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モフモフの魔導師  作者: 鶴源
515/715

515 第三者の目

 食事の後、フレイはウォルトに魔法での手合わせを所望した。ウォルトは快諾して既に更地で対峙している。


 キャミィは離れて観戦することに。


「ウォルト。今日は勝たせてもらう」

「ボクも負けません」


 のんびり見学させてもらおうかしら。


「いくぞ…。『炎舞』」


 兄さんの放った炎魔法を皮切りに、2人の魔法戦は始まった。のっけから激しい魔法の応酬。武闘会とやらもこんな感じだったのかもしれない。防いだり躱したりと忙しい。


 端から2人の魔法戦を観戦して気付いたことがある。


「くっ…!『雷火』」

「こちらからもいきます。『逆巻雨』」


 フレイ兄さんは、本当に凄い魔導師に成長した。里を出た頃はウークでも凡庸な魔導師だったのに、今では父さんに匹敵する技量。既に超えているかもしれない。

 昨日ウークで軽く魔法戦を繰り広げていたけれど、父さんは実質押されていた。余裕ぶって「もっと修練に励め」と強がっている姿が格好悪かった。


 兄さんは父さんに憧れていて、なんだかんだ優しい。兄妹で一番の常識人でもある。里長という立場と恵まれた才能に胡座をかいて、最近の父さんは修練をサボり気味だから徹底的にやって目を覚まさせればよかったのに。


 とにかく、今の私ではフレイ兄さんの魔法に届かない。20年なんてエルフにとっては微々たる年月だけれど、そんな短期間でここまで成長できたことが純粋な驚き。

 ウークでは劣等生という自覚があった兄さんは、命懸けの冒険や多種族と交流して経験を積むことであらゆる魔法を磨いたらしい。


「今でも里にいたら、きっとあの頃のまま成長してない」


 そう言って笑ったウークの次期里長に相応しい実力を持つ目標とすべきエルフ。


「ぐぉぉぁっ…!」

 

 そんなフレイ兄さんの魔法を、ウォルトはじっくり観察しながら冷静に対処する。常に後攻を選択しながら反撃の魔法は質が高く、付け加えるなら重い。その美しさとは裏腹に、受け止めると身体の芯に響く魔法は、確実にフレイ兄さんの魔力と体力を削っていく。


 ウォルトが自分を負けず嫌いだと主張することに異論はないけれど、魔法戦限定で言えば『勝つ必要はない。負けなければいい』と考えていそう。

 格上である魔導師の魔法を存分に分析、吸収し己の糧とすることが最大の目的で、負けずに手合わせを終えれば満足。互角に渡り合えたら自信に繋がる。勝つことにこだわらず負けないタメに奥の手を見せることはない。


 彼の戦法は、基本的に相手の魔力切れを狙っているかのようで、そもそも倒そうという意気込みが感じられない。自分の放つ魔法に魔導師はどう対処するのか?新たな手法や鍛え上げられた魔法を見たい。感じるのはそれだけ。

 至って真剣に魔法戦を行っていると主張するから、相手の力量に合わせているのは無意識なのだと思うけれど、とんだ勘違い。


 端から見学したからこそ気付けた。魔法戦の当事者になると余裕がない。兄さんも対抗することで精一杯のはず。悔しいけれど、今の私達ではウォルトを本気にさせることはできない。唯一可能な手段は激怒させることね。

 

『火焔』

「ぐうっ…!一段と威力がっ…!」


 人間の魔法はウォルトの本領。エルフの魔法も私達と遜色ないのに一段と光り輝く。


「コレなら…どうだぁぁぁっ!」


 乱発に近い魔法すら見事に捌ききって、ウォルトは笑った。


「フレイさん。ありがとうございます。もの凄く学ばせてもらっています」

「ふぅ…ふぅ…。そうか…」

「突然なんですが、エルフであるフレイさんやキャミィに見せたい魔法があるんです」

「俺とキャミィに?」

「ありふれているかもしれませんが、エルフ魔法に敬意を込めて考案してみました」


 考案…?


 ウォルトは瞬時に魔力を練り上げ、兄さんに向け手を翳した。


嶺颪(グラスヴェント)


 途轍もない冷気を含んだ暴風が兄さんを襲う。『聖なる障壁』で防いでも、広範囲の冷気は徐々に身体を覆っていく。


「うぅぅぅっ…!寒いっ…!」


 なんとか防ぎきったけれど、兄さんの半身と髪や睫毛まで薄ら凍ってしまった。ゆっくり歩を進めて2人の間に割って入る。


「ウォルト。手合わせの邪魔をするけれど、少しだけ時間をもらえないかしら」

「どうしたの?」

「急いで兄さんに伝えなきゃいけないことを思い出したの」

「そっか。ゆっくり話していいよ」


 そんなはずないのに信じてくれる。この状況でニャッ!と笑える友人。…好物よ。


 兄さんに近寄って治癒魔法をかけながら囁く。


「今のはエルフ魔法の合成ね」

「あぁ…。『旋風』と『浅葱色の氷雨』の融合だ…。信じられないことを軽々と…」

「大丈夫?」

「もう大丈夫だ。助かった」

「退くのをお勧めする。ウォルトにとっては今のがありふれた魔法なのよ」


 魔法を合成したことで、単純に威力が倍増してる。加減されていても何度も防ぐのは困難。


「エルフ魔法の新たな可能性を目にして、心底ワクワクしてるんだ。退くという選択はできない」

「そう言うと思った。けれど、次に危ないと思ったら即刻止める」

「わかってる。ウォルト!闘いの最中に水を差してすまない!」

「大丈夫です」

「俺は…最高に楽しい。もうちょっと付き合ってくれ!」

「喜んで」

 

 フレイ兄さんは言葉通り全力で魔法戦を楽しんでいる。気持ちがわかりすぎる。ウォルトがどんな思考や願望を以て魔法戦に臨んでいるとしても、彼との魔法戦で心が躍らない魔導師などいない。

 毎回驚かされ、勝てないと理解していても何度でも闘いたい。そんな魔導師が彼の他に存在するのかしら。



「お疲れさまでした。ありがとうございました」

「こちらこそ。また魔法戦をやりたい。受けてくれるか?」

「もちろんです」


 その後も善戦したフレイ兄さんだったけれど、魔力切れで力尽きた。ちゃんと格上ぶって顔は平然、でも足はガクガクしてる。珍妙で愉快なエルフね。


「ウォルト。私も手合わせしたいのだけど」

「構わないよ」


 身体が疼いて仕方ない。やらなければ治まらない。


「連戦だぞ。さすがに休んだ方がいいんじゃないか?」

「ウォルトは大丈夫よ。ね?」

「問題ないです」

「本当か…?」

「兄さん。心配無用よ。無理ならウォルトはちゃんと答える」


『わかってるニャ~!』とでも言いたそうね。わかるのよ。友人だから。





 私との魔法戦も終えたウォルトは、住み家に入るなり「お茶を淹れてくる」と台所に向かった。


「キャミィ…。ウォルトは想像以上の化け物だ…。俺の想像の斜め上をいってる…」

「今頃気付いたの?」

「俺とお前が連戦して歯が立たないような魔導師がいるなんて思わないだろ。武闘会ではかなり手加減されてたってことだ」


 私もウォルトに軽くあしらわれてしまった。しかも敗因は魔力切れ。まだまだ鍛え方が足りない。


「魔導師じゃなくて魔法使いね」

「どっちでもいいけど、エルフの合成魔法について訊いていいと思うか?」

「いいに決まってる。結局、私達の問題だから」

「どういう意味だ?」

「訊けばわかるわ」


 ちょうどウォルトが戻ってきた。


「ベリー茶をどうぞ」


 ふわりと椅子に座る。この柔らかい所作が好きなのよ。


「頂くよ。ウォルトに教えてほしいことがある」

「なんですか?」

「さっき考案したと言って見せてくれた魔法は、どういった魔力操作をしてるんだ?」

「皆さんがやっているように、普通に体内で魔力を混合して詠唱してるだけですが」


 予想通りの答え。


「普通にって…魔導師なら誰でもできると?」

「ボクは師匠からそう教わってます」


 兄さん。そんな困った目で私を見ないで。助け船が必要かしら。


「ウォルト。エルフには複合魔法を詠唱する技法は伝わっていないわ」

「そうなのか?初めて聞いたよ」

「もしかすると、魔法を磨けば自然に辿り着く境地…と考えられているのかもしれない」

「魔法に長けるエルフならそれだけで身につくかもしれないね」

「仮にそうなら長い年月を必要とする。だから興味があって訊いてみたいの」

「なるほど。それならボクのやり方を教えようか。まず…」


 ウォルトは両掌を前に差し出して、それぞれ違う魔法を発現させた。『旋風』と『浅葱色の氷雨』を球体状に。この時点で意味不明。絶対にできない魔法操作を簡単にやってのける。


「このまま混合すると属性と性質の違いがあって反発するから、少しだけ細工が必要で…」

「ちょ、ちょっと待ってくれ!まず、どうやって違う魔法を同時に発現させてるんだ?それを知りたい」


 そう。まずはそこから。


「ボクは『割芯(スプリット)』と呼ばれる修練法で身に着けたんですが、思考を分けて2種類の魔力を同時に操作してます」


 2つの思考?


「通常、人が操れるのは1種類の魔力のみだろう?2種類を同時に操作できない」

「ボクも魔法を覚えたばかりの頃はそう思っていました。たった1つの魔力ですら困難だったので。けれど、「どこかのバカが広めた流言(デマ)だ」と多重発動を見せてくれた魔法使いがいます」

「貴方の師匠ね」

「そうだよ」

「修練をこなせば多重発動が可能になるのか?」

「なります。ボクでもできたので。ただ、不器用だったので相当な時間と段階的な修練が必要でしたが」


 おそらく勘違い。ウォルトの魔法修得の速さでかなりの時間が必要ということは、相当な年月が必要になる。長命のエルフにはもってこいだけれど。


「修練法を教えてもらうことは可能か?」

「構いませんが、あまりお勧めできません」

「かなり辛いの?」

「ボクはそうだった。ただ、エルフなら大したことないのかもしれない。…そうだ。多重発動を体験してみるかい?そうすればわかってもらえると思う」


 体験すればわかる?


「俺は是非体験してみたい」

「結構辛いと思います。大丈夫ですか?」

「大丈夫だ。後悔はしない」

「わかりました。その前に…少しだけ待っててください」


 ウォルトは桶を持ってきた。なぜ?


「では、両手を前に出して頂けますか?掌を上に向けてください。フレイさんの魔力を体内で操作して、ボクが見せた魔法を再現します」

「よくわからないけど頼む」


 ウォルトはフレイ兄さんの背中に触れて精神集中を始めた。


「では、いきます」

「………うっ!?うぅぅっ…!」


 フレイ兄さんの両掌から別々の魔法が発現した。確かに多重発動できている。ウォルトは直ぐに手を離した。


「…うっぶ!」

「フレイさん!コレを使うかトイレに!」


 兄さんは渡された桶を持ったままトイレに向かって駆け出した。嘔吐している声が住み家に響く。


「多重発動に慣れてないとこうなるんだ。エルフでも同じだったね」

「よくわかったわ」

「早く回復するよう魔力を操作してくる」

「行ってらっしゃい」


 しばらくして2人は戻ってきたけれど、フレイ兄さんは顔面蒼白。色白だから白を通り越して青い。


「キツすぎる…。頭が割れそうなくらい痛い…」

「そうなのね」

「特製の痛み止めです。飲んで横になっていて下さい。しばらくすると楽になります」

「ありがとう…。助かる…」


 兄さんは部屋に連れて行かれ、ウォルトだけが戻ってきた。

 

「ウォルトの言う『割芯』は、多重発動に身体を慣らす修練ということなの?」

「それも目的の1つだし、多重発動の手法にも関係する。だから段階的なんだ」

「兄さんの身体になにが起こったの?」

「頭が割れるように痛むのは、魔法操作における脳の許容範囲を超えているからなんだ」

「負荷をかけ過ぎたということね」

「そう。激しい頭痛を感じてるだろうけど、魔力回路が過負荷で損傷したから直ぐにやめた。さっき整えたけど」


 聞けば聞くほどウォルトの異常性に気付かされる。魔力回路とか過負荷の意味がわからない。


「一朝一夕で身につかないのは予想していたけれど、辛い修練を経て可能になるのね」

「ボクは他の修練法を知らない。ただでさえ才能がない獣人が多重発動を会得するにはこの方法しかないと教わった。でも、キャミィやフレイさんは違う」

「私が言ったように、エルフならいずれは…ということ?」

「そうじゃない。多重発動に必要な魔力操作の感覚さえ掴めば、あとは耐えうる身体を作るだけ。それだけで可能になる」

「無理だと思う。きっと才能だけでどうにかできる問題じゃない」

「できるよ。多重発動を覚えてから、逆行して修得する方法を考えたことがある。理論上は可能なはず」

「私にも多重発動の感覚を教えてもらいたいのだけど」

「いいけど、大丈夫?」

「何事もやってみなければわからない。でしょう?」


『その通りだニャ』とでも言いそうなウォルトに魔力を操作してもらい、20年ぶりにフレイ兄さんの隣で寝ることになった。

 

 激しい頭痛を感じながら天井を見上げる。ほんの……ほんの微かに多重発動の感覚を掴んだ気がする。この芽を大切に育ててみたい。そしてウォルトを驚かせたいの。

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