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モフモフの魔導師  作者: 鶴源
516/715

516 帰れ!帰らない!

「じゃあね!」

「うん。また」


 ウォルトがハピー達と雑談しながら住み家で畑仕事をこなしていると、突然知らない者達が現れた。蟲人達は直ぐに退避する。


 なにやら着飾ったお婆さんと、お付きの者らしき男達。森に似つかわしくない風貌。


「ちょっと貴方。この辺りでエルフの隠れ里なんてご存知ない?」

「知らないです」


 知ってるけど教えたら隠れ里の意味がない。おかしなことを言う人だ。


「あら、そう。いいところに家があった。ちょっと中で休憩していいかしら?」

「お断りします」


 なんで見ず知らずの人間達を休ませなきゃならないんだ?こちらから誘ったのならまだしも意味がわからない。


「あら。そんなこと言っていいのかしら?(わたくし)はシャルロッテ=ファルフィ。フクーベの貴族なのよ?」

「そうですか。どうぞお引き取りください」

「まっ!なんて無礼なっ…!」

「それは貴女でしょう」


 とりあえず無視して畑仕事を続けよう。森にはごく稀にこういう勘違いした輩が現れる。目的不明で道楽で森に来たような連中が。相手にするほど暇じゃない。


「獣人のくせに偉そうな口を叩くじゃない!こんな家なんて、私の権力を使えば直ぐにぺちゃんこ…」

「なんだと…?」

「ひぃっ…!」


 香水臭い貴族の前に立つ。鼻が曲がりそうだ。


「もう一度言ってみろ。獣人がなんだ?文句があるのか?」


 体格のいい男達がボクの両脇に立つ。雰囲気からすると雇われた護衛か。けれど冒険者ではない。雰囲気が異なる。


「な、なによっ!アンタ達!この無礼者に身の程を教えてやるのよ!貴族を怒らせた報いを与えてっ!」


 なぜそうなるのか理解不能。男達に目をやると、どうやら命令を聞く気があるようだ。ボクの胸倉を掴んで威嚇してくる。


「おい、猫人。奥方様に向かって、口の利き方がなってないな……がっはぁっ…!」

「お、おい!」


 男を『発勁』で吹き飛ばすと、木にぶち当たって倒れた。


「口の利き方…?笑わせるな。失礼極まりないのはお前らだろう」


 驚く残された男を見て嗤う。


「お前も来るのか?」

「この…ふざけた獣人がぁ……ごばぁっ!」


 殴りかかってきたので同じく『発勁』で吹き飛ばす。獣人の力を試すのにちょうどいい。吹き飛んだけれど手加減しているし、目を回しているだけで死んではいない。ガタガタ震える貴族とやらの婆に目をやる。


「貴族はこの状況をどう切り抜けるのかご教示願おうか」

「ひぃぃっ!お願いっ!命は助けてっ…!」


 手を合わせて大袈裟に懇願する。


「…なにが目的で森に来たのか知らないが、お前のような者を休ませる場所はない。わかったら失せろ」


 無抵抗の年寄りを殴り倒す気にはならない。殴ってきたら別だけど。過去の失敗を教訓に、人の事情を聞くというスタンスをとりたいと常々思っている。でも、初めから礼儀を欠くような奴の話を聞くほどお人好しじゃない。

 無視して畑を耕し始めても、自称貴族とやらは動く気配がない。呆けたように地面に座り込んで綺麗な衣装を汚している。耕し終えて、住み家に入ろうとしたところで話しかけられた。


「あ、貴方に…お願いがあるの…」


 無視していたのに蚊の鳴くような声が耳に届いてしまった。ふぅ…と息を吐いて向き直る。


「なんですか?」

「あ、あの…。トイレを貸して下さらないかしら…?」

「家のモノにみだりに触れないと約束してもらえるなら構いません」

  

 普通にお願いされたら断ったりしない。できるなら初めからやればいい。


「あ、ありがとう…」


 招き入れてトイレを教える。出てくると、ペコリと頭を下げて外へ向かった。背中の曲がった後ろ姿は、現れたときと違って哀愁が漂う。着飾った元気のないお婆さんにしか見えない。


 ……ふぅ。


「シャルロッテさん。少しいいですか?」

 

 話しかけるとビクッ!として立ち止まる。


「なにかしら…?」

「貴女はなぜエルフの隠れ里を探してるんですか?」

「…関係ないでしょう」

「そうですね。お帰り下さい」


 訊いたボクがバカだった。無視してゆっくりお茶を飲むとしよう。


「…ちょっとお待ちなさい!「そう言わずに教えてください」と追求するところでしょう!」

「言いたくないと言ったのは貴女です」

「それでも訊くのよ!そうすれば答えるのに!」


 どんな理屈だ?意味不明すぎる。


「あのですね、貴女の悪趣味に付き合ってられないです」

「あ、悪趣味ですって?!」

「物語の読み過ぎでは?世の誰もが貴族に媚びへつらうワケではなく、親切でもありません」

「なんて口を…!これだから教養のない…」

「「獣人は」と口にしますか?言っておきますが、貴女が高齢の女性だからといってこれ以上許容しないし、やるなら容赦しません」


 獣人を蔑む発言をされたら相手は老若男女関係ない。高圧的であればあるほど頭にくる。

 そもそも、現在のカネルラの貴族は、建国当初封建制だったカネルラの統治者の末裔でしかない。先祖代々の貢献を認められ、尊敬される存在だとボクは認識している。

 立志からの繋がりを生かし、現代でも血族が繁栄を続けて未だに権力を保持していたとしても一切興味はない。過去に統治していたからってなんだっていうんだ。


「この私を…恐喝する気なの?!」

「事実を告げているだけです。脅すような価値があるとも思わない」

「なんて言い草なの…!」


 この人とは相容れそうにない。事情も教えてくれなそうだし、相手にするだけ時間の無駄。


「どうぞ外へ。ゆっくりお帰りください」

「後悔するわよ!」

「後悔?ボクがですか?」

「貴方以外に誰がいるのよ!」


 そんなはずはない………いや、待てよ…。


「確かに後悔してます…。初めから無視すればよかった」


 今気付いた。ボクは…既に後悔していたんだ。ハッキリ断って苛立つことなく冷静に無視し続ければ起きなかった事態。自分の未熟さが招いた事態で、全てがこの人達のせいじゃない。カルマのようなモノだ。


「なぜそうなるの?!分からず屋ね!」

「スッキリしました。ではお帰りください」


 徹底的に断り徹底的に無視する。獣人らしく徹底的にが肝腎なんだ。というワケで徹底的に帰そう。


「直ぐに帰そうとしすぎじゃないの?!」

「これ以上後悔したくないんです。そのタメには帰って頂く必要があるので」

「話を聞けばいい思いができるかもしれないのよ!」

「一応聞きますが、森に住んでる者にできるいい思いとはなんですか?」

「そ、それは……色々よっ!ココでは手に入らない報酬があるわっ!」

「なにもないんですね?お帰りください」


 適当なことを言っても誤魔化されない。


「わ、私はパナケアを探しているのよっ!だからエルフを探している!森に住んでいるエルフなら生る場所を知っていると聞いたから!」

「パナケアを?なぜです?」

「貴方に言っても無駄でしょ!知りもしないのに!」


 支離滅裂だ。言いたくないのなら最後まで黙っていればいいのに。


「無駄なら帰るしかありませんね。どうぞどうぞ」


 即刻お引き取り願おうと背中を押してみる。見た目通り軽い。まるで枯れ枝のよう。


「ちょ、ちょっとお待ちなさい!」

「どうしました?抱えて外に放り出しましょうか?」

「なんて野蛮なっ!」

「言動が野蛮なのは貴女です。いくら言っても帰らないから仕方ない。できるなら静かにお引き取り願いたいんですが」


 怒りもほぼ治まった。帰ってもらうなら今だ。


「くっ…!こうなったら話します!パナケアは…病気の治療に必要なのっ!」


 今さら言わなくてよかったのに。とりあえず押し出すのをやめる。


「患者はどなたですか?」

「夫よ!バンデッド=ファルフィが病気に罹患したから薬が必要なの!」

「どんな病気に罹患されたんですか?」

「ドナティ病よ!ご存知?!」


 ドナティ病は、筋肉が急に衰えて進行する毎に動けなくなる難病。高齢者に罹患者が多く、処置が遅れるほどに大きな後遺症が残る。そのくらいはボクでも知っている。薬の調合法も。


「パナケアが必要な理由はわかりました。ですが、貴族なら街でも入手できますよね?希少なだけでお金を積めば手に入る素材です」

「買おうにも現在流通していないの!王都やフクーベの大きな商会ですら今は入手できないと言われた!待ってられないわ!」


 ドナティ病の治療は早ければ早いほどいいのは間違いない。


「エルフから直接譲ってもらおうと貴女が森に来たと言うんですか?」

「そうよ!エルフは気難しいと聞いてる!私なら対等に話せるわ!」


 自分は貴族という高い地位にあり、エルフですら対等に会話せざるを得ない……なんて考えは通用しないと思うけどなぁ。


「さぁ、全て話したわ。だからなんだというの?!」

「パナケアを差し上げます」

「なんですって…?」

「ちょっと待ってて下さい」


 調合室に向かい、キャミィからもらったパナケアの枝を折って渡す。


「どうぞ」

「コレがパナケアだというの…?本物だという証拠は?」

「証明する必要はありません。取引ではないので」

「希少な素材をタダで譲ると言うの…?信じられない…」

「信じるかは貴女次第です。そもそも、判別できないのに森に来たんですか?」

「うっ…。それは…」

「エルフに会えたとして、騙されて毒草を渡されたらどうするんですか?旦那さんは危険にさらされます。せめて専門家を連れてくるべきです」


 シャルロッテさんは黙り込んでしまったけど、別に責めるつもりじゃない。騙されたとしても調合する前に薬師が気付くだろう。ただ、大切な人の命がかかっているのに考えが甘過ぎる。


 それでも、知識も持たず1人ではなにもできないのに自ら森へ足を運んだ熱意は確かで、夫を助けたいという気概を感じたから素材を渡す。別に信じなくても構わない。途中で捨てようと売り捌こうと彼女の自由。ボクは気が済む。


「ボクからもらったということは内密にお願いします。別に守らなくても構いませんが」


 また当てにされても困る。外に出て気持ちよさそうにのびている護衛を起こすと、どうやら絡んでくる気はなさそうなので安心した。

 貴婦人と護衛はパナケアを手にフクーベの方角へと帰っていく。心中はボクには計れない。





 10日ほど経ったある日のこと。


 再びシャルロッテさんと護衛達が住み家に現れた。今日は動きやすい格好で香水の臭いも薄い。目が合うなりいきなり頭を下げた。


「頂いたパナケアのおかげで…夫は順調に回復しています…。本当に…ありがとう…」

「よかったです」

「お礼を直接伝えたくて来たの」

「お礼は必要ないです」

「そう言わず受け取ってもらえないかしら」


 皮袋を差し出された。「お礼は受け取るのが礼儀だ」と繰り返し叱られているので、とりあえず中身を確認してみると幾つか宝石が入っている。


「では……有り難く頂きます」

「どうぞ…………えっ?!」


 中の宝石を取り出してシャルロッテさんに手渡し、皮袋だけ手元に残す。 


「立派な袋です」


 見事な作りだ。もらいすぎだけど受け取ったのだから納得してくれるはず。

 

「宝石なのよ…?換金すればいい金額になるわ…」

「それくらいの知識はあります。でも、必要ないので」

「欲がないのね…」

「欲はありますが、宝石やお金は必要ないです。どちらを貰うか天秤にかけたら、絶対にこっちがいい。この袋は丈夫で、森では宝石の何倍も価値があります」


 シャルロッテさんは目を見開いて笑うけど、ボクは真剣に答えた。


「あっはっは!…愉快だわ。私はやっぱり浅はかね…。まともにお礼すらできない貴族様…」

「お礼し足りないんですか?それなら、ボクがココに住んでいることを秘密にして下さい。充分なお礼になります」


 コレでどうだろう。

 

「わかりました。でも、宝石を受け取ってもらえないと私がバンデッドに叱られてしまう。彼は、パナケアをくれた貴方に心から感謝しているから…」 


 高価なモノを渡すことが必ずしもお礼にはならないと思うけど、貴族らしい思考に思えた。


「では、その宝石を匿名でフクーベの孤児院に寄付して頂けませんか」

「頑なに受け取らないのね。貴方が寄付すればいいじゃない」

「ボクが寄付しても孤児院の方を混乱させてしまいます。窃盗を疑われかねませんし」

「ふふっ。そんなことはないと思うわ」


 宝石ではなく魔石なら受け取った。ボクがもらっても宝の持ち腐れだ。魔道具の素材に使えたりもするけどあまり需要はない。


「フクーベの孤児院に寄付すると約束します。改めて…今回はありがとう」

「いえ」


 もう二度と会うこともない。病気が快方に向かっているのは本人の生きる力と薬師や医師達の努力の賜。そして、シャルロッテさんの努力であり、なにより素材をくれたキャミィのおかげ。

 おそらく貴族のプライドだけでわざわざ足を運んでくれた。返礼もなしでは噂が立ったとき恥をかくと思っての行動だろうか。


「この場所と貴方自身のことを秘密にしろと仰ったけれど、約束を守れば私と友人になって頂けるかしら?」

「えっ?なぜですか?」

「だって、貴方面白いんだもの」

「珍獣扱いならお断りします。お帰り下さい」


 両肩を軽く掴み、くるっと振り向かせて背中を押す。


「そ、そういう意味じゃない!相手が貴族であろうと言動がブレない!そんな者に会ったのが初めてで、腹を割った会話も新鮮だったのよ!」

「獣人はそんな感じです」


 軽いからぐいぐい進む。


「お待ちなさいっ!友人になれそうだと感じた!だって対等に話さないと怒るんだもの!それって友人の関係でしょう?!」

「違います。誰だって普通に話したいのに、できなくしてるのは貴女達です。「普通に話せ」という一言で済むのに」


 押すのをやめるとシャルロッテさんはこちらに向き直った。


「貴族にはそうもいかない事情があるの。やっぱり私と友人になんてなりたくないかしら?」

「友人になるのは構いませんが、ボクは貴女を特別扱いしません。他の友人と同じように扱います」

「それでも構わないわ。…ということは、よろしいのね?」

「はい。秘密を守らなかったり、おかしいと感じた場合は即刻縁を切らせて頂きます」


 この人のことを知らなすぎて直ぐに信用することはできない。唯一わかっているのは、夫を心配するような妻であるということだけ。あと、お婆ちゃんなのに基本的に騒がしいこと。


「こちらの2人も口は固い。心配いらないわ」


 コクリと頷く護衛。もちろん信用してない。


「ちなみに、バンデッドさんにも内緒ですよ」

「それは……かなり難しいわね」

「であればやめておきましょう。友人になる話はなしということで。ささ、お帰り下さい。足下に気をつけて」


 再び背中を押して家から遠ざける。やっぱり軽い。


「ちょっ……お待ちなさいっ!約束しますっ!バンデッドにも決して言いません!それならいいのねっ?!」

「言質取りましたよ。その言葉、忘れないようお願いします」


 ココまで言われたらちょっと付き合ってみたいと思えた。ただ、約束を反故にしたらそれまで。

 

「そんなに居場所や存在を知られたくないなんて…もしかして犯罪者なの…?」

「違います。ただの森に住む猫人で、今のところ前科はありません。ひっそり暮らしたいだけです」

「ところで、大事なことを聞き忘れていたわ。貴方のお名前は?」

「ウォルトです」

「いい名前ね」

「初めて言われました」

「カネルラの言葉ではないけれど、ウォルトという言葉には【機知に富み知恵を持つ者】という意味があるの」

「完全に名前負けですね」


 外国人と話す時は気をつけないと。そんな機会まずないけど。でも、両親が祈りを込めて付けてくれた名前だからボクは気に入ってる。

 まてよ…。そういえば名付け親は誰なのか聞いたことがない。両親じゃなくて、じいちゃんかばあちゃんの可能性もあるな。


「この歳で新たな友人ができるなんて浮き足立ってしまうわ」

「お近づきの印にお茶でもいかがですか?護衛の方もどうぞ」

「お邪魔しましょう」


 お茶を淹れてもてなすと、「…美味しい!この茶葉を譲って頂戴!」と言われ、袋のお礼も兼ねて譲ることにした。お茶には満足した様子で、「また遊びにくるわ」と言い残して森を去ったけど、シャルロッテさんはどこまで本気なんだろう?

 貴族が旦那さんに目的を告げず動物の森へ遊びに来るのはまず無理だと思う。思考が読めな過ぎて困るな。


 とりあえず、奇妙な縁でほんの少し交友関係が広がったのは確か。

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