠慮なく言ってくれ」
「ハルトさんと…もしよければスザクさんも…ボクに剣術を教えて頂けませんか?基礎の基礎だけでいいので」
2人は顔を見合わせた。こんな機会はそうそうない。学んだ知識はオーレンにも教えてあげられる。
「なぜか訊いてもいいか?」
「はい」
尊敬する人達から自分用の剣をもらって、その剣に恥じないよう腕を磨きたいことを簡単に伝える。
「なるほどなぁ。気持ちはわかるよ。心意気に応えたいってね」
「俺でもそう思うだろう」
「素人に教えるのは無理ですよね」
「俺は教えるよ。この間の驕りだけじゃ礼には足りないと思ってた。ウォルトは酒を飲まないし、マードックとエッゾの方が奢ってる。アイツらは大酒飲みだからなぁ」
水のようにガブ飲みしてたな。
「俺も教えていい。ただ、スザクさんは基礎もしっかりしてる剣士だけど、俺はほぼ我流なんだ。それでもよければ」
なんて優しい人達だ。
「ありがとうございます。よろしくお願いします」
「今からやるかい?」
「俺も大丈夫だ」
「じゃあお願いしたいです」
木剣を準備して更地に出る。
「ウォルトは、剣は素人ってことでいいのかい?」
「友人から基礎を教わって自分なりに修練してるんですが、まだ始めたばかりで手探りです」
「じゃあ、とりあえず振ってみよう。見てから考えることにしようか」
「わかりました」
Aランク剣士に見つめられて緊張するけど、オーレンに習った基礎のとおりに剣を振ってみる。不格好でも集中して丁寧にだ。
「こんな感じなんですが」
スザクさんとハルトさんは、少し険しい表情。基礎を修練してる風にすら映らなかったかな?スザクさんが前に出る。
「ちょっと俺に打ち込んでみないか?反撃はしないよ」
「いいんですか?」
「構わない。その方がより詳しく掴めそうだ」
「わかりました」
剣を構えてスザクさんと対峙する。さすがの一言で隙がない。師匠と魔法戦をやるときの感覚に近い。 でも、こんな機会は二度とない。できる限り学ばせてもらおう。『身体強化』は封印して剣の技量だけを見せる。
「では、いきます」
剣を打ち込むも軽く捌かれる。打ち込んでいるのに背筋がゾクゾクするのは、反撃されたら危険だという瞬間を無意識に感知しているのか。それとも、スザクさん自身を脅威に感じているからなのか。
反撃されないとわかっているから捌き方も今の内に見て覚えたい。どんどん攻めてみよう。瞬きもせずに軽く捌きながら、スザクさんが口を開く。
「まだイケるだろう?スピードを上げてくれ」
「わかりました」
言われた通りスピードを上げる。それでもまったく通用しない。スザクさんは剣を受け止めてもビクともしないほど力も強いし、なにより動きが読まれている気がする。
わかっていたけど、魔法先読のように剣も先を読まれると圧倒的に不利だ。ボクなりに打開策を探ってみよう。
「むっ…?」
肩の力を抜いて、読まれにくいよう予備動作をなくす意識。基本を忘れず、呼吸は狩りのときと同様に落ち着かせる。視線はボンヤリと相手の全体を見て狙いを気取られないように。
ただでさえ素人なのに捌くのを観察しようなんて甘い考えで、達人に剣を当てられるワケがない。意識は攻撃に全集中する。
「直ぐ気付くのかぁ」
呟いてるけど耳に入ってこない。集中できている。
…いくぞ。一気に間合いを詰めて斬りかかる。少しだけ追い込めている気がするけど全然届かない。余計なことは考えず剣を振るう。
まだだ…。もっと上手く斬れるはずだ…。次は…こう攻める。迷わず攻め続けていると、ゾワッ!と背筋に悪寒が走る。跳び退いた瞬間、スザクさんが剣を振り下ろしていた。
「よく躱したなぁ。お見事」
「反撃しないつもりだったのでは?」
「そのつもりだったけど、これ以上はよくないと思えたもんでね」
「そうでしたか」
十二分に剣術を教えてもらえた。ずっと全体を見ていたことで、スザクさんの動きが頭に入ってきて動きを読めるような気がしたばかりだった。
「剣の素人って言ってたけど、ウォルトは既に素人じゃないと思うよ」
「えっ?!なんでですか?」
「基礎もできてるし、剣士とも闘ったことがある動きをしてる。図星だろう?」
オーレンやアイリスさん、エッゾさんやボバンさんとも闘ったからかな。あと、かなり前にスケさん達から基本を教えてもらったことがある。
ただ、剣で闘ったことがあるのはオーレンとアイリスさんだけ。高ランク冒険者と剣で切り結ぶのは初めての体験で、近距離での戦闘は魔法戦にはない刹那の恐怖がある。一瞬の判断ミスが死に繋がるような緊張感。常に身を置く剣士は凄い。
「力も申し分ない。さすが獣人だよ。それにお前さんは疲れを知らない」
「体力がないと話にならないので」
魔法戦もそうだけど、疲れると集中できずに詠唱が疎かになる。詠唱速度や命中率も下がって即敗北に繋がりかねない。格上に体力で負けることは、闘いにおいて命取り。自分の力を最大限発揮するには体力が不可欠だ。
「技術的なことを幾つか言わせてもらっていいかい?」
「是非お願いします」
「基礎はできてるけど、動きを読みやすいんだ。先に素振りなんかを見て、ちょっとした癖に気付いたのもある。たとえば…」
細かい癖や予備動作を指摘してくれる。頭のてっぺんから足のつま先まで幾つも指摘してもらった。自分では気付けないから有り難い。剣の振り方も微調整してくれたり、足の運び方まで詳しく教えてもらえた。
「あと、お前さんは攻め慣れてない。途中から意識を完全に攻撃に切り替えたろう?殺し合いじゃないんだから守りに意識を残しておくといいよ。そうすれば俺の一撃に反撃できてた気がするなぁ」
「勉強になります」
「剣術の基礎を教えてほしいって言ったけど、星の数ほど流派があって困ったことに基礎も流派の数だけあるんだ」
「そうですよね」
「今の基本を繰り返すだけでも充分だと思うけど、どんな流派でも行う基本動作ってのがある。奇抜な剣術でもやるってことは、剣には必須な動きってことさ。それだけ教えておこうか」
「そんな秘伝みたいなことを教わっていいんですか?剣の神髄なんじゃ?」
「そんな大袈裟なモノじゃなくて、ただの基礎だよ」
基本を丁寧に教えてもらう。思いきってお願いしてよかった。
「すぐに理解するから教え甲斐があるよ」
「理解しただけでは初歩の初歩です。磨いて研鑽を積まなければ身に付きません。魔法と同じだと思います。スザクさんの教えはわかりやすいです」
強いだけでなく教えるのも上手い。多くの人に教えてきたからできることだと思う。優しくて爽やかな人だし、教えを請われることも多いんだろうな。
「くすぐったいなぁ。俺は正直驚いてるんだよ」
「白猫流が適当な剣だからですか?」
「はははっ!違うって。お前さんが剣も扱えることにだよ。魔法も剣もできるってのは珍しいんだ。冒険者になればいいのに」
「恥ずかしながら、少し前に冒険者になりました」
「えっ?本当かい?」
「Fランクの駆け出しで、ほとんど活動してないんですけど」
「じゃあ、俺達【四門】とも冒険に行けるなぁ」
「迷惑をかけるので無理です」
「残念。誰かとパーティーを組む気はあるのかい?」
「友人と組んでます」
「そうかぁ。じゃあ誘えないな。一緒に冒険する機会があったらその時はよろしく頼むよ」
「こちらこそ」
スザクさんはなにか思いついた顔。
「もしかして…そのパーティーは【森の白猫】か?」
「その通りです。ご存知でしたか」
「剣士はオーレンだな。あの子はいい剣士だ。魔法も操るのは知ってたけど、ウォルトの知り合いなら納得だ」
「彼は友人で修練仲間です。ウイカとアニカも」
「うちのセイリュウが彼女達は凄いと褒めちぎってる。あの若さで信じられない魔導師だって」
やっぱり魔導師認定されてるんだな。オーレンもスザクさんに評価されるなんて凄い。
「さて、俺が教えるのはこのくらいにしとこうか。じゃあ、ハルト。交代しよう」
「わかりました」
スザクさんの実力は武闘会で見たことがあった。ハルトさんはどんな剣士なんだろう?答えはすぐに出る。




