521 庇護欲
カネルラ王城にて。
夕食を終えた国王ナイデルと第1王子ストリアル、そして第2王子アグレオは、女性陣と子供達が退室した後、そのまま居残って話すことに。
「ストリアル。ウィリナから聞いたのだな?」
「はい。リスティアの親友があのサバトであったとは思いもよらず。完全に想定外でした」
昨晩、ルイーナから「ストリアルとアグレオにもリスティアとサバトの関係について伝えるよう、ウィリナとレイに言伝しております」と言われた。
「ルイーナから聞いて俺も衝撃を受けた」
「ウィリナは嬉々として祝宴の話を聞かせてくれました。興奮気味に「ずっと言いたくて仕方なかったのです!」と満面の笑顔を見せ、「あの日見た祝福の魔法は、今でも色褪せることなく瞼を閉じれば鮮明に思い出せます」と」
あの物静かなウィリナに、そこまで言わせるとは。よほど見事だったのだろう。
「アグレオ。レイはどんな様子だったのだ?」
「レイは…とにかく喋り続けました…。いかにサバトの魔法が凄いのかということを…繰り返し繰り返し…」
疲れが見えるな。目の下にしっかりクマができている。
「「わかったから!」と宥めても一切聞く耳を持たず、日が変わる寸前までひたすら素晴らしさを説いていました…。眠くて仕方ありません…」
「今日は違う部屋で寝ても構わないのではないか?」
「レイの笑顔を見ていると幸せな気持ちになるので、しばらく辛抱することにします」
苦笑しているが、アグレオがいいのならば構わない。
「父上。なぜリスティアは俺とアグレオにも教えたのでしょう?なにか裏があるのでは…?」
「本人は我慢の限界であると述べた。ルイーナは「内密にしていることに耐えられなくなった」と」
「ウィリナも堰を切ったように話していました。とにかく話したくて仕方ない様子で」
「レイもです。「スッキリした!」と笑っていました」
「サバトの魔法は観る者の心を虜にするようなモノであったようだ。リスティアがあれほど推薦したのも納得できる」
武闘会を思い出せば、サバトの魔導師としての技量は疑いようもない。祝宴当日に「見たこともない」「王族だから見れるモノではない」とルイーナは言った。過言ではなかったということ。
「本当は言いたくて堪らなかったのでしょう。レイは、話してしまうと二度とサバトの魔法を見ることができないと思っていたようです」
「サバトは表舞台に立ちたくないようだからな」
「しかし武闘会には出場しました。矛盾しているのでは?」
「ルイーナ曰く、多くの魔導師の魔法を見るタメに参加したらしい。研究熱心なエルフだ」
積極的な調査は行っていないが、武闘会以降まったく姿を捉えた情報がないことからも事実であると認めざるを得ない。
「多幸草の件でリスティアが世話になっていたと思わず、機会があれば返礼を考えています」
「彼の心添えはレイの出産に勇気を与え、ハオラは無事に生まれました。さらに魔法による祝福まで。恩があります」
「そうだな。なにかしら礼をせねばなるまい」
ルイーナの口振りだと、俺達が知らぬだけでカネルラに色々と助力してくれているようだ。リスティアの親友ゆえだろうが…そんな友好的なエルフが存在するとは。
「しかし、ウィリナは祝福の魔法について詳細を教えてくれません」
「レイもです。「その目で見てほしい」と」
「そうか。当然ルイーナもだ」
気になって聞いてみたが、「是非とも御覧下さい」とはぐらかされた。おそらくだが、ルイーナ達には説明できないような魔法。百聞は一見にしかずという意味だと俺は解釈した。
「父上。サバトに接触を図る予定はあるのですか?」
ストリアルの疑問は至極当然。
「ない。リスティアと約束したのでな」
「約束とは?」
「サバトには一切干渉しないという取り決めだ。破れば反旗を翻すと宣言されている」
「国王に対して…王女がなんたる言い草…。許されないことです!可愛い妹であろうと此度ばかりは…!」
「冷静になれ。リスティアは本気だ。そんな状況に陥れば、あの子の相棒はサバトだということを忘れるな」
「うっ…!なるほど…。ですが、サバト1人で騎士団や暗部を倒せるワケもありません。いかに稀有な魔導師であっても、脅威とはならずかと」
「兄上の言葉通りですが、カネルラを知り尽くす王女と稀代の魔導師が手を組めば、どんな事態が生起するかは想像できません」
騎士団長ボバンすら倒し、強大な魔法を操る魔導師との衝突は避けたいのが本音だが、リスティアの言葉を脅しと受け取ったのではない。
「取り決めを交わした理由は最悪の事態を恐れるからではない。サバトはカネルラで静かに過ごすことを望んでいる。それだけのこと。騒ぐようなことではないのだ」
「ですがっ…!この縁を生かすことはカネルラにとって有益です!宮廷魔導師との交流やエルフとの架け橋となり得るやもしれません!」
「言いたいことはわかるが、まだ時期尚早。俺達はサバトのことを知らなすぎる。だからこそ様子を見る必要がある」
ルイーナにも嘆願された。「サバトに地位や権力を振りかざした交渉は一切通用しないのです。むしろ逆効果であり、本人はひっそりと生きていくつもりなのです。どうかご配慮下さい」と。なぜか困ったように笑っていたな。それに、『つもり』とはどういう意味なのか?
「俺とて思うところはある。だが、まずは礼を伝えるつもりだ。国王としてではなく、1人の父親として」
「父親としてとは?」
「お転婆娘の相手をしてくれているようだからな。以前、外泊したときもサバトの元へ向かったのだろう」
さすがにそのくらいは予想がつく。
「なっ!?エルフ相手とはいえ、婚礼前の王女が男の家に泊まったとすれば大問題です!」
「兄として看過できません!」
「あの子が口にしたということは、暗に認めたということであり、やましいことはないという主張だ」
「だからといって許されることではないかと!厳しく対処せねばつけ上がります!私にお任せください!」
「兄上に同意です。なにかあってからでは遅く、親友であれば許されるモノではありません」
2人の言い分は正論であり、純粋にリスティアを心配する兄としての心境も理解できる。
「ストリアル。サバトとの交流をやめさせるべきだと思うか?」
「即刻断ち切らせるべきです。リスティアの将来に関わります。まだ子供であるとはいえ、王女としての自覚を持たせねばなりません」
「アグレオは?」
「同意見です」
「サバトとの良好な関係構築によるカネルラの有益は無視するということだな?」
「そうではありません。サバトには別のアプローチを試みます。居場所等は判明しているのですから」
「相手の地位に微塵も興味がないエルフを説得すると言うのか?サバトは、親友になったのちにリスティアが王女であることを知ったという。決して表舞台に立たぬ者と交流を深め、新たな信頼関係を築くと言うのだな?」
「仰る通りです」
「兄上と共に交流を図り、必ずや成功してみせます。お任せください」
明らかに冷静ではないな。ほんの少し前まで俺もこうであったのだな。親子ゆえ似ている。
「そこまで言うのならお前達に任せよう」
「ありがとうございます」
「成し遂げてみせます」
王子殿下の手腕を見せてもらうとするか。
「予め言っておく。カネルラの有益にこだわるつもりはないが、明らかな損害を被ることを王族が行うことは認めない。万が一の場合、責任をとってもらうぞ」
自室に戻りルイーナと歓談する。
「食後にそんな会話があったのですね」
「うむ。ストリアルとアグレオはどう対処するのか」
「あの子達は難題に挑むのですね」
「厳しい闘いになるだろう。ルイーナが懸念していたのは、ストリアル達のこういうところだろう?俺も含めて」
「はい」
やはりそうだったか。
「リスティアを可愛く思うがゆえに冷静な思考ができなくなる。特に異性関係に過剰に反応してしまう悪癖だな」
「決して誤りではなく当然の思考なのですが、過剰に反応しすぎかと。普段は聡明であるのに、リスティアが絡むと途端に冷静でなくなります」
「親友に抱きついたと聞いて激怒したこともあったな」
「よく覚えております。王女といえど、子供のすることなのです。目くじらを立てず、冷静になればなんということはありません。そもそも、あの子は約束すらせずにサバトの元を訪れているのです。であるのに、帰路は王都まで付き添い護衛して無事に帰してくれた。保護してくれたと考えるのが妥当ではないかと」
「その通りだ」
事情を聞けば納得いく。恩知らずの逆恨みだ。
「今回もストリアルとアグレオは同様であった。自覚はないであろう」
「サバトとリスティアの関係継続について、ナイデル様はどうお考えですか?」
「サバトは、カネルラの発展に寄与する可能性の塊。そんな人物との縁を繋いだ娘を褒めたい反面、あまりに無防備過ぎると叱りたくもある。父親として、そしてカネルラ国王としても」
ルイーナは静かに耳を傾けて口を開かない。
「縁を切らせることは容易だが、二度と繋がることはないだろう。取り返しのつかない事態を防ぐには、慎重な判断が必要。相手がサバトでなくても同じことが言える」
「私もそう思っております」
「リスティアとサバト。どちらを取るか天秤にかけたなら、当然リスティアを選ぶ。リスティアの未来が優先であるが、娘の成長に親友のサバトが必要であるならば切ってはならない。結果サバトを切れないのだ」
結論は最初から出ている。ストリアル達は、庇護欲のような気持ちから盲目になっているだけ。
「そろそろストリアル達が来る頃か」
「打ちひしがれていそうですが」
予告した時間通りに2人はやってきた。
「父上…。申し訳ありません…」
「大きな口を叩いておきながら…リスティアを説得することは叶いませんでした…」
がっくり肩を落として疲れ切っている。
「そうか」
おおよそ予想通りの反応。サバトの件に関して最も難関であるのは、覚悟を決めたリスティアを説得すること。それが容易いとストリアル達は勘違いしている。本当に手強い娘なのだ。
飄々としているが、常に他人の思考を先読みし、あらゆる角度から事象を捉え、決断を下す能力がずば抜けている。とても子供の頭脳ではなく、本気を出したリスティアを論破できる者はそういまい。
他人の意見を尊重し、争いを好まない性格であるから、普段は論争に持ち込まず別の手段を模索して提案しているだけ。そのことに気付いていないのなら自惚れていると言わざるを得ない。
「切々と説かれてしまいました。「過保護で妹離れができないダメな兄」であると…。面と向かってダメだと断じられたのは初めてのことで…」
「なにを言ってもことごとく返され、「冷静になったらまた話そう」と軽くあしらわれる始末です…」
覚悟を決めたリスティア相手に、冷静さを欠いていては分が悪いな。
「もはや長々と話すこともあるまい。リスティアとサバトの件に関して、お前達も心中穏やかではないだろうが俺が預かる。それでよいな?」
「はい。少し頭を冷やします」
「異存ありません」
両者ともに堪えたとみえるな。今回の件はいい薬になったのかもしれん。可愛がる身内ゆえに目が曇るようでは、国を治める器ではない。俺自身も身に刻むべき教訓としよう。
2人が去った後、ルイーナが微笑む。
「サバトは本当に不思議な人物です。王族をこれほど搔き乱す人物はカネルラでは彼だけでしょう。リスティアに多くを与えていながら見返りを求めることもなく、ただ静かに生きているだけであるのに…」
サバトのことを詳しく知らずとも、欲のない男だということは間違いない。だからこそあの子が親友と呼べるのだ。数少ない損得なしで付き合える相手だろう。
「公に会うこともできない者同士が親友とは、少々おかしな気もするが…」
「今なんと?」
「いや。なんでもない」
王族でありながら、親友と呼べる存在がいることを羨ましく思う。種族を超えた信頼関係を築くことは容易ではない。同種族でも困難であるのに、王族とエルフという立場も大きく異なる者同士が心を通わせるなど奇跡に近い。
しかも、どちらも稀有な才能を持つ者。類は友を呼ぶのか、それとも悪戯好きな神が引き合わせたのか。俺が神ならどんな反応を起こすのか興味がある組み合わせ。
「ルイーナ。サバトについて俺がとやかく言うことはない。これまで通りに過ごしてもらって構わん。直に交流してみなければ今後の判断がつかない」
「承知しました。……ナイデル様」
「どうした」
「気になることがあるのでは?遠慮なくお尋ね下さい」
顔に出ていたか。
「他愛もないことだが、サバトとリスティアが共にいるとき、どのような感じなのだ?」
「祝宴のときに見ただけなのですが、まるで親子のようでした。例えるなら、我が儘な娘と困っている父親と思って頂ければ」
「今と同じではないか。それは親友と呼べるのか?」
「サバトの話をするリスティアの表情は、王女でも傑物でもなく11歳の少女なのです。等身大というのでしょうか。なんでも話せる間柄のようです」
「甘えているのだな」
「わかりません。よく叱られているそうですが、楽しそうなのです。とにかく対等な関係なのだと思います」
「はははっ。エルフに叱られる王女か…。前代未聞だが気にも留めないであろうな。当然サバトも」
「彼に出会えたことは人生で最高の出来事である…とリスティアは言いました。だからこそナイデル様にお教えできなかったのですが」
「わかっている」
言えば失うかもしれないと考えたのだろう。今はこれで充分。あいにく又聞きで判断できる慧眼は持ち合わせていない。
「私は不思議に思ってもいます」
「なにをだ?」
「ただ一度の邂逅で親友になり、その後も数回しか会っていないのに、なぜ信頼関係を築けるのか。通常考えられないことです」
「理屈ではないのだろう。限られた機会の中で『この者と親友になりたい』と感じ、思うままに動いただけ」
後は自分の判断を信じて突き進むのみ。それもリスティアの資質。
「リスティアとも話をする。まず人物像を掴んでおかねば魔法で燃やされかねない」
「常識が通用しない相手なので、その方が賢明かと」
冗談のつもりだったのだが…。どうやら、きちんと対策を練る必要がありそうだ。もう何年も国王としての立ち振る舞いしか気にしていなかった。知らず知らず傲慢になってしまっている。
1人の人間、ナイデルとして話せるようになっておかねばな。




