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モフモフの魔導師  作者: 鶴源
518/715

518 ボリス。己を省みる

 フクーベの街。


 メリルの自宅兼工房を衛兵のボリスが訪れていた。


「いい加減にしろ。お前の仕事はお断りだ」

「職人が聞く前に断るな。忙しいのか?」

「忙しくはないがお前の依頼は割に合わない」


 作成を依頼していた魔道具について改良を頼みに来た。実際に使ってみると足りない部分に気付く。


「報酬はお前の言い値で払う」

「10万トーブ。前金でよこせ」

「無理に決まってるだろう」

「できないなら言うな、バカタレが」


 足下を見たひどい言い草。


「作ってくれたお前にしかできない。なんとか機能の追加を頼みたい」

「他をあたるかウォルトに頼んでみろ。そうすれば1日で完成する」

「アイツが俺の依頼を受けてくれるとは思えない」


 歩み寄りを画策したが、俺とアイツの間には見えない高く分厚い壁がある。どうしても反りが合わない。


「お前とウォルトは合わないだろう。関係を拗らせてるのはお前が原因だ」

「アイツから会わない方がいいと言われたが、俺は思ってもいない」

「気を使われて恥ずかしくないのか」

「俺が気を使われてるだと…?」

「思考も感情も理解できないのに、わかったフリしてるだろ?だからそんなことを言われる。下らん」


 本当に歯に衣着せない奴だ。双子でもリリムとは違う。


「私がリリムに似てないと思ったな?」

「そんなことはない」


 似てないが洞察力が優れているところは同じだ。それは認めよう。


「事実だから別にいい。だが、そういうところだ。腹を割って話さないから相手に警戒される。人を疑ってかかる衛兵の思考すぎて話にならない」

「俺は衛兵だ」

「違うな。ボリスという人間であってその次に衛兵がある。衛兵は付加価値だ。勘違いするな」


 衛兵である前に人間のボリス…。ウォルトは魔導師である前に獣人…。それを理解しろ…ということか。


「お前は思い込みが激しすぎて危なっかしい」

「どこがだ?」

「一歩間違えば己の正義を主張して犯罪を犯す輩と同じだ。道を踏み外す前に自分を省みろ」

「お前が言うのか」

「私だから言える。だが、私は感情で動くことを優先するタチだからウォルトに理解してもらえた。逆も然りだ。お前にもできるだろ」

「言うのは容易いが、それを俺に求めるのは無理強いに他ならない」


 人の心の機微に疎く融通がきかない。そのくらいは自覚している。


「言い訳ばかりするな。お前はウォルトのことを賢いと思っているな?」


 なんだと…?


「違うと言うのか?」

「ウォルトは賢いが狡賢くはない」

「どういうことだ?わかるように説明しろ」

「犯罪者とばかり接しているから『裏があるんじゃないか?』と勝手に深読みする。思い当たる節があるだろ」

「あるが、だからなんだ」

「クソ真面目なお前が人の裏など読めるか。本来ならお前のように不器用な奴ほどウォルトと親しくなれる。変に捻くれてるからできないだけだ。シャキッとしろ」


 ハッキリと無茶を言う奴め。


「とにかく、これ以上私はやらんぞ」

「そうか」

「大体お前の姑息さが気に食わない。それが断る1番の理由だ」

「どこが姑息だと言うんだ」


 腹立たしい物言い。いかに毒舌でもそんなことを言われる筋合いはない。


「ウォルトのような魔力付与ができる奴はまずいない。友人ならすんなり頼める。それを見越して依頼してきただろ。普通なら数百トーブするような魔力封入が無償だ。価値がわからんとは言わせんぞ。私は友人だから彼に礼を返す。だが、お前は反りの合わないタダの衛兵で報酬を支払うべき。でなければ頭を下げろ。リリムの件での迷惑料代わりに作成だけは引き受けたが…いいように何度も利用するな。殺すぞ」


 衛兵に向かってなんて口を…。……こういうところか…。おかしなことは言ってない。俺はウォルトとメリルに期待した。言い方を変えれば利用した。


「己の姑息さを理解したか」

「……邪魔したな。また来る」

「理解できないなら二度と来るな」


 最後まで認めることなくメリルの家を後にする。


 …惨めな気持ちだ。責められて反論できなかったことではなく、メリルは口調厳しく俺に忠告しているのに聞き入れることができない。思った以上に衛兵という立場が俺という人間の大きなウエイトを占めていて、偉そうにしたがる自分がいる。

 捻くれている…か。冒険者だった頃の俺はこうじゃなかったのか?もう忘れてしまった。






「お久しぶりです」

「頼みたいことがあってきた」

「中へどうぞ」


 結局メリルの家を出てからそのままウォルトの住み家を訪ねた。相変わらず美味いカフィを頂く。


「どうされました?」

「以前メリルに依頼した魔道具の改良を頼みたい。メリルからお前に頼めと言われた。既に詳しいからと」

「忙しいんですね。貴方がよければ構いません」


 即答…。メリルの言う通り、俺への感情は関係ないのか。


「俺が体よく利用しているだけだと思わないのか?」

「なにをですか?」

「お前の魔法と器用さをだ」

「たとえそうでも、自分がやりたいので問題ありません。魔道具を悪用するつもりなら断りますが」

「するつもりはない。だが、先のことはわからないだろう」

「裏切られたと知った時に行動します。どんな手を使っても返してもらうので」

「息の根を止めてでもか?」

「必要があれば」


 笑顔で告げるとは、コイツといいメリルといいどんな神経をしている。


「前回の魔力封入に対する報酬を払いたいんだが」

「必要ないです。ボクは生業にしてません。登録していない魔導師は魔力付与を商売にしてはいけない。そうですよね?」

「その通りだ」

「依頼者であるメリルさんのタメに行うのは個人の責任と自由。物々交換と同等の取引。ただし、そこから先の繋がりは話が違うことくらい知っています」


 俺は確かにウォルトの賢さを利用している。そして、そんな考えを読まれた上で魔力を付与された。


「今回は俺が直接頼む。だから礼を受け取ってもらうぞ」

「だったらやりたくないんですが」

「ダメだ。なんとしても受け取ってもらう。気が済まないんでな」

「ならば構いません」


 いやにあっさり退いたな。


「改良ってどうすればいいんですか?」

「1つ機能を追加してもらいたい。『水撃』の効果だ」

「火事の現場用ですね。広範囲の放出ですか?それとも一極集中ですか?」 

 

 直ぐに思い浮かぶということは、衛兵の仕事に理解があるということに他ならない。


「火中でも飛び込めるよう広範囲放出で頼む」

「わかりました。では、今から改良します」

「ゆっくりで構わない」

「直ぐに終わります。メリルさんは簡単に予備機能を追加できるように魔道具を組み上げているので」

「そうか…」


 アイツはそこまで読み切っていたのか。言葉通り俺がカフィを飲み終える頃に作業は終わった。微調整が必要だというので外で実際に試してみると、想像していた以上の効果に驚いた。予想より広範囲かつ威力も申し分ない。コレなら消火しながら火中に突入できる。


「どうですか?」

「充分すぎる」

「よかったです」

「お前は……」

「なんですか?」


 …それだけか?そう感じるのは態度があまりに自然すぎるから。事もなげに困難なことをこなす獣人。

 世界における魔法は、それほど万能ではない。緩やかに進化して、俺が知る限り大きな変化は起こっていないはず。夢物語に出てくるような山を吹き飛ばしたり壊れた城を一瞬で修復するような魔法とは違う。

 未来では大きな発展を遂げ、魔法で埋め尽くされた世界に変化しているかもしれないが、この男は魔法の進化に一役買うような存在。魔法の素人であってもそう思えて仕方ない。


 ……腹立たしい。


「ウォルト…。お前に頼みがある…」

「なんでしょう?」

「単なる我が儘だが、今からお前と手合わせしてみたい」

「ボクとですか?なぜです?」

「ただやってみたい」


 この感情はなんだ?自分でもわからない。


「そうですか。ボクは構いませんが」

「言っておくが、俺は…お前に勝ったなら逮捕するぞ」

「なんであれ負けません」


 ごちゃごちゃ考えるのは一旦やめだ。思わず口をついた通り行動してみる。




 手合わせということで、ウォルトから木剣を借りて打ち合うと、予想とは異なる展開に面食らう。


「ぐうぅっ…!」


 木剣を構えたウォルトは倒れた俺から目を離さない。隙もなければ油断も感じない。


 なんて奴だ…。攻防に魔法を一切使っていないことくらいわかる。『身体強化』すらもだ。純粋に剣の実力のみで叩き伏せられた。おそらく…魔法を使えない俺への配慮。


「もう充分では?」

「まだだ…。まだ終わっていない!」


 立ち上がりウォルトに向かって駆ける。剣技を繰り出すも軽々捌かれて反撃される。


「シッ!」

「くっ…!!」


 一太刀入れるどころか、防御されるとき以外は掠りもしない。剣士としてもかなりの腕前で基礎もできていて強い。予想とは裏腹に冒険者だった頃に鍛えた剣術がまったく通用しない。今でも怠けることなく腕を磨いているのに…だ。


 コイツは並外れている…。なにもかもが…。


「はぁ…。はぁ…」

「ボリスさん。少しだけ嬉しいです」

「圧倒して……俺を虚仮にしてるのか…?」

「違います。貴方という人間の本質を見た気がします。言葉や理性ではなく、感情で話せているような気がして」

「そうか…。だったらもっと話を聞かせてやるっ!ハァッ!」


 木剣を打ち合いながら感情のままに訊く。


「ウォルト…!お前は……なぜこんな所に住み続けているんだ?!」

「のんびり生きていたいからです。好きな人達も訪ねてくれますし」


 たった……それだけの理由で…。


「稀有な才能を持ちながら…誰にも知られず静かに一生を終えるつもりかっ!!」

「人に誇れる才能は持ち合わせてません」


 どの口がほざく!


「…ふざけるなっ!お前のような魔法使いが他にいるかっ!お前が本気を出せば…世界を変えるかもしれない!」


 俺はウォルトの魔法をほぼ知らない。それでも感じるモノがある。絶対に只者じゃない。類を見ない魔導師なのに、コイツ自身がなにも感じていないはずがない。


「ボクはいつも本気です」

「断じて違うっ!お前を見てると…苛々する!己にできることを放棄し、森に引きこもって本気になることすらない!」

「仮にそうであったとしても誰にも迷惑をかけてません。衛兵的にはそれでいいのでは?」

「衛兵の話はしてない!俺の…あくまで個人的な感情の話だっ!」


 息を切らし距離をとる。


「貴方はなぜ怒っているんですか?」

「中途半端な者が気に食わない…。俺も…そしてお前もっ!」

「ボクが半端者だということは認めますが、貴方もそうだと?」

「そうだっ!俺は…冒険者としてもそうだった…。いかに努力しようとBランクにすら上がれず、辞めて衛兵になっても末端の半端者だ!お前のように力を持つ奴が……妬ましい!」


 山も谷もない平坦な人生だった。好きで真面目に生きてない。「真面目だ」と言われる生活に慣れているだけ。


「血の滲むような努力をしても、平凡の壁を超えない者がいる…。それが俺だ。人のタメになる仕事がしたくて冒険者を選び、誘われたのもあって衛兵になった。「真面目だな」と言われ続け…その度に納得してきた!」

「そうですか」

「仕事も…冒険もだ。俺は…真面目なんじゃない!いつだって特別な何者かになりたかった!死ぬほど努力したっ!そんな姿が他人には真面目に映るだけだっ!なんでもいい!皆から注目されるような……そんな男になりたかったんだっ!」

「今から目指しても遅くないと思います」


 簡単に言ってくれる…。それができないからこうなったというのに…!


「俺はなれないっ!犯罪者になる以外ではなっ!だが…お前は違う!俺の知る中でその筆頭だっ!」


 なぜ注目されようとしないのか不思議でならない。誰も並べない知識や技量を持つのなら、評価されて然るべき。力を誰かのタメに使い、人を救い自分も報われるべき。凡庸な者は…いかに努力しようと報われずに人生を終える。


 コイツはなぜ理解しないんだ!


「珍しい獣人の魔法使いだと自覚してますが、珍獣扱いされるのは御免です」

「お前の感覚は絶対におかしい!どうすればそんな思考に達する?!謙虚ですらなく、もはや卑屈だ!」


 怒りにまかせて剣を打ち込んでも捌かれてしまう。疲れた様子もない。コイツはどんな修練を積んでいるんだ!?


「謙虚でも卑屈でもないです。貴方の気が済むまで特別を目指せばいい。あと、ボクは既に特別です」

「はぁ…はぁ…。どういう意味だ…?」

「森に1人で生きる者が普通だと思いますか?相当な変わり者…いわゆる特別なはずです」

「屁理屈を言うなっ!今のお前は特別ではなく世間から逃げているだけだ!」

「隠れてますが逃げてはいません。そのつもりなら貴方に会うこともない。心外です」

「堂々巡りだな…。お前とはやはり相容れないっ!ハァァッ!」


 渾身の一撃を打ち込む。


「ぐふっ…!」


 上手く捌きながら胴を打たれ、思わず膝をついた。


「また少し貴方を理解できた気がします。手合わせは終了でいいですか?」

「あぁ…。俺の負けだ…」


 腹の痛みで冷静さを取り戻す。ウォルトが歩み寄って『治癒』をかけてくれた。見事な無詠唱の治癒魔法。冒険者時代にも見たことがない。やはりモノが違う。この男は息をするように魔法を操る。


「お前はもっと上に行くべき魔法使い…。こんな場所で燻っていていいはずがない。王都やフクーベで魔法を磨くべきだ」

「逆です。森に住んでいるから緩やかでも成長できます。街に住むなら仕事をする必要があって、修練できる時間が少なくなる。ボクの魔法は磨かなければ直ぐに錆び付いてしまいます。今でこそたまに街を訪れますが、人に会うこと以外でいい面があるとは思いません」

「…そんな場所に連れ出すのは愚策か」

「貴方の望み通り逮捕されるまでこの場所にいるので」

「そうか…」


 本気を出させるタメの狂言なんだがな。


「ボクが凄い魔導師になれるような口振りでしたが、そうなれば獣人の魔導師を逮捕した特別な衛兵になるのはどうですか?犯罪を犯しても貴方以外には捕まらないよう努力しましょうか?」

「ふっ…。ははははっ!…そうする。誰にも捕まるな」


 実にふざけた提案だが…これ以上は無駄だな。人は自分にできないことを成し遂げようとする。なんの取り柄もない俺は英雄のような人物に憧れた。

 けれどなれないと悟った。だからといってウォルトに押しつけるのは傲慢に他ならない。言いたいことを言って気が済んだ。

 劣等感を他人に暴露したのは初めてで、笑ったのも随分と久しぶり。気分は晴れて、ウォルトが言う「気が済む」とはこういう感情なんだと初めて理解した。


 結果がどうであれ、自分の気が晴れたなら次に進む気力が湧く。己の感情に正直になれば、もっといい仕事や会話ができそうだ。少しは性格の捩れが矯正できたのだろうか。


 結局、ウォルトには報酬として金を渡す。魔力付与は立派な需要と供給であり、受け取ってもらわなければ一方的な供与を受けたということになる。まさしく違法だ。

 忠告の礼に、メリルの奴にもなにか渡したいが、アイツにはなにがいいか…。リリムに訊きに行くのもいいが、女性には花を贈ると喜ばれると聞く。買って行ってみるとしよう。

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