514 兄にネタばらし
ある夜のこと。
久しぶりにバラモがウォルトの夢を訪ねてきた。会うのはオッコの一件以来。
「オッコと一緒にお詫びに来た……と言いたいけど、まだ来れないんだ」
「精霊も忙しいんですね」
オッちゃんはフィガロに詳しいらしいから、ゆっくり話を聞きたい。ちょっと残念だ。
「それは置いといて、今日はキャミィの伝言を伝えに来たんだ。『フレイ兄さんと住み家を訪ねたいのだけど、2日後の昼頃は時間が空いているかしら?』って」
「空いてるとお伝え下さい。住み家で待っていると」
「わかった。伝えておくよ」
「伝令に使って申し訳ないんですが」
「気を使わなくていいよ。本当はもっと長い伝言なんだけど端折らせてもらった」
「かなり長いんですか?」
「さわりだけ伝えようか。『この間の王都は楽しかったわ。2日後に住み家を訪ねたいのだけれど、まだフレイ兄さんには伝えてない。貴方のことを内緒にするという約束だけは取り付けているから心配はいらない。もし反故にするようであれば、たとえ兄であっても決して許さず焼き尽くして森の栄養に……云々』と、こんな感じでもの凄く長かったんだ」
「言いたいことはわかりました」
直ぐに表情が思い浮かぶ。キャミィは真面目だから真顔だったに違いない。確かに長いしちょっと過激だ。
「フレイは素晴らしい魔導師に成長したらしいね。幼い頃を知っているけど私は意外だ。才能があるエルフだと思えなかった」
「キャミィやフォルランさんも凄い魔導師ですが、現時点ではフレイさんの方が技量は上だと思います」
「そうか。君にとっていい邂逅になるかもしれないね」
フレイさんには聞いてみたいことが沢山ある。武闘会で見た煌めく魔法をどうやって身に着けたのかとか。教えてもらえるかなぁ。
★
「キャミィ。サバトはこの森に住んでいるのか?」
「そうよ」
キャミィはフレイと森を並び歩く。目的地はウォルトの住み家。約束通りの時間には到着できそう。
「キャミィは迷わず歩くな」
「サバトの家には何度も遊びに行ってるから」
「そうなのか?」
「ウークの皆を除けば私の唯一の友人よ。この間も一緒に王都に行った」
「キャミィが…サバトと…」
なんとなく思考を読んでみる。
「私とサバトは恋仲じゃない。勘違いしないで」
「そうか。まぁ、エルフ同士で考えにくいとは思ったけど」
エルフには他の種族でいう恋愛感情がないに等しい。低俗であると感じている者がほとんどで、稀に感じるエルフもいるようだけれど、割り切った関係で子をなすのが普通。
恋とは情熱的な感情らしい。私にはわかりかねる。エルフらしさなのかもしれない。
「ところで、フォルラン兄さんの噂は知らないの?」
「少しだけ聞こえてくる。コーノスの街に、相当おちゃらけてるけど魔法だけは凄いエルフがいるって。おそらく兄さんだ」
「おそらくというか間違いない。とりあえず生きてるのね」
「そう簡単には死なないだろ。兄さんだぞ」
確かに殺しても死ななそう。フォルラン兄さんは昔からなぜか身体が頑丈。そして運に恵まれている。天運というのか、高木から何十回も落ちているのに命の危機に陥ったことすらない本当におかしなエルフ。
「私はサバトの魔法をよく知ってる。だからこそ思うのだけど、フレイ兄さんも私も現時点ではサバトの技量には届いてない」
「紛れもない事実だな」
「今後も届くかわからない。でも……フォルラン兄さんならサバトに届くかもしれない」
ウォルトは異端の獣人魔導師。目には目を。異端には異端を。
「兄さんの魔法の才は突出してる。俺の知るエルフでも断トツだ」
「才能だけ、ね。けれど、サバトとフォルラン兄さんには決定的な違いがある」
「皆まで言うなよ」
「兄さんはとにかくバカ。サバトは違う。とても賢い」
「それを言うなって…」
むしろ、フレイ兄さんはなぜ言わないのか不思議でならない。昔から3兄妹の良心ではある。
「並外れた魔法の才能は、なにかを犠牲にしてこそ得られるのかもしれない。フォルラン兄さんの場合は知能だった。そんな兄さんとサバトも友人なの」
「サバトの口振りからそうだと思ってた」
「あの兄さんが真面目に魔法の修練を始めた理由もね」
「そうか。わかる気がする」
「もう着くわ。あの家よ」
住み家が見えてきた。外で畑仕事をしているウォルトの姿が目に入る。
『ウォルト。来たわ』
『白猫の声』で遠くから語りかけると、耳をピクピク動かしてニャッ!と笑ってくれた。相変わらず表情が可愛い。どんどん距離が近づく。
「キャミィ…。まさか…。いや、そうとしか…」
「そのまさかよ」
ウォルトの前に並び立つ。
「ウォルト。久しぶりね」
「久しぶりだね」
「フレイ兄さんを連れてきたわ」
さぁ、どちらから話すの?
「サバト…。会うのは武闘会以来だな…」
「お久しぶりです。遠いところまでお疲れ様でした」
「まさか正体が獣人だったなんて…。てっきりエルフだとばかり…」
「未だに勘違いされているみたいです」
「兄さんはあっさり信じたわね」
「直に対峙して魔法を交わしたんだ…。さすがにわかる。体型や雰囲気、声も全部がサバトだ。いや、ウォルトか」
「立ち話もなんなので家の中にどうぞ」
ウォルトに招かれて家に入る。慣れたモノで、心落ち着く場所。
「ベリーのお茶を淹れました。フレイさんの口に合うといいんですが」
合うに決まってる。飲まなくてもわかっているの。
「…美味い。コレは美味いな」
「ありがとうございます」
「美味しいわ」
「ウォルト。正直に言うと、俺はエルフ魔法について話を聞きに来たんだ。お前がエルフだと思っていたから」
「勘違いさせてすみません」
「でも、関係なく話したい。いいか?」
「もちろんです。ボクもフレイさんの魔法について話を聞きたかったんです」
武闘会での対戦について語る2人。私は詳細を初めて聞く。白猫のお面を被って正体を隠していたウォルトは、エルフだと思われたことを好機と捉え、エルフ魔法だけで最後まで闘ったと聞いている。そして、対戦相手の兄さんを含めた観客も全員が騙されてしまった。見事なエルフ魔法だったに違いない。
ウークにもサバトの情報について問い合わせが来ていて、皆は『武闘会とやらでエルフの力を見せつけたらしい!』と騒いでいたけれど興味がなかった。
私の知る最高の魔導師はエルフじゃない。だからこそ正体に気付けた。
「フレイさんと闘えたのはキャミィのおかげです」
「どういう意味?私がなにかした?」
「キャミィがエルフ魔法を教えてくれたから対抗することができたんだ」
「魔法を教えたことはないわ。見せたことはあるけれど」
「ボクにとっては同じだよ」
兄さんなら意味に気付くかしら。
「…ははっ!そういうことか。凄いな…」
普通なら信じないでしょうけど、ウォルトの実力を知るからこそ『見るだけで魔法を覚える』という非常識に思考が到達する。
「フレイさんの魔法は美しく煌めいていました。どうすればあんな魔法を操れるんですか?」
「どうって…普通に鍛えてるだけだ。特に変わったことはしてない。ウークを出てからの20年で成長したけど」
「20年も…。やっぱりまだまだ修練が必要ですね」
「ウォルトは20年経ったら何歳になるの?」
「42だね」
「…ということは、今は22…?まだ赤ん坊だぞっ!?」
「兄さん。いきなり言われてもわからないわよ。『エルフなら』赤ん坊ね」
冷静になった兄さんは、「冒険者になって、命を懸ける闘いで技量が上がったのかもな。やっぱり実戦は違う」と答えた。ウォルトもダンジョンに詳しい。実戦経験はかなり豊富なはず。まぁ、操る魔法の美しさは比じゃないのだから当然だけれど。
「魔法について俺もウォルトに聞きたい」
「なんでしょう?」
「エルフ魔法は人間には操れないと云われている。逆も然りだ。なぜウォルトは操れるんだ?」
「完全にボク個人の見解になりますが」
「構わない。詳しく聞きたい」
「人間やエルフ、ドワーフもそうですが、生まれ持った魔力を備えていますよね。種族毎に異なる魔力です。たとえば、コレが人間の魔力で…」
ウォルトは人間、エルフ、ドワーフと順番に異なる魔力を纏って見せてくれる。
「似ているようで性質が異なります。操ろうとすれば拒絶反応に襲われて躊躇してしまう。ボクに限って言えば、操れるのは感覚がおかしいからです。修練で拒絶反応に耐えられる身体に変化しています」
「拒絶反応…。どうやって魔力を生み出しているんだ?」
「ボクはこうです」
ウォルトは一瞬で魔力を纏う。手法がわからないけれど、以前『魔力色の模倣』だと教えてくれた。まったく意味不明。
「意味がわからない…」
「エルフには別の伝わり方をしてるのかもしれないですね。拒絶反応に関しては…手を貸して頂けますか?」
差し出された兄さんの手にウォルトが触れる。
「……ぐっ!?」
「こういうことです。人間の魔力をほんの少し体内に送りました。どうですか?」
「最高にっ……気分が悪いっ…!」
「コレが多種族の魔法を操れないと云われる最大の要因だと考えています」
「納得…だっ…!……ふぅ」
ちょっと聞いてみようかしら。
「送った魔力を吸い取ったのね。ということは、初めから吸い取れるように魔力を加工して送り込んだということなの?そうでなければ体内で魔力が混合されるはず」
「異なる魔力は体内で操作しない限り混じることはない。簡単に言うと異物だ。だから拒絶反応が起こると推測してる。流れを感知して吸い取っただけだよ」
「まるで水と油のようね。ウォルトに言っておきたいのだけど」
「なんだい?」
「貴方はただの魔法が使える獣人よね?」
「そうだよ」
本当に迷いなく即答するのよね。
「それでも様々な種族の魔力を自在に操れる。そんな魔導師はまずいないわ。技量の話じゃなく、体質が大きな要素に思える」
「エルフなら違う方法で可能なんじゃ?」
「できない。私の推測を言わせてもらえば、貴方が獣人だからできている可能性が高い」
「…なるほど。人間でもエルフでもドワーフでもなく、獣人だから…という意味だね?」
「そう。どの種族にも当てはまらないから、どの種族の魔力も操れるというただの推測。感覚が鈍っているのも考慮しての話」
「あり得そうな理由だね。でも、最初に見つけてもらったボクの魔力は人間の魔力だったんだ」
「ウォルトはどう見ても獣人だけれど、人間の血が流れてる可能性があるわ。何代か前に混じったのかもしれない。限りなく薄いだけで」
「そう考えたら辻褄は合うのか。自分のルーツについて深く考えたことはなかったなぁ」
『勉強にニャった!』って笑顔ね。大好物よ。
「様々な魔法を操れることは大きな武器になる。たとえ魔導師に技量が及ばなくとも、魔法の幅で負けることはない。いろいろな戦術が立てられる。それが貴方の強み」
「ありがとう。もっともっと魔法を磨くよ」
兄さんは少々混乱してる。まぁ当然だけれど、今の内に釘を刺しておこうかしら。
「兄さん。武闘会でウォルトに負けたと言ったけれど、本当は嘘なんでしょ?」
「は…?」
「だってウォルトはただの獣人の魔法使いだもの。エルフの魔導師に魔法戦で勝つのは相当困難よ。ウォルト、そうよね?」
無言の『そうだニャ!』を頂いた。表情豊かな猫人は……凄くいい。
フラウの時も魔法戦で倒したのではなく殴り倒したと認識してるはず。その通りだけれど、実際はその前に勝負がついていた。
「魔力切れだと嘘をついて手の内を見せたくなかった。そうよね、兄さん?」
「いや…。お前がなにを言ってるのか意味が…」
フレイ兄さんも勘が悪いわね。
「ウォルト。そういうことよ」
「知ってたよ。負けるつもりはなかったんですが、あの日は花を持たせてもらいました。ありがとうございます」
「う…ん…?」
「あとで詳しく説明する。ウォルト、昼ご飯をお願いできる?」
「直ぐに準備するよ」
ウォルトが調理している間、フレイ兄さんに事情を説明した。
「一応理解した。ウォルトはサバトの正体で間違いないけど、自分を大したことないと思ってるってことだな?」
「そのつもりで話さないと噛み合わない。ここからはちゃんとして」
「先に言っておいてくれよ。誰もそんなこと思わないぞ」
「簡単に言うと、彼の師匠はとんでもない魔導師らしい。その師匠としか修練したことがなかったから自分は大したことないと思い込んでる。手も足も出なかったと言ってるわ」
「それが事実なら、師匠とやらはとんでもない化け物だ…」
「人外のような存在だと思うけれど、ウォルトは嘘を吐かない。だから実在するのよ」
獣人に魔法を教えるような、奇特で世界最高峰の魔導師がこの世に存在することは疑いようもない。師匠の存在なくしてウォルトの技量は説明できないのだから。
「料理ができました」
「ありがとう」
「頂くわ」
野菜スープを口に運ぶ。
「……美味いっ!こんな美味いスープは初めてだ!凄いな!」
「ありがとうございます」
「また腕を上げてるわね」
「王都でエルフ料理を勉強したからね。一緒に行った店の料理が美味しかったから」
「またどこかへ行きたいわ」
「そうだね。また行こう」
食事を終えると、ウォルトは後片付けに向かった。
「なぁ、キャミィ」
「なに?」
「お前、やっぱりウォルトのことが…」なんて俗なことを言うつもりかしら?もしそうだとしたらちょっとがっかりね。
「勘違いじゃなければ、なにか我慢してないか?」
「…バレたら仕方ないわね」
さすがフレイ兄さん。
後片付け中のウォルトに無理を言って台所でモフらせてもらう。ずっと我慢していたから満足感も倍増。兄妹であってもこの顔は見せられないわ。




