522 レーション作り
「今日もありがとうございました」
「こちらこそ、毎度ありがとう。『痺鱏』の魔石のおかげで心配なく来れるから楽だよ」
納品で住み家に来たナバロと物々交換を終えたウォルトは、訊きたかったことを思い出す。
「ナバロさんは冒険者の携行食について詳しいですか?」
「非常用糧食のことかい?」
「はい。自分で作ってみたくて」
「僕の商会では取り扱ってないけど、知識だけはある。急にどうしたんだい?」
「実は冒険者になりまして」
「そうなのか?!」
「まだ駆け出しなんですが。龍丸を食べたら美味しくなかったので、自分で作ろうかと」
「なるほど。製造法は知らないけど、糧食には結構種類があって…」
ナバロさんは様々な糧食を丁寧に教えてくれる。お湯や水で戻してスープにしたり、水がないときに唾を出す用途の糧食もあるらしい。とてもタメになるし作るのは楽しそうだ。
「ウォルト君が作ったら僕にも幾つか分けてくれないか?もちろん物々交換で」
「その時は食べてから判断してください」
「そうするよ。…あっ、そうだ!この間、茶葉をこっそり忍ばせたね?その分は今回の報酬に上乗せしてるから」
見逃してくれなかったか…。
ナバロさんが帰ったあと、早速糧食作りを開始する。糧食を美味しく作るのは簡単だったりする。魔法で料理から水分を抜いたあと、『圧縮』で固めて『保存』するだけ。水で戻せば美味しく食べられる。
ただ、魔法なしで作ってみたい。知恵を絞って考えた誰にでも作れるモノを。…というワケで、オーレンからもらった龍丸を食べながら分析してみる。
龍丸を食べて気付いたのは、保存食の類を固めているということ。長持ちすることは最も重要。
うん…。不味い…。でも食材は判別できる。刻んだ野菜と穀物の麦…。塩麹も入ってるな。冒険で汗をかくと塩気を摂らないといけないからか。あとは……アレとコレも…。
味覚をフル稼働して食材を割り出した。
「全部わかった。でも、よくこんなに不味く作れるな…」
普通に混ぜたらこんな味にならない。わざと不味く仕上げているんだ。ナバロさんが言っていた。
「あまり美味しすぎると、冒険の途中で普通に食べてしまう。糧食は本当に必要なときに手元になければなんの意味もないから」
確かにその通りで、美味しすぎるとおやつ感覚になりかねない。冒険していればただでさえ腹が減るのだから。
いい案はないものか。缶に詰めてそう簡単に開かないようにすると…簡単に開かないと不便だな。あえて無味に仕上げてみるのは?味気なくても不味いよりはマシな気がする。積極的に食べないだろうし。
高級な食材を使って美味しさに特化した糧食を作ったら、もったいなさすぎて非常時しか食べないような気がしなくもない。
思案してもどれもピンとこない。あれこれ悩んでも仕方ないな。現役冒険者の意見を聞いてみよう。余計なことは考えず、思いのままに作ってみる。何事もやってみて気付くことは多い。
次の日。事情を説明してオーレン、アニカ、ウイカに声をかけると、ミーリャとロックも一緒に来てくれた。ちょうど予定が空いていたらしい。
「遠いところまで、わざわざありがとう」
「どういたしまして!」
「私とロックもお邪魔してよかったですか?」
「もちろん。意見を聞かせてほしい」
昨夜作った糧食をテーブルに並べる。
「壮観ですね!」
「とりあえず説明させてもらうよ」
戻すとスープになったり、腹持ちを重視していたりと目的が違うことを説明する。
「無理せずに、ちょっとずつでも試食してもらえたら」
小さく作っているので何種類か食べれると思う。…と、オーレンから質問が。
「水は飲んでもいいんですか?」
「試作品で膨張するように作ってないから大丈夫だよ」
「そうですか。食べ尽くされるから、アニカのヤツだけ膨張するように作った方が……ぐふっ!」
「黙れ、ボケナス!」
殴るまでの反応が速い…。言われると予想できてるんだろう。
「じゃあ、いただきます!」
「「「「いただきます!」」」」
お湯で戻したりそのまま食べたりして真剣な表情。
「甘くて美味しいね」
「コレで栄養があるなら最高だよね!」
「甘味みたいです」
「3人が食べてるのは、あえて甘みを強めた糧食だよ。細かくすり潰した野菜と乾燥させた果実をメインに、塩を振ることで甘さを際立たせてる」
塩分も摂取できて一石二鳥。
「ロック。こっちのはまるで肉だな」
「味は完璧に肉で美味いです。干し肉みたいなのに柔らかくて」
「2人が食べてるのは、大豆を潰して少量の油と調味料で肉のような味付けにしてる。水分を抜いて軽さと干し肉っぽさを出してみたんだ」
中には刻んで水分を抜いた野菜を大量に入れてあるから栄養満点。
一通り食べ終えた皆は、満足そうにお腹をさすって話し合ってるけど、果たしてどんな評価が下されるのか。アニカが教えてくれそうだ。
「ウォルトさん!どれも美味しかったです!」
「ありがとう」
「今から幾つか質問していいですか!」
「もちろん」
「この糧食を売るとしたら、1個当たりの単価はいくらですか?」
いきなり予想外の質問。
「10トーブか、15トーブかな?」
「その値段で売っちゃダメです!」
「高かった?じゃあ、5トー…」
「待ってください!突然ですけど、龍丸の値段はいくらだと思いますか?大体の相場です!」
「う~ん…。不味いけど栄養はあるし、材料費や手間賃を考えると…30トーブくらいかな?」
「正解は約150トーブです!」
「高いっ…!後でオーレンにお金払うよ。そんなに高価だと思ってなくて、タダでもらってゴメン」
食堂でも料理を食べられる値段だ。思っていた以上に高い。
「払う必要はないです!ギャンブルバカなので、渡すと秒で消滅します!」
「いらないけどお前が答えるなよ!」
「次に、この糧食は誰でも作れますか?」
「作れるよ。魔法は一切使ってないし1人で作った。包丁さえ使えたら誰でも作れる」
「時間はどの位かかりましたか?」
「全部で5時間くらいだね。魔法ありならかなり早くできるけど」
「ふむ…。皆、集まって」
また5人で話し合いが始まった。やけに真剣な表情だけど、どうしたんだろう?
「ウォルトさんの作った糧食は凄く美味しかったんですけど、多くの冒険者に使ってもらってからじゃないと価値の判断が難しいと思います!」
「そうだね」
味にこだわるとどうしても保存できる期間は短くなる。使う材料でも変わる。
「ただ、300トーブでも売れると思います!下手すると500トーブでも!」
「商売にするつもりはないよ。ボクと君達だけで使えたら満足なんだ」
ナバロさんには譲る約束をしてるけど。
「急なんですが、ウォルトさんに相談があります!」
「なんだい?」
「この糧食の作り方を教えてもらえないでしょうか?理由は孤児院のタメです!」
「孤児院って、フクーベの?」
「はい!寄付だけじゃ経営が苦しいらしくて、自分達でも収入源を得たいみたいです。糧食作りなら子供達も手伝えるんじゃないか?って来る途中に皆で話してて。もちろん配合表を教えてもよければなんですけど!」
少しでも助力になるなら断る理由はない。
「誰にでも作れるような手段で考えたんだ。本当に孤児院のタメになるならどんどん作ってほしい」
「模倣は難しいと思います!私達は食べたからわかります!」
「そうかな?野菜の微塵切りがちょっと大変なくらいだよ」
「それ以外も大変なはずです!絶妙な味付けとか!」
他の4人も頷いてるけど、そんなことない。いつも通りウキウキしながら作っただけで特別なことはしてない。
「よかったら、レシピを紙に書き出してもらってもいいですか!」
「いいよ」
紙とペンを持ってきて、ささっと書き上げる。
「できたよ」
「……初めてレシピを紙で見ましたけど、ざっくりしすぎてて作れないと思います!」
「要点は纏めたと思うけど、説明下手でゴメンね」
「ウォルトさんの料理は細かく再現しないと同じ味が出せないので、魔導書のように細かく書いた方がいいかもです!」
「詳しく書くと、読む方が疲れそうだけど大丈夫かな?」
「俺が作れたら大丈夫だと思いますよ。このメンバーじゃ俺が料理最強なんで!」
ビシッと立てた親指で自分を指すオーレン。
「嘘つけ!私とお姉ちゃんの方が上手いわ!」
「そうだよ!」
「魔法と違って、料理は俺の方が伸び代あるからな」
「なにを~!」
急に揉めだしたけど、ボクは知っている。オーレンとアニカが言い合いを始めたら、ツッコんでもツッコまなくても事態は好転しない。
だったらツッコまない。この隙に詳しく書いておこう。これが最善。一通り揉めてオーレンが試しに作ってくれることになった。
「…よし!できたぞ!」
「どれどれ……。ウォルトさんほどじゃないけど美味しいじゃん!」
「オーレンさんは料理上手です♪」
「そうだろ~!」
レシピを見ながらオーレンが作ってくれた糧食は美味しく仕上がった。
「まだ1種類だけど、この調子でイケると思います。レシピが細かくてすげぇわかりやすかったです」
「よかった」
「後で孤児院に行って確認してみます!提案しに行くとき、ウォルトさんも一緒に行ってもらえませんか!作り方を教える必要があるかもしれないんで!」
「いいよ」
久しぶりに子供達と遊びたい。「善は急げ!」というアニカの提案で孤児院に移動すると、子供達が元気に遊んでいた。
「うぉるとだ~!」
皆が駆け寄ってきて身体によじ登られる。息苦しくても幸せ。子供達にはボクの身体がどんな風に見えてるんだろう?遊具だと思われてたりして。
「ウォルトさん。お久しぶりです」
この声はシスターマリア。顔にしがみつかれて視界はないけど間違いない。
「シスタ……もご……お久しぶりです」
「ふふっ。苦しくないのですか?」
「苦しくても…嬉しいです」
「今日はどうされたのですか?」
オーレンが糧食について事情を説明してくれる。
「有り難い御提案です。ウォルトさんは構わないのですか?貴方が考案されたのですよね?」
「元々自分達だけで使うつもりだったので、誰でも作れますし少しでも助力になるなら」
「お心遣いありがとうございます」
「うぉると~!あそぼ~!てじなみせて~!」
「いいよ」
「やったぁ!」
「みたい~~~!」
皆と一緒に手品を披露する場所に移動する。
「うぉるとのてじな、だれにもおしえてないからね!」
「だからみたい!」
「ありがとう。新しいのも幾つか考えてみたんだ」
子供達に手品を披露する。バレない程度に魔法を混ぜた新作の手品は子供達にウケてる。初めて会う子もいるけど笑って楽しんでくれてるみたいだ。
いつものように全力で披露しよう。
★
シスターマリアはウォルトの手品と熱狂する子供達をオーレン達と共に静かに見守る。
何度見ても凄い手品で、現実だと思えません。布で覆われた身体の部位を消したり、お腹を剣で突き刺しても平然と笑っていたり。
逆に、両手で抱えきれないくらい沢山の花を出現させるような手品もあって、感情が忙しく興奮が治まらないのです。
以前、手品師の方が厚意で孤児院を訪問して下さったときがありました。せっかく手品を披露して頂いたのに、子供達の反応が今一つだったことに肩を落とされていたことを非常に申し訳なく思いました。
ですが、仕方ないことだと思います。ウォルトさんが披露する手品は素人が見ても桁が違います。孤児院の子供達はもはや並の手品では満足できないでしょう。第一級の芸術作品です。
友人の皆さんはどう思われているのでしょうか?
「ミーリャさん。ロックさん。ウォルトさんの手品はいつ見ても見事ですね」
「実は…私も手品を見るのは初めてで……圧倒されてます…」
「俺も初めてなんですけど…とんでもないことをやってます…。式典とかで見せるような芸ですよ…」
同意見でホッとしました。オーレンさんやウイカさん達は、慣れているのかあまり動じないので。子供達は心底楽しそうで、あり得ないのに『ウォルトさんは魔法使いなのでは?』と思えてなりません。
手品の披露を終えたウォルトさんは、必ず子供達と遊びます。獣人であるのにとても優しく子供好きなのが伝わってきて、安心して任せられる方です。
そして、とにかく足が速い。競走で負ける姿が想像できません。子供達が遊び疲れるまでずっと一緒に駆け回っています。
子供達が疲れて眠ってしまったあと、貴重な収入になるかもしれない冒険者の糧食作りを教えて頂けることになりました。「実践していきたいと思います。ボクが育てた食材なので、遠慮なく使って下さい」と食材まで持ち込む親切ぶりに頭が上がりませんし、農業を営む獣人というのも驚きです。
他のシスターやブラザーとオーレンさん達も加わって、皆で作りながら習う運びとなり、見事な調理の腕を披露してくださいます。軽快に調理を進める様はまさしく料理人のようで、見事な包丁捌きに思わず見蕩れてしまいます。
レシピまで書いて下さったらしいのですが、「実際に見るとイメージしやすい」ということで、丁寧に説明を受けながら流れるような調理を眺めるのは楽しさすら感じてしまいます。
出来上がった糧食を頂いてみると、とても美味しくて保存食と思えません。院長など、「日頃から食べたいくらい」と気に入った御様子。
「シスター。よかったらこちらを」
美味なお茶を頂いていたところで、手渡されたのは原材料の種です。加えて、「敷地内に畑を作るならここがいいと思います」と土の様子を見ながら助言して頂きました。
孤児院は古い建物ですが、町外れなので裏には広い敷地があります「ボクが耕します」と言われたのですが、丁重にお断りさせて頂きました。
子供達に労働の尊さを知ってもらいたいことに加えて、食物を育てることを通じて考える力と根気を養ってもらいたいので、私達で行う旨を伝えると笑顔で頷かれました。
「ボクの要望は押しつけがましくなっていませんか?」
「そんなことはありません」
本当に謙虚な方です。どの部分が押しつけだと言うのでしょう。
「ウォルトさんのような方が孤児院にいて頂けると、とても心強いです」
思わず口をついてしまいました。
「ボクのような者がいては子供達と皆さんに迷惑をかけます」
「そんなことはないかと思いますが」
「気に入らないことがあれば、周りが見えなくなって気が済むように行動してしまうので。反面教師にしかなれないんです」
「とてもそんな風には見えませんが…」
「毎日触れ合って、子供の幸せを最優先に考えるシスター達を尊敬します。苦労や悩みが尽きないと思います。ボクは子供と遊ぶくらいしかできません。皆さんと違って個人的な楽しみで申し訳ないんですが…」
『ごめんニャ…』とでも言いたそうな表情ですね。とても可愛らしいです。
「今後ともよろしくお願い致します。本日のお礼に、子供達への晩ご飯作りをお願いしてもよろしいですか?」
「もちろんです。ありがとうございます」
明らかにおかしなお礼なのですが、本当に嬉しそうな顔をするのでコレで正解だと思える不思議です。
嬉々として調理するウォルトさんは、食べやすく栄養たっぷりで彩り豊かな料理を作ります。子供達の身体を気遣ってのことでしょう。
「おいしい!」
「お代わりはあるから沢山食べて。食べ終わったら甘味も準備してあるよ」
「やったぁ!!」
普段は注意しなければ野菜を食べない子供達も喜んで食べています。私からすれば魔法のような料理です。
オーレンさん達の厚意から始まった糧食作りは、のちに予想以上の反響を得ることになります。ウォルトさんが知り合いの商人に頼んで適正価格を教えてもらい伝えてくれたことも一因でしょう。
現役冒険者であるオーレンさん達の宣伝効果もあり、冒険者の皆さんに好評で「売り切れたんですか…」とがっかりして帰られる方が後を絶ちません。
食材を栽培できる量には限界がありますし、大量生産できないので仕方ないことですが、せめて皆様の冒険に神の御加護がありますよう祈らせて頂いています。
子供達は協力して食材を育て、訪ねてきた冒険者の方々と交流しています。お礼を言われたりして嬉しい様子です。多くの方が孤児院の実状を知り、寄付を頂く機会も増えて、余裕とは言えないまでもゆとりが生まれたのはウォルトさんを含めた優しい皆さんのおかげなのです。
自分を我が儘だと断じるウォルトさんが嘘を吐いているとは思いません。自らすすんで嘘を吐くのが本当の嘘吐きです。私達の目に映るのはほんの一面に過ぎないのですが、まるで御伽噺に出てくる魔法使いのように人々を驚かせ笑顔にします。
この方はおそらく稀有な獣人であり、この世にそんな獣人が他にいると思えないのです。




