52 武闘会
カネルラでは、年に一度騎士や冒険者の精鋭が腕を競い合う武闘大会と、同じく魔導師による魔法武闘会が行われる。
元々は騎士と魔導師達が1年の修行の成果を国民に披露すべく始まったが、今では冒険者から一般の力自慢まで誰もが参加可能となり大きな盛り上がりを見せる。この大会で活躍し、騎士や宮廷魔導師として登用された者も少なくない。
一般人を誰でも出場できるようにしてしまうと、大会に時間がかかりすぎてしまうので事前に予選を行っている。騎士や冒険者達もまた然り。
大会は国内でも1、2を争う人気の催しで多くの国民が注目する一種のお祭り。今年もつつがなく執り行われることとなり、本日城下町の闘技場には、選ばれし闘士達と厳正な抽選の結果当選した多数の観客、そしてナイデル達王族の姿があった。
懐妊中の女性陣を除く王族警護の任に就くのはボバンとアイリス。過去、王族が襲撃されるような事件は生起していないが、万が一に備えてのこと。
護衛としてはいささか数が少ない気もするが、王族の男性は騎士団でも上位に入るほどの実力を持っているので平和なカネルラでは充分だと通達されている。
護衛の任に就く2人は、闘技場を見渡す特等席に並んで座る王族の後ろに控えていた。
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ナイデル様の挨拶も程々に、先ずは武闘会が開催される。今年も騎士や冒険者が修行の成果を存分に発揮し鎬を削る好勝負を繰り広げている。立場は違えど見事な闘い。
護衛の任を事前に与えられていた私は、内心騎士を応援しているけれど、ボバン団長の心境はどうだろう。
たった今、騎士団代表の若者が勝利し、双方の健闘を称える拍手を贈りながら国王様が呟く。
「ボバン。今年も騎士達は活躍しているようだな。お前達が出場しないのは残念だが」
「もったいないお言葉。健闘しておりますが、まだ未熟の一言。鍛え方が足りなかったようです」
「相変わらず手厳しいな。だが、それでこそ騎士団長か」
「恐れ入ります」
会話しながら国王様は王女様を見た。いつもなら大興奮で大会を観戦している王女様が静かになさっているので、大人しく感じていらっしゃるのだろう。
武闘会は滞りなく進行し、決勝戦では騎士団代表の若者と王都の高ランク冒険者剣士の組み合わせとなり、死力を尽くした攻防の末に勝利したのは冒険者の剣士であった。
観客達は双方に惜しみない拍手と歓声を贈り、闘技場中央で互いの健闘を称えあっている。
そのまま表彰式へと移行し、国王様から労いの言葉と、ささやかではあるが賞金と優勝者の証である勲章が授与された。
食事休憩を挟んで魔法武闘会が行われる。今大会には、王都一の魔導師と名高いナッシュさんが参加するとあって、一際注目を浴びているようだ。
魔導師達が磨き上げた魔法をお披露目する貴重な機会であり、中々お目にかかる機会のない魔法が見れるとあって、一般人にも特に人気が高い。
魔法武闘会は、開始直前に『可視化』の魔法を闘技場全体に付与するところから始まる。魔法を視認することができない者も多数存在するため誰もが魔法を視認できるようにする魔法。
さらに、魔導師達の手によって観客席に『魔法障壁』が張り巡らされ魔法の被害が及ばないよう配慮される。
そして、魔法武闘会は始まった。炎、氷、風と様々な魔法を駆使して魔法戦が繰り広げられていく。
魔法が使用される度に大きな歓声が上がる。武闘大会とは異なり派手の一言。
防御魔法や攻撃魔法を使い分け、それぞれに磨いてきた魔法を駆使して闘う。
魔法武闘会では大抵魔力切れになった者が敗北となる。防御魔法を使えなくなり、まともに魔法を受けた場合、命に関わるから。
こちらも滞りなく大会は進み、決勝戦前の小休止に入った。決勝戦は前評判通りに勝ち進んだカネルラ最高の魔導師との呼び声高いナッシュさんと、新進気鋭の魔導師ポルトさんの対戦となった。
今大会は、近年稀に見る高水準な魔法武闘会になっているにも関わらず、安定して決勝に残ったナッシュさんは流石と言うべき。
王女様は楽しんでいるように見えるけれど、やはり違和感がある。
「リスティア。今年は優秀な魔導師が多い。素晴らしい大会だと思わないか?」
「お父様。やっぱりそうかな?」
首を傾げて王女様が聞き返された。
「ここ何年かでは最高の盛り上がりだと思うが?」
「そうだよね。私もそう思ったんだけど…。うん!多分、私が期待しすぎてたんだ!おかげでわかったよ!」
「わかっただと?」
「親友の凄さが!やっぱり凄いんだ!むふぅ~!」
「意味がわからん」
静かにされていたのは、そういうことだったのですね。私には王女様の気持ちが手に取るようにわかる。
王都の魔導師達が放つ魔法は確かに素晴らしい。けれど、王女様の親友は魔導師として別格だ。
詠唱速度や威力はもとより、多彩で洗練された魔法は言い表せないほど美しかった。魔法を美しいと感じるのだと初めて知った。ダンジョンでウォルトさんの放つ魔法に魅了され見とれたことを思い出す。
鼻息を荒くする王女様を見て私はこっそり笑った。
「王女様が仰られているのは、お前が負けた獣人のことだな?」
団長が小声で話し掛けてきた。
「はい。今大会は例年になく素晴らしい魔法武闘会だと思います。私の知る限り、過去最高の水準かもしれません。けれど…今までの闘いを全て見た上で断言できます。王女様の親友が操る魔法には遠く及ばないと」
「それが王女様の発言の真意か。なおさら会ってみたくなる」
「彼の魔法は、威力、範囲、詠唱速度、多彩さ。全てがこの場にいる誰よりも上です」
「お前……やっぱりソイツに惚れてるだろ?」
「な、なぜですか!?」
「普段無口なくせに、ソイツのことになると饒舌になる」
「違います!尊敬してるというか…好敵手というか……。なんでしょう?自分でもよくわかりません」
私自身、表現しようがないのだ。
「まぁいい。機会があれば俺にも会わせてくれ」
「約束できかねます」
「絶対だ。団長命令だぞ」
「ケンカを売らないと約束して頂けるなら考えます」
「お前は俺を輩だと思ってるのか?」
「団長。まだ護衛の任務は終わっていません。お静かに」
「くっ…。まぁいい」
そんな会話のあと、花を摘みに行こうと団長に断りを入れて席を外した。すると、途中で女性に囲まれるナッシュさんに遭遇した。
知らない間柄ではないけれど、あえて気付かれぬように通り過ぎようとして話しかけられてしまう。
「アイリスさん、ご機嫌よう。私の雄姿を見てくれていますか?」
「しかと拝見しております」
無表情に抑揚の無い声で答える。
「相変わらずつれないですね。私が優勝した暁には、護衛の疲れを癒す食事でもいかがですか?」
「心遣い恐れ入ります。しかし、まだ決勝戦は始まってもいませんし、気が早いのでは?」
「アハハハッ!決勝の相手のことは知りませんが、私が負けることはないでしょう」
貼り付けたような笑顔になり「チッ!」と心の中で舌打ちする。
このナッシュという男…。容姿も端麗で、魔導師としての才能も申し分ない。魔物討伐でも数々の戦果を挙げる優秀な男だけれど……自信過剰で女癖が悪く泣かされた女性は数知れない。私が知らないとでも思っているのか。
私はナッシュのことを内心毛嫌いしている。なのに、ちょいちょい絡んでくるので面倒くさいことこのうえない。
の気持ちなどお構いなしに続ける。
「例年、僕が参加してしまうと盛り上がりに欠けるので不参加としていました。けれど…皆さんの声援を受けて闘うのは気持ちいいですね」
前髪をファサッ!と手で靡かせる仕草に心底イラッとする。こんの…優男め。新しい彼女か狙ってる女性にいいとこ見せたいだけだろ!
喉まで出かかって、なんとか堪えた。
「ふぅ…。僕は自分の才能が怖い…。世界のどこかに肩を並べる魔導師がいるのだろうか…。常に孤独…。天才の宿命か…」
くっ…。現状王都の最強魔導師と名高いだけに腹立たしいが仕方ない…。いちいち前髪をファサッ!ってするのがすんごくムカつくけど!
騎士たるもの、思ってもおくびにも出さぬ。
「アイリスさんも私の武勇伝を聞きに来て下さい。天国に昇る気持ちになれますよ」
…くそダボがぁぁっ!!テメェを天国に送ってやんよぉ!
手を握りしめ爪を食い込ませながら堪える。
「それでは、まだ決勝がありますのでこの辺で失礼します」
女性をはべらせたままどこかへ去って行く……と思いきや振り向いて告げた。
「そうそう。騎士団長にお伝えください。王や国民を守るべき騎士が、武闘会で優勝を逃すなどあり得ない。鍛え方が足りないのでは?正直、私が騎士と1対1で闘ったとしても負ける気がしませんね」
ナッシュは小馬鹿にしたような顔で告げると今度こそ立ち去る。私は怒りに打ち震えてしばらく立ち竦んでいた。